" Kanon" side story "DEPART FROM THIS WORLD"

最終章 魂の還るところ (後編)
 −あらゆるものが、つながっている−
  −わたしたちが、この織物を織ったのではない−
   −わたしたちは、そのなかの一本の糸に過ぎないのだ−

 −生まれたばかりの赤ん坊が、母親の胸の鼓動を慕うように−
  −わたしたちは、この大地を慕っている−

 −もし、わたしたちがどうしてもここを立ち去らねばならないのなら−
  −どうか、白い人よ−

 −わたしたちが、大切にしたように、この大地を大切にして欲しい−
  −美しい大地の思い出を、受け取ったときのままの姿で−
   −心に、刻み付けておいて欲しい−

 −そして、あなたの子供の、そのまた子供達のために−
  −この大地を守り続け、私達が愛したように、愛して欲しい。いつまでも−

 −どうか、いつまでも−


            −シアトル/FATHER SKY,MOTHER EARTH−



      E-part:『原体剣舞連(HARATAI-KENBAIREN)』



 爆音が轟く。
 ピグマリオの撃ったキューブ状の弾丸が秋子がほんの少し前までいた地面を砕いた。

「うっ・・・・・・」
 辛うじてバックステップでかわしたまでは良かった。

 しかし、その後ろからカラテアが剣を構えて迫る。

−・・・・・・!−
 横薙ぎに剣を振るうカラテア。

 咄嗟にライトサーベルでカラテアの剣を受け止める秋子。

「う・・・まだです!」
 そのまま剣を受け流し、再び間合いを離す秋子。

 ちらりと横を見れば不可思議な文様で描かれた無数のリングに包まれている舞と佐祐理の姿が見えた。
 
 秋子はライトサーベルの力の一部をまわしてあの2人を守っていた。
 これはバリアと再生魔術の兼用が出来る防御術であった。

 あのリングに包まれている者は体力や傷の回復を早めることが出来た。
 しかし完全に力をそちらにまわすとピグマリオとカラテアと戦うことが出来ない。

 かといって処置を早く行わないとあの2人は確実に死ぬ。
 苦肉の策として秋子は力を分散させた。
 6割を舞と佐祐理のためにまわし、残り4割で戦っていた。

 だが4割の力ではかわし続けるのが限界だった。
 更に、舞と佐祐理の傷が深すぎたことが状況を悪化させた。
 彼女たちを生死の境に辛うじてつなぎ止めておく程度のことしか出来ない有様だった。

「まずい・・・ですね」
 秋子の額から脂汗が流れ落ちる。

 せめて祐一さんたちがいてくれたら・・・と唇を噛む。
 気がついたときには祐一、名雪、あゆの三人は忽然と消え失せていた。
 
 辛うじて自分だけが動ける状態だった。
 そして術であの2人を助けたまでは良かったが、このままではいずれやられることは確実だった。

−・・・・・・!−
「!?」
 その一瞬の隙をつき、カラテアが後ろに回り込む。

 無数の色とりどりのエネルギーボールを撃つピグマリオとカラテア。弾数が多すぎて回避しきれない。
「ここまで・・・ですかっ!」
 秋子が敗北を覚悟した刹那・・・


「秋子さん!」

「!?」
 不死鳥のオーラに包まれたあゆが秋子の体を掴んで空に舞い上がる。

「お母さん!」
 名雪の放ったハートビームがカラテアに直撃する。

 不意をつかれたせいでまともに吹き飛ばされるカラテア。

「終わりにするぜ!グライディング・ラム!!」
 祐一が武器を構え、全身を青白いオーラに包みピグマリオへと突進して行く。

 こちらも不意をつかれる形になってまともに吹き飛ばされた。

「大丈夫?秋子さん?」
 地面に降り立ったあゆが心配げに秋子の顔をのぞき込む。

「あゆちゃん?」
 突如の3人の帰還に目を白黒させる秋子。

「話は後です!あの2人をぶち倒せば全てが終わる!!そして今のうちに舞と佐祐理さんを!」
 祐一が叫ぶ。

「何ですって?」
 祐一達は何を見てきたというのか?疑問が秋子の心にわき起こった。

「私達・・・会ってきたんだよ。巫女と、この世界を作り出した神様に」
 名雪が剣を構えながら言う。

「まさか・・・・・・タナトス!?」
「秋子さん、知っていたの?」
 あゆが訊ねる。

「私も噂でしか聞いたことがありませんでした。
 星の巫女となる存在を捕らえ、この地を創造した神。実在していたんですね」
 秋子が頷き、再びライトサーベルに力を込めた。

 力が舞と佐祐理に注ぎ込まれ、彼女達が急速に回復してゆく。

「ええ・・・それに、真琴とあの子の魂を救うためにもね!」
 祐一が再びビームを撃つ。それが最終決戦開幕の合図だった・・・


         *


 再びピグマリオとカラテアが融合して行く。
 融合した姿はあの時と同じ巨大な正八面体の水晶。
 更に空間の四隅にも小さな同じ形をした水晶が現れる。

「なんだ?」
 一瞬攻撃してくるのかとも思ったが、特に何も感じられなかった。

 祐一はすぐさまピグマリオとカラテアの融合した水晶に向けてビームを撃つ。
 融合状態では機動力が落ちているのかあっさりと命中する。

「ようし、もう一度!」
 あゆがそれに続き攻撃を繰り返そうとする。

「待ってください!」
 佐祐理が叫ぶより早く、
ピグマリオとカラテアの融合した水晶から無数のビームが周囲に向けて放たれた。

「わっ!」
「うぐっ!」
 慌てて回避行動に映る名雪とあゆ。

「こんなところで!」
「やられません!」
「・・・・・斬る!!」
 祐一と秋子と舞はそのビームの軌跡を見切り、再び攻撃に転じようとした瞬間だった。

「がっ!」
「うっ!」
「あっ!」
 3人の背に衝撃が走る。
 祐一が振り向けば先程出現した小さな水晶が浮かんでいた。

 それはあたかも反射鏡。
 ピグマリオとカラテアが融合した水晶から放たれたビームを反射していた。
 そうしてこの空間に縦横無尽にビームを走らせていたのだった。

「畜生!リフレクターかよ!」
 祐一が毒づくが、こうなっては回避に専念する以外どうしようもなかった。

 持てる全ての力を攻撃予測と回避にまわして小刻みに動いてかわして行く。
 それは他の5人も同じようであり、まともに攻撃など出来る状態ではなかった。

 やがてビームの掃射が止み、再びピグマリオとカラテアに分離する。

「うぅっ!」
 名雪が右手に力を込め、エネルギー弾を打ち出す。

 しかしピグマリオとカラテアには傷一つつかない。
 更に猛スピードで、この空間を駆け回る。

「うぐっ!効いていない!それに速い!」
 あゆも同じようで、逆に攻撃を繰り返すピグマリオとカラテアに翻弄されていた。

「祐一さん!」
 秋子が祐一の側にダッシュして近づき、そっと耳打ちする。

「・・・・・・・」
「何ですって?」
 その内容を聞いた祐一が訊ね返すよりも早く秋子は動き、エネルギー弾をピグマリオに向けて撃つ。

「祐一さん!」
 しかしそれは完全に秋子の予想の範疇だった。

「は、はいっ!」
 祐一が秋子にアドバイスされた通りのタイミングでビームを撃つ。
 放たれたビームは吸い込まれるようにピグマリオの胸に命中した。

 ダメージは低いようだったが・・・・・・

「お母さん・・・どうして?」
 名雪が呆気にとられたように秋子とピグマリオを交互に見つめる。

「元はあの人だから・・・だいたいどういう動きをするか解るわ」
 そこで祐一と名雪は理解した。

 ピグマリオとなってもその本体は秋子の夫にして名雪の父だった存在。
 本能的な動きは何ら変わりはしないのだろう。
 だからこそ秋子にはその動きが読めたのだ。

「見て、また合体していく!」
 あゆが叫ぶ。
 今度こそ本気で止めを刺しにかかって来るつもりなのだろうか。
 再びピグマリオとカラテアが融合し始めていた。

「ど、どうしよう祐一」
 名雪が焦りを見せる。

 次も全ての攻撃をかわしきれるとは思えない。
 否、リフレクターを絡めた全方位攻撃である。
 かわしきったとしてもまた次の攻撃をかわしきることが出来るとは思えなかった。

「・・・いや、チャンスだ」
 祐一は再び武器を構える。

「祐一?」
 怪訝な顔で名雪が問う。祐一は続けた。

「さっき合体した瞬間は完全に無防備だった。
 その隙をついて全員で一気に仕掛ける。それしか勝ち目はない!」
 一同を見回し祐一は言った。

「うぐ・・・確かにそうだね」
 あゆが頷く。

「そうですね。それが確実かもしれません」
 秋子も首を縦に振った。

「全てを、終わらせるために」
 舞が剣を構えた。

「いきましょう、みなさん!!」
 佐祐理がロッドを構えた。

「うん・・・みんな、ふぁいと、だよ!」
 名雪も剣を掲げた。




「なら、私から行くよ!!エモーショナル!!」
 名雪の力が極限まで引き出される。
 全身はあまねく金色の光に覆われ、髪の毛が浮かび上がる。
 全ての力を解放した、名雪の姿。

「ハート・ビーム!!」
 ハートビームが飛んでゆく。名雪の全ての力を込めた。

 着弾。そして爆発。青白い閃光が水晶を覆う。



「・・・・・・終わらせます!秘伝必殺技・万鬼猛襲剣!」
 秋子が走り、そして刃を幾度も振るう。

 八面体の水晶に幾つもの傷がつけられた。



「一弥、最後の力を!エクロージョン!!」
 佐祐理の背に翼が生まれる。

 そしてその左手には彼女の力を束ねた宝珠が生まれた。

「はぁぁぁぁぁっ!」
 エネルギーを込めた宝珠を叩きつける佐祐理。



「次は私だ!!」
 舞が走りこみ、不可視の力で炎を生む。

「覚悟!タイラン・レイブ!!」
 巨大な炎を作り出し、それを水晶に叩きつける。



「これで・・・最後だよ。あの子のためにも・・・お母さんのためにも!SLCダイブ!!!」
 あゆが再びオーラに包まれ、水晶へと突進する。

 衝撃が水晶の表面全体に無数の亀裂を走らせた。



「終わりにするぞ・・・真琴!」
 祐一が飛び上がり、体に宿った全ての妖力を解放する。

「サーフィン・ラム!!」
 祐一の全身が金色のオーラに包まれ、祐一の武器がサーフボード状の板に変形した。

 その上に祐一は飛び乗る。水晶が輝き始めていた。
 ほんの僅かな後にビームの一斉掃射が始まるだろう。
 そうなったら終わりだった。しかし恐怖はなかった。

 真琴の想いが、
 翼の少女の想いが、
 舞の想いが、
 佐祐理の想いが、
 あゆの想いが、
 秋子の思いが、
 そして名雪と自分の想いが祐一の心を満たしていた。

 彼に恐怖は何もなかった。あるのは親しい人達への純粋なる想い。

「祐一!」
 名雪が祐一とともに武器の上に飛び乗る。
 名雪の力との相乗効果でさらなる力が祐一の武器にそそぎ込まれていくのが解った。

「行くぞ、名雪」
 名雪の手を握り、祐一は水晶を見据える。

「うん」
 その手を握り返し、名雪もまた水晶を見つめた。

「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 叫びとともに2人は光の矢となる。

 宇宙に遍く星すらも砕かんほどのエネルギー。
 その奔流が2人の体を覆い、金色の輝きに祐一と名雪は包まれた。

 水晶へと向かって飛び立つ祐一と名雪。
 意識のみが加速され、時間の流れが緩慢に感じられて行く。

 そして2人は聞いていた。この世界の運命に囚われて消えていった人々の遺志の声を・・・・・・

−ありがとう、祐一−
 真琴の声が聞こえた。

 彼の中に残る最後の彼女の意志を、祐一は確かに聞いていた。
 真琴の魂が抜けいでて、祐一の武器へと吸収されて行く。

−生きなさい、あなた達の道を−
 CHAOSの遺志が名雪に語りかける。

 これ以上の悲劇は起こさせない。名雪は強く心に誓う。

−私達の・・・無念を晴らせ−
 柳也の声が祐一に届き、

−あなた達は、私達の苦しみを味わわないで−
 裏葉の声が名雪に語る。

−待っているぞ−
 タナトスが名雪にエールを送る。

 神に応援されるとは変な気分だと名雪は微かに笑う。

−余のクビキを、砕いてくれ・・・−
 祐一に翼の少女の声が届き、祐一はさらなる力を武器に込めた。


 光の矢は力となり、宿命を砕く刃となる。
 光と化した祐一と名雪が水晶を貫いた。

 砕け散る水晶の音と、エネルギーの爆発による鼓膜を引き裂くほどの爆音が響く。
 荒れ狂う音と光の奔流の中、彼等は意識を失った・・・


      F-part:『永訣の朝(EIKETSU NO ASA)』

 瞳の彼方に、星空が広がる。

 幾星霜の時を経て、星達が語る光が彼等を優しく包んでいた。

 俺はどうなった?祐一は考える。

 静かに記憶を辿り、己の為したことを思い出す。
 魂を運ぶ銀河鉄道、死人の世界、その地の守人、そして翼のある少女。

 それに抗った自分。

「そうか・・・・俺は」
 散乱していた記憶を整理し、漸く自分が何をしていたか祐一は思いだした。

 瞳を動かせば、消えゆく世界が見えた。
 風に吹かれる砂細工のように、世界がさらさらと崩れていく。
 死の想いに囚われていた死人達が、無の宇宙へと消えていく。
 線路を砕かれた列車は、思い思いの方向へと走ってゆく。

 全てが砕け、終わろうとしていた。

「これから・・・どうなるんだろう?」
 隣で起きた名雪が、不安げに呟いた。

「きっとああして、自分たちが死んだと納得するまで・・・
 宇宙を彷徨い続けるんだろう。列車の中で」

「・・・苦しいね。ずっとこうして宇宙を見続けながら彷徨うのは」
 胸を押さえる名雪。

 眦に熱いものがこみ上げてくるのが解った。
 死んだ後も苦しみ、もがき、最後には彷徨う・・・
 これがヒトの宿命というのだろうか?

「それが」

「!?」
「・・・お母さん」
 2人の後ろからかけられた声に、祐一と名雪が振り返る。

「それがきっと、ヒトに与えられた罰であり、贖罪の方法なのでしょう」
 あゆ、舞と佐祐理の前で秋子は続ける。

「ヒトは生きる上で自分自身を受け入れなければならない。
 そしていつか訪れる死を、受け入れなければならない」
「死を・・・受け入れる」
 舞の言葉に頷く秋子。

「そしていつか訪れる死に気がつき、
 それを認めることが出来なかったとき、
 ヒトは生への欲求を強め、死への恐怖を目覚めさせ、世界を蹂躙する道を選ぶ。
・・・ヒトが発展したのは、全て生への欲求と死への恐怖があったからこそなのですから」
 彼方に広がる無限の宇宙を見つめ、秋子は言う。

 言うとおりだなと祐一は思った。

 強すぎる生への想いが魂の崩壊を認めず、亡霊となって世界に留まる。
 そして魔物になって世界に現れる。その理由が良く解った。だが・・・

「だが、俺は人が歩んできた道が間違いだとは思わない」
 秋子の瞳を正面に捕らえ、祐一は言った。

「秋子さんの言うとおりだ・・・だけど、それでもだ。
 何度も倒れながら、何度も傷つきながら、それでも人は歩き続けてきたんだ。
 これは終わりじゃない・・・・・・始まりなんだ。
 人が次の領域に進むための。少なくとも俺は・・・そう思います」
 祐一と秋子の瞳が向かい合う。

「祐一さん・・・ありがとう」
 嫣然と微笑み、秋子は礼を言う。

「別に礼なんて・・・」
「いいえ、いいんです。言わせてください・・・
 私の長年の苦しみを、解き放ってくれたんですから」
 そうして足下を見下ろせば、虚空の闇に青い球体が浮かんでいた。

「あれが・・・私達の星なんだ」
 名雪が眼下の地球を見下ろし、そして再び広がる宇宙へと視線を移した。


         *


−・・・・・・すまなかったな−
 不意にどこからか声が響き、白と黒のふたひらの羽根が彼等の側へと舞い降りる。

 白い羽根は淡く輝きながら、名雪の小さな掌に乗った。
 黒い羽根は鴉の濡れ羽色の様に黒く輝きながら、祐一の掌に乗った。

「あんたか・・・」
 祐一には解っていた。それはあの翼の少女の最後の魂の残滓だった。

 最後に祐一達に会うために、彼等の側に姿を現したのだろう。

−不躾とは思うが、最後の願いを聞いてはくれぬか?−
 か細い声が彼等の耳に届く。

 死してなお残り続ける切ない思いに名雪は微笑み、問う。

「なあに、それは私達にできることかな?」
−ああ・・・−
「言ってみろよ。後悔は嫌だぞ」
 祐一も続いた。


−また・・・この星に生まれたい−
 少女は言った。

−余には幾度目かの転生で出会って・・・別れた者がいる。
 その魂が、黒い鴉の羽根だ・・・我が儘とは思う。
 だが・・・余はもう一度生まれたい・・・
 愛しき者と、同じ時を過ごしたい・・・−

 少女の声はいつしか嗚咽に変わり、訴えかけるように彼等の心へと届いていた。

「わかった・・・わかったからもう泣かないで」
 そっと羽根を撫で、名雪は母が幼子をあやすように答える。

「もう、あんたを縛るものは何もない・・・生きろよ。今度こそ人として」
 祐一も頷き、笑みを浮かべた。

「祐一」
「ああ」
 祐一と名雪がそれぞれの羽根を武器に巻き付け、狙いを地球に定めた。

「さあ、行って!」
 名雪の剣の軌跡に乗って、羽根が青い星へと飛んでゆく。

「お前達の、線路を見つけろ!」
 祐一のエネルギー弾に乗って、黒い羽根がその後を追って行った・・・


−ありがとう−
「柳也・・・か」
 柳也と裏葉がそこにいた。

 しかしその姿は霞のように消えつつあり、もう彼らも真の死が迫っていた。

−これで、私達の役目も終わります・・・−
 感慨深げに空を見つめ、裏葉は言った。

「ねえ、柳也さん、裏葉さん。最後に、一つだけ教えて」
 横からあゆが訊ねた。

「あの人と、どういう関係だったの?」
 しばし考えてから、柳也は答えた。

−そうだな・・・家族だ−
「家族・・・」

−はい、どんなときも一緒にいる・・・家族−
 裏葉は噛み締めるように言った。

−君たちも・・・良い家族であり続けるように−
−柳也様・・・これで・・・漸く・・・−

 やがて言葉が途切れると共に彼らの姿も消え、
 後にはただ、ソウラスの残滓が輝くのみであった・・・


         *


「一弥・・・・・・」
 佐祐理のロッドが輝き、再び一弥の姿へと変わる。

−・・・・・・・・−
 一弥は答えない。

「ありがとう」
 佐祐理は微笑み、頭を下げた。

「一弥・・・ダメなお姉さんに、力を貸してくれてありがとう。
 私は大丈夫だから・・・
 舞もいるから、
 祐一さんもいるから、
 だから・・・おやすみなさい」

 微かに一弥は笑った。
 最後の意志は、確かにあったのだ。


「・・・・・さようなら、一弥」

 消えてゆく一弥の姿。

 頬を伝うものを感じる佐祐理。そして・・・

「佐祐理」
「舞!?」
 佐祐理の体を後ろから抱きしめる舞。

「私はどこまでも一緒・・・だから、苦しまないで」
 ぎゅっと佐祐理の体を抱きしめ、舞は一言一句噛み締めるように言う。

「・・・・・・泣いているのを見られたくないなら、顔は見ない」
 言葉どおり、顔を佐祐理の背にうずめた。

「うん・・・ありがとう」


         *


−あゆ・・・−
 あゆを呼ぶ、微かな声。

「お母さん・・・・・お母さん!!」
 その胸の中に飛び込もうとあゆは走った。

 スカッ!

「え?うわっ!」
 しかしその体は空を切り、あゆは倒れこむ。その姿は透けていた。
 真夏の空に浮かぶ蜃気楼のように。

「もう、体を維持する力も無いのですね・・・」
 秋子が言った。

−はい、この世界が無くなれば、そこに縛られていた私もまた、消えます−
「そんな・・・」
 涙を浮かべ、あゆは母を見る。

−ごめんね、あゆ。でも・・・あゆは強い子−
「ボクは・・・強くなんて」
 その言葉に首を振る母。

−あゆは強いわ。苦しさの中で希望を見出し、そしてそれを為し得た−
「それは、みんながいたから。ボク一人じゃ、何も出来なかった!!」
 涙をぬぐおうともせずに、あゆは叫んだ。

−それでもいいのよ。希望を共に見つけ、歩いてくれる大切な人がいる。
 それもまた、あなたの強さ−
「それが・・・ボクの強さ?」

−そうよ・・・水瀬さん−
「はい」
 秋子と彼女の視線が向かい合う。

−あゆのことを、頼みます−
「はい・・・」
 頷く秋子。

 そして、彼女は消えていく。彼女は待つ、あゆの言葉を。
 うつむいていたあゆも、決心したように彼女を見つめる。

「お母さん・・・ボク・・・一人じゃないから」
 秋子を見つめ、祐一を見つめ、名雪を見つめるあゆ。

「だから・・・・・・おやすみなさい!!」
 精一杯の笑顔で、あゆは言った。

 母は、永訣の眠りに。
 娘は、朝の目覚めへ。

 それが、母と娘の最後の別離。


「おやすみ・・・・・・なさい」
 秋子の胸で、泣きじゃくるあゆ。
 それは、母への最後の涙だった・・・・・・・


         *


―やっと、終わったね―

 細い声が祐一の耳元に届いた。

「ああ・・・」
「真琴・・・・・」
 祐一と秋子が搾り出すような声で呟く。

 最早エネルギーの残滓に過ぎない彼女の姿を知覚することはできないはずだった。
 それでも祐一には、秋子には分かった。
 消えようとしている、かつての家族の最後の意思を。
 それはひとえに絆の、あるいは想いの強さゆえというのだろうか。

「いるの?真琴が?」
 おずおずと名雪が尋ねる。

「・・・これで見えるはずです」
 すっ、と秋子が手をかざす。

 と同時に真琴の姿がぼやけた光の姿から、ピントが合うように徐々に浮かび上がってくる。

 真琴は俯き、拳を握っていた。
 頬を伝う輝きが、彼女が自分に待つ運命を悟っていることを理解させた。
 すなわち3度目の『死』を。

「ありがとう・・・な」
 精一杯笑おうとしながら、祐一が言う。

「そうだね、真琴がいなければ・・・勝てなかったから」
 名雪が必死でそれに続く。

「・・・・・・どうして?」
 あゆが二人を見比べながら叫ぶ。

「どうして、どうして二人とも笑うの!?この人はもう・・・・・・」
「言うな!」
 強い口調で祐一があゆを制する。

「分かってるさ、そんなこと・・・
 だけど、だけどもうこれで・・・どうしようもない!
 生まれ変わらせることができても、それはもう真琴じゃないってことだってな!」

「祐一君・・・・・」
 祐一の慟哭にあゆは押し黙る。
 あの二人のように再びこの星に生まれさせることはできるだろう。

 しかしそれでも「真琴」として再び生を受けることは決して叶わないのだ。
 こんどこそ本当の「別れ」なのだ。


−もう一度、生まれたいか?−

「!?」
「誰だ!?」
 振り向く名雪と祐一。声の主は知らない男だった。

 ただ、名雪と同じその髪の色、名雪を見つめるその瞳。

「COS-MOS・・・」
「お父さん・・・」
 紛れも無く、その姿は名雪の父の真の姿だった。

−秋子−
 彼は最愛の妻の名を呼ぶ。

「ええ・・・分かっています。真琴」
 秋子が真琴の前に立ち、そっと真琴の涙をぬぐう。

 体をかがめ、真琴と瞳を合わせる。

「真琴、あなたはもう一度私たちと居たい?」
 そっと尋ねる。母が子に諭すように。

 否、秋子にとって真琴は「娘」なのだ。
 たとえ自分の胎から生まれたのでなくとも。

「どうなの?」
「・・・・・・たい」
 消えそうな声で呟く真琴。

「居たい・・・いたいよ、祐一と、秋子さんと、名雪とずっといたいよ!!!」
 涙でくしゃくしゃに濡れた顔で真琴は叫ぶ。

「そう、そうね。そうよね」
 真琴の体を抱きしめ、秋子はその背を撫でた。
「あなた。そして、名雪、祐一さん」
 そして祐一と名雪に向き直り、いつになく険しい表情で二人を見る。

「はい」
「なに、お母さん」
 緊張した面持ちで二人は答える。

「最後の奇跡を・・・・・・手伝ってください」



 名雪と祐一の武器が、光へと変わる。

「いいな」
 祐一が問う。

「うん」
 真琴が頷く。

「じゃあ、いくね」
 名雪の言葉とともに、二人の武器から形成された光が真琴を包み込む。

「おいで、真琴」
 両手を広げ、真琴を抱くように秋子が言う。

 真琴を包んだ光はやがてひとつの球体となり、秋子の腹へと吸い込まれていく。

「あなた・・・」
−ああ・・・・・・・−

 すっと彼は秋子の腹に手を置いた。

「うっ・・・・・・!」
 苦悶とも快楽ともつかない声を上げる秋子。

 その姿は、美しく、艶かしい。

「これは・・・?」
 舞が眼前に広がる光景に呆然としながら問う。

「名雪の親父さんの最後の力で、秋子さんに受胎させる。
 胎の中の子供は、成長の過程で魂を得る。そこに真琴の魂を入れる」
 祐一が答える。

「そう、だからこれは『生まれ変わり』の術」
 名雪が答える。

「真琴さんを再び・・・・・
 今度は秋子さんとその方の子供として生まれ変わらせるというのですね」
 佐祐理の言葉に頷く二人。

「でも、本当に復活できるの?生まれ変わったって・・・心までは」
 あゆが尋ねる。

「そう、確かに生まれる肉体は真琴のそれではない。
 脳が違うのだから、決して記憶まで受け継ぐことはない・・・
 でもね、あゆちゃん」
 一呼吸おいて、秋子が話を続ける。

「真琴の魂は私たちのことを覚えている。
 ソウラスが宿す記憶は、脳がシナプスとして記憶する現象よりもずっと強固なもの。
 たとえ思い出すことができなくても、私たちと過ごした記憶は心の底にずっと残る・・・・・・」

「よくわからない・・・けど、本当はずっと覚えている、そうだよね」
 秋子は頷いた。

−ああ、その通りだよ・・・・・・−
 彼はやがてその姿を失って行く。
 この世界が消えた以上、彼の魂もまた、消える。

−奇跡は、起きたな・・・こうして、また会えた−
 消え行く姿の中で、秋子に向けて彼は言う。

「・・・・・・はい」
 秋子はただ、頷く。

−悪くは無かったよ、この人生も−
「そう・・・ですね」
 消えゆくその手を握り締める秋子。

−秋子と出会い、名雪が生まれ・・・−
「お父さん・・・」
 秋子の側に駆け寄る名雪。

−名雪の成長した姿を見られて、その相手に出会えるとはね・・・−
「はい」
 祐一は彼から目をそらさず、答えた。

−そして、もう一人の娘の父になれる・・・こんなに嬉しいことはない−
 秋子の中に宿った真琴を見つめ、感慨深げに笑う。

−祐一君−
「はい」

−この子達と、秋子のことを頼んでもよいだろうか?−

「はい。俺は・・・名雪が好きです。
 秋子さんは大切な人です。
 あゆや真琴を・・・救ってやりたい・・・・
 好きな人と、大切な人と、救ってあげたい人のために・・・
 俺は、みんなを守ります」

 中国の諺に『遺児(いご)を託す』というものがある。
 それは、自分が死んだ後、自分の子供を託すことの出来る人。
 即ち、本当の信頼を表す。

 全てを託す彼と、それを受け止める祐一。

−いい顔だ・・・あの小さな子供たちが、よくぞここまで−
 消えてゆく彼の姿。

 彼はずっと祐一たちを見ていた。

 悲劇の冬も、
 再会の冬も、

 名雪の愛も悲しみも、
 祐一の絶望も優しさも、

 あゆの慟哭も喜びも、
 秋子の強さと弱さも、

 何もかも見つめていた。

−これで・・・やっと・・・秋子、さらばだ・・・・−

 後には何も残さず・・・・・

 彼は消え行くのみだった・・・・・・


         *


―おかあさん―
 確かにその声は秋子に届いた。

―今度は・・・私の本当の「子」として・・・・・・真琴―
 慈しむように己の腹を撫るその姿は、聖母のように輝いているように見えた・・・・・・・


         *


「帰ろう。俺達の星へ」
 祐一は名雪に手を差し伸べ、そして名雪の頬を伝うものに気がつく。

「・・・うん」
 瞳にあふれるものを拭おうともせず、名雪は宇宙を見つめていた。

「哀しいか・・・・・・?」
 暫しの沈黙を置き、名雪は答えた。

「ううん。そんなんじゃない・・・ただ」
「ただ?」
「ただ・・・あんまり宇宙が・・・広すぎて・・・」

 名雪の瞳に映る満天の星。
 あれらの全ては星という一つの魂の塊。
 その中の幾ばくかは自分たちの星の様に命ある星を生み出しているのかもしれない。
 他の星にいる人は、どんな思いでこの宇宙を見つめているんだろう?
 そう名雪は思う。

「星は命を紡いで・・・いつか、出会うこともあるんだろう」
 名雪の想いを察し、祐一は名雪を後ろから抱きしめた。
 名雪は祐一に体を預け、瞳を閉じる。

 二人の体は、重力に引かれ、彼らを生み出した星へと落ちてゆく。

「逢えるといいね・・・いつか、きっと」
 誰に会えるというのか・・・その答えはとうに祐一にはわかっていた。

 宇宙の塵となった名雪の父やあゆの母。
 自分たちが命を紡いでいけば、きっといつか彼等の魂を受け継ぐ者と出会える。
・・・それは祈りにも似た想い。


「逢えるさ、きっと・・・」
 そうして彼等は星の懐に体を委ねる。
重力が彼等の体を捕らえ、彼等の瞳から宇宙は遠い場所へと変わっていく。




「祐一・・・」

                 「どうした?」



「幸せに、なろうね」

                 「名雪・・・」



「いつか私と祐一の子供を産んで、そして教えるの」

                 「教える?」



「今日のことを、いなくなっていった人たちのことを」

                 「ああ・・・教えたいな」



「そうして、歩いていくの。みんなで」

                 「そうだな・・・名雪に似たら、ねぼすけで」

「祐一に似たら、ひねくれやで」


          「「それでも、みんな、仲が良くて」」


「うふふ・・・」

                 「ははは・・・」



                 「いいな、それは」

「うん・・・だから・・・ふぁいと、だよ」



 唇を重ね、二人は星へと落ちてゆく。


 遠くなっていく星の世界を、2人はいつまでも見つめていた・・・


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