-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-


最終話 『貴方と生きる未来のために』(中編)




C-part 『終息の刻』



「ふう・・・」
 砂浜に横たえられたルリの吐息を聞き、ハーリーはほっと胸をなで下ろした。生きている・・・大切な人も、自分も。その安堵感からどさりと腰を下ろす。
「・・・遺伝子を継ぐもの・・・」
 刹那、何かの声が聞こえる。脳に直接響くような女の声。
「何?」
 彼の前に歩み寄るミトコンドリア・イヴ。慌てて立ち上がり、身構えるハーリー。それでも彼女は何ら感じることなく歩み寄る。
「貴方達は・・・生きてゆくの?」
 ミトコンドリア・イヴが問う。本当に脳に直接語りかけているのかもしれないな、そうハーリーは思った。ヒトはかつて皆超能力があったという学説を聞いたことがあった。言葉ができる前はテレパシーで意志を疎通し、薬ができる前はヒーリングで傷を癒したという。結局、戦神の言うように何かを得た自分たちヒトは、何かを捨ててきたんだろうな。例えば科学により様々な発展を成してきた見返りに、そういったヒト本来の能力を失っていっている・・・そう思うと不思議におかしい気持ちになった。
「そうです」
敵意はない。それだけははっきりと判る。構えを解いて答えた。
「たとえ生きて行く先に、どれほどの苦しみが待っていたとしても?」
一切の汚れのない、無垢な赤子のような瞳だった。全てを見通し、吸い込んでしまうような。
「信じてくれる人が居るから・・・僕たちの帰りを待ってくれる人が居るから。・・・どんなときでも苦しみを一緒に乗り越えてくれる人が居るから。そう約束したから」
 その瞳から一切視線を逸らすことなく、ハーリーは答えた。
「・・・それが、『ルリ』なのか・・・」
「!」
 海に没した筈の戦神が立ち上がった。ローブはぼろぼろに破れ、全身が海水と血糊が混じり合ったように薄汚れてはいたが。
「・・・そうですよ。『レオン・プレミア・ピースランド』・・・初代ピースランド国王!」
 戦う力はもう無い。一瞬たじろぐも、戦神をしっかりと見据えてハーリーは言った。
「・・・・・・」
 軽くため息をつく戦神レオン。正確にはレオンを中心とした意識集合体とでもいうのであろうが。
「なぜ、こんなことを?」
 ハーリーが訊ねる。不思議ともう憎悪も湧かなかった。ただ、知りたかっただけだった。真実を。
「先程も言っただろう?いくら大切なものを得たとしても、いずれかは失われる。お前が大切なものとして得たものとて永遠ではあるまい・・・『我ら創造物を無へと引きさらう永遠の創造・・・そんなもの何になる?』」
 ファウストの一説を語り、戦神は片膝を着いた。だが、その瞳は依然として彼の姿を映し、生気は消えていなかった。
「そう、永遠なんかじゃない・・・だからこそ大切なんだ。あなた達のように、死してもなお人機融合兵器にすがってしまうような人間には永遠に解らないかもしれないけど」
 その瞳をまっすぐに見つめ、ハーリーは答えた。
「レオン、あなたと一緒にいた2人は、もう限界だったんでしょう?」
「・・・・・・!」
 当たったな、とハーリーは思った。若いまま人機融合兵器に取り込まれたヤヲトメですらもう限界が近いというのに、老人であった彼等はもう存在していることの方が不思議な位なのだ。
「おそらくは、最後の意識をあなたに託して消えた・・・違いますか?」
 レオンの口元が緩む。当たりだなとハーリーは確信した。
「最後に一言だけ言わせてもらうなら、死があるからこそ、生きることができる・・・それが、僕の答えです」
 そうしてルリの体を背負う。歩を進め、自分たちが降りてきた次元の穴へとたどり着く。
「たどり着けるのか?A級ジャンパーでもないお前達が」
 戦神が問う。
「・・・たどり着いてみせます。絶対に」
 根拠はない。それでも自信をもって口に出た。
「・・・我らの・・・負け・・・か」
 何かが倒れたことを水音が彼に教えた。
 しかし、彼は振り返らない。
 意を決し、次元の穴へと飛び込んだ。
 大切な人と生きる今と未来が、何よりも尊い・・・それが判っていたから。



 ルリを背負い、飛び込んだ穴の先は、あの大河だった。
「・・・背、高くなったんですね」
 ハーリーの耳元で彼に背負われたルリが囁く。意識を取り戻したと気がつき、彼女の体を下ろした。大河の上に降り立つルリ、大河の上に立つことができる・・・奇妙な感覚だ。
「・・・そうですね」
 照れ笑いを浮かべながら頭を掻きつつ、ハーリーが答えた。いつの間にか背も追い越されている。そんな彼の姿を見て、ルリが表情を綻ばせる。彼と初めて出会ってから一体どれほどの月日が流れただろう。小さな少し泣き虫の所があった少年は、いつしか自分よりも大きい存在になっていた。凛々しさ、逞しさ、優しさ・・・彼は様々なヒトとしての魅力も備え、そして自分にとって最もかけがえのない存在になったのではないか・・・そう思う。
「行きましょう」
 ハーリーの右手が差し出された。その手は、もう弱々しい少年の手ではない。頼れる存在の、暖かい手。迷うことなくその手を取った。
「はい」

 流れに沿い、2人は走る。
もしこの流れが『時』そのものであるというのなら、流れの方向に歩んでいけば元の時間軸に出られる・・・安直ながらもそう確信したからこその行為だった。息が切れそうになりながらも、2人は走った。手を繋ぎ。
「・・・知っていたんですか?レオンのことは」
 走りながら唐突にハーリーが訊ねた。
「はい」
 いともあっさりとルリは答えた。
「戦神のことは色々調べましから・・・まさか生きているとは思いませんでしたけど」
 いつもの調子でルリが答えた。
「止めよう・・・とか思いました?」
 ハーリーが呟くように訊ねた。理屈はどうあれ、戦神・・・レオンはルリの曾祖父なのだ。
「いいえ」
 ルリはあっさりと否定した。
「多分・・・こうなることを望んでいたんでしょうから」
「え?」
 あまりにも意外な答えにきょとんとするハーリー。
「戦争をコントロールし、人類の滅亡を防ぐ組織であった『宇宙の戦神』。それはいつか、戦争をあおってその利益だけを求めるだけになってしまった」
 歩みを止めて、ルリがその瞳に星空を映す。
「暴れ出した『宇宙の戦神』を止められるものは誰もいなかった。正確には止めようとする人間が現れなかった。止められる立場にいる人間は、戦神・・・戦争によって得られる利益の方が重大だったから。流される血よりも、自分を潤すものの方を選んだから」
 ショウがかつて言っていた言葉。
−どいつもこいつも自分の欲望のために他人の血を浴びたがる−
 まさにその通りなのだろう。そうルリは思う。そして自分にしろハーリーにしろラピスにしろ、その流された血の一滴から産まれた存在であるのだ。
「それじゃあ一体・・・?」
 ハーリーも立ち止まる。
「本当は、止めてくれる人を捜していたんでしょう。単なるウォーメイカーと化した自分たちを滅ぼしてくれる存在を・・・」
「・・・・・・」
 ハーリーが押し黙る。結局七宝衆計画によって、自分たちが苦難の道を歩ませられたのも全てはそのためだったのか、そんな考えを思い浮かべた。運命に翻弄させられることで、自分たちが戦神に対して憎悪を抱くのを待っていたのではないか・・・そして滅ぼしに来てくれるのを待っていたのではないか・・・そうハーリーは思った。
「・・・今となっては、判りませんけど」
 その考えを察したかのようにルリが言った。

  *
「何処へ行く?あんた達の世界はそっちじゃない」
 再び走り出した2人の前に、水細工のような姿をしたサンゴが現れた。
「・・・サンゴ・・・さん?」
 隣には同じ姿をしたメノウが立っている。
「この世界では可能性事象が半無限に分岐しています。下手なところへ出たら、二度と戻れません。私たちについてきてください」
 そう言ってメノウが背を向け、歩きだそうとする。
「一緒に・・・来ないんですか?」
 その背に向かって声をかけるハーリー。
「戻れない・・・からな」
 サンゴが俯きつつ答えた。彼女たちはとうに自分たちの本体である肉体を失っている。それこそ意識だけが取り込まれ、ここで遺跡の一部として機能しているだけに過ぎないのだ。
「・・・・・・」
 己の失言に気がつき、俯くハーリー。
「一つ、お願いしてもよろしいですか?」
 メノウの言葉に、2人が顔を見合わせる。
「私の兄に伝言を頼みたいんです」
「兄・・・乱世さんのことですか?」
 ルリの問いに頷くメノウ。
「本当は、アベルっていうんだけどな」
 サンゴが横から口を挟んだ。
「・・・解りました」
 断る理由などあろう筈はない。2人が首を縦に振る。
「今までありがとう。そして、後は兄さんの好きなように生きて。私のことは気にしないで・・・そう伝えてください」
 メノウが一言一句を噛みしめるように言った。いたたまれない気持ちの中で、ハーリーが言う。
「あなた達は・・・これから?」
「ハイ・ディメンションに取り込まれて・・・分解消滅、かな」
 俯き、サンゴが答えた。
「そんな・・・それじゃあ・・・あなた達の生まれてきた意味は!」
 涙を振りまき、ハーリーが叫ぶ。戦神の道具として生まれ、何一つ人としての生も喜びも味わうことなく、最後の救済は消滅だけだというのか。それではあまりにも悲しすぎる・・・
「・・・悲しまないで」
 メノウがハーリーの側に歩み寄り、そっと抱きしめる。
「さっきの言葉は、あなた達にも言いたかったんです」
 そして彼の体を離し、ハーリーの肩に手を置くメノウ。まっすぐに向かい合う同じ色の瞳。
「メノウさん・・・」
「私たちのことは気にしないで・・・そして、私たちを救えなかった分も、彼女を愛してあげて」
 そしてメノウがルリを見る。
「・・・・・・」
 何と答えればよいのか・・・その答えはルリには導き出せなかった。
「うらやましいわ・・・貴女が」
 そしてメノウとサンゴが手を高々とあげた。開かれた掌から光がほとばしる。何よりも眩しく、2人が目を瞑る。
 遠ざかる意識の中で、ルリはメノウの最後の言葉を聞いた。

『誰よりも・・・自分を愛してくれる人が居て・・・』


「・・・大丈夫かい?ルリちゃん?」
 心配げにのぞき込む、アキトの穏やかな瞳が見える。帰ってきた、それだけはすぐに理解できた。
「何だったんだろ?いきなり光が走ったと思ったら・・・ルリちゃんとハーリー君が倒れてた」
 ハーリーを助け起こしながらユリカが疑問を口にした。
「・・・戦神がいない」
 ラピスが呟いた。空間を覆うほどの戦神の気配は最早露ほども感じられなかった。まるで今までその場に充満していた何かがぽっかりとぬけたような・・・そんな感じがした。
「・・・倒してきたんです、戦神を」
 ルリが答えた。
「跳んだ、という訳か」
 ショウが言う。2人が肯定の意を示した。
「・・・自分でも、信じられませんけど」
 
 そして2人は語った。『戦神』の問いかけと戦い、ミトコンドリア・イヴとの邂逅、ハイ・ディメンションの存在、メノウとサンゴの伝言・・・
 
アキトは言葉を失った。
 ユリカの理解の範疇を越えている話だった。
 ラピスはメノウとサンゴの境遇に涙した。
 ショウとイネスは・・・


「ブルーになってる場合じゃないんじゃない?」
 突如ヤヲトメのウインドウが一同の眼前に開いた。
「どういうことなんだ!」
 アキトがヤヲトメのいつもと全然変わらないその口調に怒りを感じ、やや声を荒げる。
「あなた達には、まだやることがあるんじゃないかしら?」
 イネスがアキトの前に立った。
「イネスさん?」
 ユリカが目を丸くする。ヤヲトメは答えた。
「私達がかつてできなかったことを、今この場で行うのよ」
「できなかった・・・こと?」
 首を傾げるユリカ。一同を見渡すように、イネスが言う。
「遺跡を、消し去るのよ」

「バカなことを言わないでくれ!それこそ歴史が消滅してしまう!」
 アキトが叫んだ。『遺跡』はすでにボソンジャンプという形で時間軸に干渉しているため、遺跡を破壊すれば歴史そのものが崩壊してしまう。それこそが5年前、彼等が遺跡を破壊できなかった理由だった。
「そう、『普通に壊せば』ね」
 ヤヲトメが意味ありげな科白を言う。
「『普通に壊せば』?」
 ハーリーが首を傾げた。
「そう。というよりも、本当の意味で『遺跡』を消滅させることは、この4次元宇宙の住人である私たちには決してできない」
「ハイ・ディメンションは少なくとも5次元以上の存在だ。だから普通、干渉はおろか知覚することすらできない」
 イネスとショウがそれぞれ説明した。
「それをどうやったかは解らないけど、古代火星人はハイ・ディメンションを『召喚』したということですか?この宇宙に」
 ルリの問いにヤヲトメが頷く。
「そう。だから遺跡はこう構成されていると考えられるの。『魂』と呼ぶべきハイ・ディメンション、『肉体』と呼ばれるあの大樹」
 そう言ってヤヲトメは遺跡が変形した大樹を指さした。
 つまりはこういうことである。ボソンジャンプの中枢制御装置・・・時間と空間を超越して存在するスーパーコンピュータ『遺跡』。それを作り出すには、この4次元宇宙を越える必要があった。この4次元宇宙の物質では、時間と空間を越えることなどはできない。そのため、ハイ・ディメンションを召喚する方法を考え出した。
 その原理とは、恐らくこの宇宙とハイ・ディメンションとを『接続』することなのだろう。遺跡の本体はハイ・ディメンションにあるといってもいい。
「別の言い方をすれば、遺跡を一つのパソコンと考えてみたらいいかしら?本体がハイ・ディメンション、ディスプレイがイワト、そして、インターフェイスがそこにあるもの。かつての私たちは、そのことを知らなかった」
 イネスが大樹に視線を向けた。
「そうか・・・!つまり『遺跡』を破壊するということは、インターフェイスを本体から引き離す行為・・・キーボードを抜かれたからといって、コンピューターは機能停止しない・・・こういうことですね」
 ハーリーがぽんと手を打った。
「満点合格、流石ルリちゃんが見込んだだけのことはあるわね」
 満足げに頷くイネス。
「でも、『普通に壊せば』ってどういうこと?」
 ラピスが疑問を提示する。
「そこをこれから説明するわ。ここからが一番重要なことだから」
 どこからかホワイトボードを引っぱり出しつつ、イネスが言った。

「Gデヴァイスをリプログラムする?」
 真っ先に疑問を唱えたのはショウだった。
「そうよ。この遺跡はGデヴァイスを用いて作られている」
 イネスが答えた。
 イネスの提示した作戦はこうであった。たしかに理論上は遺跡を破壊することは可能である。しかし、グラビティブラストなどで一撃破壊を行うと、遺跡崩壊の影響がハイ・ディメンションに及び、時間軸に何らかの影響を及ぼすことになる。つまり、破壊の衝撃を極力少なくしなくてはならないのだ。
 そのために、遺跡の増幅に使用されたGデヴァイスを周りの物体を分子レベルで分解するようにリプログラムして、自己崩壊を起こさせようというのである。その後にこの高天原をナデシコB、Cとユーチャリスのグラビティブラストで吹き飛ばす。
「確かに、それならできそうですね」
 ルリが同意を示し、それに遅れて一同が頷いた。

「ユリカ!どうなった?今何処にいる!」
 ジュンの通信が飛び込んできた。考えてみれば指揮官クラスがみんな一気にいなくなったのだ。ナデシコの方は大混乱だろう。
「あ、ジュン君」
 いつもの調子で答えるユリカに、ほっとジュンが肩をなで下ろした。
「良かった・・・と、そうじゃない。急に『高天原』が活動停止した。なにがあったんだ?それと『高天原』が火星の重力に引かれている。このままじゃ火星に落下する!」
 バリアも消え、防衛システムが完全にシステムダウンしているという。火星の重力に引かれているということは、制御システムまでダウンしたということなのだろう。
「戦神は倒した・・・そういうことだ」
 アキトが言った。
「なんだって!?」
 呆気にとられるジュン。
「そんなことより説明するわ。これから何をしなくちゃならないかをね」
 そして、イネスの説明が周辺全土へと一気に流れた。

 高天原の中でも戦いは終わり、エステバリスのパイロット達もその放送を聞いていた。
「やっぱり、やるのかい」
 アカツキが言った。
「はい」
 ユリカが凛として首を縦に振る。
「悪いですけど、邪魔をするなら容赦しません」
 ルリが言う。その瞳には決意の炎がありありと燃えていた。苦笑するアカツキ。
「女の子がそんな物騒なことを言うもんじゃないよ。ルリ君」
高天原から脱出するエステバリスの中で、アカツキは続けた。
「言っただろう?僕は戦神との関係をリセットしたいだけだって」
「てめーが言っても説得力ねえ」
 リョーコが横やりを入れた。
「ははは、信用ないねえ」
「・・・自業自得」
 ぽつりとラピスが一人ごちた。もっともアカツキにしてみれば皮肉以外の何物でもないが。
「ラピス君・・・君もきついねえ。ま、少しは信用してくれるような話をしようか。僕は兄貴の代わりにネルガルを継いだ訳だけど、何で兄貴が死んだか知っているかい?」
 その言葉にルリがはっとなる。
「・・・戦神に消された」
「そういうこと。兄貴は優秀でね、ネルガル次期会長の他にも『戦神』の後継者候補に選ばれていたんだ。だけど戦神の正体を知った兄貴は反発・・・結果はそういうことさ。僕にとっては敵討ちでもあるわけだ」
 いつもの調子でアカツキがまくし立てた。
「あなたが義理人情で動く男には見えないわ。それに、遺跡を壊すのに了承する理由ではないと思うけど?」
 イネスが突っ込む。
「もう一つ。護送船団方式って知っているかい?簡単に言うと特定の産業を護るために政府が干渉して、特定の企業だけにその産業を独占させる方式のことなんだけど」
 頷くルリ、ユリカ、イネス。
「だけどそれは時として自由競争の原則から外れて、その産業を行き詰まらせてしまう・・・もっと自由に研究してもいい気がしたんでね、あれがなくなったらできるだろう。自由にボソンジャンプができる時代を作ることが」
 別に『遺跡』がなくなったからといって、本体であるハイ・ディメンションが健在なら、ボソンジャンプは可能なのだ。ボソンジャンプを支配することができなくなるだけに過ぎない。古代火星人があれを作った理由は、単に大規模のジャンプを可能にするためなのだから。
「単に護送される側から外されたからその腹いせ・・・ともとれるがな」
 ショウがネルガルがヒサゴプランから外されたことを暗にほのめかした。アカツキの額に微かに汗が浮かんだ。多少は思っていたな、とアキトは思った。
「どう思おうとそこら辺は君たちの勝手さ。ただ、いいんじゃない?戦神も遺跡も消えた後はしばらくは戦争は起こせない」
 戦神は戦争を管理していた・・・それは武器弾薬の表裏問わぬ輸送ルートも含まれる。それが消えたらどうなるか・・・世界中の戦争は一時物理的にストップする。武器が回らないのだから、なし崩し的に戦争は止まるだろう。
「ま、顧客がいなければ商売は成り立たない。人類が滅んだら経済も何もないだろう?」
「一番、『らしい』答えだな」
 アキトが言う。そしてアカツキは言った。
「後のことはこれから考える・・・昔から言うだろう?『明日は明日の風が吹く』ってね」
 

 そして、具体的な作戦が考案された。えっへんと胸をはり、ユリカが説明を始める。
「それじゃあ作戦説明行きますね。この作戦は大きく分けて三つの段階に分かれます。遺跡の崩壊のためのプログラムの作成、そしてその実行、最後に火星を守るために高天原を壊す、です。最初はリプログラム用のプログラムを作成する。これはショウさんヤヲトメさんお願いします」
「解っている」
「まかしといて」
 2人が答え、すぐさま作業を開始した。Gデヴァイスのプログラムはショウが独自に作ったものであるため、理論式が通常のナノマシンのそれと大きく異なるのだ。彼らでなくてはできない作業だった。
「次に、そのプログラムを遺跡部分に流してもらいます。これはクラッキングだからルリちゃんとラピスちゃんに任せます」
 頷き、準備を開始する2人。ルリはナデシコに、ラピスはユーチャリスにそれぞれ戻っていた。ユーチャリスがボソンジャンプして外に出た。
「最後に、相転移砲で高天原を吹き飛ばしてもらいます。きちんと壊さないと破片が火星に落下して大変なことになるので、予め計算してその通りに撃たなくちゃなりません。ここの計算と指示はハーリー君に任せます」
「任務了解!」
 彼の出した大声に一同が耳を塞ぐが、すぐに満足げに頷いた。
「そしてアキト・・・」


 遺跡本体が輝き、人が入ったカプセルが中心となって構成される、コードをいくつもつなぎ合わせて作ったような機械が現れた。直径7メートルほどの円盤の上に、中心のカプセルを支えようとするかのように幾つものコードが伸びている。オロチのメインユニット・・・ヤヲトメの本体だった。
「よーし」
「オーライ」
 アキトのエデウスとユリカのアルストロメリアβがそれを受け止め、地上へと導く。ショウの天狼・極はプログラム作成のため、その作業からは外れていた。
「悪いわね、最後にわがまま聞いてくれて」
 ヤヲトメのウインドウがショウの前に現れて、ぺこりと頭を下げた。
「・・・何故、ここで終焉を迎えたい?」
 自責の念が混じったような口調でショウが言う。本来は彼女をシステムから解放し、人として甦らせることが彼の目的だった。だが、研究の成果であるGデヴァイスには彼女を甦らせる力はなく、それどころか奪われて悪用されたのだ。ヤヲトメの時間は残り少ない。今、ショウのサポートをしていることすら、とうに限界を越えた彼女の肉体を蝕む行為になる。無論ユリカはこの事を知っていた。だからこそ、彼女の願いを叶えてあげたかった。
「私の始まりだから・・・ここは」
「・・・・・・」
 あえてショウは口を開かず、黙々と作業を続けた。
「でも・・・これじゃああんまりです!ヤヲトメさん!」
 ユリカがカプセルに閉じこめられた彼女の肉体を見つめながら叫んだ。瞳には涙すら浮かべている。だが、ヤヲトメはそっとユリカに微笑み返した。
「知ってる?ヤヲトメは『八稚女』って書くの。古事記の神代記という部分の大蛇退治のエピソードで奇稲田(くしなだ)姫がスサノオに助けられる前にオロチの生贄となって死んでいった名もない少女達の総称なの」
 文字通り『オロチ』建造の生贄にされたヤヲトメ、そして彼女の遺伝子を受け継がされたルリ達七宝衆はまさに『八稚女』といえるだろう。
「私は朽ちる・・・だけど、私の遺伝子を受け継いだ私の子供達が生きている・・・違うかしら?」
「・・・メノウさんとサンゴさんは死にましたよ・・・」
 ハーリーのウインドウが乱入した。唇を噛み続け限界を越えた彼の唇からは、赤いものが流れ出していた。されどヤヲトメは微笑みを崩さない。文字通り子を慈しむ母のような表情を浮かべた。
「それでも、あなた達は生きている」
「・・・・・・」
「今こうして生きている!大切なものを得て生きている!」
 視線鋭く、自分の周りを取り囲むウインドウを見つめた。
「・・・最後に、遺言くらいは聞いてくれるかしら?ま、そんな上等なものじゃないけど・・・あはは」
 わざとらしく照れ笑いを浮かべるヤヲトメを見て、一瞬アキトとユリカが、ルリとハーリーが、ラピスとショウが、リョーコとサブロウタが、ジュンとユキナが、プロスペクターが、多くのクルーが顔を見合わせ、そしてヤヲトメを見た。
 それは無言の承諾だった。

「アキトさん、ショウ・・・特にあなた達に」
 無言で頷くアキトとショウ。
「あなた達は自分を無価値に考えすぎる・・・これだけは教えておくわ。たとえ命と引き替えに大切な人を護ったとしても、護られた人達はあなた達を犠牲にして生き残ったという事実の十字架を永遠に背負わなければならない」
 ユリカを、ルリを、ラピスを見てヤヲトメは続けた。
「大切な人を幸せにしようと思ったら、あなた達が幸せになりなさい・・・あなた達の幸せは彼女たちの幸せであり、あなた達の不幸は彼女たちの不幸」
 アキトとショウに共通点があるとすれば、それは大切な人を護れなかったと言うこと。アキトは目の前で為す術もなくユリカを汚され、ショウは助けるべき母をその手で殺し、ライラを永遠に失った。
「ルリちゃんにも言われたよ・・・『あなたの存在が私たちの中に生きている以上、あなたの存在はあなただけのものじゃない』って」
 ヤヲトメの瞳を見つめ、アキトが言う。
「・・・言葉の意味は、解るわね」
「ああ・・・」
 頷くアキトを満足げに見つめ、ショウを見た。
「残りの人生、ラピスに捧げるのも悪くない・・・そうしてやることが、きっとあの2人のためでもあるのだろうさ」
 遠い目をして、ショウは笑った。

「ハーリー君」
 そんな2人の様子を見たヤヲトメが、ハーリーに視線を映す。
「あなたは、こんなバカ2人みたいなことをしちゃ駄目よ」
「・・・はい」
 火星でガイセと差し違えようとしたときのことを思いだし、少し消沈した表情を見せるハーリー。
「さっきの言葉は、あなたにも言えることは忘れないで」
「はい」
今度ははっきりと頷いた。
「これから先、ずいぶん悩み苦しむことが多く続くとは思うけど、これだけは言えるわ・・・」
「ヤヲトメさん?」
 気のせいだろうか・・・ヤヲトメの姿がぶれ始めた。しかしすぐに彼等はヤヲトメの状態を理解した。気のせいなどではない。彼女の終息の刻(とき)がもうそこまで迫っているのだ。
「悩み、苦しむことは人の常・・・だけど、人はそれを乗り越えてきた。その答えは常にあなた達の中にある。いままでどう生きてきたか・・・これからどう生きていくか。
 答えはあなた達が作る・・・それを、忘れては駄目よ」
 ヤヲトメの立体映像に走るノイズが徐々に大きくなっていく。最後に、プロスペクターにその視線を映した。
「・・・ごめんなさい、あなたと一緒にいられなくて」
 潤むヤヲトメの瞳。
「構いません・・・あなたと出会えたあのオロチでの一時は、私にとって最も価値のある一時、あなたが謝る必要などありませんよ」
そんな彼女に穏やかに、優しく語りかけるプロスペクター。
「信じましょう・・・あなたの子供達が創る・・・『未来』を」
 強く、優しくプロスペクターは言った。
 ヤヲトメの姿が消え始める。

そして、最後の言葉を紡いだ。

「・・・あり・・・が・・・とう」



後編へ続く。


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