" Kanon" side story "DEPART FROM THIS WORLD"

      第VII章 輪廻の呪詛




 −全てに吹き渡る、ささやかな春の息吹をたたえよ−
  −復活はいと小さきものにも訪れる−
   −失われるのは、ただ形のみであり−
    −世代から世代へと、堂々と上り詰め−
     −無限の時の流れに、種は種を生んで−
      −世界は沈み、世界は昇る−


 −春の畦道の花よ、命の喜びに目覚めるのだ−
  −永遠に善なるものをたたえながら、つかの間あることを楽しむのだ−
   −汝もまた創造することで、つましい貢ぎ物を捧げるのだ−
    −小さくおずおずと、しかし力の限り息をせよ−
     −永遠のこの日、胸一杯に!−

        −ビョルンスチャーネ・ビョルンソン/賛歌II−



         1



「夢を見ていました」

 それは、栞が一か八かの手術を終え、この世に戻れたときのことである。
 枕元に立つ最愛の姉、香里に向けて最初に言った言葉だった。

「夢?」
 怪訝に問う香里に、栞は話し始めた。

「私の乗った汽車は、やがて大きな十字架にたどり着きました。
 みんなが砕けていくのを見て『ああ、ここが終わりなんだ』と思いました」

「そんな中で、鈴の髪飾りをした、一人の女の人に出会いました」
「女の人?」

「ええ、その方はとても寂しそうでした、でもその人が一羽のカラスに会ったんです」
「カラス・・・ねえ」

「その人はとても嬉しそうでした。だから、私の願いを叶えてあげると言ったんです」
「どういうこと?」
 香里が訊ねた。

「その女の人は『あの世の主様』でした。ギリシャ神話のハーデスみたいなものかもしれません」

「その人はそのカラスに出会えたことがとても嬉しかったのでしょう。
 だから、恩赦として私をここに戻してくれたんです。
 天国への列車が出る、あの駅まで」

「そこで、私に会ったの、栞(第Y章参照)」
 香里の問いに栞は頷いた。

「・・・しかし、天国への列車ね。私はまだ御免だけど」
 香里は窓の外を見つめ、呟く。

「そうですね、私もあと何十年かは乗りたくないです」


 栞の言葉に笑う香里。
 天国への列車、あの世の主。

 それは、彼女達には遠い地の御伽噺・・・・・・

 だが、彼女達は知らない。
 自分の親友達が、いずれその地で自分の運命と決着をつけねばならないことは。




         2


「行くぞ!」
 祐一の叫びと共に、一斉に6人は武器を構えて走り出した。

「お母さんとは・・・ボクに決着をつけさせて!」
 あゆが武器を構え、カラテアへと突っ込んで行く。

「佐祐理さん、舞、あゆを頼む!」

「まかせてください!」
「こっちは大丈夫・・・」
 祐一の言葉に佐祐理と舞がそれぞれの武器を構え、あゆの後に続いて行く。

「さて・・・いいんですよね、秋子さん」
 眼前に立つ水晶で構成される異形の存在を見ながら祐一は呟く。

 どんな姿になり果てようと、彼等と対峙するピグマリオは名雪の父であり、秋子の夫なのだ。

「ええ・・・あの人もそれを望んでいます」
 秋子の握るライトサーベルに光が灯る。彼女に最早迷いは無かった。

「そうですね・・・行くぞ、名雪!」
「うん!」


「・・・お父さん」
 名雪がレイピアを一閃する。振られた刃の軌跡は光となり、ピグマリオへと向けて飛んでゆく。

「私・・・お父さんがどうしていないのか、解らなかった」

−・・・・・・−
 ピグマリオは黙して答えない。

「・・・そんな大きな宿命を背負っていたなんて、知らなかった」
 ピグマリオはかわそうともせず、あえて名雪の攻撃を受ける。
 胸板が切り裂かれ、袈裟掛けに斬られたように斜めの傷が生まれる。

「お父さんにもお母さんにも、どうすることもできなかったんだよね」
 しかしその傷からは血の一滴すら流れることなく、砕けた水晶の破片が舞い落ちるのみである。

「でもね、お母さんがいて、祐一がいて・・・みんながいてくれるから。
 私は寂しくなんかない・・・・・・私には戦うためのパートナーがいるから」

−・・・・・・−
 のっぺりとしたピグマリオの顔面からはなにも推し量ることは出来ない。

「最後に・・・・・・一言だけ言わせて」

 改めてみると不思議な姿だった。
 水晶の彫刻。その形容が最も相応しいだろう。

 しかしその表面には何もない。
 顔もなく、筋肉の隆起もなく、ただヒトの姿をしているだけの存在。

「お父さん・・・お母さんを愛してくれてありがとう・・・
 私という命を、この世に生み出してくれてありがとう・・・
 私は・・・そんなお父さんが好きです!
 お父さんの娘であることを、心から誇りに思います!」

 それでも名雪には見えていた。何もないピグマリオの奥にいる父の姿を。

「だから・・・お父さん。あなたを討ちます!
・・・それが、お父さんにとっての幸せだと解るから・・・」
 名雪が駆け出す。全ての想いを刃に込めて・・・


「秋子さん!」
「はい!飛翔斬・改!!」
 秋子がライトサーベルを片手に持ち、すべるように地面を駆ける。
 そして飛び上がりつつ切り上げた。

 ピグマリオの体に、また一つ傷が刻まれた。

「覚えていますか・・・・・・私とあなたが初めて出会ったときのことを?」

−・・・・・・−

 名雪の時と同じように、ピグマリオは微動だにせず攻撃を受ける。

「初めて出会ったときのあなたは、いつも意地悪で、変なことばかり言って・・・
 でも、そんなあなたといるだけで、私は不思議な気持ちになった」
 ピグマリオの胸に斬撃を受けた場所を中心として放射状の亀裂が生まれる。

「あなたといるだけで・・・・・・私は暖かかった。心が安らいだ。
 あなたと一緒になることは、私の心からの想いだった」
 動かないピグマリオから視線を逸らし、天井に視線を向ける秋子。

 そこは黒曜石に幾つもの宝石がはめ込まれた、巨大な天文図だった。

「それが叶ったとき、私は幸せだった・・・
 みんなは嫌だと言うけれど、あなたの好きなあのジャムは、いまでも家の朝食にのぼっているわ」
 天に描かれた星は何も語らず、穏やかに光を放つ。

−・・・・・・−
 微かにピグマリオが反応を見せた気がするのは気のせいだろうか?

「祐一さんはそんなあなたによく似ているわ。
・・・言葉ではぶっきらぼうでも、心の奥では大切な人を誰よりも想うことが出来る。
 心の底から他人の幸せを願い、心の底から他人の苦しみを哀しんでくれる人。
・・・私も名雪も、そんな祐一さんが好き・・・」

−・・・・・・−
 再びピグマリオに視線を戻す秋子。

「私達は大丈夫。あなたを失っても、私達は前に進める。
 だから、心配しないで。あなたの魂が還っても・・・・・・私達は歩けるから。
時の流れが、私達を強くしてくれたから」
 秋子は微笑んだ。
 嫣然としたその微笑みの奥には海溝の深さにも似た深い慈愛にあふれ、
 その決意は夏空に輝く太陽よりも熱かった。

−・・・・・・−
 ピグマリオは微かに首を動かす。

 それは最後の『彼』の遺志。

「ありがとう・・・」
 秋子は再び構える。

 それこそが、真の決戦の始まり・・・


 ピグマリオが手をかざす。

 同時に部屋のあちこちに光の柱が生まれた。

 ピグマリオとカラテアはそれぞれ違う光の柱の中に立った。

 鈍く輝きを放つピグマリオ、そしてカラテア。

 そこで初めて、彼らは攻撃の意思を見せた。


         *


−・・・・・・−
 ピグマリオはその動きで素早く名雪、秋子の攻撃をかわし、右腕を突き出す。

「なんだっ!?」
 突き出された右腕からは立方体のエネルギーが打ち出され、彼等へと飛んでゆく。

「のやろっ!」
 祐一が、横にかわしつつ銃弾を撃つ。

 しかしそれらは、ピグマリオに傷一つつけない。

−・・・・・・−
 無数の光弾が放たれる。それらは赤、緑、青、紫に輝きながら3人へと襲いかかる。
「させない!ハート・ビーム!!」
 名雪が胸元に力を収束させる。

 それはやがて巨大なハート状のエネルギーとなる。
 ピグマリオが打ち出した光弾へ向けて飛んでゆく。
 一つ、また一つと光弾が相殺される。
 それでも何発かは相殺しきれずに、名雪に襲いかかる。

「名雪!」
 秋子がライトサーベルを一閃し、襲い来る光弾を一閃する。

 そのまま飛び上がる。

「はぁぁぁぁぁぁ!!彗星脚!!」
 全身を青白いオーラに包み、秋子が蹴りつける。

 一本の矢の如くピグマリオへと突進して行く。

−・・・・・・・!−
 刹那、ピグマリオの全身が光に包まれる。
 光は防御壁を形成し、突進する秋子を受け止め、反発するエネルギーがスパークを起こす。

「お母さん!」
 名雪の叫び。

 秋子の突進するエネルギーとピグマリオの防壁のエネルギー。
 それらの余波が周囲に稲光の如く飛び交う。
 それは秋子にせよピグマリオにせよ例外ではない。
 弾けるエネルギーが光の刃となって2人の全身を傷つけて行く。

「くっ・・・」
 秋子の頬に一筋の傷。

−・・・・・・・!!−
 ピグマリオを構成する水晶に亀裂。

 傷ついた秋子の肉体は己の血で赤く彩られる。
 ピグマリオからは体を構成するエネルギーが漏れだしている。

 攻撃できない名雪が祐一に救いをもとめんと祐一を見る。

「ど・・・どうしよう、祐一!?」
 祐一は己の武器の銃口を2人に向けていた。

「モードチェンジ!ラジカルザッパー!!」
 驚愕する名雪を後目に、祐一は武器を変形させて行く。

 銃口、刃、グリップが左右二つに割れ、祐一は両手で分離して左右二つになったグリップを握る。
 銃口周辺には青白い粒子が幾つも集まる。
 とてつもない規模のエネルギーが収束しつつあることが名雪にも解った。
 しかしそんなものを当てれば秋子とて無事には済まない。

「祐一、お母さんも撃つの!?」
「大丈夫だ。あの人ならかわすっ!!」
 祐一の銃から直径1メートルにも及ぶ極太のレーザーが射出される。

 抜山蓋世の威力を持つ光線が、2人めがけて打ち出される。
 空を貫き、音速を超える粒子は衝撃波の爆音を生み、光の刃が飛んでゆく。

「はっ!」
 刹那、秋子がピグマリオに対して反発するようにエネルギーを打ち出す。

 それは反力を産み、秋子を下がらせピグマリオをレーザーの射程内に押し込む。

−ずどどどぉぉぉぉぉ!!−

 轟音と共にレーザーがピグマリオを射抜く。
 しかし幾ばくかは反射或いは拡散でもさせたのか?
 ピグマリオの胸に穿たれた穴は拳程度の大きさしか無かった。
 衝撃波で大きく飛ばされるピグマリオ。
 水晶の肉体を大地に晒し、ピグマリオは倒れ伏した。

「やったか!?」
「あ・・・」
「あなた・・・」
 祐一、名雪、秋子が駆け寄る。

 だが・・・まだ終わってなどいなかった。

−・・・・・・!!!−
 ピグマリオの全身が輝く。

 飛び立つピグマリオ。その気配は最早人のそれではなかった。
 あれは最早あの人ではない。秋子にはそれが確信できた。

 別の意志で動く、ピグマリオという存在。
 ピグマリオの左腕に力が収束されて行く。
 紅蓮の炎を封じ込めたような光の玉が握られ、そして投げられた。

「なっ・・・」
 咄嗟に防御しようとするが間に合わない。光は爆ぜ、爆風が3人を吹き飛ばす。

「そんな・・・・・・これは・・・」
 全身の痛みを必死で押さえながら名雪がピグマリオを見上げる。

「あれは・・・」
 秋子が天を仰ぐ。

「何だ・・・?」
 動かぬ体に鞭打ち、立ち上がった祐一は見た。遥か空の上から感じる意志を。
 そしてそれこそがピグマリオを操る正体だという事を・・・


         3


「お母さん・・・・・・」
 カラテアと向かい合いながら、あゆは呟くように言った。

 カラテアの全身は薄緑色に輝いていた。

 男性をイメージした姿であるピグマリオンとは対照的に、
 ふくよかな女性をイメージさせるラインを持ち、
 側頭部にはツインテールのお下げ髪のような飾りともつかない体と同じ色の水晶が伸びていた。

「あれは・・・あゆさんの?」
 ロッドを構えつつ、カラテアの隅々まで見つめながら佐祐理は訊ねる。

「うん・・・ボクのお母さんだよ。8年前に死んで・・・それからずっとこうして人柱としてここにいる」

「どういうこと?」
 剣を正眼に構え、舞はじりじりと間合いを詰めていく。

「2人ともこの世界が魂を砕く場所であるという事は知っているよね」
 舞と佐祐理は頷く。

「でも、ヒトの魂だけはそうはいかないんだって・・・
 この場所で無理矢理砕かないと悪霊になって生き返ることを願う・・・
 だから、そのためのシステムがこれ・・・ヒトの魂をソウラスに還す装置」

「人柱・・・つまりあゆさんのお母様はこの装置の部品にされたのですか?」

「うん・・・そして、これを維持するために、ボクが必要なんだって」
 俯き、唇を噛むあゆ。

<・・・・・・・>
 カラテアは何も言わず、何も答えない。

 いや、むしろあゆの母としての生前の意識など最早消え失せているのではないかとも思える。

「それで・・・おとなしく人柱になるの?」
 冷淡に呟き、舞は一歩前に出る。

「ならないよ・・・ボクはならない」
 武器を握り、あゆは答える。

「お母さんを救う・・・正直、ボクにはどうしていいか解らない。
 でも、このままじゃ駄目だと思う。だから・・・ボクはっ!!」
 あゆが武器をカラテアに向け、念を込める。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 武器の先からは祐一のそれと同じように極太のレーザーが生まれた。

 それがカラテアへと飛び、そしてカラテアを飲み込んだ。
 網膜を灼かれそうになるほどの閃光が3人を覆う。
 舞と佐祐理は思わず目を逸らした。


「これが・・・あゆさんの」
 驚愕の色を浮かべながら、佐祐理はカラテアを見つめる。

 カラテアの随所は砕け、全身は罅に覆われていた。

「・・・何をする気!?」
 舞が叫ぶ。

 あゆは武器を下ろし、力無く光を求めて彷徨う亡者の如くカラテアへと歩いて行く。

<・・・・・・・>
「お母さん・・・」
 あゆとカラテアが向かい合う。

 顔無きカラテアと化した母を見つめながら、あゆは言葉を紡ぐ。

「どうすればいいかなんて、わからないよね」
 顔を上げ、あゆは続ける。

「それ以前に、これが正しいことなのかも・・・わからない」
 捨てられた仔猫が通りがかった人間にすがるように、あゆの瞳は母を見つめる。

「でも・・・ボクにはお母さんが苦しんできたことは解るよ。
・・・ボクも一度は死人になった人間だから」
<・・・・・・!?>
 その言葉に微かにカラテアが反応する。驚いているというのだろうか。

「生きることが、大切な誰かといることが、それがどんなに尊いか。
 それがどんなに嬉しいことか・・・今のボクには解るんだ」
 あゆは瞳を閉じ、夢うつつのように彷徨っていたことを思い出す。
 止まった時、幻想の世界、それらの中に閉じこめられていたときのことを。

「だからこそ解る。お母さんがどんなに大切な役目を担っているか・・・」
 再び瞳を見開き、あゆはカラテアを見つめた。

「でも、ボクは見つけたんだ・・・大切な場所、大切なヒト。
・・・だから、お母さんの役割は継げない」
 あゆは微笑む、夏の日の太陽のように、希望と決意を宿し。

「正直、どうすればいいかなんて判らない。
 ・・・でも、ボクはこれが正しいと思う・・・だめかな」
<・・・・・・・>
 カラテアは答えない。その時だった。

「あゆさん」
 佐祐理だった。あたかもカラテアの意志を代弁するかの如く佐祐理は言う。

「佐祐理さん・・・」
 佐祐理はカラテアとあゆを交互に見つめ、唇を開く。

「私にもどうしていいのか解りません。
・・・いいえ、多分それに対する答えを出せる人間は過去にも今にもいないと思います」
 当然だった。

 生死の理。
 それはヒトがこの地上に生まれ出てから幾星霜の時の中で幾人もの哲学者達が論じてきた。
 だが、いまだ答えのでない究極の命題。
 それを操る存在をどうしろなどと、明らかにヒトの域を越えたことだった。

「ですけど、これだけは言えると思います。
 ・・・それは、人に出来ることはたった一つだけだということ。
 たった一つのそのことをする覚悟をもてるのかということ」

「たったひとつのこと・・・」
 佐祐理の言葉を反芻し、あゆは佐祐理を見つめる。

「そう。それは、自分の正しいと思える選択をすること。
 知っていますか?
 正しいとか、間違っているとか。
 善悪の概念なんていうものは『終わってしまったこと』に対してしか使えないということに」

「終わったこと?」

「はい。
 あゆさん、あなたは何かをしているときに『自分は正しい』と思っていますか?
 いえ、客観的に見て正しいか判断できますか?」

「出来るわけ・・・ないよ。そんなの終わってみなくちゃ・・・」
 その答えを聞き、佐祐理は満足げに微笑む。

「その通り。だれだって不安なんです。
 自分のやっていることは間違いなのか、正しいのか・・・
 ですけどあゆさん、かといって『何もしなければ』あなたは一生後悔します。
 自分でやった結果もたらされた後悔なら、いつかはその後悔を払うこともできます。
 でも・・・何もしない後悔は、一生あなたの心に枷となって残ります」

「佐祐理さん・・・」

「私はお母さんになったことはないから解らないですけど・・・
 でも、自分の子供には自分が正しいと思えることをして生きて欲しい。
 そう思うはずです・・・少なくとも、私はそう思います。
 所詮ヒトにできることは『自分が正しいと思うことをする』だけですから」

「・・・・・・・」
<・・・・・・・>

 向かい合う母と子・・・物言わぬカラテアを見つめ、あゆは頷く。

「そうだよね・・・ボクの正しいと思うことは・・・」
 あゆの銃口がカラテアを捉える。

<・・・・・・・>
 微かにカラテアが何かを言ったような気がした。

 あゆの母が何を思ってこうしているのかは解らない。それでもあゆには解った。

 カラテア・・・母が理解してくれたという事を。
 あゆの全身から紫色のオーラが立ちのぼり、大鴉の如く紫の翼があゆの背に顕現する。
 光の翼をはためかせ、あゆは舞い上がる。

「お母さん・・・約束するよ・・・ボク、全てを終わらせる」
 あゆの全身が光に包まれ、光の繭のようにあゆは光に覆われる。

 カラテア、舞、佐祐理の見守る中、繭は砕け、あゆの姿はオーラに包まれた巨大な鳳凰へと変化する。
 鳳凰と化したあゆの瞳がカラテアを捉え、それに答えるかのようにカラテアは動いた。
 右腕を剣に変化させ、あゆを迎え撃とうと構える。

 佐祐理と舞もそれぞれの武器を構え、臨戦態勢をとる。

「あゆさん!・・・・・・クリスタルショット!」
 佐祐理のロッドからは氷の弾丸が放たれる。

「あゆ!・・・・・ガンフレイム!」
 舞が剣から炎を打ち出す。

 カラテアはあえて避けようともせずにそれを一身に受け、ただただあゆの姿だけを見つめていた。

「行くよ・・・お母さん!SLCダイブ!!」
 あゆが変化した鳳凰が一際高く鳴く。

 翼をはためかせ、紫に輝く燐光をまき散らし、一筋の矢となってあゆは母へと飛んでゆく。

<・・・・・・・>
 カラテアは剣を下ろす。

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
 叫びと共にあゆは飛ぶ。想いと力を込めて。

 衝撃。

 砕け散るカラテア。

 砕けた水晶の欠片が辺りの光を反射し、光を放ちながら飛んでゆく。
 それは砕け散る魂の象徴のように辺りへと拡散し、そして消えた。

「・・・・・・終わった?」
 舞の足下。

 そこには辛うじて原型をとどめながらも、亀裂だらけのオブジェと化したカラテアが倒れ伏していた。
 生気の欠片すら最早感じられなかった。
 強烈な『死』を舞は感じ取ることが出来た。

「・・・・・・・あゆ」
 舞の声など届いてはいなかった。

 カラテアの前に立つあゆ。拳が握られ、俯く。
 頬を伝い、こぼれ落ちる一筋の涙。膝をつき、両手を地面につける。
 小さな嗚咽が広い空間に広がり、木霊する。

「正しい・・・とは言いません」
 佐祐理はそんなあゆの肩に手を置き、口を開く。

 小さな肩が震えていた。佐祐理の声など聞こえていないのかもしれない。
 にもかかわらず佐祐理は続ける。かつて同じ過ちを犯したものとして。
・・・肉親殺しの十字架を背負うものとして。

「あなたの心には大きな傷があります・・・それは永遠に消えることは無いでしょう。
・・・・・・DEPART FROM THIS WORLD(帰らぬ旅路)に至るその時まで」
 その言葉に微かにあゆの体がぴくりと動く。

「あゆさん。これは終わりではないんです」
「なら・・・」

「なら?」
「佐祐理さんは、答えが解るの!?これから先どうすればいいか、その答えが解るの!?」
 振り向き、佐祐理に詰め寄るあゆ。
 顔は涙に歪み、全身は後悔に震えながらつかみかからんほどの勢いであゆは言う。

「何が・・・解るの?」
 佐祐理の襟首を掴み、そしてあゆは再び頭を垂れる。

「あゆさん・・・」
 しかし佐祐理は何ら臆することなくあゆの瞳を真っ向から見つめ、答えた。

「私も同じ・・・大切な人を殺したという罪を背負っています」
「!?」
 その言葉にあゆは再び佐祐理を見上げる。

 瞳が向かい合う。あゆの悲哀に彩られた瞳と、佐祐理の真摯な瞳が・・・

「私には一弥という弟がいました・・・
 ですが、一弥はあゆさん、あなたの半分も生きることが出来ずにこの世を去りました」
 佐祐理の告白は続く。

「なぜだか・・・解りますか?」

 首を振るあゆ。
「全ては私のせいでした・・・
 私は忙しいお父様とお母様のかわりになって、一生懸命一弥を育てようとしました。
 甘やかしてはだめ、厳しく・・・でも、それは一弥から生きる力を奪ってしまった」

「そして・・・死んだんだね、その人」
 無言で佐祐理は頷く。

「それからずっと・・・私はその十字架から逃れられることはありませんでした。
 でも・・・この世界で一弥に会って、漸く理解できました」

「?」
 一呼吸置き、佐祐理は一言一句はっきりと言った。

「それは生きる限り、その罪を償わねばならないということ。
 あゆさん。あなたはお母様と戦う前に交わした約束を忘れましたか?」

「!」

−お母さん・・・約束するよ・・・ボク、全てを終わらせる−
 先程の自分の言葉があゆに大きくのしかかる。

「まだ終わってはいないのです・・・なら、解りますよね」
 そう言って佐祐理は微笑む。

「うん」
 表情を引き締め、あゆは答えた。もう迷わない、そう言おうとしたときだった・・・

「危ない!避けて!」
 舞の切迫した叫びが響く、慌てて振り向いたその先・・・

「カラテア!?」
「お母さん!?」
 カラテアが突如ぴくんと起きあがり、右腕を剣へと変形させて2人へと襲いかかる。

 武器を落としていた2人にはかわしようがない。
 蒼白な表情、時間がやけに遅く感じられる。
 死の刹那はそのように感じると佐祐理は聞いたことがあった。
 終わりか、どうしようもないのか、そんな考えが頭をよぎる。

「させない!」
 その時、2人の前に一つの影が現れる。
 2人をかばうように立つ舞。

「ぐふっ・・・・・・!!」
 舞の背にカラテアの刃が突き刺さる。
 刃は舞の胴体を射抜き、腹から血にまみれた水晶がその切っ先を2人に向けて現れる。

「舞・・・!」
「舞さん・・・」
 目を見開く佐祐理とあゆに、舞の血が吐きかけられる。

 舞の肉体は目を見開かれたまま生気を失い始め、皮膚の色が青白く染まり始める。
 佐祐理の腕の中へと舞が崩れ落ちる。

「ま・・・い・・・・?」

 呼びかけようと答えない。
 動かそうとも動かない。

 背と腹の傷から流れる赤く暖かいそれは流れ出る命を象徴していた。
 流す血に反比例して舞の生気が失われていく。

「う・・・あああっ!!」
 あゆが落とした武器を掴み、カラテアへと撃つ。

 しかし、なんということか。
 カラテアはそれらを全て弾き、
 あゆの抵抗を嘲笑うかの如く、
 佐祐理に右手から放たれた立方体のエネルギー弾を幾度も放つ。

「きゃああっ!」
 それらを受け、佐祐理の華奢な体が風に吹かれる塵の如く吹き飛ばされた。

 舞ともども吹き飛ばされ、2人の体が赤く染まる。

<・・・・・・!!>
 カラテアの全身が輝き、宙に浮かび上がる。

 彼方から飛来するもう一つの水晶の肉体。
 間違えようもない。祐一達が戦っていたピグマリオだった。

「あゆ!大丈夫か!」
 祐一、名雪、秋子が駆け寄ってくる。

「秋子さん!舞さんと・・・佐祐理さんが・・・」
 蒼白な顔であゆが舞と佐祐理へと視線を移す。

「なんて・・・こと」
 呆然とする名雪。

「まずい!みんな逃げろ!!」
 祐一が叫ぶ。

 その声に一斉に全員がピグマリオとカラテアを見る。

 光に包まれ、融合して行くピグマリオとカラテア。
 飴細工のように二つは溶け合い、そして一つの八面体の水晶へと変化を遂げる。

 水晶は輝く。

 その全身から溢れ出すエネルギーの奔流は彼等に恐怖を与えるには十分すぎる程の力だった。

 水晶が光を放つ。全身から発せられるエネルギーはレーザーの形となり、彼等の体を射抜いて行く。

「くそっ・・・避けきれない!・・・うああっっ!」
 祐一を吹き飛ばし。

「祐一・・・ああぁぁぁぁぁぁっ!」
 その隙に気を取られた名雪の背を撃ち。

「そんな・・・みんなっ・・・うぐぅぅぅぅぅっっ!」
 あゆの小さな体を地面に叩きつけ。

「これが・・・私達のやったことは・・・きゃぁぁぁぁぁっっ!」
 呆然とする秋子にも容赦なく・・・

 光の照射が止み、水晶が再びピグマリオとカラテアに戻り大地に降りた。
 そこには、折り重なるように6つの赤い躯が横たわるのみであった・・・


         4


 闇。
 一面に広がる闇。

 風。 
 滔々と続く体を撫でる風。

 光。
 闇の間をぬって続く、光の道。

 光は闇に満たされた世界の中で、あまりにもか細く、儚い。
 光の道、それは蜘蛛の糸のように細い線が二本平行に並び、小さな光の筋に見せているものだった。
 
 その上は小さな模型機関車が走り、ソウラスの満たされた客車を引いてどこかへと向かっていた。

「ここは・・・どこだ?」
 醒めやらぬ頭を頭を必死に振りながら、祐一は辺りを見回した。

 見覚えが無く、あまりにも非現実的な光景。
 それを見つめながら、自分がどのような状況におかれているのか必死で理解しようとする。

 そして傍らに倒れ伏す少女の存在に気がついた。

「名雪!?」
 名雪の体を抱き起こし、祐一は物言わぬ名雪に呼びかける。

「おい!名雪、起きろっ!!」
 体を揺すり、耳元で叫び、祐一はひたすら呼びかける。

「うにゅ・・・・・あれ、祐一?」
 願いが届いたか、名雪はうっすらと目を開き、焦点定まらぬ瞳でぼんやりと祐一を見上げる。

「名雪っ・・・!」
 華奢な名雪の体をひしと抱きしめる祐一。

「わ・・・祐一・・・苦しいよ」
「あ・・・すまん」
 慌てて名雪の体から手を離し、照れた顔を見られまいと後ろを向く。

 きょとんとしていた名雪。
 だが、やがてそんな祐一の様子がおかしかったのかくすくすと微笑む。

「笑うな」
「あはは・・・ごめん」
 ぶっきらぼうに答える祐一に答えながら、名雪は辺りを見回す。

「ここは?」
「俺にも解らない。そうだ、あゆ!秋子さん!」
 側にいたのは名雪だけだった。虚空の闇に必死で祐一は呼びかける。

「舞さーん!佐祐理さーん!」
 名雪も続いて呼びかける。

 しかし返ってくる答えなど無く、走り抜ける模型機関車のみが見えるのみであった。

「畜生!秋子さ・・・・・!」
 再び祐一が呼びかけようと声をあげたときだった。


−やかましい奴らよの・・・ここがどこだか解っておるのか?−


 聞き慣れない声が届いた。

 ただそれは何かが聞こえたかというよりもむしろ、祐一の心に直接語りかけたような感覚がする。

「・・・名雪?」
 それは若い女の・・・というよりむしろ少女の声といった方が正しかっただろう。

 一瞬名雪の声かと錯覚する祐一。

「違うよ。私言ってない」
 首を振る名雪。

「お前は誰だ!?ここはどこだ?」
 闇へと向かって問いかける祐一。

−やかましい死人じゃ・・・まあ良いわ。そこにある機関車の後を追え−

 言われて祐一と名雪は機関車がある特定の方向へ向かって進んでいることに気がついた。
 僅かに躊躇するも、やがて意を決して歩き出した。


         5


 どれほど歩いたのだろうか。

 やがて光の線路の数が多く増し始め、辺りは光に埋め尽くされるようになる。
 そして祐一と名雪は見た。

「な・・・?」
「翼の・・・人?」
 それは歳の頃は14、5歳の少女の姿をしていた。

 腰まで届く長い髪、年齢の割に整った面立ち、
 やや幼さがのこる体、白磁器のように白く輝く肌、
 だが真に驚くべきはその背から伸びる純白の翼。
 そしてその足下に倒れ伏しているのは・・・

「あゆ!?」
「あゆちゃん!?」
 倒れたあゆに少女は手をかざし、物言わぬあゆを見つめていた。

−こやつの係累か?お主らは?−

 少女が面を上げ、祐一と名雪に問いかける。

「ああ・・・」
 祐一が少女の元へ一歩足を踏み出す。


−なるほど・・・漸く合点がいったわ。
 余の意志に叛意を示し、ピグマリオとカラテアに戦いを挑んだ輩か・・・−

 少女は無表情だった。
 悲しみも、怒りも、喜びも、楽しみも、憎しみも、
 無表情という仮面に全てを隠し、淡々と語りかける。

「何だと!?」
「じゃあ、じゃあ私達を倒そうとしたのは、あなたなの?」
 驚きとともに少女を見つめる2人、少女からは何も感じられない。

 自分たちに攻撃しようとする意志も、ましてや憎しみなども無い。

−余ではない、いや、余の意志とも言える−
 少女は俯き、意味の推し量れぬ答えを述べる。

「どういうことだ・・・いや、あんたは何者なんだ?」

−余は星の巫女・・・星の命を護り、そして紡ぐ呪詛に縛られた者・・・−

「星の・・・巫女?あなた、もしかして?」
 確かに秋子は『星の巫女がいる』と言った。それを思いだした名雪が訊ねた。

−人柱は余の呪詛を生かすための糧に過ぎぬ・・・いわば余はサザンクロスの心の臓−

「つまり・・・あんたがサザンクロスというシステム『そのもの』なのか?」
 祐一が訊ねる。彼女の話を統合するとそういうこととしか思えない。

−そういうことじゃ−

 少女はあっさりと首を縦に振った。
「何故だ?」

 −?−

 首を傾げる少女に、祐一は更に問いかける。

「何故、あんたはそんな役割を担っているんだ?」
 唇を噛み、拳を握り、怒りに体を震わせる祐一。

−何を哀しんでおる?何を怒っておる?
・・・お主がそんなことをする必要もあるまい?−

「・・・・・・・」
 祐一は答えない。
 ただただ涙をこらえながら少女を見つめる。向かい合う祐一と少女。

−まあ、よかろう・・・聞かせてやろう。星と余が背負った・・・輪廻の呪詛を・・・−


次回予告


 命は還り、再び無となる。

 無は有となり、再び生まれる。

 その役割を背負わされた少女。

 少女と祐一、名雪、そしてあゆ。

 邂逅は、最後の決断を彼等に迫る。

 生と死を司る場所で起きる奇跡とは?

 次回、" Kanon" side story "DEPART FROM THIS WORLD"
    最終章 魂の還るところ

 ・・・・・・・ありがとう。

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