-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-


最終話 『貴方と生きる未来のために』(後編)




 D-part 『光降る雨』


 光降る雨。
 その日の火星の空は、そう形容された。
 相転移砲により破壊されなかった『高天原』の残骸が、大気摩擦に耐えかねて赤く燃えさかり、『遺跡』構築に利用されたナノマシン、つまりGデヴァイスが陽光を受けてキラキラと輝いていた。
 きらめく光の中、赤い雨が降る。
 それは、まさしく『光降る雨』だった。

 それよりしばらく前。ナデシコC。
「・・・死んだわ・・・ヤヲトメは」
 イネスが淡々と言った。
「・・・Gデヴァイス」
 まるで昔に立ち戻ったかのような様子で、ラピスが言う。
「リプログラム完了」
 ルリが遺跡が砂のように崩れていく遺跡の様子を流した。そしてハーリーに視線を向ける。最後の作戦、高天原の破壊は彼の役割だからだ。アキトのエデウス、ユリカのアルストロメリアβ、ショウの天狼・極、アカツキ、リョーコ、サブロウタ、ナチのエステバリスが脱出した連絡は受けていた。乱世のディアボロスも中にいるという報告は無い。警告も何十回と流した。逃げたと見て間違いはないはず。
 躊躇う理由はもう無い筈だった。それでも、相転移砲発射の命令が下せない。「何をしているんだ!早くしないと高天原が火星に落下するぞ!」
 ジュンが叫ぶ。あれほどの質量を持つ物体が火星の地表に激突すれば、恐竜大絶滅以来の大損害を引き起こすだろう。
「解っています・・・だけど」
「なにがだけどなんだ!」
「待ってジュン君」
 声を荒げるジュンをユリカが制した。
「ユリカさん・・・?」

「ヤヲトメさんのこと?それともメノウさんとサンゴさんのこと?」
 その言葉にハーリーがはっとなる。自分が考えていたことを見通されたのだ。
「助ける手段、ひょっとしたらあったかもしれないよね」
 ユリカが語りかけた。さながら子を諭そうとする母のように。
「後悔してるんだよね。だってハーリー君すっごく優しいもん。そういうとこ、ルリちゃんがハーリー君を選んだ理由なんだよね、きっと。もし初めて戦ったとき自分が勝っていたら、少なくともメノウさんとサンゴさんは助けられたかもしれない・・・違う?」
「・・・否定は・・・しません」
 俯きがちに、ハーリーは答えた。
「でも、大事なことを忘れてないかな?ルリちゃんから聞いたよ、最後にメノウさんがなんて言ったか」
「・・・・・・・!」

『私たちのことは気にしないで・・・そして、私たちを救えなかった分も、彼女を愛してあげて』
 
ハーリーの頭に、メノウ最後の言葉が甦る。
「アキトが言ったじゃない?生き残った人達ができることは、死んでいった人達の分まで生きてあげることだって。
 まだ生きているんだもん・・・そうだよね」
 そして、ユリカの表情が変わる。凛とした『提督』の顔。
「・・・何をするべきか、解るよね」
「はい」
 

何をするべきなのか、自分は何処へ行くのか、いつでも自分は迷っていた。
 今していることだって自分にとって正しいことなのか、誤りなのかは解らない。ただそれでも、自分にとって一番正しいこと・・・そうだとははっきりと思える。『私らしく』生きていくこと。そうユリカは言っていた。自分もその考えは好きだ。
 だから彼は引き金を引いた。
 それは彼にとって正しいことだと思ったから。
 こうすることが、あの3人にできる、せめてもの手向けだと思ったから。

  *
 瞬間、空間が歪む。
陽炎のように高天原が揺らめき、消えた。切り取られた高天原は、別の空間へとその姿を消した。自分たちが全く知らぬ別の次元へ。残った部分は火星の重力へとその身を任せた。
 砕け、燃えさかる高天原。
 飛び散ったGデヴァイスがキラキラと輝き、消えゆく残骸を彩る。
 大地では、光降る雨と言われたという。
 雨は命を育むものというなら、これは誰を育むというのだろうか・・・?


「火星に降りよう」
 不意にアキトはそう言った。言いながらエデウスのディストーションフィールドの出力を上げる。これにより単独での大気圏突入などたやすいことだった。
「それも悪くない・・・な」
 ショウの天狼・極がそれに続く。フィールド発生装置を兼ね備えた片刃剣を前に出し、火星の重力へと自らの機体を晒す。
「・・・始まりの地」
 それを追ってラピスのユーチャリスが動き出す。
「ま、待ってよ3人とも」
 ユリカのアルストロメリアβが盾を構え、3人の後を追う。
 2隻のナデシコも、彼等に続いた。


 荒涼たる大地。
 そこに降り注ぐ光。
 成層圏をぬけ、エデウスの飛行装置を起動させるアキト。雲間から見える光の雨を、ただずっと見つめていた。
「終わったのか・・・」
 憎しみも無い、怒りもない・・・ただ、悲しい。
 胸の奥にぽっかり穴が開いたような、そんな気分だった。
「アキト・・・」
「?」
 聞き覚えのある声が通信に割り込む。
「・・・乱世っ」
 エデウスの前にホバリングするディアボロス。剥がれ落ちた装甲、切り落とされた右腕、折れた剣が彼がくぐり抜けた激闘のすさまじさを物語っているようだった。
「すまない・・・」
 エデウスのコクピットの中で頭を下げるアキト。
「気にするな。これでメノウも救われたはずだ・・・戦神の道具で終わるはずだった命を解放してくれた・・・むしろ礼を言わねばならんだろう」
「・・・メノウさんから、伝言があります」
 ルリが通信に割り込む。
「伝言?」
怪訝な表情をする乱世。
「『今までありがとう。そして、後は兄さんの好きなように生きて。私のことは気にしないで』だそうです」
「そうか・・・」
 天を見上げるアキトと乱世。
「夢があった」
 唐突に乱世が口を開く。
「いつか戦神の手から逃れたら、2人で旅をしよう・・・世界を、メノウと一緒に見て回る・・・そんな夢だった」
 エデウスに背を向けるディアボロス。
「ナデシコの中核を担うあの2人・・・そして」
 ディアボロスの前には天狼・極の姿があった。乱世の前に現れるショウとラピスのウインドウ。
「ラピス・・・だったな?」
 頷くラピス。わざと表情を崩して、乱世は言った。
「こいつの手綱はしっかり握っておけよ?若い頃は風来坊もいいところだったからな、どこへ消えるかわからんやつだ」
「・・・ずいぶんな言いようだな、アベル」
 ショウが言う。
「悲劇は繰り返すなよ、ショウ、アキト」
 乱世が言う。たどった道は違えど、彼等の理想は同じなのだ。
「・・・ああ」


「待って、あれ何?」
 突如叫ぶユキナ。
「あれを見て!」
 ユキナが指さした先にあるもの。3つの『何か』
「なんだ・・・あれは?」
 信じられないと言った表情を見せるハーリー。
 紛れもなく高天原の残骸の筈だった。しかしそれが他の残骸と大きく異なったことは、全身をGデヴァイスに覆われて輝いていることだった。
「分析を」
「は、はい」
 ルリに言われ、急ぎ分析を始めるハーリー。その間を惜しむように、ルリがその3つを凝視する。よく見ると、周りのGデヴァイスは全てそれに向かって流れていた。まるで何かを形作ろうとするかのように。
「バカな・・・こんなことって」
 ハーリーが分析結果を見て驚愕する。
「何て出たの?」
 ミナトが問う。
「・・・あの中には、生命反応があります」

「そんな・・・」
 ユリカが呆然とそれを見つめた。大気圏突入の摩擦で、数千度に加熱した物体の中に生命があるなどと・・・普通はあり得ない。あれはただの残骸だ、大気圏突入で燃え尽きるはず。
「・・・まさか!」
 ショウが叫ぶ。一同が一斉にショウを見た。
「どうしたの?」
 意見を代表するようにラピスが訊く。
「Gデヴァイスの本来の目的は、あくまでも肉体の再生だ。多少プログラムを組み替えたとしても、その本質は変わらない」
「誰かの体を再生しているというの?」
 ラピスも正直信じられなかった。
「もし、大気摩擦のエネルギーを吸収して、Gデヴァイスがオーバーパワーで活動しているというなら・・・」
 人体に取り付けられるナノマシンは、装着者の体温で稼働する熱発電機を備えている。その何百倍ものエネルギーが一気にそそぎ込まれたとしたら・・・
「でも、それじゃあ爆発するだけじゃないの?」
 ラピスが至極当然の答えを口にする。
「ああ、だがもしヤマサキやガイセが、時空間再構成のために超高エネルギーを吸収できるようにしていたというなら・・・どうなるか解らない」
 ショウが答えた。
「・・・戦神は、自分の肉体を再生しました。理論的には、きっと」
 ハーリーが言う。
「可能性は否定できない・・・なにっ!」
 その『何か』に亀裂が走り始めた。まるで卵の殻を破ろうとするかのように。「受け止めて!」
 ユリカが叫ぶ。その声に我に返り『何か』に向かって飛んでゆくエデウス、天狼・極、ディアボロス、アルストロメリアβ。
「待ってください、正体は何か解らないんですよ!」
 ハーリーが止めるも、4人の耳には届かない。

そしてつぎの瞬間、彼等は『奇跡』を見た。


 3つの『何か』の後ろに一人の人間の影が浮かんだ。太陽を背に神々しいほどに輝き、辺りを金色に染め上げる。
「神の・・・降臨」
呆然と呟くジュン。風鳴りすらも神の降臨を祝う唱和のように聞こえ、Gデヴァイスが生み出す輝きは神の後光のように思える。神の舞台を作らんとするかのようにその周りの雲が裂け、3つの『何か』を囲った。
「神・・・いや違う。あれはレオン!」
 ハーリーが叫んだ。この雰囲気、確かに覚えがある。
「間違いありませんね」
 ルリが生唾を飲み込む。
「レオン?」
 怪訝そうにミナトが訊ねた。
「・・・『戦神』の指導者です」
 ハーリーが答える。
 レオンが両腕を広げた。すると彼の胸元の空間が歪み、黒々とした穴を開けた時空の裂け目が現れた。
「なに・・・何が起こっているの?」
 ユリカには最早何が起こっているのか解らない。否、解っている人間などこの場にはいなかった。アキト、ショウ、乱世の三人も動きを止めてそれを見守っている。
「ハイ・ディメンション・・・」
 ラピスがひとりごちた。そして空間の中から現れる3つの影。
「メノウ!」
 乱世が叫ぶ。一つはオブジェになったメノウ、一つは同じくサンゴ、そしてヤヲトメの肉体が収められていたカプセル。それらは砂細工のように崩れ、光を放つ粒子となり、3つの『何か』の中へと消えていった。
「卵が・・・孵る」
 ルリが小さく呟いた。亀裂はより大きくなってゆく。
 
 そして、光になった。


 それはあまりにもまばゆく、皆目を覆った。
 まるでビッグバン・・・始まりの光のように強く輝いた。力強く、暖かく、全てを満たすような光。爆風にはじき飛ばされたキラキラと輝くGデヴァイスが、天を渡る大河のように火星の空を駈ける。
 
 火星は、光に覆われた。


 再び瞳を開いた彼等が見たもの。それは光を纏う3人の赤ん坊。
 彼女たちは静かに瞳を開く。
 這うような姿から立ち上がる。
 光に包まれ、彼女たちは成長を始めていた。再び瞳を閉じる3人。
 手足が伸び、体に少しずつ丸みができてくる。
 無垢な顔が次第に自分の顔を作ってゆく。
 そして、彼等が知る姿で成長が止まる。
 祈るように両手を合わせる3人の少女の肉体。
緑色の髪を持つ18歳くらいの少女、銀色の髪を持つ14歳くらいの少女、金色の髪を持つ14歳くらいの少女。

「泣いているの?」
 ラピスがその光景を瞳を潤ませ見つめるルリとハーリーに語りかけた。
「そんなんじゃない・・・ただ・・・嬉しくて」
 ハーリーが答える。
「嬉しくても、涙は出るんです・・・」
 涙を拭くルリ。
「レオン・・・ガラにもないことを」
 ハーリーが一人ごちた・・・あまりにも嬉しくて、涙が止まらない。

 少女達を受け止めるエデウス、アルストロメリアβ、ディアボロス。
 誰であるかは解っている。だからユリカは言った。

「おかえりなさい」

 少女達は言った。

「ただいま・・・」



E-part 『貴方と生きる未来のために』


 あの日から半年が過ぎた。


 ナデシコC、カタパルトデッキ。修復を終えたディアボロスの前に、乱世とメノウが立っていた。そしてアキト、ユリカ、イネス、ショウの姿もある。
「・・・世話になったな」
 乱世が頭を下げた。メノウもそれに続く。
「だめですよ、そんな暗い顔してちゃ」
 いつもの調子でユリカが言う。
「せっかく兄妹2人で旅立とうって時に、もっと明るく行かなくちゃ!」
 そのユリカの様子に苦笑する乱世とメノウ。
「それで何処へ行くつもりだアベル?もっともお前達なら食うに困ることはなかろうが」
 ショウが訊ねた。
「とりあえずは、昔俺が任務で壊した街へ線香の一つでもあげに行くつもりだ。まあ、けじめをつけたいからな」
 乱世が少し自責の念が混じった口調で答える。
「そっか、それじゃあこれは餞別だ。受け取ってくれ」
 アキトが懐から水晶でできた数珠を取り出した。
「無宗教だし、神も仏も信じちゃいない。だけど・・・どうしてもやらずにはいられない。その気持ちは俺にも解るよ」
 アキトが続けた。彼もかつて同じことをやったのだろう。そうした上でアキトは生きることを選んだのだ。
「・・・あの、ユリカさん・・・」
 おずおずと訊ねるメノウ。
「はい?」
 にっこりと笑いメノウに視線を合わせるユリカ。
「いつか・・・あなた達の店に行ってもよろしいですか?」
 その問いに笑顔で頷くアキトとユリカ。
「その時は聞かせてね、メノウちゃんの旅のお話」
「はい」
 照れながら、メノウが答えた。
「そろそろ行くぞ、メノウ」
「はい、兄さん」
連れだってディアボロスのコクピットに乗り込む2人。2人で乗るには辛かろうとセイヤがコクピットの容積を広げていた。
「イネス!」
 乱世がイネスの名を呼ぶ。
「何よ?」
「受けとれっ!」
 乱世がいきなり輝く何かをイネスに放った。見事な放物線を描き、イネスの手に落ちる『何か』。
「おおっ」
 目を丸くするアキト。
「これわっ!」
 にんまりとするユリカ。
「返されないようにやるとは、策士だなアベル」
 フッと微笑むショウ。イネスの掌の上にあるのは、赤いルビーが埋め込まれたリング。
「・・・な、どういうつもりよいきなり!」
 普段の冷静さも何処へやら、真っ赤になるイネス。
「帰ってくるまでに・・・答えを決めてくれ。いつになるかはわからんけどな」
「アベル・・・」

 ディアボロスが歩き出した。ボース粒子に包まれるディアボロス。
「とっとと帰ってこないと、捨てるわよ」
 すぐにいつもの表情を取り戻したイネスが言う。
「・・・そうだな」
 わざと乱世はニヒルな笑みを浮かべ、そしてディアボロスは消えた。
 

 ナデシコC、アカツキの部屋。
「それでは会長、長い間お世話になりました」
 アカツキの前には辞表が置かれている。今日という日をもって、プロスペクターはネルガルから去る。
「引き留めたって、無駄だよね」
 プロスの後ろに立つヤヲトメとサンゴを見るアカツキ。彼は身よりのないサンゴを娘として引き取ると言った。長年に渡りシークレットサービスの頂点に立っていた彼のこと。彼ほどの男なら彼女たちを護りつつ生きていくことなど容易いのだろう。
「ヤヲトメ君との結婚式には、呼んでくれるのかい?」
 アカツキが訊ねた。横に首を振るプロスペクター。それはネルガルとの決別の証。多分この3人の行方は、誰にも解らないだろうな。そうアカツキは思った。
「では、失礼します」
一礼し、出ていく3人。扉が閉まった。

 暫し扉を眺めていたが、引出から一つの小箱を取り出した。
「・・・ふう・・・僕も覚悟を決めるかね」
 小箱の中身を取り出す。金色のリングの裏側には『もと大関スケコマシより、有能なる秘書殿へ』と彫られていた。これを見せたらエリナは喜ぶだろうか、笑うだろうか、ふざけるなと怒るだろうか。
「それも楽しみではあるけどね」
 大きく背伸びをし、再び箱をしまう。
「・・・長かったね」
 窓の外には晴れ晴れとした青空が広がっていた。
 彼の心には、地球で待つ彼女の姿がはっきりと映っていた。


 ネルガル月面基地メディカルルーム。
「おはよう・・・ラビオ」
 治療を終えたラビオの前に立つカイト。奇跡的に2人は命を取り留めていた。
「記憶は・・・あったわ」
 淡々と言うラビオ。カイトの表情がこわばる。
「え?」
「記憶喪失はほんの一時的なものだったの。すぐに何もかも思いだしたわ」
 カイトから手渡されたバスローブを羽織るラビオことイツキ。
「・・・そうだったのか」
かける言葉が見つからず、押し黙るカイト。
「一つ答えて・・・今でも愛しているの?ホシノ・ルリのことを」
 真摯な瞳だった。嘘は言えなかった。
「関係は終わったさ・・・でも、愛していないと言えば嘘になる・・・」
俯きながら、カイトは答えた。
「なら・・・私は挑戦することになるのね」
「え?」
 呆然とするカイトに微笑むラビオ。
「ホシノ・ルリとの思い出に!」
 そう言って強引にカイトの唇を奪う。呆気にとられるカイト。
「さって、行きましょうか!」
 そうしてカイトの手を引く。
「お、おい」
 
 困惑しながらも、カイトは思った。
「こういうのも・・・いいかもな」

 この1週間後、ネルガル月面基地から、戦艦1隻とエステバリス2体が「もらいますね(はあと)」という手紙を残して忽然と消えるという事件が発生する。
 そのせいでエリナが怒り狂い、アカツキがプロポーズする機会を2ヶ月も先送りする羽目になったのは、完全なる余談であるということを伝えておこう。


 ユーチャリス。ショウの部屋。扉を叩くラピス。
「開いているよ」
 扉が開き、ラピスが足を踏み入れる。無駄がない整った部屋だった。
「何か飲みたいものでもあるか?」
 その心遣いはかつてのショウにはないものだった。不思議と顔つきが穏やかになり、他人を拒絶する雰囲気が収まってきたように思えるのは気のせいではないだろう。
「・・・オレンジジュース」
 少し照れながら、ラピスは言った。

 テーブルをはさみ、向かい合って座る2人。
「ショウは・・・どうするの?」
「戦神が無くなったことでしばらくは事後処理に追われるだろうな。そこら辺はヤヲトメにも手伝わせるつもりだが」
 アイスコーヒーにガムシロップを注ぐショウ。
「その後は・・・?」
 少し不安げにラピスは訊ねた。
「考えていない。こうして生き残ったこと自体が不思議でならないからな」
「一つ聞いてもいい?」
「ああ」
 ラピスがショウと視線を合わせた。
「どうして・・・死にたかったの?」
 それはずっと思っていたことだった。過去のショウに会ったあの日から。
「・・・強いて言うなら、生き残ってしまったことに対する負い目だな」
「負い目?」
 不思議そうな表情を浮かべるラピス。
「物心つく前から君と同じく被験体だった私は、幾人もの同じようにして生まれた子供達が死んでゆく姿を目の当たりにして育ってきた。サクラさんに救われるその日まで・・・まさしく地獄。失敗作と認められれば廃棄処分、成功体と言われても苦痛を伴う実験が待っていた」
 かつての自分を思いだし、ぎゅっと肩を押さえるラピス。
「だからこそ、一人のうのうと自由に生きた自分を赦せなかった」
「ショウ・・・」
 悲しげに瞳を潤ますラピス。
「君が私のことを想ってくれればくれるほど、私は自分が赦せなかった・・・だから、逃げていたんだろう。君から、自分自身から」

「ショウ・・・私、医者になりたいと思う」
 沈黙を破ったのはラピスだった。
「?」
「おかしいと思う?世界を滅ぼすために作られた私が、人を救う立場にありたいと思うことは?」
 照れているのか、俯くラピス。
「そんなことはない・・・だが、何故?」
「ショウは科学が『呪われた力』だと思う?」
 安心したのか、ラピスが顔を上げる。首を横に振るショウ。
「君が言ったとおりだ・・・力を呪うのはいつも人。発破を目的としたダイナマイトが兵器になったように」
「ショウは・・・それを証明している」
「そんな大それたことじゃない・・・自分が正しいと思ったことをしただけだ」
照れたのか、コーヒーを一気飲みするショウ。
「私も、そんなショウと一緒に歩きたい・・・それが理由」
「・・・窮屈だぞ、自分の意地を通して生きることは」
 ショウの生きてきた道は決して歓迎などされなかった。むしろ煙たがられただけだったろう。モラルを持った技術者というのは、得てして歓迎されないどころか邪魔者扱いされるものだ。
「それでもいい・・・私は・・・ショウを選びたい」
 今度ははっきりとショウを見てラピスが言った。
 一切の汚れのない、純粋な瞳。
「・・・辛いことも多いぞ」
 微笑み、ショウは言う。
「それでもいい。だから・・・これからよろしくお願いします・・・師匠」
ラピスはそう言って頭を下げた。

「やることができたか・・・これは当分死ねないな」
 そうショウは思った。だが、良いことだとも思う・・・

 後に、ラピスはショウの一番弟子として彼が構築したナノテクノロジーを継承することになる。
「弟子などとらぬと思っていたのに・・・」
 そう呟いたショウに、
「ホントにそれだけ?」
 とヤヲトメに突っ込まれてはいたが。

10年後、オロチは正式な国家として連合政府へとその名を連ねることになる。オロチ初代大統領ムラクモ・ショウ、彼の側には桃色の髪の女性が伴侶として常にいたという・・・

荒野に続くアスファルトの道。分かれ道の前に止まる赤と青のバイク。
「表で左」
 コインを取り出し、ライダースーツ姿のリョーコが言った。
「裏で右」
 同じくサブロウタ。この2人は軍を退いた。2人は言った、
「己の存在意義を問い直したい」
と。戦神の正体を知った彼等はただの兵士であることはできなかった。事件の真相を知る彼等が邪魔になったと言ってもいいだろう。それでも彼等にとってはむしろ好都合だった。ゆっくりと考える時間ができるのだから。
 そして2人は旅立った。
 正直言って、答えは遠い。
 それでも、焦る気持ちはあまりない。
「オレ達には『時』があるさ」
 そう言って、リョーコは笑った。
「詩人だねえ」
 それでも、その言葉はサブロウタも気に入っていた。
 そうやっていつか遠い日に遠い街で、彼等は自分たちだけの『何か』を見つけるのだろう。
 
 エンジン音軽やかに、バイクは夕日と共に走り続けた。
いつまでも・・・



「これで・・・終わったのかな」
 キャプテンシートに深く腰掛けながら、ジュンは言った。
「ジュンちゃんっ!」
 後ろから抱きつくユキナ。
「わ・・・ちょっとやめてくれよ」
 下ではクルー達がくすくすと笑っている。エリート組のアオイ艦長唯一の弱点白鳥ユキナ・・・本人は隠しているつもりでも、結構彼の部下の間では有名な話なのだ。
「ここじゃまずいって・・・ちょっと出てくる」
 ごゆっくりどうぞ、がんばれユキナちゃん、うらやましいぞ畜生め・・・などという応援(?)の声に送られて、2人はブリッジを出た。

「まったくもう・・・せめて人前では止めてくれよ」
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
 少し怒ったジュンに、悪びれた様子もなくユキナは答えた。
「これから・・・どうする?」
 ユキナがジュンを見上げるように訊いた。
「えっと、とりあえずは報告に戻って・・・」
「そうじゃなくて!」
 頬を膨らませるユキナ。
「・・・来てほしいんだ」
「え?」
 唐突なジュンの言葉に、言葉を継げなくなるユキナ。
「火星が少しずつ再興を果たしていることは知っているだろ?」
「うん」
 破壊された火星コロニーも、少しずつであるが修復が進んでいるという。
「アスガルドコロニー再生計画って言うのがある」
「アスガルドって・・・ルリ達が飛ばされたあそこ?」
 頷くジュン。
「そこの再興部隊司令官に抜擢されることになるみたいなんだ・・・君さえ良ければ、一緒に来てほしい・・・」
「ジュン君のばかっ!」
 そう言って、ジュンに抱きつくユキナ。
「嫌なんて言うわけないじゃない!」
「ユキナ・・・」
 その背中を、ジュンはそっと撫でた。

2年後、彼女はアオイ・ユキナとなる。


 ナデシコC展望室。草原を模した空間の中に、アキトとユリカが寝ころんでいた。
「長かったね・・・」
 ユリカが言う。
「あの日からもう5年か・・・ようやく本懐遂げたのかな」
 アキトが瞳を閉じる。浮かんでくるナデシコの記憶、ユリカ、ルリとの家族の記憶、復讐鬼としてラピスと歩んだ記憶、ショウとの邂逅、そして新たな家族2人。
「人が生きる限りは争いは終わりはしない・・・これもきっと無駄に終わるんだろうけどな」
 そうであったとしても自分は正しいと思ってこの戦いに参加した。えらく矛盾しているな・・・そう思い自嘲気味に笑うアキト。
「でもさ、こうは考えられない?」
ユリカが起きあがり、人差し指を立てて言う。
「?」
「どんなに遠い道だって、最初の一歩を踏み出さなきゃたどり着けないんだよ。違う?」
「それはそうだけど・・・」
 起きあがるアキト。
「私たちがたどり着けなくたって、ルリちゃん達がたどり着くかもしれない、ショウさんがその道を見つけてくれるかもしれない」
「ユリカ・・・」
 そしてユリカが自分の腹をそっと撫でる。
「紡がれる命のためにも・・・ね」
「紡がれる・・・ユリカ、お前・・・?」
 立ち上がるアキト。
「イネスさんのお墨付き、3ヶ月ちょっとだって。男の子と女の子、どっちがいい?」
 にっこりと笑うユリカ。無言でユリカを抱きしめるアキト。
「く、苦しいよアキトぉ」
「ご・・・ごめん」
 慌てて体を離すアキト。
「ま、とにかく。これからもよろしくね、アキト」
「ああ・・・」
 
 そうして・・・6人目の家族が生まれる。


イワトを見下ろせる場所、防寒着に身を包み、ルリとハーリーが立っている。「・・・・・・」
 感慨深げにハーリーは眼下の光景を見つめていた。2年前、自分は隣に立つ女性のために、アキト捜索を誓った。あれからどれほどの時が流れたのだろう・・・自分も変わっていった・・・
「私たちの始まりは・・・ここだったのかもしれませんね」
「ルリさん?」
 唐突に口を開いたルリに、ハーリーが怪訝に彼女を見つめた。
「大切な人を取り戻したい・・・その想いが」
 最後まで自分たちを突き動かした。そうルリは思った。自分も、隣に立つハーリーも。
「これから・・・どうします?」
 ハーリーが訊いた。
「あなたこそ、どうします?」
 ルリが問い返す。もう2人にとって実はナデシコにはそんなに未練はなかった。オモイカネにはいつでも逢えるし、紡がれた絆は時と共に風化するものではないということを理解していたから。居場所だって今ならいくらでも作れる・・・そう思うから。
「連合バカロレアって知ってます?」
 ハーリーが訊ねた。
「イネスさんとショウさんがやっていた?」
 ルリの言葉に頷くハーリー。バカロレアとは20世紀のヨーロッパ各国などにあった制度で、バカロレア試験に合格すれば、その国の国立大学なら何処でも好きなように単位を取れるという制度である。連合国家が成立した後は、連合国家全てを対象としたバカロレアが設けられ、国家間の垣根を飛び越えて学ぶ者も多かった。
 基本的に年齢制限がないため、イネスは14歳でこれに合格し、ショウも高校を中退して合格し、世界を飛び回ったのだ。その結果、2人とも多数の博士号を得ることになったのである。天才を見つけだし、発現させる制度とも言えた。
「軍は辞めるつもりです。貯えも結構ありますし、いざとなったら奨学金くらい貰えるでしょう」
 ルリは正直驚いていた。自分より5つも年下の彼は、もう目的を見つけていたというのだろうか。
「戦神を倒して・・・正直な話、もっと色々な世界を見たいと思ったんです。人が争う理由を知るには、その奥に流れる何かを知らなければならない気がしますし・・・勉強は2の次ですね」
 そう言って照れたように頭を掻くハーリー。
「あと・・・できれば一緒に来てくれませんか?」
「・・・・・・」
 まっすぐな瞳だった。今の彼にとっては精一杯のプロポーズなのだろう。その気持ちは痛いほど良く解る。
「私と・・・」
 俯くルリ。正直彼の顔をまっすぐ見ることができなかった。
「だめですか・・・」
 肩を落とし、後ろを向くハーリー。
「ち、違います!」
 慌ててルリが否定した。呼吸を整え、ルリは言った。
「私と一緒で・・・後悔するかもしれませんよ」
「後悔・・・するのもいいかもしれません・・・だって」

『あなたがいるのだから・・・貴方と生きる未来のために、僕は自分を乗り越えたのだから・・・』

手を繋ぎ、2人は歩き出した。
 これから2人は、共に未来を紡ぐのだろう・・・

 貴方と生きる未来のために・・・


 Please go to Chapter 3 Epiloge....


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