Epilogue
−わたくしといふ現象は−
−限定された有機交流電灯の 一つの青い照明です−
−(あらゆる透明な幽霊の複合体)−
−風景やみんなと一緒に せはしくせはしく明滅しながら−
−いかにもたしかにともりつづける−
−因果交流電灯の 一つの青い照明です−
−宮沢賢治/春と修羅 −
1
時は、流れ続ける。
だれもが、あの一夜の後、それぞれの生活に戻っていた。
あのことは、夢であったかのように・・・・・・
それでも、夢ではない証に、確実に何かが変わっていた。
*
ある日の朝のこと。
「うぐぅーーーーーーーーーーー!!」
「な、何だ!?」
「うにゅ?」
いきなり階下から聞こえてきたあゆの悲鳴に、祐一は飛び起きた。
目の醒めきっていない名雪と共に、下に下りると・・・
「わ、まっくろだおー・・・・・・」
「まっくろだおーじゃねえっ!!」
黒い煙がもくもくと、台所から湧き出ていた。
しかも名雪はこの状況でまだ寝ぼけているらしい。
図太いというか、大物というか・・・・・・
「あらあら、たいへんたいへん」
少しずつ、お腹のふくらみが目立つようになってきた秋子が慣れた手つきで台所へ向かっていく。
「おまえはこの家を灰にする気かっ!」
「ちがうよぉ〜。ほら、秋子さんもお腹に真琴ちゃんがいるんだから大変でしょ。だからボクもお手伝い」
胸を張るあゆ。
−ぽこっ!−
とりあえず舞直伝のチョップを入れておく祐一。
「祐一君がぶったぁ〜」
「やぁかましいわあほたれぇ!!」
「祐一が悪いんだおー・・・・・・」
「だめよ、女の子に手を上げたら」
水瀬親子がたしなめる。
「なんであんたらはこの惨状でこんなことを・・・・・・」
「だって・・・ボクも少しは役に立ちたかったんだよ」
と、消沈した顔であゆは言う。
「あゆ?」
「あの日、お母さんに最後に会ったとき、ボク決めたんだ」
リビングに置かれている『銀河鉄道の夜』とあゆの母親の写真を見つめ、あゆは言った。
「命は、満足できずに死ぬと、彷徨うんでしょ?」
「あゆ・・・」
神妙な顔で祐一達を見るあゆ。
「だからボク、後悔したくないんだ。それに、もしも。もしもだよ」
一呼吸置いて、あゆは言った。
「もしボクが死んで、消滅できなかったら、お母さんのソウラスを探したい」
「あゆちゃん・・・あなた」
秋子があゆを見つめる。
「そしてもし会えることがあったら、ボクはこう言いたいんだ。
『ボクは一生懸命生きました、だからお母さんも満足だよね』って」
ボクの柄じゃないよね、といってあゆが照れたように頭をかく。
「そのために、色々やりたいなって」
「あゆちゃん・・・」
あゆは強い、と名雪は思った。小さなこの子は、間違いなく大きくなったと。
「あゆ」
「祐一君?」
あゆの前に祐一が立ち、真摯な瞳があゆを捉える。
向かい合う茶色と赤の瞳。
「あほたれ」
−ぽこっ−
あゆの頭に再びチョップを落とす祐一。
「うぐぅ、なにするんだよー!!」
頭を押さえて、あゆが抗議の声を上げた。
「今から死ぬときのことなんて考えているからだ」
「あゆちゃん」
そして横から秋子の声。
「秋子さん・・・」
「あゆちゃん。あなたに与えられた時間は、まだたくさんあるわ。
あなたが今しなくてはならないことは、その時間を精一杯使うこと。
だから、そんなことは言っちゃダメよ」
そっとあゆの体を抱きしめ、頭を撫でながら秋子は言う。
「秋子さん・・・うん、そうだね『おかあさん』」
今までいえなかった言葉が、自然に出た。
今まではどうしても、自分はこの家の人間じゃないという気持ちがあった。
でも、今は違う。
心の底から、この人たちを『家族』と思えた。
きっと、ボクは彷徨わない。
ううん、きっと素晴らしい時を過ごせる。
そうあゆは思えた。
「あゆ・・・」
「あゆちゃん・・・」
祐一は微笑み、名雪は涙をそっとぬぐう。
「だから、これからも、よろしくね」
太陽のような微笑のあゆの言葉。
「「「よろしくおねがいします」」」
3人の言葉が重なった。
今、彼らは本当の『家族』だった。
いつもの日常。それでも・・・
あの冬より絆を深めた祐一と名雪。
少しでも役に立とうと奮闘するあゆ。
秋子の中に宿る、一つの命。
それは確かに、あの夜の奇跡の証だった・・・・・・
2
「お、二人でお出かけか?」
「相変わらず、仲がいいわね」
二人で道を歩いていると、北川と香里が声をかけてくる。
「ああ、お前達もか?」
「こんにちはだよ〜」
「このバカが『レポート手伝ってくれ〜』って泣きついてくるもんでね」
親指で北川を指す香里。
「バカはないだろ〜?」
「ダメだよ香里。人を指差したりしたら」
相変わらずどこかずれた会話だな、と祐一は思った。
「それより、えらい大荷物だが、もしかして二人で駆け落ちか?」
−どばすっ!!−
北川の顔に、祐一のショルダーバックが命中した。
「好奇心が猫を殺すって諺、知っているか?」
「冗談だっての・・・・・・」
「祐一、猫さん殺すの?だめだよ、鬼だよ、悪魔だよ、鬼畜だよ」
「・・・もののたとえだ」
「で、本当は?」
「二人で遠出だよ・・・ちょっと、確かめたいことがあって」
香里の問いに、微かに名雪が言葉を濁す。
「ふうん・・・ま、相沢君。ちゃんと名雪の面倒見るのよ。
この子のとろさは判っているんだから」
「わ、ひどいよ香里〜」
わけありだな、と香里は判った。伊達に付き合いは長くない。
余計な詮索をしないのは、彼女なりの気遣いだった。
「ま、大丈夫だろ。お前達もしっかりな」
祐一が言い、そして分かれた。
はじめて出会ったときに香里にまとわりついていた影。
それはもう、過去のこと。
守れた絆と、共にある人。
それが、その証。
3
「相沢さん?」
声をかけたのは、美汐だった。
「天野・・・」
黒いノースリーブのワンピース。右手には花束。左手には供物を入れた袋。
「どうした、そんな格好で?」
努めて明るく言おうとしたが、美汐の雰囲気に流されて、そうもならない。
「最近、あの子達のことを思い出してしまって・・・」
それだけで祐一は全てが理解できた。
美汐もかつてものみの丘で奇跡を見て、悲しんだ一人なのだ。
「なんだか、久しぶりにあの子のことを思い出したくなったんです」
それでも、美汐は笑顔で言った。
彼女の中では、その辛さも乗り越え、今は思い出なのだろう。
「そうか、そうだな」
祐一はそんな彼女を少しうらやましいと思いながら、答える。
「ねえ、美汐ちゃん」
名雪が声をかける。
「はい」
「いつかまた、逢える日が来るよ」
「?」
首を傾げる美汐。
「命は生まれ、そして死んでいく・・・
死んだ命は星になり、また生まれる・・・そんなところか」
「相沢さん・・・」
祐一の横顔は、美汐の知るそれとは大きく変わっていた。
なにか、大きなものを乗り越えたかのように。
「よくわかりませんが・・・ありがとうございます」
祐一の言おうとしていることは判らない。
だが、とても大切なことを教えてくれた。それだけは判った。
3人の見つめる遠くの先に、ものみの丘。
丘は変わらずに見つめていた。
街に住む人々を・・・
4
「祐一・・・名雪」
不意に声をかけられる。
「舞、佐祐理さん」
いつの間にか、舞と佐祐理が立っていた。
「こんにちは、ふたりともお出かけですか?」
佐祐理が訊いてくる。
「ええまあ、ちょっと・・・ね」
曖昧に言葉を濁す祐一。
「・・・・・・探しに行くの?」
舞の言葉に、祐一と名雪は少なからず動揺する。
「・・・ああ」
やがて祐一は頷く。
「解っちゃいましたね」
名雪も答えた。
あの日、祐一と名雪がこの星へと再び送った二つの魂。
二人は、どうしてもそれが気になっていた。
生まれたのか?
幸せなのか?
時間のないあの世界からこの星へと送った。
だから、たどり着いたのは過去か未来かもしれない。
会えることは無いかもしれない。
でも、会いたかった。
自分たちがしたことを、心の底から正しいと思えるために。
「そっか、そうですよね」
納得したように佐祐理は頷いた。
「佐祐理さんも、大丈夫ですか?」
「ほえ?なにがですか?」
わざとすっとぼけたように答える佐祐理。
「あれを・・・失って」
一弥との絆であるあのロッドは、もう無い。
「・・・・・大丈夫ですよ」
笑って答える佐祐理。その顔には、翳りは無い。
3人を見回し、佐祐理は答える。
「舞がいます、祐一さんだっています・・・私はもう『本当の幸せ』を見つけたから」
屈託無く、佐祐理は笑う。
風が吹いていた。
過去の傷跡など、引きさらうような風が。
佐祐理の傷も、風と共に消え、
今はただ、友に笑いかけていた・・・・・・
5
「わ、祐一さんです」
「ああ、祐一さんだぞ」
駅前で栞に出会った。
「こんにちは、どうしたの?」
「名雪さん。絵を描きに来たんです」
栞は画板と絵の具を持っていた。どうやらホームで列車を描くつもりらしい。
「・・・・・・異次元の風景をか?」
「わ、そんなこという人、嫌いです〜」
祐一の台詞に、お決まりのリアクションをする栞。
「だめだよ、意地悪いったら」
「へいへい」
名雪の言葉に頷く祐一。
「で、なんで駅なんだ?」
祐一の問いに、人差し指を口に当てるポーズで答える栞。
「夢、ですかね」
「夢?」
「私、天国へ行く列車に乗ったことあるんですよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
栞の一見奇妙な物言いに、祐一と名雪は沈黙する。
それはあの日の記憶をありありと呼び起こす。
「あれ、いやだな、夢ですよ」
慌てて取り繕う栞に、祐一は首を横に振る。
「いや、お前がそういうのなら、そうなんだ」
重々しく祐一は頷く。
「最近、そのことを絵に描いてみたくなって、イメージを膨らませに来たんです」
祐一の態度に少し驚きながらも、答える栞。
「きっと、いい絵が描けるよ」
「名雪さん?」
栞の肩に手を置き、名雪は微笑む。
「そうだな、俺もそう思う」
そして反対側の肩に手を置き、祐一も言った。
「じゃあ、がんばれよ」
「応援するね」
雑踏の中に消えていく祐一と名雪。
その姿を、栞は静かに見送ったのだった。
6
遠くの空に、一筋の飛行機雲が浮かんでいた。
潮騒と潮風を感じる道を、祐一と名雪は歩いていた。
遠くの丘には発電用の白い風車が立ち並び、
堤防の下には、光を照り返して輝く砂浜が広がっていた。
空はどこまでも青く、
真下の海は人の心をどこまでも遠くへ誘う輝きに満ちていた。
寄せては返す波の理は、人の思いに似ていた。
寄せては泡立ち、かと思えばすぐに消える。
それでも決して枯れ果てることはない。
「おねえちゃん、早く行こうよう!」
「そんなに走らないのっ!」
祐一達の傍らを幼い兄弟が駆け抜けていく。
手には虫取り網と虫取り籠。夏の日を子供達は駆け抜けていた。
それは極当たり前の風景で、そして何者にも代え難い尊い風景でもあった。
「・・・この街だよ」
両手を広げ、海から届く風に身を委ねながら名雪は言った。
白いスカートの裾が風に舞う。
「だろうな、俺もそう思う」
2人は探していた。
あの翼の少女と少女を想っていた男を。
あの事件に関わった人々がそれぞれの生活へと帰って行く。
その中で、いつも2人の心にはそれだけが心残りだった。
そうして2人は旅に出た。
幾人もの悲しい魂を見てきた彼等が、救えたと思える魂を。
ほんの少し彼等と心を通わせたときに、彼等の心に残っていた場所。
確証などは何もないのに2人はここが彼等の場所だと確信できていた。
「おにいちゃーん!」
「?」
不意に、祐一は自分を呼びかける声を耳にする。
振り返る祐一の先には、廃線になったレールの上に立つ二人の子供。
銀色の髪を持つ幼い少年と、金色の髪を持つ幼い少女。
彼等の姿に祐一は強いデジャブを感じる。
「名雪!」
「?」
祐一の切迫した声に何事かと名雪が振り返った。
「!?」
瞳を見開き、そして次の瞬間には瞼が熱くなるのを感じる。
「いた・・・ここにいたんだ」
あふれる涙とともに、名雪は言う。
「ああ・・・間違いない。あいつらだ・・・
あいつらの魂は、またここで出会ったんだ。俺達は救えたんだ。あいつらの魂を」
名雪の肩に手を置き、祐一は言う。
「おにいちゃーん!おねえちゃーん!」
再び呼びかける子供の声。
「「ありがとーう!!」」
重なり合う少年と少女の声。
「名雪」
「祐一」
涙に濡れたくしゃくしゃの顔で頷き合う祐一と名雪。
潮騒と潮風を感じる道を、祐一と名雪は走り出す。
「おーい!」
「また、逢えたよねーっ!」
大きく手を振る2人に向かって、満面の笑顔で少年と少女は答えた。
遠くの空に、一筋の飛行機雲が浮かんでいた。
ありがとう。
全ては生まれ、育ち、そして死んで行く。
星が生んだ一つの現象は、やがて星を飛び出す力となる。
それは命と呼ばれる、いかなる宝石にも勝る珠玉の宝。
ありがとう。
君はこの星にぼくたちを生まれさせてくれた。
たとえヒトの思惑がぼくたちを滅びへと導いたとしても、
ぼくたちはまた巡り会い、ここにいる。
ありがとう。
私達の苦しみは世界を越え、宇宙を越える。
苦しみは長い旅の中で、いつしか新たな命への希望へと変わる。
いつかあなた達を受け継ぐ者たちと出会えることを願い、私達は希望の夢を見る。
ありがとう。
俺達は成し遂げることが出来たことを。
今まで出来ずにあきらめられていたことを、俺達は覆した。
たとえその先にいかなる艱難辛苦が待ち受けていようと、俺達は歩き続ける。
ありがとう。
・・・・・・・・・・・・全ての人々に、ありがとう。
この物語を、全てのKanonを愛する人たちへ・・・・・・
THANK YOU FOR YOU READING!!
" Kanon" side story "DEPART
FROM THIS WORLD" ver.1.3
ORIGINAL STORY IS
"KEY"
SPECIAL THANKS TO
KEY
RYUICHI OOTUKA
KURI KURON
NEKO TSUKIWATARI
AND
YOU......
PRESENTED BY
"OROCHI"
参考資料一覧
本作品の執筆にあたり、以下の資料を参考にさせていただきました。
Visual Art's/key/ドリームキャスト用ソフト
"Kanon"
Visual Art's/key/ドリームキャスト用ソフト
"AIR"
清水マリコ/Kanon〜雪の少女/パラダイムノベル
清水マリコ/Kanon〜笑顔の向こう側に/パラダイムノベル
清水マリコ/Kanon〜少女の檻/パラダイムノベル
清水マリコ/Kanon〜The fox and the grapes/パラダイムノベル
清水マリコ/Kanon〜日溜りの街/パラダイムノベル
森嶋プチ/Kanon/メディアワークス
エンターブレイン/The Ultimate Art Collection
of "Kanon"
エンターブレイン/カノン ビジュアル・コミック・アンソロジー
ラポート/アンソロジーコミック Kanon
DNAメディアミックス/アンソロジーコミック Kanon
宙出版/アンソロジーコミック Kanon
ゲーテ 高橋健二訳/ファウスト/角川文庫
ヨースタイン・ゴルデル 須田 朗監修 池田 香代子訳
/ソフィーの世界−哲学者からの不思議な手紙/NHK出版
上遠野 浩平/ブギーポップ・カウントダウン−エンブリオ浸触/メディアワークス
上遠野 浩平/ブギーポップ・ウィキッド−エンブリオ炎上/メディアワークス
上遠野 浩平/ブギーポップ・オーバードライブ「歪曲王」/メディアワークス
講談社/日本現代文学全集40 高村光太郎 宮沢賢治集
ニュートンプレス/Newton別冊 四次元宇宙の謎
スティーブン・W・ホーキング 佐藤 勝彦監訳
/ホーキングの最新宇宙論−ブラックホールからベビーユニバースへ/日本放送出版協会
ソフトバンク・パブリッシング/電脳戦機バーチャロン オラトリオ・タングラム−真実の玉−
ヒットメーカ、セガ/電脳戦機バーチャロン 4th
スクウェアソフト/ファイナルファンタジー]
「ところで祐一君、何度もボクにチョップしてたけど暴力はダメだよ。 そういうのを『どめすてぃっく・ばいおれんす』っていうんだよ」 「おまえが言うか、あゆ・・・」 「そうねえ、名雪だけでなく、生まれた子供に暴力を振るうのはいけませんよね」 「いや暴力って秋子さん、つか名雪にんなことしてないです」 「そうかしら?例えば昨日の晩ですけど・・・」 「へ?」 嫌な予感を祐一は感じる。 「愛の営みは良いのですけど、避妊とSMプレイには気をつけてくださいね。 今、出来てしまったり、傷が残ると大変ですから」 脈絡を無視して、とんでもないことをさらりと秋子は言う。 「わ、わ、わ、お、お、お母さん!いきなりなにいうんだよ〜!それにSMプレイってなに〜」 名雪が、真っ赤になりながら言ってくる。 ちなみに祐一も首まで真っ赤だ。 「あら、昨日の晩だってお楽しみだったみたいじゃない? 私の部屋でも名雪の大きな声が聞こえていたわよ。 どたばたっていう音と一緒に。 でも、孫の顔も早く見たいわ。娘と孫が一緒に出来るって素敵よね」 「してない、SMなんかやってない〜!!」 そりゃ、昨日はちょっとばかり激しかったかもしれないけど。 ・・・という言葉を飲み込む祐一。 「わーっつ!!!」 ・・・そりゃ、祐一の子供はいつか産むつもりだけど。 ・・・という言葉を飲み込んで、真っ赤になる名雪。 「うぐぅ、『えすえむぷれい』ってなに?」 あゆは一人、蚊帳の外。 それもまた、彼らの日常。 May your future be happy forever!!! |