-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-

第5話 人の『悲しき性』



「これは・・・」
「ほえー」
アキトとユリカが地図に示された建物の中に入った。ガラスの扉の中には長いカウンター席と座敷席がいくつかあり、業務用のガスコンロが3基備え付けられた広い厨房、幾つもの中華皿が並ぶ戸棚、どう見ても中華料理店である。
「これは、どういうことなんでしょう」
ハーリーが店の中を見回りながらアキトに話しかけた。
「ショウの奴、わざわざお膳立てしてくれたのか」
「そういうことさ」
扉が開き、髪を後ろで束ねた中年の女性が現れた。
「ホウメイさん・・・」
「ルリちゃん、無事に帰ってこれてなにより」
ホウメイがルリの肩に手を置いた。
「ここの店はやっぱりあいつが?」
「多分ね、ちょいと前に私のところに前髪で顔の右半分を隠した男が来てね、こいつを渡すよう頼まれたのさ」
ホウメイがアキトに茶封筒を手渡した。
「ショウさんですね。アキトさん」
「そうだね。っとこれはなんだ」
中には一枚の書類が入っていた。
「営業許可証?」
どう見ても営業許可証だった。
「名前を登録すればすぐに開店できるところまで話を進めてある。これならいつでも再会できるな」
「アキトよかったじゃない。これなら絶対大丈夫だよ」
「そうさね。せっかくの好意を無にしちゃいけないよ。テンカワ」
ユリカとホウメイが声をかけた。
「でも、いいんだろうか?こんなことされて」
アキトが店を見渡した。2階と3階は普通の家になっているので5人で住むには十分すぎるほどのスペースがある。たしかに願ってもない環境だった。
「多分あんたはそう言うだろうって。その、ショウって人が言ってたよ」
「ホウメイさん」
「だから、儲けの中から少しづつ返してくれればいい。そうも言ってたよ」
アキトが頷いた。
「じゃあ、名前を決めよう」
ラピスが言った。
「でもアキトの店だから、やっぱりアキトの名前がほしいなあ」
ユリカがアキトの手を取った。
「アキトさん」
「なんだい、ルリちゃん」
「アキトさん、2年も私をほったらかしにしておいたこと、まだ謝ってませんでしたよね」
ルリが悪戯っぽく笑った。
「う、そ、そりゃまあ、ね」
アキトが頭をかいた。
「そうですよ。いくらなんでも艦長のことをそんなにほったらかしにしておくなんて許せません!」
ハーリーもルリの言葉に続いた。
「た、確かに悪かった。ゴメンルリちゃん」
アキトが頭を下げた。
「本当にそう思いますか?」
「本当だよ」
「でしたら、私の名前も入れてもらえませんか?もう捨てたりしないと誓うかわりに?」
「う、うんわかった」
「そうですね、テンカワとホシノの一文字をとって『天星(あまほし)』というのはいかがでしょう?」
アキトが頷き、ハーリーがこめかみをひきつらせた。
この時の自分の気持ちに、彼はまだ気づいていない。

「アキトー、荷物運ぶのてつだってー」
「ユリカ、一体おまえいくら荷物持ちこんだんだ」
「ユリカさん。いくら何でもそんなに持ち込んだら部屋がいくつあっても足りませんよ」
「艦長、僕の方はもう大丈夫です。お手伝いします」
「アキト。店のほうはいいの?」
などという会話が繰り返されながら、なんとか2日がかりで引っ越しは終わった。一応建物の説明をしておくと、家兼店は3階建てで1階が店と居間と台所と浴室。2階がアキトとユリカの部屋、3階がルリ、ハーリー、ラピスの個室にそれぞれ割り当てられていた。後はトイレが各階にあることが特徴だろうか。
そして3日目は店の準備だった。そして4日目の晩。
「それじゃあ、店の成功を願ってかんぱーい!」
ユリカの音頭にあわせて全員がジュースの入ったコップを鳴らした。目の前にはメニューに載せた様々な料理が並んでいる。味覚が戻りきっていないアキトがどうやって料理をしたかというと、その答えはラピスだった。彼女がアキトの横に立ち、アキトと感覚を同調させながら味見をしてアキトにいろいろ指示していたのである。
「どれどれ、うん、おいしいよアキト!」
ユリカが餃子を食べていた。
「あのときの味。アキトさん、腕、衰えてませんね」
ルリがラーメンを一口すすった。
「味覚を失っても、これほどの料理が作れるなんて」
回鍋肉(ホイコーロー:豚バラ肉とキャベツの炒め物のこと)を口に運んだハーリーが感心していた。
「テンカワ、いるかい」
ホウメイが扉を叩いていた。
「ホウメイさん、どうして」
アキトが鍵を開けてホウメイを迎え入れた。
「私が呼んだの。せっかくだから見てもらおうと思って」
ユリカが言う。
「どれどれ」
ホウメイがスープを手に取った。とき卵とニラの入ったオーソドックスなものである。
「ま、これなら大丈夫かね」
「ほんとですか」
「ああ、これなら味覚が戻ればあたしと同等以上かねえ」
ホウメイが遠い目をして皿を置いた。
「ホウメイさん・・・?」
「明日からがんばんなよ、あたしも応援するからね!」
「はいっ!」

店は結構繁盛していた。ルリがネット上で宣伝したこともあるのだが、今や世界的な有名人となったルリがいる店ということで、彼女目当ての客も結構いたことも大きな理由だった。因みにルリとユリカとハーリーは半年間軍を休職する事に決めたので5人全員で店をやっていた。
「アキト、豆板醤が少し足りない」
「オッケー」
ラピスの指示に従いアキトが調理する。
「アキトー、塩ラーメンと炒飯追加」
ユリカが叫ぶ。
「ハーリー君。皿はこうやって流しに入れるときに同じものを一列に重ねておけば後の片づけが早くなるよ」
「は、はいっ。でも艦長、どうしてそんなことを?」
「昔アキトさんとラーメンの屋台を引いていたときに」
弟に仕事を教える姉、に見えなくもない。容姿は似ていないが。
「アキトー。がんばってるじゃないか」
「アキト君、私味噌ラーメンね」
セイヤとヒカルが入ってきた。このように結構昔のナデシコクルーも食べに来ていた。特にセイヤ、メグミ、ヒカル、イズミ、リョーコ、ジュンあたりは割合仕事場或いは自宅に近いのでよく食べに来ていた。

「アキトさん、よろしくお願いします」
「ああ、がんばろう」
定休日の朝、ルリとアキトが厨房に立っていた。
「それじゃあ今日は、スープの作り方を教えようか」
「はい」
ルリがアキトに料理を教えてほしいと言ったのは店を始めてから最初の定休日だった。アキトは快諾し、定休日ごとに彼女に料理を教え始めた。
「いやー、ルリちゃん覚えがいいから教えがいがあるよ」
ルリが頬を染めながら鍋を振った。
「ありがとうございます」
2年ぶりに同じ屋根の下で暮らせるようになったアキトの側に少しでも居たいという彼女の想いもあったのか、アキトに料理を教えてもらうときはこの上ない至福の表情を見せた。それは、おそらく今までルリと関わった誰も見ることができなかった表情だった。
「艦長・・・」
物陰から見つめるハーリーのつぶやきに、悲しみの色が現れた。2人に気づかれないように彼はその場を去った。

「ハーリー君だったよね。どうしたの、元気ないけど」
ある日の昼下がり、昼食時もすぎて店が閑散としはじめたころにメグミ・レイナードが遅い昼食をとりに来ていた。
「そ、そうですか。大丈夫ですよ。メグミさんこそどうしたんですか?いつもはもっと早く来るのに」
「イベントがあってね、それで遅くなったの。そうそう、五目春巻定食をおねがいね」
「はーい、五目春巻き定食1人前でーす」
ハーリーが厨房の奥のアキトとラピスに声をかけた。
「恋の悩み、かな」
「そ、そんなんじゃありませんよ。だいたい誰に恋してるって言うんですか」
「ルリちゃん」
メグミがあっさりと言う。おもわずハーリーが伝票を取り落とした。
「ぼ、僕は別に艦長をそんな目で見てたわけじゃありません!」
「そうかなあ、でも似ているから」
メグミが遠い目をした。
「似ている?誰が誰にですか」
「君が昔の私やユリカさんやリョーコさんに。私がナデシコに乗っていた頃にね、私はアキトさんとつき合っていたの」
メグミが優しい笑顔をハーリーに向けた。
「好きだったんだ、アキトさんの事が。結局私は負けちゃったけどね、でも後悔はしてない。せっかく生きているんだもん。好きな人に好きと言って何が悪いの?好きと言えずに終わっちゃったらきっと一生後悔するよ」
「好き、ですか」
定食をメグミのところに運んできてからハーリーが言った。
「僕、時々思うんですよ」
「なあに」
「ここは、僕の居場所なんだろうかって。アキトさんとユリカさん、アキトさんと艦長。アキトさんとラピス。みんな何かの絆がある。でも僕は」
「ハーリー君・・・?」
「御免なさい、失礼します」
ハーリーが店の外に飛び出した。
「人の悲しい性だなあ、人は誰かを好きになる。一人じゃ寂しいから、だけど好きになった人に拒まれるかもしれない。それでも人は人を好きになる」
メグミが自分に言い聞かせるように呟いた。
「ルリちゃん、聞いていたんでしょ。ハーリー君をバカだと思った?」
メグミの座っている席は居間への入口の側だった。ルリが扉から出てきた。
「いいえ」
ルリが静かに首を振った。
「あのときの私ならバカと言ったかもしれない。でもいまは違います。絆を結んだときの喜びを知ったから。それをハーリー君にも知ってほしいんです」

飛び出したはいいが、行くあての無いハーリーはひたすら町を歩いていた。
「好き、かあ。サブロウタさんはよくそんなことをいってたけど」
−ぐうーきゅるるるるー−
「そう言えばもうこんな時間か」
腕時計の機能を持つコミニュケが示す時間は18時を回っていた。
「だーれだ」
突如目をふさがれた。
「う、うわあああ」
情けない声を出しながらも後ろを振り返った。
「やっほー、お久しぶり」
ミナトだった。
「み、ミナトさん。どうしたんですか」
「仕事でこっちに来たからついでにアキト君の店に寄ろうと思ったんだけど、場所わかんなくて」
「う。そ、そうですか」
「ひょっとして、ルリルリと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩じゃないんですけど」
ミナトがくすくすと笑う。
「恋の悩み?それともアキト君へのやきもち?」
「やきもちですか、そうかもしれませんね。僕、少し後悔してるんですよ。艦長と一緒に来たことに」
「後悔ねえ。あ、ルリルリ」
ルリがいつの間にか2人の後ろに立っていた。
「ハーリー君、私と一緒にいるのがそんなに嫌?」
「ち、違いますよ。そんなんじゃないんです」

近くの公園でルリとハーリーが向かい合っていた。
「ごめんなさい。僕は嫉妬していたんです。艦長とアキトさんに」
「ハーリー君?」
「定休日にいつもアキトさんと料理をしている艦長の顔はいい顔でした。でもそれは決して僕たちには見せない顔だった。だからです」
ルリがベンチに腰掛けた。ミナトが遠くから見つめている。
「以前ホウメイさんからこんな話を聞かされたことがある」
ハーリーは何も答えない。
「『旨い料理は人を感動させ幸せに導く。旨くなるのは食べさせたい誰かがいるから』昔は意味が分からなかったけど今はわかる気がする」
「艦長・・・」
「ハーリー君、今度は私の料理も食べてくれる?今まで私はがんばってくれるハーリー君に何もしてあげることができなかったから」
「僕でしたら、喜んで」
思わずルリの手を握っていた。が、すぐに気がついて赤面する。ルリが静かに握り返した。
「ハーリー君、ここはナデシコじゃないから『艦長』はやめてね」
「は、はい。ルリ・・・さん」

「2人とも遅かったね。あれ、ミナトさん」
アキトが厨房から声をかけた。
「ルリちゃん、ハーリー君、もう晩御飯できてるよ。ミナトさんも一緒にどうですか」
ユリカが手招きした。
「そうね、せっかくだからお呼ばれしちゃおうかしら」
「これはなんていう料理ですか」
中華風のあんかけらしいが、ルリも見るのは初めてだった。
「鍋巴(クオパー)だよ。ご飯を薄く伸ばして焼いて乾燥させたものなんだ。それを揚げて肉や野菜のあんをかけたんだ」
アキトが得意げに説明した。
「食事にしよう、ハーリー君」
「はい」
2人が並んで座った。
「いただきまーす」

こうして、5人の地球での生活が始まった。

PREVIEW NEXT EPISODE

私の名はラピス。ラピス・ラズリ。
アキトと暮らし初めてから一月余りが過ぎた。
みんな生活になれて、役割も自ずと決まった。
アキトは料理。私は補佐。
ユリカはウェイトレス。
ルリとハリは皿洗い。
私にとって初めての家族。
何か嬉しい。
次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
第6話 ラピスの『一日』
よろしく。
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