-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-

第6話 ラピスの『一日』




私はラピス。ラピス・ラズリ。
私はいま、闇の中を漂っている。重力も時間も無い、永遠とも言える闇の世界を。

不意に私の前に一つの映像が飛び込んできた。あれはかつての私。水槽の中に沈められ、苦しむ私を歪んだ笑みで見つめる白衣の男達。
 薬を与え、遺伝子を組み替えることに狂喜する狂者の群。私は弄ばれていた。しかしそんな永遠とも言うべき苦痛の日々はある日突然終わった。白衣を赤く染め上げ、倒れていく狂者達。
「汝がラピスか」
狂者達をほふった男は、自らを北辰と名乗った。北辰は私を連れ去った。

次の映像は北辰に連れ去られた後の私だった。
「君も金色の目をしているね」
優しい言葉をかけた黒髪の男。彼はアキト、テンカワ・アキトと名乗った。その時、私の中で何かが変わった。
 論理的に理解不能な心理を恋というのなら、私はアキトに恋をしたのかもしれない。それからアキトは私に色々なことを話してくれた。ナデシコという戦艦のこと、彼の妻のユリカのこと、彼が引き取った私と同じ瞳を持つルリという少女のこと。

「助けに参りましたよ、テンカワさん」
次の場面は、プロスペクターとゴートという男がいた。アキトを助けに来たという。
「ユリカは?」
「残念ながら見つけられませんでした」
「そうか・・・」
「とにかくあなただけでも」
「ああ、だけどこの子も一緒だ。ラピス、一緒に行こう」
反射的に私はアキトの手を握っていた。そうしなければ、私は・・・

「復讐する気かい?」
長い髪を持つ不敵な笑みをする男。彼はアカツキといった。
「そうだ」
「だからユーチャリスがほしいのかい」
「データが必要だろう。俺がとってくる」
「その子を巻き込んで、か」
アカツキが私を見ていた。私は言った。
「私はアキトの感覚になる。この体を、アキトに」
「オッケイ。いい覚悟だ」
「感謝する」
「待ちなよ、せっかくだから戦闘訓練も受けた方がいいんじゃない」
アカツキが指を鳴らすと、黒髪の精悍な顔立ちをした白い軍服のようなものを纏った男が入ってきた。
「月臣、源一郎」
元木連軍のエース、アキトはこの男から様々な格闘術を伝授された。

「ユリカ・・・ルリちゃん・・・」
私の隣で眠るアキトは、よくそう言っていた。アキトは2人を求めている。
「何故帰らないの?」
一度だけ私はアキトに尋ねた。
「俺は料理人だ。味覚を失った以上はもう・・・」
それでも私にはわかった。アキトの2人に対する想いを。どれほど彼女たちの元へ帰りたいのかという事を。

「オロチ?」
「そう、オロチ。『火星の後継者』のヤマサキという科学者がそこにいたそうです」
プロスペクターははっきりと言った。
「そこに行けば、アキトは治る?」
「可能性はあります」

「客人とは・・・珍しい」
それがショウとの初めての出会いだった。火星の後継者との戦いを終えて、私たちはオロチに来た。
「見知らぬ人間は、治さないのか?」
 アキトが訊ねた。
「調べようと思えばいくらでも調べられる・・・大概の情報は手に入るさ。テンカワ・アキト、ラピス・ラズリ」
アキトは押し黙っていた。
「俺の、失った感覚を戻してほしい。それが、望みだ。報酬は・・・」
「ストップ」
 ショウがアキトを制した。
「どういうことだ?」
「私が望む報酬は、おまえ達の真意」
「真意?」
「そう、真意だ。私は治療を頼まれたときには、その理由を聞く。それに応じて決める」
「・・・・・・」
アキトは俯いた。
「そうだな・・・ラピス、君はユーチャリスと同調していたはずだ。私の体内のナノマシンに送ってはくれないか、彼の記憶を。私はサイボーグでね、そういう能力もあるのだよ」
アキトは黙って頷いた。私はユーチャリスに語りかけ、アキトから聞いた全てをショウに見せた。ショウの体が輝き始めた。ショウの体に埋め込まれたナノマシンと彼のサイボーグ化された時に埋め込まれた補助脳を介して彼に伝えられた。
アキトの記憶が。
「フフ、成る程」
 全てを終えたとき。ショウは頷いた。
「治療をしよう」
「・・・すまない」
 アキトがショウに頭を下げた。
「帰るところがあるというのは・・・大切なことだ」

05:40
そして目を開いたときは、見慣れた天井が飛び込んできた。アキトが料理人として再び歩くことを決めた店の私の部屋。ベッドから降りて、カーテンを開けた。朝日をバックに雀がさえずっている。
 数羽の雀がくちばしで窓をつついていた。私はテーブルの上に置かれた袋からパンをちぎり、掌に乗せて窓を開けた。
「今日も来たの?」
風が私の髪を撫で、私の髪が大きく揺れた。ユリカは寒くて嫌だと言うが、私はこの風が好きだった。肌も凍るような、朝の風が。
雀達が飛び去ると、私は着替えてアキトとユリカの部屋の扉を開けた。
「アキト、アキト」
アキトの顔は何故かユリカの足の下になっていた。ついでに言うと、アキトの腹の上にはユリカの腕が乗っている。
「うう・・・おはよう、ラピス」
アキトがユリカの下から這い出すように出てきた。這い出すとユリカに毛布をかけ直してやっていた。
「今何時?」
「5時56分。そろそろ起きたら?」
「そうするよ」
私はアキトと一階の厨房に降りた。アキトがいつものようにラーメンのスープの仕込みに入った。私もただ見ているわけではなく、野菜をきざみ始めた。
「どう、今日のスープは」
アキトが小皿に入った醤油ラーメンのスープを差し出した。出汁に使った鶏ガラの量もちょうどいい。醤油とナムプラーの割合も申し分なかった。
「大丈夫。いつもの味」
「そっか」
アキトが微笑みながら私に頷いてくれた。
「よっし、次はどうだい」

09:19
「アキトー、店の掃除終わったよー」
「アキトさん。今日の野菜と肉ここにおいときますよ」
ユリカとルリの声が飛び交う。開店40分前。私は肉を切り分けながら、アキトの料理にチェックを入れていた。
「どうラピス?問題ないかな」
「大丈夫」
アキト、楽しそう。いや、アキトだけじゃない。ルリも、ユリカも、ハリもみんなこの生活を楽しんでいる。
「ラピスちゃん、楽しい?」
ユリカの声だった。ユリカはいつも聞いてくる。楽しい?私が何故?
「どうしてですか?」
「だって、アキトと料理しているときには笑っているから」
笑う・・・?

12:18
「ようアキト、元気かあ」
「アキトくーん、私激辛味噌ラーメンね」
セイヤとヒカルが入ってきた。この2人、いつもここに食べに来る。
「いらっしゃーい」
この時期は、店の中がごった煮のよう。この小さい店に何でこんなにというくらい入れ替わり立ち替わり人が来る。アキト達の昔の知り合い、ルリのファン、いわゆるサラリーマン、他多数。
「やっぱ評判になるよねえ。美人と美少女2人のいる店だもん。ねえラピスちゃん」
ヒカルが私に話しかけた。
「どういうことです?」
「知らないのお。ラピスちゃんの隠れファンも結構いるんだよう。ほら、後ろの席の男の子なんかそう。いっつもラピスちゃんを見てるよ」
彼女の視線を追った。高校生くらいの少年。う、あれは。
「次は負けない。プレアデスで待っている」
彼はそう言い残して店から去った。
「知り合い?」
「ええ、まあ・・・」
「ラピス、春巻きの揚がり具合はどうだい?」
アキトが揚げた春巻きを私に差し出した。その言葉で私は我に返った。出された春巻きを口に運ぶ。皮は狐色に揚がり、歯ごたえもさくさくしている。皮も変にべっとりとくっついていない、中の具も程良い熱さで火の通り具合もいい。
「大丈夫、出していい」
「よっしゃっ。ルリちゃん、春巻き持っていっていいよ」
「はい」
ルリに会いたい、という熱烈なルリのファンの要望に応える形で、最近はルリもウェイトレスをやっている。もっともユリカが安請け合いしたせいなのだが。しかもセイヤが用意したフリルのついた白いエプロンとシャツに、オレンジ色のミニスカートというまるでファミリーレストランのウェイトレスのような専用の服まで着て。男達の変な視線が飛んでいるけど、別にいいか。私には関係ない。とは言っても、
「ううっ、あいつら・・・ルリさんを」
ハリにとっては嫌らしいが。
「嫌らしい目で見るなと言えばいいのに」
「客相手には言えないよ」
ま、正論。義理と人情の板挟み、とでもいうのだろうか。
「ルリルリ、その格好似合ってるよお」
ヒカルがラーメンを運ぶルリに声をかけた。
「ど、どうもありがとうございます」
ルリ、案外気に入ってるらしい。ちょっと意外、いやがっていると思ったのに。実は結構目立つのが好きだったりして。
「どうだ、俺のセンスもなかなかだろう」
セイヤが得意げに言っている。
「うーん、単にウリピーの趣味じゃないの?」
多分当たり。この服を持ってきたときのセイヤの顔が妙にいやらしかった。
「まあ、いいじゃねえか。ラピスもどうだ?コックコートでもエプロンでも作ってやるぞ」
「・・・いりません」
少し躊躇したのが自分でも意外。ルリと張り合いたいとでも思ったんだろうか。それにしてもこのセイヤという人、ナデシコではメカニックをやっていたらしいけど何でこんなものまで作れるんだろうか。アキトの知り合いは面白い。
「ラピスー、タケノコ刻んでおいて」
「はい」
アキトの声だった。

15:39
「ふう、今日は客が多かったなあ」
この店、営業時間は10時から19時になっているけど、実際は15時から17時までの間はほとんど人が来ないので実質的な休憩時間になる。
「ラピスちゃん、混み始める時間までには戻ってね」
後ろからユリカの声がかかった。厨房は尋常じゃないくらい暑い、馴れない人はそう長くいられないだろう。だから私はいつもこの時は外に出る。外の涼しい風が心地よかった。そしてもうひとつの目的。
町を歩いていると、1つの看板が目にとまった。
『ゲームセンター・プレアデス』
ここに来ることは私の日課の一つだった。店には学生らしい人間が何人かいたが、私が自動ドアをくぐるとすぐに、客の視線が全て私に向けられた。
「ぎ、銀髪の悪魔!」
これが私のここでの通り名だった。その一団の中から、ウクレレを持った一人の女性が私に歩み寄った。
「ラピスが迷路をくぐる。そりゃラビリンス、クックック」
この人はマキ・イズミ。アキトの知り合いで、最近は時々私の前に姿を見せる。『花目子』というバーで働いているそうだけど私から見れば、ただの変な人。でも私がここに来たのは実は彼女につれられたせい。と思うと、彼女を押しのけて別の人が私の前に立った。
「ひさしぶりだなラピス、一戦手合わせ願いたい」
さっき店にいた人だった。私の前にこういう人が現れるようになったのは初めてここに来たときからだった。その日は何でも『ナチュラルライチ・ラブラブ熱血大作戦』とか言うゲームの大会をしていた日だった。店の人に手を引かれてそのままチャンピオンに挑戦することになってしまった。
「う、嘘だろお!」
チャンピオンの絶叫。結果は圧勝、ユーチャリスを動かすより遥かに楽な作業だったから当たり前。彼がその時のチャンピオンだった。チャンピオンを破った私に次々と挑戦者が殺到し、私は全員を倒した。その数確か99人。それ以来、私のところには腕自慢が多く集まってくるようになった。銀髪の悪魔という通り名もこの時から。最初は何をこんな事に熱中するのかと思っていたが、なかなか私を楽しませてくれる人も最近は多いのでこれは最近の私の密かな楽しみ。
「まだ・・・勝てんか」
元チャンピオンが肩を落として私の横を去ろうとした。
「また、うちの店に食べに来てください」
なんでこんな言葉が出たのかはわからない。でも、この言葉を言ったことを私は後悔しなかった。
「ああ、ありがとう」
そう言って去っていく彼の姿が、何か輝いて見えた。と思うまもなく、次の挑戦者が私の前に立った。
「この私がー!」
「このままではおわらんぞー!」
「俺って進歩ねえー!」
私に負けた人たちが捨てぜりふを吐いて去っていった。
「お、俺は認めねえ!」
いきなりその中の一人が私につかみかかろうとした。
「それっ」
でもその拳は私には届かなかった。イズミが拳を受け止めていたからだ。そしてイズミが鮮やかな当て身投げで男を地面にたたきつけた。
「いつもどうも」
「ふっ」
イズミが颯爽と店を去っていく。去り際を心得た人、見苦しい人。店とは違った人間ドラマがここにあった。私もそのドラマの登場人物の一人ではあるのだけれど。

19:40
店が終わり、私はアキトと一緒に店の片づけをしていた。アキトは厨房を、私はカウンターを拭いていた。
「アキトさん、ラピス。夕御飯できたからどうぞ」
ルリが顔を出して私とアキトに告げた。夕食はアキトとルリが交代で作る。アキトがルリに教えたことは役に立っている。ハリもルリから習っているから少しは料理できる。でも何故ユリカは料理しないんだろう。
「よし、掃除終わり。ラピス、そっちはどうだい?」
「もうすぐ終わります」
アキトと私は掃除用具を片づけて居間に入った。
「いっただきまーす」
ルリの料理は色々ある。アキトは基本的に中華だけど、ルリはホウメイから習った別の国の料理も作る。今日はシチューと温野菜のサラダだった。味も悪くない。
「ルリちゃん、盛りつけかたがきれいになったね」
「アキトさんにそう言われると嬉しいです」
ルリが照れくさそうに答えている。私は風呂掃除の当番だったので、早々に食事をやめて風呂場に直行した。
「ラピスちゃーん、お風呂いいよ」
 ユリカの声だった。ここでは掃除をした人間が最初に入ることができる。手早く服を脱ぎ、熱い湯に身を埋めた。体を覆う湯が疲れた体に心地よい、とでも言ったら年寄り臭いと言われそうだ。
湯船からでて、熱いシャワーを身に浴びた。体についた水滴が反射してキラキラと輝いた。
「ラピスちゃん、ちょっといいかな」
ユリカがいきなり入ってきた。
「なんですか」
「ほら、これこれ。ラピスちゃんも女の子なんだから」
ユリカが渡してくれたのはボディソープと化粧水と乳液だった。
「はあ、どうも・・・」
 渡してくれたボディソープをとりあえず使ってみた。肌に張りが出て、いつものよりいいと思う。こんな彼女の気遣いが何か嬉しかった。

21:09
『HERE COMES A NEW CHALLENGER』
「ラピス、今日こそは」
ハリがやっているゲームは『FIGHTING KANJIS』という格闘?ゲームである。ハリはよくこの時間にゲームをやっている。ハリがこれにはまっているらしく、一度私もさそわれてその後ぼこぼこに負かしていた。それ以来ハリは毎晩私に挑戦状をたたきつけてくる。
「また、負けに来たの?」
「きょ、今日は負けない」
十数秒後
「KO! WINNER IS "滅"!」
このゲーム、色々な漢字が戦う格闘?ゲームだ。左、右、壱、弐、上、下、天、地、そして私の愛用する滅と生。何か対極に当たるようにキャラクター?が設定されているらしい。
「ううううう」
ハリが涙目でコントローラーを握っていた。まあ、ストレートでしかもパーフェクト負けと来れば当たり前かな。途方に暮れるハリを残して私は居間を出た。「ラピス、楽しい?」
ルリだった。
「何でそんなことを?」
「あなたと私は似ているから」
「似ている?瞳や肌の色のこと?」
ルリは静かに首を振った。
「多分、昔の私が考えていたことと、今あなたが考えていることが」
「解らない。私には解らない」
「今はそれでいい・・・いつか、分かるときが来るから」

22:00
部屋の明かりを消した。ベッドに入ろうとすると不意に写真立てが目に飛び込んだ。この写真は店の開店の記念写真を撮ろうと店の開店日にユリカが提案したものだった。写真の日付は店を始めた日の開店30分前。アキトとユリカの間にルリとハリがいて、私はアキトの横に立っていた。
「ラピスちゃん、楽しい?」
それはユリカが私によく問いかける疑問。そして今日はルリにもいわれた。答えはわからない。
でも、こうして生活するようになってから私の中で何かが変わったのは確か。だから、いつか言える日が来る。
「私、楽しい」
と。
そして私は、眠りについた。

PREVIEW NEXT EPISODE

お久しぶり、私はハルカ・ミナト。
神奈川のオオイソ・シティの高校で教師をしているわ。
ナデシコから降りてユキナちゃんとの生活に戻ったある日。ユリカちゃんから届いた一通の手紙。
それはまあ、いいかえればナデシコのクラス会。
ハーリー君やラピスちゃん、そしてショウまで巻き込んだ。
でもここまでそろったら、ただで済むとは思えないわねえ。
次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
 第7話 湯煙の『妖精』
温泉旅行編、開始っ。

メッセージを感想メールで受け付けているわ。へっぽこ作者に何か送るのもいいかもね。

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