-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-


第25話 『怒りの日』(後編)



C-part:人は『力』を呪う



黒い機体が、煙を上げて墜ちてゆく。
 その数は20をゆうに超えているか。
巨人の心臓をも思わせる『高天原』動力炉。
そこを護るキマイラと化した兵士達を、ショウはいともたやすく葬っていた。
「これか」
 ショウの機体、天狼・極が眼前の動力炉を破壊せんと、巨大なバスターソードを思わせるヒートサーベルを構えた。
「・・・易々とは、やらせぬつもりか?」
 自分の後ろに気配を感じた。それは紛れもなく殺気と呼ばれるものであった。躊躇なく他者を滅する者のみが発する、最強の力の証。
 それはボース粒子という形をもって彼の前に具現化する。誰の殺気であるかは知っていた。懐かしい感覚でもあった。そして、もっとも憎むべき相手の感覚でもあった。
「・・・ガイセ」
 自分の遺伝子の半分でもあり、もう半分を汚した男。その男を乗せた『巨人』ニルヴァーナ。ショウの天狼・極が驚いた様子もなく振り向いた。
「20年ぶりか?『消』」
 通信回線を開き、ガイセが鷹揚に口を開いた。敵の通信に強制的に割り込むなど、この2人にとっては容易なことだった。
「・・・貴様にその名を呼ばれることが、より私の憎しみを増す」
 ショウは『消』を意味する。七宝衆計画の失敗作である彼に与えられた名。それは創造者による存在理由そのものの否定。
「出来損ないに貴様を作ったことがか?貴様を見る度私は自分の未熟さを痛感する」
 モニター越しにガイセの瞳が鋭さを増すのが見える。
「斯様な理由で私がここまで来たと思うのか?・・・そうだな、いわば敵討ちだ。
貴様の所業で散っていった命への」
「讒言を・・・」
「どう思おうが勝手だ・・・しかし、今を生きる七宝の名を継ぐ者たちを貴様に汚させはせん!」
天狼・極が刃を振り上げる。
「よかろう!貴様の甘さその身に刻み込み、そして朽ち果てるがいい!」
20年越しの、父と子の対決だった。

 時が流れる、もう片方の動力炉でアキト達の決着がつこうとしている頃
「クク・・・愚者の讒言。貴様の仲間らしい科白だな」
 ユリカの放送を聞いたガイセが呟く。最早2人は満身創痍に見える。両方の機体とも装甲板がひび割れ、一部の回線がショートしているのか機体の各所がスパークしていた。
「のお、出来損ないよ!」
 幾度目の攻防か、ニルヴァーナがヒートサーベルを牙突に構え、ホバーダッシュで天狼・極へと突っ込んでゆく。
「讒言・・・だというか、ガイセ!」
 天狼・極が突き出された刃を受け流すように払う。その隙を見いだし、刃を横に振るう天狼・極。
「ぬううっ!」
 しかしニルヴァーナが横へと強制移動してそれをかわす。結局は新しい傷を一つ作るだけだった。
「その程度か・・・?」
 ガイセが不敵に笑った。

 そのころ、ナデシコC。
「アキトさん、ユリカさん、応答してください!」
 メグミが悲痛な叫びをあげ、幾度となく答えない2人に呼びかける。
「エデウス、アルストロメリアβ共にロスト!ジャンプ先は不明です!」
 ユキナが絶望的な状況を告げた。
「アキトさん・・・ユリカさん」
 ルリの表情にも焦りと最悪の予感が浮かんでいた。死んだというのだろうか?それとも・・・?
「ルリ、聞こえる?」
 ラピスの顔を映したウインドウがルリの目の前に現れた。
「どうかしましたか?」
 立場上、健気にもポーカーフェイスを無理に作るルリ。
「私が高天原へ行く」
 そのラピスの言葉の意味を一同が理解するのには暫しの時間を要した。
「ボソンジャンプで直接壊しに行く。私なら・・・できる」
 確かに戦艦で先程開けた突破口を通ってゆくのは不可能である。ボソンジャンプなら直接中に入れるが、入ったところで袋叩きにされるのが落ちであろう。しかしユーチャリスにはバッタと呼ばれる無人兵器群がある。これをラピスとリンクさせて小型の移動砲台、即ちビット兵器として使うことができるのだ。これならば動力炉にたどり着けるかもしれない。
 ただラピスの本当の目的は・・・
「アキトさんを、それともショウさんを助けたいということ・・・?」
 ラピスの顔を見つめつつルリが言う。
「・・・ショウに殉じる気?」
 ヤヲトメが横から通信に割り込んだ。
「違う・・・死なせないために。それにアキトとユリカが死んだとは思っていない。アキトは必ず帰ってくる。ユリカは必ず帰ってくる・・・アキトは私に嘘はつかない。リンクなんかしなくても解る」
ラピスの答えにルリとヤヲトメが肩をすくめた。アキトの治療を終えた時点で彼等の感覚のリンクは外されていた。これは感覚が戻ったことで不要になったというのも理由の一つだが、それ以上にこのままリンクを続けていくと、ラピスとアキトの互いの精神に徐々に負荷がかかり、将来的に何らかの障害が発生する確率を懸念した故での処置だった。
 その事実をショウから告げられたとき、ラピスは言った。
「ありがとう」
 彼等の間には最早物理的な感覚結合を越えた何かもっと強い絆があるのだろう。その言葉をラピスは拒みはしなかった。
「解りました・・・お願いします」
 微笑みルリが答えた。
「無茶しちゃ駄目よ」
 ヤヲトメが言う。さながら子を送り出す母のような表情で。

 そしてショウとガイセは。
「ガイセ・・・」
「出来損ないが・・・」
 天狼・極とニルヴァーナが互いに構えたまま、膠着状態に陥っていた。その周りには動力炉の護衛として参戦し、ショウの手によって破壊された多数の白露の残骸が炎をあげながらその躯を晒している。
「20年前のあの日・・・貴様を滅していればこんなことにはならなかった。人機融合兵器が甦ることも・・・ライラが死ぬこともなかった」
 ショウが呟くように言う。
「貴様が戦神の崇高な使命を理解していなかっただけにすぎん。出来損ないが」
 ガイセがじりじりと隙をうかがうようにニルヴァーナを動かす。
「崇高?いたずらに戦争をあおることがか?」
 嘲笑するように答えながらショウがニルヴァーナの動きに全神経を集中する。相手のほんの僅かな動きから隙を見いだし、渾身の一撃をたたき込む。ショウはそのチャンスを待っていた。
「人は常に戦争と共に進化してきた。例えば20世紀の初頭に飛行機が作られたな?」
 ニルヴァーナが剣の切っ先を僅かにずらす。それは一瞬の隙のように見える。
 しかしショウはそれが罠であるということに気がついていた。だから攻めない。
「それから何故1世紀もたたないうちに人が音速の域までたどり着き月まで飛べたと思う?その答えが戦争だ」
小細工は無用と悟ったガイセが再び構え、更に続けた。
「多くの戦争が繰り返されたからだ、第一次世界大戦、第二次世界大戦、東西列強のベトナム、朝鮮における代理戦争、未だ止まぬ中東の紛争・・・それらで勝利を得るためにより高い技術が生み出された。そう、戦争が飛行機という技術を発展させたのだ!」
 ガイセの殺気がより高まる。
「何が言いたい・・・」
 ショウもそれを察して全神経を研ぎ澄ます。
「人には戦争が必要なのだ!おまえとて技術者の端くれなら判るだろう?常に人は発展せねばならぬ。そのためには多くの生贄が必要なのだ!科学とはそういう呪われた力なのだ!」
 ニルヴァーナがその巨体に似合わぬ連続の斬撃を天狼・極に向けた。
「より多くの命を散らせ、より多くの血を流させ人は進化してきたのだ!
 それを木連と地球との和平?
 火星の後継者の鎮圧?
 挙げ句の果てには宇宙の戦神を見限るだと?
 どいつもこいつも平和などという幻想をいだきおって!」
 ガイセの咆吼に合わせたかのように、ニルヴァーナの両肩から放たれるグラビティブラスト。
「ぬっ・・・ガイセ!」
 天狼・極の正眼に構えられたヒートサーベルからディストーションフィールドが発生し、グラビティブラストを受け流す。
「おとなしく戦神の書かれたシナリオを演じていれば良いものを!
 生贄は死ぬことに価値がある!そして命を喰らいあうことで人はより強くなるのだ!それが真理、解らぬか『消』!」
 グラビティブラストが消えると同時にニルヴァーナが一気に間合いをつめた。
横に振られるニルヴァーナのヒートサーベル。
「くっ・・・」
 かわすタイミングを誤り、天狼・極の胸が大きく切り裂かれる。
「最早問答は無用!朽ちろ『消』!」

 その刹那・・・
「ボソンジャンプ?」
 ショウが先に気がついた。
 ニルヴァーナの周りに発生した多数のボース粒子。
 それらは瞬時に黄色い機動兵器の群を形作った。
 機動兵器『バッタ』は一瞬の躊躇無くニルヴァーナへと突っ込んでゆく。
「何!」
 ガイセの動きに一瞬迷いが生じる。
「・・・・・・!」
 それはショウが一瞬の隙をつき、逃げるには十分すぎる隙だった。
 その隙を見計らったかのように、ニルヴァーナに取り付いたバッタが自らを爆破し、ニルヴァーナが炎に包まれる。
 煙が晴れた後、ニルヴァーナと天狼・極の上に一隻の戦艦がその姿を現していた。
 白く輝くその肢体。
その姿、まさに威風堂々。
 ユーチャリスが、その姿を現していた。

「七宝衆の小娘か・・・先に貴様から滅してくれるわ!」
 バッタの自爆程度ではさしたるダメージを受けなかったのか、ニルヴァーナの動きにはダメージが感じられない。しかしバッタの自爆とユーチャリスの出現が、ガイセの意識を一瞬ショウから逸らしていた。
「そうはさせん!」
 それはショウが付け入るには大きすぎる隙だった。
「ぬ・・・!」
 かがんだような姿勢で突っ込んでいった天狼・極がニルヴァーナの右足の装甲板を切り裂いた。足の姿勢制御バーニアを失い、ニルヴァーナが体勢を崩す。
「確かに貴様の言っていることは真理なのかもしれん」
崩れた体勢のニルヴァーナにさらなる攻撃を加える天狼・極。
「だが・・・それは同時に繰り返された過ちの歴史でもある!」
 一度ならず二度、二度ならず三度攻撃が加えられる。
「平和は幻想ではない!戦い続け、幾つもの命を散らして発展する時代は終わりにせねばならない!」
「詭弁をほざくのか!科学を捨てて人が生きられると思うのか!」
 戦いの流れはショウに傾いていた。防戦一方になるガイセのニルヴァーナ。
「戦争をしてまで発展を急ぐ必要が何処にある?それに科学と戦争はイコールではない!」
 ショウの天狼・極がヒートサーベルを牙突に構える。
「若造に小娘が!」
 ガイセのニルヴァーナもそれに習う。
「朽ち果てろ!・・・そして母さんの、ライラの、キマイラの魂に詫びてこい!」
「私はこんなところで朽ち果てはせん!」
 そして・・・最後の一撃が放たれた。

 間合いの大きさ故、ニルヴァーナの突き出した刃が天狼・極に先にヒットした。
 その影響で、天狼・極の左腕の肘から下が吹き飛ぶ。
 だが、ショウは動じなかった。
 素早く剣を右腕に持ち替え、持ち前の機動力でニルヴァーナの懐へと天狼・極を突っ込ませる。
 天狼・極の大剣が、ニルヴァーナの胸に深々と突き刺さった。
 そここそ、ニルヴァーナの心臓とも言える相転位エンジン。
「ぐ・・・」
 次の瞬間、血を吹き出すように爆風が飛び出した。ヒートサーベルの超高熱と相転位エンジンが反応したのだろう。次の瞬間、ニルヴァーナの全身がスパークし、全身から炎を吹き出した。

 ぼろぼろと装甲が剥がれ、それに伴い機体の強度の限界値を次々と越えてゆき、ニルヴァーナが崩れてゆく。
 ニルヴァーナの腕が落ちた。
 頭部が吹き飛んだ。
 ついには自重すら支えきれなくなり、がくりとひざを着いた。
 それはさながら、焦熱地獄で永遠にその身を焼かれ続ける罪人の如き姿。
「ごぉぉぉぉぉぉ・・・!」
 ガイセの悲鳴が響く。
決着はついた。

 崩れ落ちたニルヴァーナの前に、ぼろぼろになったガイセが横たわっている。
 もはや死を待つばかりであるということは誰の目にも明らかだった。
 その前に立つラピスとショウ。
 虚無感が2人の心を支配する。
「・・・ぐ・・・うう」
 ガイセが目を開く。
「気がついたのか・・・」
 ショウの声にガイセが己の状況を悟る。
「皮肉な・・・20年前と同じ結果に落ち着いたか」
 ガイセがショウとラピスの顔を交互に見る。
「・・・そうだ。生まれ落ちてからずっとこの時を待っていた・・・愚かな父をこの手で滅する瞬間を」
 ショウが呟いた。ガイセが眉をしかめ、隣にいるラピスの存在に気づいた。
「ふん・・・ラピス・ラズリとかいったか?貴様といいマキビ・ハリといい愚かなものよ。下らぬ感情に溺れおって」
 己の死を悟りつつもガイセはそれに臆した様子もなく続けた。
「貴様らなど所詮は科学が生み出した単なるカーボンユニットにすぎん。兵器は所詮兵器・・・戦う以外に何があるという?それともいずれそこの出来損ないの子でもその身に宿すつもりか?」
卑下するかのような視線をショウに向けるガイセ。そして再びラピスに視線を向ける。
「だとするなら貴様も兵器であることを忘れた出来損ないよの、ラピス・ラズリ。そのようなことをしたところで貴様が道具であることには変わりはない。それに呪われた力で生み出された貴様など呪われた存在でしかない・・・愚かなことよ」
 ラピスを嘲笑うガイセ。
「それは違う!」
 それに対してラピスが怒りを含んだ声を発した。ガイセをそのアンバーの瞳で睨み付ける。
「さっきユリカの言った言葉が判らない?私だってハリだって戦うだけに存在しているつもりなんか無い。それをユリカは教えてくれた・・・人は変わることができるって」
「・・・・・・」
 ガイセは答えない。ラピスは続ける。
「それにあなたは科学は『呪われた力』だと言った・・・だけどそれは違う。『力』が呪われているんじゃない。『人』が力を呪うの!」
「何だと・・・」
 ガイセの眉がつり上がる。しかしラピスは微塵も臆さない。
「ヤマサキが引き起こしたアキトの苦しみは科学なのかもしれない。私はその科学で生み出された。だけどショウがアキトを救ったのも科学の力・・・力は使うもの・・・使われるものじゃない!・・・自分の命が呪われたものだとは思わない!」
「き・・・さま」
 ガイセが起きあがろうとする。
「私はショウと生きる!」
 審判を下す裁判官のようにラピスが凛々しく言った。

「人形が!」
 ガイセが立ち上がろうとした刹那。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
 突如咆吼が響いた。
 声の主を捜す3人。そしてラピスが目を背ける。
「キマイラの生き残りか?」
 ショウがラピスを自分の体でかばうようにして刀を抜く。先程沈めた白露に乗っていたキマイラ達が、墓から這い出すゾンビのようにその姿を現した。
 大半が瓦礫の底に沈んで息絶えていたが、幾人かの動けるキマイラが、人とも獣ともつかぬ叫びをあげ、その瞳に憎悪の炎をたたえていた。
「我らは・・・貴様らが・・・憎い」
 キマイラの一人が絞り出すように呟く。
「我らの人生を砕いた・・・貴様らが」
「全てを奪った・・・貴様らが」
 別のキマイラが口々に言う。
「クク・・・天は我にあったな。やれ!その2人を生きてここから出すな!」
 笑い、ガイセがショウとラピスを指さした。地面を蹴って駆け出すキマイラ達。
「くそっ!ラピス、私から離れるな!」
 ボソンジャンプで逃げるか?いや、あのスピードなら間に合わない。ならば全員倒す・・・。素早く判断を下しショウが刀を構えた。

 しかし状況は3人の予想を大きく裏切った。
「えっ?」
 ラピスが目を丸くする。
 キマイラ達はショウとラピスをその強化された筋肉をもって大きく飛び越えていた。
「き・・・貴様ら何を・・・」
 そしてガイセを取り囲むキマイラ達。
「我らの命は・・・貴様の玩具ではない!」
「我らが受けた苦しみの・・・万分の一でも味わえ!」

 次の瞬間、キマイラの一体がガイセの喉笛に食らいつく。
 そしてその凶器とも言える爪で全身を切り裂いた。
 別の一体が腸を引きずり出した。
 手を食いちぎり、足を潰し、頭を砕く。
 爪が砕かれ、膝の皿が割られた。

 だが、それは前座でしかなかった。
−ぐしゃっ−
−がぶっ−
−ぐちゃり−
 骨が砕け、肉がちぎられる音。

「うっ!」
 ラピスが口を押さえ、目を背ける。
「見るなっ!」
 ショウがラピスの華奢な体を護るように抱きしめた。

 砕かれたガイセの肉体を、キマイラ達は貪っていた。
 失われた人としての人生を奪いかえさんとするかのように。

 同胞の躯をも貪る餓鬼のごとき姿。傍目にはそう見えたことだろう。だが、ショウとラピスには違った姿に映っていた。曰く、仲間を思う故のヒトとしての姿。
 大切なものを奪った相手への怒り。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 ガイセを人外の躯へと変え、キマイラ達は狼の遠吠えのような叫びをあげた。
仇を討ったことを散っていった同胞へと伝えんとするかのように・・・

「ぐ・・・・ふっ」
 咆吼が止んだ瞬間、キマイラの一人が血を吐き倒れ伏した。
 どさり。
 ばたり。
 一人、また一人と倒れ伏してゆき、自ら吐いた血とガイセの血が作り出した血の池に突っ伏してゆく。まるで糸の切れたマリオネットのように。
「!」
 ラピスが呆然とその光景を見つめる。
「強化された肉体の・・・ひずみ、か」
 医者でもあり、ヤマサキから押収したキマイラのテクノロジーの資料を見たショウには解っていた。
 遺伝子操作と薬物投与でいくら肉体を強靱にしても、所詮媒体となったのはヒトの肉体に過ぎない。ヒトの限界を超えたとしても、必ずそのひずみが現れる。それはヒトの限界を超えて強化された肉体へのひずみだった。
 ヒトの限界を超えたものの末期だった。

 ショウが黙祷するかのように瞳を閉じた。ラピスもそれに習う。
 最後の一人の命の灯火が消えた。が、その死に顔は不思議と安らいでいる。
「・・・静かに眠れ」
 ショウがそっと声をかけた。
 彼等にも解っていたのだろう。真に倒すべき相手は誰なのか。

「くっ」
 どさりと座り込むショウ。ガイセとあれほどの戦いを繰り広げていたのだ。彼の体とて無事ではなかった。
「ショウ!」
 ラピスが駆け寄り、傷ついたショウの体を抱き留める。
「・・・終わったな。天命は・・・これで」
「死ぬなんて言わないで!」
 ラピスがショウを強く抱きしめる。
「ラピス?」
「ショウのやってきたことは間違ってなんかいない・・・私も同じだったから。ライラの、リーホァの気持ちは解る」
 ラピスの涙がショウの肩を濡らす。
「2人は絶対にショウを恨んでない。それに2人は満足している・・・ライラはアイザックの道具で終わるはずだった命を、ショウのおかげで人としての喜びを教えてもらった。リーホァは・・・苦しさから永遠に開放された」
「・・・・・・」
「私には、ライラの願いが解る!」
 ラピスの細い腕により力がこもる。
「ショウに・・・生きてほしいって」
−ガチャン−
 ショウの握っていた刀が床に落ちる。
「いつかショウは聞いてきたよね・・・人を好きになる気持ちは何なのかって・・・それは、一人じゃ寂しいから、温もりが欲しいから。私には・・・そんな結果しか思い浮かばないけど・・・だから、ショウには生きて欲しい」
 最後にはか細い声に嗚咽が混じる。それはラピスの心からの想い。
「不思議だな・・・」
 ラピスの背にそっとショウが手をまわす。
「え?」
「人の温もりというものが、これほど暖かいものだということ。私はそれを忘れていた・・・いや、自分から目をそらしていた」
 そしてラピスを抱きしめる。
「母を死なせて、ライラを見殺しにして、そして失うことの怖さから、自分自身の死を求めていた。
 私は逃げていたんだ。生きることから・・・そのことを君が気づかせてくれた」
「ショウ・・・」
「暖かい・・・遠い昔に失ったものをすべて取り戻した、そんな気がするよ」
 温もりを確かめるように、ラピスの背中をそっと撫でる。
「もし全てがショウの敵になっても、私はショウの側にいる。一緒にいたい人といることが幸せだって・・・アキトが教えてくれたから」
 ラピスが薬指にはめられたリングを見せる。
「今度こそ約束して・・・一緒に生きるって」
 ラピスが白磁器のような白い頬をほんのりと染め、そのアンバーの瞳に愛しい相手の姿を映す。
「ああ・・・そうだな」
 ショウが微笑みラピスの体を抱きしめた。
  *
−その瞬間−
『ガイセ様は敗れましたか』
 突如響くヤマサキの声。
「なにっ!」
 ショウが素早く立ち上がり刀を拾う。2人を見下ろすようにヤマサキのウインドウが浮かんでいた。
『父をも殺して前に進もうとする姿・・・感服しますよ』
 わざとらしくハンカチで目元を拭うヤマサキ。
『・・・そう思いませんか、兄上!』
「兄・・・?」
 ラピスがその瞳を大きく見開き、ショウとヤマサキを交互に見る。兄弟というにはあまりにも2人は違いすぎる。容姿はおろか、その根底に流れる考えすらも。
「どういう・・・ことなの?」
「・・・私とナチは妾の子だということは知っているだろう?」
 ラピスが頷き、そして表情が険しくなる。
「まさか・・・?」
『そうです・・・私の母、ヤマサキ・サクラはガイセ様の正妻ですよ』
 ヤマサキの声が天から降り注ぐ。
「サクラさんはガイセの助手だったそうだ。しかしガイセの遺伝子操作実験の実態を知り、ガイセに反旗を翻した最初の一人だ。そして、私たちを助けてくれたのもあの人だ」
 そしてその後、サクラはヤマサキをつれて故郷であるオロチへと戻ったという。
「・・・でも、ショウとヤマサキは友達だったって」
 ラピスが今までの話の矛盾を指摘した。今までに自分が聞いた話ではヤマサキとは古い友人であったということだったではないか。
「その通りだよ。私がこの事を知ったのは、オロチでヤマサキのキマイラ研究が明るみに出て、裁判を行おうというときにサクラさんが来て全てを私に教えてくれたからだ」
「・・・減刑を懇願しに来たのね?」
 ラピスの言葉に頷くショウ。オロチでは過去のヤヲトメの一件以来、他者の体を用いて人体実験を行うことは厳しく規制されていた。そしてその禁を犯した者は管理者自らの手によって斬首刑に処されることが掟だった。とはいえ、ヤマサキが犯してきた数々の罪はとうてい赦されるものではなかった。だが義理堅いショウのこと、恩人の頼みをむげにするわけにもいかず、結局は宇宙海賊と同様の死刑方法である宇宙への流刑ということで決着がついたのだった。
『ですが読みが甘かったですね。私は木連と契約していたのですよ』
 その言葉でラピスとショウは全てを悟った。追放されたと見せかけて木連に回収してもらったのだろう。人類最高の技術力を持つオロチの科学者達の一人であるのだ、その力をほしがる組織はいくらでもある。
『残念でしたね、兄上。結局は人を見る目もなかったということですか』
 嘲るようにヤマサキが言う。
「だったらどうしたというのだ?」
 ショウが刀を拾い上げた。
「犯された過ちは正されねばならない・・・それが、今を生きる私たちの務めだからだ。そうだろうラピス?」
ラピスが一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに微笑み頷いた。
『それが・・・答えですか』
 ヤマサキが初めて表情に怒気を見せた。次の瞬間、ショウとラピスがそれぞれ自分たちの機体に乗り込んだ。主を得て再び動き出す天狼・極、ユーチャリス。
「何処にいるかは見当がついている・・・いくぞ、ラピス」
「はい!」
 最早、2人に迷いはない。生き続けるのだ、互いのために。



D-part:死よりも重い『罪と罰』


「ここは・・・?」
「どこ?」

 アキト、ユリカ、イネスが跳ばされた先は、直径が100キロは超えようかというドーム状の空間の中だった。その中央には金属でできた大樹が、伝承にある世界樹のような威容を漂わせている。
「樹・・・?なのか?」
 アキトのエデウスが金属の大樹に歩み寄ろうとする。その高さは十数キロにも及ぼうか。その幹の周りを歩くだけでも1キロは軽く超えるだろう。
「違う・・・これは遺跡よ!あれの変形した姿だわ!」
 イネスが叫ぶ。そのあまりの変容に気がつかなかったが、確かにあれは遺跡だ。「その通りですよ」
 革靴の足音を響かせ、大樹と化した遺跡の側から歩み寄る一人の男。
「北欧神話のイグドラシル、カバラ教典のセフィロートの樹、古代インドのアガスティアの樹・・・どれか一つくらいは御存知でしょう?」
 忘れようとしても、忘れられるものではない。
「ヤマサキ・・・!」
 エデウスがヒートサーベルを生身のヤマサキへと振り下ろそうとする。
「野蛮ですねえ」
「なに・・・うわっ!」
 ヤマサキが軽く手を振ると同時に、今度はアキトがエデウスから強制ボソンジャンプさせられた。アキトの体がホールに転がる。
「アキト!」
「アキト君!」
 ユリカとイネスがアルストロメリアβから降り、アキトの側へと駆け寄る。
 遠くでは主を失ったエデウスがひっくり返っている。
「役者は・・・ああ、ようやくそろいましたね」
 ヤマサキの視線の先を追う。4つの光が現れる。
 光は形を作った。ルリ、ハーリー、そしてショウの天狼・極とラピスのユーチャリスの形を。

「こ、ここはいったい?ナデシコのブリッジにいた筈なのに」
 ハーリーが慌てて辺りを見渡す。
「・・・あなたでしたか」
 対照的にルリはヤマサキを冷静に見つめている。ショウとラピスが自分たちの機体から降り立った。
「ようやく全ての役者がそろいましたね」
 集まったルリ、ハーリー、アキト、ユリカ、ラピス、イネス、ショウの顔を見てヤマサキが言う。
「何が目的?」
 イネスが問う。
「いやあ、あなたほどのお方なら感づいていらっしゃるのではありませんかな?フレサンジュ博士?」
 愉悦の色をたたえてヤマサキが答える。
「イネスさん?」
 アキトの声と同時に、ユリカとショウを除く一同がイネスに視線を合わせる。「・・・事象構成装置よ」
 聞き慣れない言葉に首を傾げる一同。イネスが沈痛な面もちで説明を始めた。「遺跡は物質をレトロスペクトに変換して過去の火星へと送り込み、それを再度未来へと送り込み任意の位置で再構成する・・・ボソンジャンプの基本原理よ」
「タイム・ポーテーション(時間移動)・・・」
 その現象を身をもって知っているラピスが呟く。
「そしてこの高天原はその機能を最大限に生かす、いわばブースター。これから何が想像できる?」
 イネスがショウに振った。
「貴様・・・全宇宙をレトロスペクト化するつもりか!?」
 ヤマサキを睨み、ショウが叫ぶ。
「どういうことなんだ?」
 アキトが訊く。
「つまりはこういうことだ・・・過去から現在に連なるこの四次元宇宙全てをレトロスペクトに変換し、過去の火星遺跡に収束させる・・・歴史とは事象という名のブロックをいくつも組み合わせたレゴブロックの作品のようなものだ。そして集められたレトロスペクトは『歴史』という名の巨大なレゴブロックのブロックの一つに過ぎない。レゴはそのブロックの数が多ければ多いほど無限の形を作ることができる。組み合わせた作品を一度バラバラにする・・・これが何を意味しているか解るか?」
 訳が解らぬといった表情を見せる一同。その中でルリがはっとしたような表情になる。
「・・・宇宙を・・・いえ歴史を再構成するということですか?」
 ルリの声にショウは首を縦に振る。
「人機融合兵器、七宝衆・・・それらも全てこのための技術だったのよ」
 イネスが呟いた。
「いやはや、御名答です」
 ヤマサキがわざとらしく拍手する。
「そう、この巨大な装置を動かすには非常に細かい部品と優秀な制御装置が必要でした。解りますね?七宝衆・・・つまりIFSに対して高い能力を持つ者、IFS強化体質。これが生きたコンピューターとして機能します。
 そして人機融合兵器とは制御中枢である七宝衆の能力を最大限に活かす装置なのですよ。機械と人間が完全に同一化しなければこれは動きませんからねえ。部品の方は正直言って困りました。ですがそこにいるムラクモ博士のGデヴァイスがその役割を果たしてくれたわけですよ」
「まんまと貴様の手助けをしたというのか・・・」
 ショウが拳を握った。
「後はイワトにある遺跡本来のシステムと融合を果たせば、戦神による天地創造が始まるというわけですよ」
 ヤマサキが扇子を取り出し笑う。
「ふざけるな!僕たちはお前達の道具にされた覚えなんか無い!」
 ハーリーが怒声を響かせる。
「・・・そんなことのために、あなた達はメノウさんとサンゴさんにあのような仕打ちをしたというんですか?」
 ルリが低く呟く。それが彼女の最大の怒りの表現であることをアキトとユリカは知っていた。
「そんなこと?失礼ですねえ。いわばこれは人類史上最大の快挙ですよ。我々は全ての時を越え『神』になれるのです。変なヒューマニズムに感化されるとは、妖精も所詮はただの人でしたねえ」
 ヤマサキが呆れたように肩をすくめた。
「私はただの人です・・・あなた達の狂った考えは理解できません。それに、過去があるから今がある。今まで私たちが培ってきたものを、あなた方が勝手な理屈で壊す権利が何処にあるというんですか?」
 ヤマサキを睨むようにルリが言う。
「では、そうやって人が勝手に生きてきて結局どうなりましたか?戦争の繰り返しじゃないですか?管理無しで生きていけるほど人は大人じゃありませんよ」
「戦争をあおってきた人達の言う言葉ではありませんね」
 ルリがより冷たい視線をヤマサキに向けた。

「最早問答は無用・・・か」
 ショウが刀を取り出す。
「お前達の好きにはさせん!」
 アキトが銃を撃つ。しかしヤマサキのディストーションフィールドに阻まれ、ダメージにはならない。
「だったら、直接やってやる!」
アキトが小型のフィールド発生装置を構え、飛びかかっていく。
「アキト待って!」
 ユリカが叫ぶ。しかしアキトの耳には届かない。
「バカが!頭に血が上っているのか!」
 言いながらショウが刀を抜き、アキトに加勢するためにヤマサキへと飛びかかる。
「ふん!」
 ヤマサキが鉄扇を取り出し、その先でアキトの右拳を受け止める。
 飛びかかったアキトの拳がそのまま、鉄扇のカウンターでダメージを受けた。
「アキト!」
 骨までダメージが達したのか、アキトが思わず拳を押さえる。
「どうしました!復讐の王子様!」
 ヤマサキが叫ぶと同時に鉄扇で殴りかかる。
「私を忘れるなよ!」
 ショウが神速ともいうべき速さで牙突を繰り出す。
「うぉっと?」
 突き出された刃が、ヤマサキの頬に一筋の傷をつける。
「これで勝ったと思うなっ!」
 アキトの左拳と蹴りの連撃が始まった。
「面白いですねえ!」
 ヤマサキの鉄扇の先から、隠し武器であろう刃が伸びた。

「ぐぎゃぁぁぁぁぁっ!」
ヤマサキが大きく後ろへと飛ばされた。多少は鍛えているヤマサキであったが、木連式柔の達人であるアキトと、暗殺剣の名手であるショウの2人が相手では結果は明らかであった。体中に拳の後と刀傷が刻まれている。仰向けにひっくり返り、右足を切り落とされて無様な姿を晒すヤマサキ。
「ルリちゃんの痛みは・・・ユリカの痛みは、ラピスの痛みはこんなものじゃない!」
「ぐべっ!」
 アキトがヤマサキの腹を踏みつけ、蹴り飛ばした。怒りに肩を震わせ、背を向けるアキト。
「オロチの長として審判を下す・・・無に還れ」
 ショウの刀がヤマサキの首筋に押し当てられる。
 その時だった。

 ヤマサキの目が開かれる。
「ひゃーっはっはっは!」
 倒れたヤマサキの左腕がゴムのように伸び、アキトの背中を直撃した。
「ぐぼっ」
 そのまま吹き飛ばされるアキト。
「アキト!」
「アキトさん!」
 ユリカとルリがアキトに駆け寄る。
「なに・・・ぐあっ!」
 ショウが身構えるよりも早く、今度は右腕がショウの鳩尾に入った。同じく吹き飛ばされるショウ。
「ショウ!」
 ラピスが叫び、ショウの体を抱きしめる。
 ゆらり。
 ヤマサキが起きあがった。
 驚愕すべきことだった。全ての傷は塞がり、呼吸すら僅かな乱れもなく、下卑た笑いを浮かべていた。

「・・・どうしました?私の好きにはさせないんじゃありませんでしたか?」
ヤマサキが小馬鹿にしたような視線を向ける。
「そんな・・・バカな。あれだけの攻撃を受けて無事なはずが?」
 アキトが息絶え絶えと言った表情で立ち上がる。
「残念でした・・・私は不死身ですよ。Gデヴァイスのおかげでしてね!」
 切り落とされた右足を胴体に押しつけるヤマサキ。
「結合・・・している?」
 イネスが信じられないといった顔つきを見せた。まるでモーフィング画面を見ているようにヤマサキの切り落とされた右足が結合してゆく。
「・・・フェニックスプログラムか!」
 腹を押さえつつショウが言う。
「どういうことなの?」
 ラピスが訊ねた。
「以前試そうと思って止めた不死身の方法だ」
「ふ、不死身?」
 ハーリーが素っ頓狂な声をあげた。
「ヒールデヴァイス型のナノマシンを血液中に大量常備させて、人間以上の自己修復能力を得られる方法だ」
 刀を杖にしてショウが立ち上がる。傍らでショウを支えるラピス。つまりはこういうことだった。ヒールデヴァイスと呼ばれる体組織を修復する機能を持ったナノマシンを血液中に大量投与し、致命傷となる傷を受けても傷口にナノマシンが集まり、すぐさま体組織を元の状態に強制的に再生するという技術なのである。
「もっとも、おまけとして多少の生体強化はしているようだがな」
 あの様子では痛覚も意図して消しているな。と、ショウが冷静に相手を分析し始めた矢先。
「・・・だったら、完全再生する前に倒せばっ!」
 ハーリーがヤマサキに殴りかかる。
「ぐべっ!」
 顔面が変形するほどの勢いで、ハーリーの拳がヤマサキの右頬にめり込んだ。
「・・・痛いじゃないですかぁ!」
 変形した顔面から狂気とも言える笑いを発するヤマサキ。
「な・・・うわぁぁぁっ!」
 回転を伴うヤマサキの拳がハーリーを捕らえる。
「それぇっ!」
 更にヤマサキはアッパーをハーリーの顎にたたき込み、ハーリーの首を押さえて地面に押しつけた。更に押しつけたまま走り出す。
「アマチュアですねぇ!ひゃーっはっはっは!」
 げしっ、げしっ、げしっ!
 走った後にハーリーの体を幾度となく踏みつけ、最後に大きく蹴り飛ばした。
「ハーリー君!」
 ルリが吹き飛ばされたハーリーの体を抱き止めるも、勢いは殺せずそのまま2人が地面に転がった。
「安心してください・・・殺してはいませんよ。なにせ、貴重な『種馬』ですからねえ、彼は」
 その言葉に『遺伝子操作の有効サンプル同士の交配実験』とかつてヤマサキが言っていた言葉がルリの脳裏に甦った。
「実験に使うつもりですか?」
 ヤマサキの瞳に怒りに肩を震わせたルリの姿が映る。
「いえ、貴女とラピスもですよ。それにお互いいい関係なんでしょう?好意を抱いた相手の子を産めるのですから貴女としても本望ではありませんか?そうそう、A級ジャンパーと混ぜればさぞかし面白い子供が産まれるでしょうねえ・・・どうです、その次はテンカワ・アキトの子でも産んでいただくということで・・・」
 ヤマサキがルリの顔を掴み、自分を睨み付ける彼女の怒りの表情を鑑賞しているかのように喋り始めた。
「それに・・・昔は彼に好意を抱いていたというじゃありませんか」

次の瞬間、ルリを捕らえていたヤマサキの左腕が吹き飛んだ。返り血がルリ、ハーリー、ヤマサキを染め、ヤマサキの落とした刃付きの鉄扇がルリの足下に突き刺さった。
 硝煙の残り香がアキトの銃から流れる。
「・・・お前は、ユリカどころか・・・ルリちゃんとハーリー君の想いもそんな風に利用することしか思い浮かばないのか!」
 アキトの怒声が響く。
「ヒヒ、それがどうしました?恋愛感情など所詮はヒトの種族維持本能でしかないのですよ。何故にヒトをはじめとする多くの生物が有性生殖を行うか解りますか?それは遺伝子を交配させていくことにより、より高度な生命を産みだそうとする自然の遺伝子操作なのですよ。私はそれをより良い方向へと導いているだけですからねえ、卑下されるいわれはありませんねえ。あの人の血を継ぐ貴方なら解るでしょう、兄上?」
 ヤマサキが下卑た視線をショウに向けた。本当に痛覚を消しているのか、表情には歪み一つない。
「・・・兄上?・・・ショウさん?」
 訳が解らぬといった表情を見せてユリカがショウとヤマサキを交互に見る。
「御存知ない?こりゃあ傑作ですなあ。ま、そう言えば話していなかったですね。私も知ったのはつい最近ですから。ムラクモ・ショウ博士はガイセ様の実子・・・まあ、妾の子ですが」
 ヤマサキがけらけらと笑いながら言った。
「正妻の子があんたっていうわけ?同じ兄弟でもえらい違いね!」
 イネスが怒声をヤマサキにぶつける。
「ええ、知らなかったとはいえ父のために研究を手伝う孝行息子、知りながら親の命を狙う親不孝・・・」
 いいながら吹き飛ばされた左腕を拾おうとしたときだった。

その瞬間、居合わせた者たちは己が瞳に映る光景に唖然とした。

 ルリがヤマサキが左腕を拾うより早く彼の刃付き鉄扇を拾い上げた。ヤマサキが屈み、大きく体勢を崩した瞬間だった。
「・・・・・・!」
 その金色の瞳に殺意を宿らせ、鉄扇を強く握った。
 迷いなくヤマサキの懐に飛び込むルリ。
 ヤマサキはルリの行動に気付くも、最早遅い。
 
 深々とヤマサキの胸に、彼の鉄扇が突き刺さっていた。

「ぐ・・・ぼぁっ!」
 ヤマサキが血を吐き、膝をつく。吐血の量は徐々に増えてゆく。
「肺に刺さった・・・か」
 ショウの言葉が真実であるかのようにヤマサキがもだえるように叫びにならない叫びをあげた。
−気胸−
 肺に穴を開けられるなどして、胸膜腔に空気がたまり肺が圧迫され、呼吸ができなくなる症状のことを云う。それが続けば、やがては死に至る。チアノーゼを起こしたヤマサキの全身が紫色へと変色してゆく。
「が・・・あああ」
 血液に混ぜられたナノマシンが必死に修復しようとするも、深々と突き刺さった刃が再生を許さない。
「・・・苦しいでしょうね」
 淡々とルリが言う。
「ですけど・・・貴方の実験で死んでいった人達はどうだったんでしょう?」
 ルリのその言葉に、アキト、ユリカ、ラピスの記憶にヤマサキをはじめとする火星の後継者の科学者によるボソンジャンプの実験で死んでいった人々の姿が浮かび上がった。男、女、老人、少女・・・。苦しみ、悲痛、恐怖、恍惚・・・様々な言葉と表情を残して、彼等は脆く、バラバラと、壊れた人形のように死んでいった。
「ルリちゃん・・・」
 ユリカも言葉を発することができなかった。
「貴方のその行為は、結局貴方の汚れた知識欲を満たすためだけのものだったんでしょうね。
 そして、貴方の行為は多くの人々の未来を奪っていった。
 かつての私なら、貴方に対して何の感情も湧かなかったでしょうね」
 ルリが瞳を閉じる。
「ルリ・・・さん」
 ハーリーはただその光景を見つめている。
「ですが・・・」
 そっとルリの瞳が開かれた。
「私は今、心底貴方が憎いです!」
 金色に輝く瞳は夜叉の輝きを放ち、ポーカーフェイスの仮面を自ら砕き、怒気露にした表情をさらけ出す。
「メノウさん・・・サンゴさん・・・私が知らないジャンパーの人達、彼等の未来を奪い・・・ハーリー君の想いを汚し・・・ついには今までの歴史をも消し去ろうと言うのですか?
 私は絶対に赦しはしません・・・宇宙の戦神も私が止めます。
 貴方はもう死ぬことも生きることも許されない!」
 ルリは断言した。ナノマシンが細胞レベルで体組織を修復していくため、酸欠のため細胞がいかほどのアポトーシス(壊死)を起こそうとしても、ナノマシンが修復してしまい、致命傷がいつまでたっても死へと導くことができないのである。ヒトの体内に埋め込まれたナノマシンは、宿主の体温を利用して半永久的に活動を続ける。そしてこれがフェニックスプログラムが開発中止された理由だった。ルリの言うように、ヤマサキは最早死ぬことも生きることもできなかった。ルリが更に言い放った。
「貴方はそこで未来永劫苦しみ続けなさい!
 貴方が奪った未来と等しい時を、苦しみ続けなさい!
 そうしてそこで、永遠に自分の犯した罪を償い続けなさい!」

 ラストジャッジとも云うべきルリの言葉。
 ヤマサキは最早それにあらがう術はなかった。
 痛覚を失っても、呼吸ができぬ苦しみまでは消せないからだ。
 突き刺さった鉄扇を抜く力も、最早ヤマサキにはない。
 彼は永遠に、罰せられるのだろう。
 
 それは命を弄んだものに与えられる、死よりも重い罰だった・・・

「・・・ごめんなさい、私は・・・あなたの・・・」
 深々とルリがショウに頭を下げた。
「いいんだ」
 ショウが優しげに、語るようにガイセとの、サクラとの、ヤマサキとの関係を話した。
「謝らなければならないのは私なのだから。そもそもの原因は私があの時ガイセを殺せなかったから、ヤマサキの首を落とさなかったからだ。恩義にかまけて、大きな過ちを犯してしまった。それが君たちを傷つける原因になったことは確かなことだ・・・」
 大樹を見つめてショウが遠い目をする。
「気に病むなよ、2人とも」
 アキトがショウの肩に手を乗せた。
「俺は少なくとも2人が間違ったことをしたとは思ってない。それは結果が示しているんじゃないかな?」
 ショウの、ルリの顔を見てアキトが微笑む。
「結果?」
 ルリが言った。アキトが大きく頷く。
「自分を信じてくれる人を、2人とも見つけられたじゃないか」
 ハーリーを、ラピスをラピスを見ながらアキトが言う。
「ルリちゃんが、ユリカが俺を追ってオロチまで来たときに教えてくれた。過去なんて乗り越えればいい・・・生きていく限りは、幸せになる権利はあるんだ。こんなことが、2人を嫌う理由になるかい?」
ラピスとハーリーにアキトが問いかける。2人は躊躇なく首を横に振った。
「なるものか、絶対に!」
 叫ぶようにハーリーが言う。ラピスはその真摯な瞳で自分の思いを語っていた。
「所詮生き残った俺達にできることは、死んでしまった人達の分まで生き延びてやることだけだ。だから、生きていこう・・・大切な人のためにも」
眩しい。
 誰しもがアキトのことをそう思った。暖かいとさえ思う。全てから立ち直った人間だけが見せる、清々しさに満ち満ちた表情。ルリの顔が微かに綻ぶ。
「アキトさん・・・」



 だが、終わりには早かった。
「・・・それが・・・お前達の答えなのか?」
 聞き覚えのない声がルリ、ハーリー、アキト、ユリカ、ラピス、ショウ、イネスの頭上から響いた。
「常人とは異なる遺伝子と力を得た者たちも、所詮はただの人なのか?」
 声の主を見つけようと、辺りを見回す7人。
「我らの悲願・・・理解し得ぬか」
 声はしわがれている・・・と言うよりは出来の悪い合成音という印象が強い。声は3種類あった。総数は3人か?
「誰ですか?」
 臆した様子もなくルリが訊く。

 3人のローブを纏った老人達の姿が現れた。
ヤヲトメと同じ、肉体なきホログラム。
『我らは・・・宇宙の戦神』



PREVIEW NEXT EPISODE

誰かを信じて裏切って。
 誰かを愛して憎んで。
 生まれて、死んで。
 螺旋の歴史を繰り返した中で、人は過去を、そして未来を考える。
 今までどう生きてきた?
 これからどう生きていく?
 答えは、人間の中にある。
 次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
  最終話 『貴方と生きる未来のために』


 感想は感想メールまで。

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