" Kanon" side story "DEPART FROM THIS WORLD"



      第U章 部屋の中の銀河


      −高原は生きている、音楽の調べと共に
              千年も歌い継がれた、歌と共に−

               "Prelude and The sound of Music"

                    サウンド・オブ・ミュージックより


          1


「ね、祐一・・・あれ、なんだろ?」
 大学からの帰り道、名雪が祐一を呼び止めた。

「ん?」
 そこは悪く言えば薄汚れた、よく言えば年期の入ったショーウインドウに無数の陳列物が並ぶアンティークショップだった。

瀟洒な木の扉には、やや黒ずんだベルが取り付けられており、その左右にショーウインドウがあった。

 広さ自体は決して大きいものではなく、せいぜい幅は数メートルといったところだろう。
左側のショーケースには今時珍しい手巻きで稼働するミシンや古びたパイプ、ランプ、ロッキングチェアー等といった生活用品のアンティークが、右側のショーケースには極彩色の羽根模様が見るものを魅了するような蝶の標本、丁寧に駒の一つ一つに彫刻が施され、本物の兵士や騎士を彷彿とさせたチェスのセット、果ては管楽器の頭を取り付けたような形をした初期のレコードプレイヤーといった趣味のアンティークが置かれていた。

「こんな店があったんだな・・・気がつかなかった」
 祐一もこの街に暮らすようになってからもう2年は経っていた。

それでも、毎日見ているこの街の景色も意外と気づかないところがあるんだなと漠然と感じていた。

「ね、覗いていかない?」
 名雪が祐一の手を取り、にっこりと微笑みかけた。

「そうだな」
 別に予定もなかったし、名雪につき合うのも悪くないと思った祐一が答えたときだった。

「あ、祐一くーん、名雪さーん」
 声のした方を振り返る2人。確かめるまでもなくあゆだと解っていた。
 手を振りながら走ってくるあゆ、2人に近づこうとした刹那・・・

−どしゃっ!−

 と派手な音をたてて2人の目の前に顔からランディングしていた。

「・・・大丈夫?」
 名雪があゆの手を取った。

「うぐぅ〜・・・・痛いぃ」
 派手にぼろぼろと大粒の涙を流しながらあゆが起きあがる。

「・・・お前、学習とか進歩って言葉知らないだろ・・・・・・」
 涙目のあゆと体についた埃をほろってやる名雪の姿を交互に見た祐一が、呆れたように呟いた。


「で、何やってんだ?お前」
 ようやく泣きやんだあゆに祐一が訊ねた。

「秋子さんに頼まれて、お買い物」
 そう言いながら買い物かごを2人に見せた。

「豆腐とか卵が入っていなくて良かったな」

「うぐぅ!余計なお世話だよ!って、何、この店?」
 ぷい、と横を向いたあゆが祐一達が入ろうとしていた店に気がついた。

「ああ、ちょっと入ろうと思ったんだが」
「あゆちゃんも一緒に行く?」
「うん」
 頷き、三人はからからと乾いた音を出すベルの取り付けられた扉を押した。


         2


 店内は昼だというのにも関わらず薄暗い。
 天井からつり下げられている白熱灯の輝き、
 埃っぽい空気、
 木目の床に木霊する靴音すらもが一層その骨董品独特の雰囲気というものをより際だたせていた。

「ねこさん・・・」
 名雪は陶器で出来た猫の置物に心を奪われて、それをじっと見つめていた。

 遠くを見つめるスーツを着たシャム猫の像で、引き締まった体躯と鋭い視線が愛らしさよりもむしろ気高さを感じさせている。

『耳をすませば』という漫画に似たようなのが出ていたなあと祐一は思った。

「ううう・・・・」
 思わず手に取ってみようと名雪が手を伸ばす。

「お気に召しましたかな・・・?」

「!?」
「な・・・?」
 突然響いた男の声に名雪と祐一がいきなり心臓を鷲掴みにされたような錯覚に囚われた。


「・・・いかがなされましたかな?」
 男が不思議そうに2人を見比べる。
 
 低く、そしてよく通るチェロのような声、やや白髪が混じった髪、背は170センチ程度だろうか。
 焦げ茶色のベレー棒を被り、紺色のエプロンをつけた50歳くらいの男だった。
 エプロンにはこの店の看板と同じロゴがプリントされている。ああ、この店の店主だなと祐一は思った。

「ねこさん・・・」
 が、名雪はすぐにいつものペースに戻っていた。

 祐一はそんな名雪の様子を苦笑混じりに見つめながら男に視線を移した。

「いい店ですね。この街で暮らし始めてから2年くらいになるけど、初めて知りましたよ」
 と、話を切り出す祐一。

「ハハハ、まあそんなものですよ。こんな古びた店などそうそう好んで入る者はおらんでしょうからな。そう考えると今日は千客万来です」
 笑って店主は答えた。そんなとき、店の奥のカウンターから聞き慣れた声が聞こえてきた。

「すいませーん。もう大丈夫そうですから」

「この声は・・・?」
 よく通る澄んだ女の声がした。しかも祐一はこの声の主に心当たりがあった。

「ほら舞、大丈夫?」
「・・・大丈夫・・・気にしないで」
 見るも鮮やかな亜麻色の髪の少女が、どこか顔色の悪い黒髪のリボンをつけた少女の手を引いて歩いてきた。

「佐祐理さん・・・に、舞!?」
 祐一が驚いた声をあげる。

「ほえ?祐一さんですか?」
「・・・祐一?」
 驚いたのは佐祐理も舞も同じだったようで、目を丸くして見つめ合う3人。

「驚いた・・・卒業式以来でしたっけ」
「ええ、そうですよ・・・ほんとひさしぶりですねぇ」
 感慨深げに佐祐理が言った。

「お知り合いですか?」

「昔・・・同じ学校だった」
 店主の問いに答える舞。

「舞も元気だったか?」
 と、訊ねてみて舞の様子が何処かおかしいことに気がつく。
 肌の色には生気がなく、呼吸も少し荒い。素人目にも何かおかしいことが解った。

「・・・私は大丈夫・・・」
 それでも精一杯舞は言う。

「買い物に来たんですけど、舞の気分がすぐれなかったので、しばらく休ませていただいていたんです」
 佐祐理が説明した。

「体はなんともないから・・・気にしないで」
「そうか?無理はするなよ」
 そこまで言われては祐一も言葉はなかった。

「舞さんと仰いましたか?・・・人は自分が今どのような状況に置かれているかということはなかなか解らぬものです。気をつけなされ」
「ありがとう・・・祐一、おじさん」
 2人の言葉に会釈する舞。

「ああ」
「気になさらずに」


 そのとき、微かに店主の表情に陰りが見えたことに祐一は気がついた。
 それはまるで過去に何か大きなものを失ってしまったような、
 それ故に今だ自責と後悔の念に押しつぶされそうになりながら生きている。そんな気がさせられた。

「気づかない・・・確かにそうだ。だから、みんなしなくていい後悔をする羽目になる・・・自分も、それに関わった人も」
 自分の過去を思い出し、まさかこの男もかつての自分と同じような奇跡を味わい、何かを見たのだろうか?

 ふとそんなことを考えてしまった。

「そうですね・・・私も、頭悪い子だから」
 佐祐理が微かに憂いの表情をのぞかせた。

「佐祐理さん?」
 怪訝に思った祐一が、佐祐理に訊ねた。


「もうすぐ・・・あの子の、一弥の命日ですから」
 微かに俯きながら、佐祐理が答えた。

「・・・すいません」
 一弥、佐祐理の弟『だった』存在。佐祐理の、否、倉田家の過ちが奪った命の名前だった。

「別に祐一さんが謝ることもないですよ」
 佐祐理はすぐにいつもの笑みを浮かべて答えた。

「(・・・この人も、どれくらい重い十字架を背負っているんだろう?)」
 祐一はそんなことを思ってしまう。

 だが祐一の心に浮かんだその疑問は、あゆの言葉に一瞬のうちにかき消されてしまった。

「祐一くーん!名雪さーん」
 祐一と名雪が振り返ってみると、棚の影からあゆが手を振って手招きしていた。

「何か気に入りましたかな?」
 店主が祐一と名雪の間を抜けてあゆの方へと向かっていく。
 祐一、名雪、佐祐理、舞は無邪気なあゆの様子に苦笑しながら、店主の後を追った。


         3


「ね、すごいよ!そう思わない?」
 あゆが瞳を輝かせながら祐一の手を取った。

「あ・・・ああ」
「模型だね・・・でも、すごいよ」
「ほえ〜・・・壮観ですね」
「綺麗だ・・・」
 それは軽便鉄道の模型だった。
 
 実物なら10メートルあるかないかという小型の蒸気機関車に、その後ろに連結されている木製の客車が二つ。

 そして店の端から端まで続く鈍く銀色に輝くレールの脇には、掌に乗るような小さな幾つものガラス細工の像が飾られていた。

 列車の出発点と思しき端のホームには銀細工が施された柱が置かれていた。

 それに続いて白鳥、親子の熊、二匹の猟犬を連れる牛飼い、弓を構えるケンタウルス、ペガサスといった無数のガラスの像が線路の横に飾られていた。しかも薄暗い店内に時折入る陽光がそれらに当たると、さながら命が吹き込まれたかのようにガラス細工がその光を絶妙に屈折させ、像全体が輝いて見えるのだ。さながら漆黒の虚空である宇宙に突如星が生まれるかのように。それは作り物でありながら圧倒的な存在感を持って彼等の前に存在し、まるで虚空の宇宙の中で1人漂っているかのように錯覚させた。

 その光景はさながら、部屋の中の銀河とでも言えるものだった。


「・・・銀河鉄道の夜・・・」
 暫し茫然自失としていた祐一達があゆの言葉で我に帰った。

「その通り。良く気づいたね。これはとあるガラス職人が作ったガラス細工と私が以前見つけた蒸気機関車の模型を合わせて配置してみたんだよ。あの話を元にしてね」
「へえ・・・色々あるな。でもこの時計や船のガラス細工は?」
 あの話は祐一も読んだことがあったがこんなものがでてきた覚えはなかった。

「ガラス細工は別のセットだからね。ガラス細工はみんな星座をモチーフにしているんだよ」
 店主が説明した。

「そんな星座ってありましたか?」
 時計や船、さらには旗魚(かじき)のガラス細工を見ながら佐祐理が言う。

「全部南の星座だからね。この街じゃ見ることが出来ないよ」
 意外にもあゆがその問いに答えた。

「あゆちゃん詳しいね」
「うん。銀河鉄道の夜で興味がでて、星座の本も見たんだ。これは時計座、これは旗魚座、これはアルゴ船、帆座、羅針盤座、竜骨座、船尾(とも)座の四つの星座からできているんだよ」
 あゆが得意げに説明する。

「へえ・・・しかし変なところに詳しいんだな」
「変は余計!」
 からかい混じりの祐一の言葉にあゆが柳眉を逆立てる。

「今のは祐一が悪い」
 名雪があゆに加勢する。

「ははは、仲が良いね」
 そんなやりとりを見つめながら店主が笑っていた。




「・・・買っちゃおうかな」
 模型を見ながら瞳を輝かせあゆが呟いた。

「買うって、お前金は?」
 あゆはそんなに金を持っているとは思えなかった祐一が訊ねる。もともと孤児の上に今は水瀬家の居候だ。

「・・・・・・・・うぐぅ」
「・・・んなこったろうと思ったよ」
 祐一が呆れのため息を漏らす。

 出自は解らないが鉄道模型はそれ自体結構高価なものであり、更にこのガラス細工も相当なものだろう。
 とうていあゆの小遣いでどうにかなるような代物ではなかった。


 その時店主が唐突に口を開いた。

「ふむ、いくらまでなら出せるかね?」

「え?」
「うぐ?」
「嘘?」
「?」
「・・・本当に?」
 予想もしなかった応答に5人がそろって店主を見た。

「君たちが欲しいというのなら別に構わないよ。まあ、この程度でどうだい?」
 そう言って電卓を見せる。

 彼等の金銭感覚からして決して安いとは言えない値だったが、無理をすれば買えないこともないという値段だった。

「うーん・・・買う!」
 暫し考えるそぶりを見せた後、あゆが頷いた。

「本気か?」
「いいの?」
 祐一と名雪が訊ねる。

「うん・・・良く解らないけど、このチャンスを逃したら二度と手に入らない・・・・なんかそんな気がするんだ」
 いささか自信なさげにあゆが答える。

「ふーん・・・でも、あゆちゃんがそう思うならそうなのかもしれないね。買ったらいいんじゃないかな」
 名雪がいささか神妙な顔をするが、すぐにいつもの笑みを浮かべて言った。

「ものはいいと思います。悪い買い物じゃないですよ」
 佐祐理がのほほんしながらも、こういうものを見る目があるのか太鼓判を押した。

「後悔は・・・しない方がいい」
 舞も続いた。

「まあ・・・いいんじゃないか」
 祐一はこうなったら反対する理由もないので、ぶっきらぼうに答えた。



「ありがとうおじさん」
 セットの紙包みを抱きかかえるように持ったあゆが頭を下げた。

「いえいえ、お気に入りいただきなによりですよ。そうだ」
 そして店主は懐から不思議な文様が描かれたポストカードを手渡した。

 しかも蛍光塗料か何かが塗られているのか、淡く緑色に輝いて見えた。

「これは店のサービス品です、よろしければ皆様もどうぞ」
 そう言って5人に順繰りにポストカードを手渡していく。

「ほえ?いいんですか?」
 佐祐理が思わず店主を見る。

「構いませんよ。よろしければこれからもご贔屓にお願いします」
「損して得とれ・・・?」
 舞が呟くように言う。ポストカードの表面には店の名前が隅の方に書かれていた。宣伝用なのかもしれない。

「はっはっは。まさにその通り、商売の鉄則ですな」
 豪快に笑う店主。

「はい、今度友達連れてきますから」
 名雪が言った。

「期待していますよ」
 店主が頷いた。

 そして5人は歩き出す。
 遠くに見える茜色の空、寄り添う5つの影。
 斜光が彩る長い影は、夕闇の到来を示していた・・・


       *


 5人が帰った後のことだった。

「・・・あれでよかったのですか?」
 店主がいつの間にか現れた黒装束の男に向けて訊ねた。

「ええ・・・彼等は”乗り越える”事が出来た。そうなった以上、私には彼等を導く”義務”がある。
それが・・・”あの子”であったとしても」
 微かに表情を曇らせながら男が言う。

「それが何故彼等であるというのですかな・・・COS-MOSよ」
 微かにずれた帽子を直しながら、店主は呟いた。

「かつてあいつもそう言いましたよ。CHAOS。

 だが・・・どうすることも出来なかった。それが私の運命故にね・・・彼等の中に『奇跡使い』が2人もいることもそうでしょう。

 最も1人は『暴走』しかけているようだったが。それに・・・それを止めることが出来るというならもしかしたら・・・いや、あなたには関係のない話か」

「運命・・・果たして斯様な言葉のみでくくれるほど人とは弱いものですかな・・・・・・

 私はむしろ期待しています。彼等がそれを”突破”する事をね。

 暴走も見方を変えれば殻を破ろうともがいている行為、そう思いませんか?そうすればあなたが真に望むことを、秋子さんとあなたが出来なかったことを・・・?」
 店主が振り返る。しかしそこに男の姿はない。


「・・・勝手なお方だ、言いたいことのみを述べてそうそうに引き上げられた・・・・これでは、秋子さんも不憫でしょうな」
 微かにため息をもらし、店主は窓の外を見た。厚く囂々と広がる雲は空を覆い隠し、吹き荒ぶ風が埃を巻き上げていた。

「今晩は嵐になりますか・・・」
 誰にともなく店主は呟き、シャッターを下ろすべく店の外へと歩き出した。


         4


「えーっと、とりあえず全部そろっているね」
 あゆが説明書と買ってきた中身を見比べながら呟いた。
 
 ガラス細工のセットはどうだか解らないが、機関車は市販の鉄道模型と差違はなかった。

 輸入品なので変圧器が入り用であることを除けば、普通の模型だった。

 鉄道模型というのは基本的には金属性のレールに電流を流して、車輪から電気を受け取って走行するという原理である。

 要は電車の架線に当たる部分をレールが担っていると考えればいい。そしてその電気は、パワーユニットと呼ばれる電源装置で供給されるのだが、それはコンセントから受けた電気を直流に変換して、レールに流すという仕組みになっている。

「そろってなかったら無理だな。外国の製品だし、えらく古いから部品の調達も出来ないだろうし・・・」
 祐一がレールをつなぎ合わせながら言う。

「あゆちゃん、変圧器持ってきたよ」
 名雪が青いボックスを抱えながら部屋に入ってくる。

「よくあったな、そんなもの」
 輸入品を愛用する家庭でもなければそんなものはないはずである。

 多少祐一は驚いたが、考えてみたら秋子さんだったら何でも持っていそうだと妙に納得できた。
 日本は基本的に家庭用電源の電圧は100Vだが、国によっては200Vの所もある。当然そういう国で作られたものだから、使おうと思ったら200Vを100Vに変える変圧器が要りようなのだった。

「うん、お母さんに頼んで物置の奥から出してもらったんだよ」
 言って”ふう”と積もった埃を吹き落とす。

「ごほっ・・・うー・・・埃だらけ」
 しかし逆に埃を受けてむせ返る。

「・・・何やってんだか」
 いつものように祐一が呆れていた。



「できたぁ」
 あゆが両手を合わせて歓喜の声をあげた。

 Nゲージ企画のレールがあゆの部屋全体をくるりと回るように配置され、その周囲には例のガラス像が配置されていた。

 部屋の北側には小熊や大熊、山猫、ケフェウス、カシオペア、キリンといった北天の星座が、東側と西側には牡羊、牡牛、双子といった黄道の星座が、南側には南十字星、蜥蜴、時計、アルゴ船、八分儀(天体観測用の道具のこと。この星座の領域内に天の南極、つまり南極点がある)といった、名雪が「こんな星座あったんだぁ」と思わず漏らしてしまうほどマイナーな星座の像が置かれていた

「動かしてみよう」
 そう言ってあゆがスイッチを入れ、ダイヤルをまわす。
 
 微かなモーターの音を響かせながら列車が動き始めた。
 機関車の先頭のライトが灯り、客車の中が室内灯の明かりに照らされる。

「電気消したら綺麗かな?」
 言いながらも名雪が電気を消す。

 闇の中を疾走する列車。
 列車からこぼれる光。
 光を受けて輝く幾つものガラス細工。

 漆黒の空間に浮かび上がるその光景はあまりにも幻想的で、さながら見るものを全て夢の世界へと誘うような、そんな世界が3人の前に広がっていた。

 小熊の元から走り出した列車が龍の脇を抜け、小さな琴の側を通り過ぎ、白鳥へと走ってゆく・・・そんなときだった。


−・・・・テーション−

「?・・・祐一、何か言った?」
 不意に聞こえた声に名雪が祐一を見る。

「俺じゃないぞ?」
「ボクも違うよ?」
 不思議そうに首を横に振る2人。どうやら2人にも聞こえたらしかった。


−銀河・・・ステーション−

「銀河ステーション?」
 今度は確実に聞こえた。

 祐一が辺りを見回す。名雪の声でもあゆの声でもないことは確実だった。

「祐一君!あれ!」
「・・・光ってるね」
 あゆが指さす。漆黒の闇の中で白鳥の像がまばゆいばかりに輝き、その場で列車も動きを止めていた。

−銀河ステーション!−

 カッ!

 網膜を灼く程の強烈な閃光。
「何だ!?」
「うわぁっ!?」
「うぐぅっ!?」

 そして・・・三人は意識を失った。


         5


・・・・・・時を同じくして、舞と佐祐理。

「大丈夫?舞?」
 ベッドに横たわる舞に向けて、佐祐理が心配げに訊ねた。

「・・・大丈夫」
 先程に比べると、幾分か顔色にも生気が戻ってきたように見える。その言葉と様子に佐祐理が安堵の表情を見せた。

「そうなんだ。でも、今晩は一緒にいてあげるね」
 微笑み、佐祐理は言った。

「ありがとう・・・」
「いいよ。でも、苦しそうだったけど何があったの?」
 佐祐理が訊ねた。

「声が聞こえる」
「声?」
 首を傾げる佐祐理。

「声・・・闇の底から聞こえてくるような・・・呼び声」
 両肩を押さえ、震えるように舞は言った。

「舞・・・きっと疲れてるんだよ。もう寝よう?休めばきっとよくなるよ・・・そうだ、窓閉めないと」
 そう言って佐祐理が歩き出し、窓の外を見る。

「・・・・・・?」
 遥か遠くに広がる山に、一筋の光が見えた。それはか細く、針のように天に向かって伸びていた。

「あんな所に何かあったのかな・・・」
 舞に声をかけようとしたときだった。

 ゆらり。

 冥府に巣くう幽鬼の様に舞が立ち上がっていた。

 その瞳は人ならざる者の光を宿し、呼吸は荒ぶる龍の咆吼のように荒い。

 そして右手にはかつて持っていた一振りの剣を携え、全身から殺気をみなぎらせていた。

「舞!?」
 佐祐理が後ずさる。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 剣を携え、舞が飛ぶ。

 刹那、世界が紅く染まった・・・


         6


−ガシャン!−

 三人が消えた部屋の中で、秋子は差し入れに持ってきたジュースのグラスを落とした。

 輝きが今だ残る白鳥の像。
 甦る記憶。

 光。
 止めどもなくあふれる光。

 優しく微笑む1人の男。
 自分が抱いた幼い日の名雪。

 永遠の離別。
 誰一人として望まない運命。

 幾つもの記憶が頭の中を駆けめぐり、そしてふと我に還る。
「・・・行かなければ」
 コートを羽織り、秋子は走り出した。


 約束の地である、あの丘へ・・・




 後に待ち受ける邂逅と再会を今はまだ、誰も知る由もなかった・・・・・・



                   

TO BE CONTINUED......

次回予告

遠いあの日、思い出せないあの日。
 あの日から、どれだけの時間が流れたんだろう?
 ボクはどれだけ、泣き続けていたんだろう?

 ボク、月宮あゆは『かの地』に来てしまった。
 全てが終わり、そしてはじまるあの場所で、ボク達は魂の坩堝へと旅立った。

 そしてそれは、長いあの夜の始まり。
 暴走した舞さんを止めるために戦う秋子さん。
 真琴と再会する祐一くん。

 解き放たれた魂達に翻弄され、全ては輪廻の流れの中へと墜ちてゆく。

 次回" Kanon" side story "DEPART FROM THIS WORLD"

     第III章 輝けるあの丘で・・・

 二度と逢えないはずのあの人に、ボクは出会う・・・

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