-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-


第3話 それは好ましからざる再会



「オロチ、応答してください」
再びルリが通信した。
「どうしたんでしょう」
ユリカが首を傾げた。さっきから何度も通信しているのだが、一向に応答がなかった。
「プロスペクターさんから何か聞いていないんですか?」
ハーリーが聞いた。
「そういえば、資料の最後にSHO MURAKUMOという謎の文章があったわね」
ユリカが答えた。
「SHO?ムラクモ・ショウ」
「なんであいつの名前がここにある?」
イネスとセイヤが通信に割り込んできた。
「何か御存知なんですか、イネスさん、セイヤさん」
「ルリちゃん、緊急用コードでもう一回通信を試みてもらえないかしら」
ルリの問いには答えずにイネスが言った。
「オモイカネ、緊急コードスタンバイ」
<準備完了>
「私は連合宇宙軍独立ナデシコ部隊所属、ナデシコC艦長のホシノ・ルリです。オロチ、応答願います」
ルリの言葉からほんの数秒後。
「な、何これ」
ミナトが出現したディスプレイを見て叫んだ。ディスプレイには黒い太陽とも言うべき模様が映し出されていた。そのディスプレイの一つから男の顔が現れ、ルリの前に移動した。
「なるほど、君がホシノ・ルリかい」
年の頃は30過ぎ、ルリと同じ金色の瞳を持ち、角張った眼鏡をかけ、その顔の右半分は黒い髪で覆われていた。
「はい、貴方は誰ですか」
「私の名はムラクモ・ショウ。このオロチを管理する者、とでも言えばいいか」 ショウが静かに言った。
「久しぶりね、ショウ」
「ずいぶん面代わりしたな」
イネスとセイヤのウインドウがルリの横に移動した。
「セイヤさん?イネスさん?」
ユリカが2人を見た。
「これはまた、意外な再会だな。まあその話は後にしようか。ホシノ・ルリ」
「はい」
「君がここに来たということは、『彼』を追いに来たということ。そうだろう」
ショウの口調は優しい。ルリの表情に驚きの色が現れた。
「あの人のことを御存知なのですか?」
「ああ。君のことはアキトからよく聞かされた。ディストーションフィールドを解く。6番ゲートから入るといい。話の続きはここでしよう」
その言葉を最後にショウのウインドウが消え、オロチを守るように展開されていたディストーションフィールドの一部が消えた。
「これよりオロチに停泊します」

「あの、みなさんどうしてついてくるんでしょう」
コロニーの入口の前に立つルリの後ろにはハーリー、サブロウタ、ユリカ、ミナト、リョーコ、イネス、セイヤ、ヒカル、イズミがいた。
「僕は艦長のお供です」
「同じく」
「私、提督だから」
「ほら、気になるじゃない」
「護衛がいるだろう」
「まあ、気にしないで」
「そうそう」
「いいじゃない、ねえ」
「フフフフフ」
あまり関係のない方たちが来ると、そうルリが言おうとした。
「別に構わないさ。来たいなら来ればいいよ」
ゲートの前に立つショウが言った。
「楽しそうじゃねえか」
セイヤがショウを見た。
「セイヤさん。一体この方とどういう関係なんですか」
「まだ俺が高校生の時の同期だ。ま、旧友ってやつだな」
「私はネルガルの研究所で知り合ったの。同じ研究をしていたこともあるわ」
セイヤとイネスが答えた。
「ま、ついてくるといい。客は久しぶりなのでね」
ショウについていく形で全員が歩き出した。

「あの、一つ聞いてもよろしいでしょうか」
ルリがショウの背中に声をかけた。
「何かな」
「ここは一体どういうところなんですか。実験用のコロニーにしては規模が大きすぎます。それに何故姿を隠していたんですか」
「そうだな、俺もそれを聞きたい」
セイヤもルリに同調した。ショウがゲートのパネルに手を触れた。
「そ、それは」
ハーリーが驚きの声を上げた。ショウの手からルリやハーリーと同じIFSのタトゥーが浮かび上がったのである。
「今から65年前、ネルガルが軍と組んでここにコロニーを作った。目的は新兵器の実験場。だがもうひとつ目的があった」
「もうひとつの目的?」
ユリカが人差し指を顎に当てた。
「そう。人機融合兵器の開発。即ちマン・ウェポンプロジェクト」
「人機融合兵器?」
「IFSの技術が今だ未完成だった頃に始まった研究だよ。最もIFSの研究も同時に進められていたがね。ルリ君に、君はハーリー君だったか。君たちに施された遺伝子操作の技術も元はここで生まれたんだよ」
全員が息をのんでショウの話に耳を傾けた。
「研究は更にエスカレートし、ついには禁断の技術が生み出された。それが人の脳を機械と直結、しかる後にコンピューターとして機能させるというものだった」「人機融合兵器は完成したんですか」
ルリが聞いた。
「そのとおり。君たちの艦に搭載されたオモイカネというスーパーコンピューターがあるだろう。直接オモイカネと会話できるルリ君、君は気づかなかったかい?オモイカネは余りにも人間くさい。ストレスをためたり怒ったり。オモイカネのベースとなったのがここで作られた人機融合兵器なんだよ」
「オモイカネを作るとき何か不可解なものを感じてはいたけど、こういうことだったのね」
イネスの言葉にショウが頷いた。
「その技術を開発したときに被験体にされていた人間と開発に携わっていた幾人かの技術者達が反乱を起こした。クーデターは反乱軍の勝利に終わった。その後彼らはここを隠し、オロチは幻のものとなった」
「じゃあオモイカネはどうしてナデシコに?」
「ここの生活に飽きた人間もいてね、土産のつもりでいくらかデータを持ち逃げした輩がいた。多分そいつらの仕業だろうね。まあ、入るといい」
ショウが扉を開けた。
「ラーメン?」
全員が座れる長いテーブルには、何故か全員分のラーメンが置かれていた。
「何のつもりだ?」
リョーコがショウの方を向いた。
「まずは食べてみてくれ。話はそれから」
ショウに促されて全員が席に着いた。
「いただきまーす」

ルリが麺をすすり、スープを口に含んだとき、彼女の表情がこわばった。
「どうした、ルリ」
リョーコが声をかけるまもなく、ルリが立ち上がった。
「これをっ、このラーメンを作った人は何処に!」
いつもの冷静なルリからは考えられないほどの口調で、ショウに詰め寄った。「あそこだよ」
ショウがにやりと笑い後ろの扉を指さした。ルリが駆け出した。
この味はあの人の、あの人はここにいる。ルリは確信していた。
「ルリちゃんっ!」
ユリカの言葉も彼女には届かない。息せき切って扉を開けた。
「アキトさん!」
ルリが叫ぶ。
「アキト?」
「アキトだって!」
「ほんとかよ」
その言葉に他のクルーも席を立ってルリの後に続いた。
「ルリ・・・ちゃん」
厨房に立つアキトは、思わず菜箸を取り落とした。彼の横にはルリと同じ瞳の色を持つ少女、ラピス・ラズリが立っていた。
「アキト!」
ユリカがルリを押しのけるようにしてアキトの前に立った。
「ユリカ・・・」
だがアキトは彼女たちに背を向けた。
「アキトさん?」
ルリがいぶかしげにアキトを見る。
「何をしに来た」
冷たい口調でアキトが言った。
「何言ってやがんだアキト!わざわざおまえを捜しに来たんだぞ」
リョーコがアキトに食ってかかる。
「君の知っているテンカワ・アキトは死んだ、そういったはずだ。死んだ人間は生きている人間とは何の関わりもない」
沈黙が流れた。
「なんて事言うんですか、あなたは!」
ハーリーが叫ぶ。
「2回も傷つけるの、この子を!アキト君!」
ミナトも同じ思いだった。
「艦長がどんな思いでここまで来たと思ってるんですか!あなたを失ってから艦長がどんな思いで生きて、そして生きているとわかったときの艦長の気持ちがあなたにはわからないんですか!」
ハーリーがアキトに詰め寄ろうとした。
「やめて」
俯いたままルリが静かに言った。
「でも艦長!この人は」
「やめて、ハーリー君。アキトさん、もう『絆』はないんですか」
アキトは何も答えない。
「アキト・・・どうして!どうして・・・」」
ユリカが声にならない叫びをあげる。アキトはユリカを無視してラピスと共に厨房から出ようとした。
「おいアキト」
ユリカの横にショウが姿を現した。
「本気で言ったのか。今の言葉」
「そうだ」
アキトの答えは冷たい。
「ならば何故私の元に来た?何故失った感覚を戻してくれと頼みに来た?」
「お、おいショウ、そいつは一体?」
セイヤが呆気にとられたように言った。
「アキトが救出されて、ラピスと共に初めてここに来たときに言ったんだ。ここにある違法技術を使って、感覚を戻してくれ、とな」
『火星の後継者』の技術もオロチから漏洩したものがほとんどだった。だからアキトは賭けたのだった。オロチの力に。
「ただ単に体を戻したいからじゃない。いつか再び店を開き、彼女たちを迎えに行くつもりだったからじゃないのか?だのに何故彼女を拒む?全ては終わった。感覚も幾ばくかは戻った。もう拒む理由はないはずだ」
「買いかぶりすぎだ、ショウ」
アキトが扉を閉めた。


「何なんだよ!アキトの奴は!」
リョーコがゴミ箱をけ飛ばした。とりあえずナデシコに全員が戻っていた。どのみち修理のためにしばらくここにとどまった方がよいということだったからである。
「そうだよねえ。やっぱりあれは冷たいよ」
ヒカルも同意見だった。
「・・・・・・」
イズミがウクレレを鳴らした。

「艦長!どうして追わないんですか!」
ルリの部屋、そこにハーリーがやってきて開口一番の台詞がこれだった。
「ハーリー君。もういい」
「もういいって、それじゃあ艦長があまりにも」
「ごめんなさい。しばらく一人にさせて」
「ちくしょおっ!」
ハーリーがルリの部屋を飛び出した。
「なんなんだよ、あの態度は、僕だったら・・・」
自分の部屋の中でハーリーはオモイカネの端末を開き、両手をその上に乗せた。彼の手の甲にタトゥーが浮かび上がった。
「もう一度あって、話を付けてやる」

「ルリちゃん、いる?」
ユリカが扉を叩いた。
「ユリカさん」
「ちょっと出かけない?」
ユリカがルリの手を引いた。結局ルリは半ば強引にユリカに引きずられる形で宇宙港を出た。
「どうしたんですか、わざわざ」
宇宙港の出口は、噴水がある広場になっていた。幾つものビルがネオンに照らされて輝き、2人は雑踏の中を歩き始めた。
「もう一度行こうと思って。アキトのところへ」
「もう一度って、場所は知っているんですか」
「うん。あのあと泣いてた私のところにショウさんがわざわざ来てくれてユーチャリスの在処を教えてくれたの」
ユリカが紙切れを見せた。
『4番港、6番港前広場からリニアトレインで20分ほど』
ユリカとルリが駅の4番港行きのホームに立った。しかし何故か人の姿はほとんどなく、他に乗る人間もいないようだった。
「なんか空いてるね、ルリちゃん?」
ルリは一人の少女を見つめていた。彼女たちの後にホームに現れた一人の少女に。ルリと同じ金色の瞳、白すぎる肌、腰まで伸びた少し赤みがかった銀髪の少女。
「・・・ラピス」
「ラピス?アキトと一緒にいた?」
ラピスが2人に歩み寄った。
「ルリ、私はあなたを待っていた」
ラピスが立ち止まった。
「待っていた?私を?」
リニアトレインがホームに滑り込んだ。

「御免なさい。艦長はああいってもやっぱり僕はアキトを許せません」
ハーリーがB5と書かれたゲートの前に立った。先ほどオロチのメインコンピューターにアクセスした時に得られた情報だと、アキトの船ユーチャリスは4番港にあることが判明していた。
<パスワードを入力せよ>
「やっぱりな」
『年毎に、八岐大蛇のために呑まれき・・・』
先ほど解析したパスワードを入力して行く。
「よし、行くか」
「何処に行くんだ、ハーリー」
「抜け駆けはなしだぜ」
後ろから声をかけられて、ハーリーが飛び上がった。
「サ、サブロウタさん、リョーコさんまで」
「おまえの考えくらいお見通しだ」
サブロウタが笑った。
「止める気ですか」
「止める?バカ言うな、おまえと同じだよ」
リョーコがハーリーの肩に手を置いた。
「行くぜ」
「はい」
ゲートが開き始めた。
「さて、行くぞ」
3人が走り出した。
「行かせていいの?」
 物陰から現れたイネスが同じく隠れていたショウに声をかけた。
「別に通って困る場所じゃない。私のできることはここまでだ。後は彼等の問題」
 ショウが言う。
「だからってハッキングまで見逃すとは、おまえもいいやつだな」
「ほっとけ」
 セイヤの言葉に、3人は思わず笑った。

リニアトレインの中には、彼女たち以外は誰もいなかった。
「どういうことなの、ラピス」
「アキトはあなたを拒んだ。だけどそれは違う。ルリ、ユリカ、アキトはあなた達を求めている」
ラピスが静かに言った。
「ラピスちゃん、あなたは一体何者なの」
「ついてきて、アキトに会いたいなら」
ユリカの問いには答えずに、ラピスがリニアトレインに足を踏み入れた。

「ここに来る前にいろいろ調べたんですけど、ネルガルの研究施設で遺伝子操作を含めた人体実験を行っていた研究所は2カ所あったそうです。一つは艦長がいた3RD PLANT、もうひとつはあのショウという人がいてラピスを造り出した9TH  PLANT」
ハーリーが走りながら話し始めた。
「9TH PLANT・・・別名地獄の実験場。今から260年ほど前の第2次世界大戦。そこでの日本軍の731部隊とでも言ったらいいんでしょうか。ラピスはまるでモルモットのごとき生活を強いられていたそうです。水槽に沈められたり、変な薬物を投与されたり」
「モルモット・・・」
サブロウタが呟いた。
「おまえがいた研究所の連中はいい奴ばかりだったんだろうな。そうでもなければそんなまっすぐには生きられねえよ」
リョーコが優しくハーリーに言った。。
「ありがとう。リョーコさん。で、話の続きですけどショウさんはそんな研究に嫌気がさして、やめようとしたそうです」
「普通ならそうするな」
リョーコが言う。
「ええ、そして空白の期間を経てオロチに来た。ここには他にもそう言った科学者が多く集まっているそうです。だからここに来たんでしょう・・・アキトは」

「私はネルガルの9TH PLANTで生まれ、そして拉致された。そこで出会ったのがアキト」
ラピスが再び口を開いた。
「アキトは私になかったものをくれた。人の『絆』を。プロスペクターという人に助けられて、アキトが復讐を決意したとき、私はアキトの失われた感覚になった」
「人機融合兵器?」
ルリが聞く。
「ショウから聞いたのね。でもそれとは違う。アキトのブラックサレナと私は繋がっているの。そしてアキトと私も。私たちは2人で一つだった。でもアキトはいつかあなた達の前に帰ることを望んだ」
「そこで、ここの、オロチのことを知ったの?ラピスちゃん」
ラピスが頷いた。
「ショウは私やアキトと同じ身の上だった。ショウの体は半分以上が作り物。作り替えられた存在。だからショウはアキトと私を受け入れた」
「それで、アキトは治ったの?」
「視力は戻った。だけど味覚はまだ」
ユリカの問いにラピスが首を横に振る。
「でもラーメンちゃんと作ってたよ」
「あれは私がそばにいたから。私がアキトの舌になったから」
−ズズン−
突如列車が揺れた。
「な、何」
『CAUTION CAUTION、コロニー外部に正体不明の敵影を感知。これより第1級戦闘態勢に移行』
無機質な声のアナウンスが、コロニー全土に流れた。

PREVIEW NEXT EPISODE



俺の名はテンカワ・アキト。
失われた味覚を戻すため、俺はラピスとここに来た。そしてユリカとルリちゃんが現れた。
ユリカ、ルリちゃん。俺にはもう君たちのそばにいる資格はない。
だのに何故、俺を求める。
俺はどうすればいい。
戦いの最中・・・俺はその答えを見つけた。
次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
第4話 『絆』のよみがえるとき
ルリちゃん、俺は・・・
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