-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-

第25話 『怒りの日』(前編)


  A-part:それぞれの『決戦前夜』



決戦前の日。
 ユリカは作戦開始3時間前まで全クルーに自由行動を許可していた。
 最後の晩餐
 そう言っても過言ではない。
 悔いは残してほしくないのだ・・・この戦いに挑む前に。

「・・・うぅぅん・・・アキトぉ」
 隣で眠るユリカの寝言にアキトは眠りから覚めた。
「ユリカ・・・」
 布団から上体を起こし、そっとユリカの髪を撫でた。掌から伝わるユリカの温もり、自分が永遠に感じ得ぬと思っていたもの。否、そう自分に言い聞かせていただけだった。
「あいつも・・・そうだと解ればいいんだけどな」
 乱世の姿が思い出された。妹を人質に取られ、『宇宙の戦神』の手先となっている男、乱世。その姿が、かつての自分自身とオーバーラップした。
「・・・大切な相手なら、命をかけて救い出せ・・・か」
 自嘲気味にアキトが呟く。
「お笑いぐさだよな。かつては俺もそうだったのに」
「アキトは変わってないよ」
 胸をタオルケットで隠しながらユリカが起きあがる。
「誰よりも優しくて、誰よりも好きな子のことを考えて、自分が傷ついても他の人が幸せならそれでいい。そうやっていつも一生懸命。でも・・・大切なことを忘れてる」
「大切なこと?」
 アキトの問いに少し寂しげな笑顔を見せるユリカ。
「そ、大切なこと」
 そしてそっとアキトの瞳を見つめる。
「自分が傷ついても他の人が幸せならそれでいい。だけど、アキトの不幸が私にとっても、ルリちゃんにとっても不幸だって事」
「ユリカ・・・」
「アキト・・・何があっても帰ってきてね・・・また・・・一緒に暮らそうね。ルリちゃんと、ハーリー君と、ラピスちゃんと」
 そっとアキトの背中にユリカが手をまわす。ユリカの温もりが背中から伝わってくる。振り返り、そっとその体を抱きしめた。
「ああ・・・そうだよな。ユリカ」
「アキト・・・」
2人の唇が重なり合う。

決戦まで残り9時間。

  *
ショウが自分の部屋の扉を開けた。
 ベッドに突っ伏すように、ラピスが眠っていた。
 泣きはらした瞼と、頬に残る涙の後が痛々しい。
ラピスをベッドに寝かせ、そっと涙を拭い、毛布を掛けた。
『最低の男よね、あんた!』
 先刻ヤヲトメにそう言われた。
『私も同感ですよ・・・ムラクモさん。何故言わないのです『ガイセを倒して帰ってくる』と』
 プロスペクターはそう言った。
「・・・帰ってきて、何ができる?3人目を見殺しにすることか?」
 自らに問いかけるようにショウは言う。ヤヲトメの姿が浮かんだ。
「ショウ・・・どういうこと」
 赤く染まった瞳をこすりながら、ラピスが起きあがった。
「・・・起きていたのか」
 そしてラピスはショウの瞳を見つめる。
「戻ってきたら・・・私はGデヴァイスを用いて、ヤヲトメを手術する。Gデヴァイスの基礎理論は、元はそのために作られた」
 淡々とした物言いのショウ。
「だったら・・・なおさら!」
 しかし、ショウは瞳を逸らし答えた。
「助かる可能性がゼロでもか?」
 その言葉に、ラピスの表情が凍り付く。
「人機融合兵器としてオロチに取り込まれたヤヲトメの肉体はもうぼろぼろだ。Gデヴァイスの有用性はアキトの事で証明された。しかし脳組織の一部を再生するだけで半年もかかった・・・計算の結果最低限の生体機能を再生するだけでも30年はかかると判明・・・そして、ヤヲトメの体はあと何日ももたない」
『それだけで私は満足だったわ』
 ヤヲトメの言葉がラピスの脳裏に甦る。
「ヤヲトメは・・・知っているわ。自分が助からないって」
「そうか・・・否、知らないはずはないか。Gデヴァイスの設計はあいつもやっている。Gデヴァイスの限界はヤヲトメ自身が一番よく知っている筈・・・ヤヲトメは私を恨むかな?愛しい相手と再会を果たし、そしてすぐに永遠に別れなくてはならない」
 自嘲気味にショウが言う。その姿にラピスがキッと目を見開いた。
 ラピスの右手が大きく上がる。
−パァン!−
 乾いた音が響いた。
「ショウは・・・馬鹿にしてる!リーホアを、ライラを、ヤヲトメを、そして私を!
 リーホアとライラがショウを恨んで死んだと思う?ヤヲトメが助からないからと言ってショウに恨み言でもぶつけて死んでいくと思うの?!・・・私が・・・そんなことでショウを嫌うと思う?・・・馬鹿に・・・しないで!」
 赤く染まった瞳から再び熱いものが流れ始める。赤く染まった瞳から流れるもの・・・それは血の涙。
「ショウには罪はない・・・だれもショウを責めたりはしない」
唇を噛み、ラピスが絞り出すように呟く。
「だが、ガイセを殺すどころか生きながらえさせ、君によけいな苦しみを与えてしまった・・・気がつけば私もずいぶん歳をとったよ」
 そう言ってそっとラピスの髪を撫でる。
「もし私の全てが赦されるのなら、君と一緒の『時』を歩みたかった・・・ラピス、すまない。
 私は、君の気持ちに答えてあげることはできない。
 私が君にしてあげられることは・・・君を縛る鎖を断ち切ることだけだ」
 ショウが立ち上がり、部屋の扉を開けた。
 ラピスの嗚咽が自分の背中を刺す。
 振り返りたい。振り返ってラピスを抱きしめてあげたい。
 しかし振り返りはしない。
 全てと引き替えに贖罪を成し、自分の天命を終える・・・そう決めたのだから。

決戦まで残り8時間。


ナデシコC展望室。
 草原を模した絨毯に腰掛け、ハーリーは天井に映る星をその瞳に映していた。 真空の宇宙に輝く瞬かない星の姿。大気の皮膜もない、真の星の輝き。
「休まなくて、大丈夫?」
 後ろからルリがそっと声をかけた。
「あ・・・ごめんなさい。心配かけて」
 自分を気遣う事を考えているであろうルリのことを思い、ハーリーは努めて明るく答えた。
「隣・・・いいですか?」
「あ、はい」
 人工的に起こされた風が、そっと2人の間を流れてゆく。
 腰掛けた2人は互いに何一つ言葉を紡がず、時だけが流れた。
 どれほどたったか、ハーリーが沈黙を破る。
「・・・我々は何処へ行くのか、我々は何者なのか。こんな言葉を以前聞いたことがあります」
 ハーリーが視線をルリに向けた。
「ルリさんも・・・そんなことを考えましたか?」
 ルリは一瞬驚きの表情を見せるが、すぐに微笑み答えた。
「ずっと・・・おそらくは今でも考えていると思います。偽りの記憶・・・過去のない女・・・それが私でしたから」
 スカンジナビアの研究所での一件を思い出す。プログラムによる映像の父と母の声。鮭の跳ねる川の音。
「変なことを思い出させてしまいましたね・・・」
 ハーリーの言葉にルリは首を振る。
「いいんです。辛いこと・・・楽しいこと。どれも私自身が培ってきたこと、どれが欠けても今はないし・・・先へも進めないから。先へ進まないと、自分を支えてくれた人達に申し訳ないから」
 そう言ってルリはハーリーの手に自分の手を置く。
「それが・・・アキトさんとユリカさんですね」
 ハーリーがもう片方の手で拳を作る。
「僕は・・・自分の勝手な思いで、あなたに迷惑をかけただけだったのに・・・ルリさん?」
 ルリがハーリーの背中をそっと抱きしめた。ルリの吐く息の音が、柔らかい感触が背中を通して伝わってくる。
「それだけじゃありません。あなたも・・・私を支えてくれたから」
「え?」
「アキトさん達を失ったとき、自分が受けた愛までも失ったような気がしました。それでも必死に私の事を想ってくれる気持ちが・・・誰よりも自分の存在を望んでくれる人がいることを私に教えてくれた」
「ルリさん・・・」
「どんな過去を背負っていたとしても・・・想いが作られたものであったとしても・・・私の気持ちは変わりません。わがままかも・・・しれないけど」
「そんな・・・わがままだなんて」
 ハーリーが振り向きルリの瞳を見つめる。
「一人で生きていけるほど・・・私は強くはありません。人を好きになって、嫌いになって、誰かと一つになりたくて、誰かを滅ぼしたい。私はそういう『普通の女』です。昔はそういうことが嫌いでした・・・でも今は、そういう変わってきた自分であることに喜びすらあるから。
 変わってきたことで、得られる物もあります。
 だから・・・苦しまないで。
 未来に進むことを恐れないで。
 私にはあなたの気持ちが誰よりも解るから」
 そういってルリは嫣然と微笑んだ。
 永遠に続くであろう常闇の中で見つけた光のような笑顔。
「こんな僕でもいいんですか」
 潤んだ瞳にルリが頷く姿が映る。
「私の気持ちは・・・変わりません」
 そっと涙を拭いてやるルリ。
「一人では超えられない苦しみも・・・2人なら」
 ルリがそっと瞳を閉じた。
「2人なら苦しみは半分に・・・喜びは倍に・・・ですね」
 ハーリーがルリの肩をしっかりと掴み、そっと抱き寄せた。
 重なり合う2人の影。
 
 2人の想いは、今一つになった。

決戦まで残り6時間。



 高天原内部。
 金属でできた大樹を思わせるような装置の前に、ヤマサキとガイセが立っていた。
「戦神の願い・・・ですか。長かったですね」
 ヤマサキが満足げに頷いた。
「これでより進化が果たされる」
 ガイセが唇の端をつり上げる。
「ご苦労であったな」
 ヤマサキとガイセを取り囲むようにマントを纏った3人の老人の姿が浮かび上がる。
「いえいえ、感謝するのは私の方ですよ。私は正直オロチの考えも草壁の哲学も、ましてやあなた方の目的に何ら興味はありません。
 ただ、自分の研究がどうあるか解ればその後のことなどどうでもいいんですよ。
・・・結果がどうであろうと」
「賢明な考えだな・・・奴と違い真理を理解している」
 ガイセが抑揚のない声で言う。
「最後の言は皮肉か?」
 老人が言う。
「学者はみんなそうじゃありませんか?まあ、例外も多々ありますが」
 おどけるように老人に答える。
「オオイワ一族のあの男か?それともフレサンジュか?」
 ガイセの眉がぴくりと動く。しかしヤマサキはそれを知ってわざと楽しげに言葉を紡ぐ。
「どちらもそうですねえ。ですがあの方達は学者としても被験体としても価値がありますから、できることなら引き入れたかったですが」
 そう言ってヤマサキが歩き出す。
「何処へ行く?」
「邪魔者を排除しにですよ。それに、あなたの血を引くものが七宝衆の一人として攻め入るはずです。迎えてやらねばなりますまい」
 懐から扇子を取り出し、ぱっと広げた。
「私も参ろう・・・愚息の始末はこの手でつける」
 ガイセが60の大台を越えたとは思えぬ程の軽やかな動きで、ニルヴァーナのコクピットに滑り込む。
 2人が消えた後、戦神は言った。

「これこそが・・・全てを救う術である」


B-Part :乗り越えて『明日』へと


光があった。
 それは全て青く輝き、濃紺とも言える宇宙の中で一際明るく輝いた。
 吹き上げる水のように、その数はより増してゆく。
 やがてそれは3カ所に集まり、三隻の白い艦を形作った。
 限界まで輝きを強めた光の集まりが砕け散る。
 ナデシコ艦隊である。
 そして、ナデシコ艦隊の彼等は見た。
 異形なる、最後の敵の姿を。
 
「なに・・・?」
 アキトが絞り出すような声をあげる。
「あれは・・・?」
 ユリカが目を見開いた。
「そんな・・・これじゃまるで」
 ハーリーも驚きを隠せない。
「・・・・・・」
 ラピスが冷静に『それ』を分析しようとする。
「遺跡・・・?」
 ルリが全ての意見を代表するかのようにひとりごちた。
 そう、その姿はまさしくあの『遺跡』そのものの姿だった。
 いびつな形をした全幅400キロはあろうかという元アステロイドは銀色に淡く輝き、幾つもの銀色の帯を組み合わせて構成したような姿へと変貌を遂げていた。そしてそれは、蠢くように徐々にその姿を膨らませていた。
 さながら、蛹(さなぎ)を破ろうとする蝶のように。
 一同は、ただその光景を見つめていた。

「ユリカっ!指示を早くくれっ!」
 アキトの怒声が沈黙を破る。はっととなるユリカ。
「あれが何であるのかなんてこの際どうでもいい!俺達はあいつらを倒すためにここに来たんだ!・・・俺達が終わらせるんだ、全ての元凶を!」
 エデウスのコクピットの中で全ての思いを吐き出すようにアキトが叫ぶ。
「アキト・・・うん・・・そうだよね」
 ユリカがそっと顔を上げる。
「状況を開始します!」
 ユリカが『提督』の顔になる。
 呆けていた一同の顔に生気が戻った。
「ビット発動。IFSのフィードバックをレベルマックスに」
 ルリの両掌に輝紋が浮かび上がる。
「ナデシコCのシステムを一次総括!相転移砲のカウントスタート!」
 ハーリーの体をウインドウボールが囲んだ。

3隻の戦艦が再びボソンジャンプし、高天原を3方から取り囲む。
「カウントゼロ!」
 ハーリーが叫ぶ。
「相転移砲!」
 ジュンが眼前のモニターに映し出された高天原を指さす。
「発射」
 ラピスの言葉と同時に、3方向からの相転移砲が高天原を襲う。

「相転移砲・・・効果なし!」
 ユキナの声がブリッジに響く。
 砲撃の刹那、高天原自体が大きく輝き光が止んだ後、高天原は悠然とその身を宇宙に浮かべていた。
「ルリちゃん、どう?」
 ユリカがルリの方を見る。
「現在の攻撃よりエネルギー反応を検知・・・大きく2カ所に超弩級相転移エンジンクラスのエネルギーを感知しました。おそらくそこが動力炉です。あと攻撃の瞬間に108カ所で何かが活性化しました」
 最初の相転移砲はいわば『探査』のためだった。もとよりユリカもこんなもので高天原を沈められるとは露ほども思っていない。ならばそのためのバリアを発生させるための装置(ディストーションフィールドとは別物)か或いは装置を起動させるために主動力炉に当たるものがその瞬間に活性化するという事をショウから聞いていた。
 相転移砲に対するバリアーはオロチで作られており、ヤマサキはオロチの人間だ。ならばオロチの技術を使ったバリアーを張ることは十分に考えられた。
 そのためにハーリーにナデシコCを任せ、ルリに動力炉とバリア発生装置の探知に専念させたのである。前のようなハッキングは、メノウとサンゴがいるために前回の2の舞になりかねないというのも理由だった。

「これがそうなんだな?」
 アキトの眼前のウインドウに映された高天原の3DCGにバリア発生装置を示す赤い光点が浮かび上がる。
「そうです。アキトさんはここを・・・」
 ルリが頷くと、赤い光点の一部が青く変わる。
「ショウさんはここをお願いします」
 更に別の光点が黄色く変わった。
「了解!」
「承知!」
 アキトとショウが頷くと同時に、エデウスと天狼・極がボソンジャンプした。

「抜かるなよ!」
「お前もな!」
 2人がボソンジャンプした先は、高天原の表面だった。
 エデウスの背部にオプションとして取り付けられたキャノン砲と、天狼・極の両肩のハードポイントに取り付けられたキャノン砲から黒い光が伸びる。
 それはグラビティブラストだった。この2機はCEUを装備することにより、得られるエネルギーに限界が無いため、機体の物理限界まで高出力の装備を取り付けることが可能なのである。
 攻撃目標は言うまでもなくバリア発生装置である。防衛に当たっていた白露も、奇襲に驚いたことと、迂闊に攻撃を加えればバリア発生装置を破壊してしまうと言うことを懸念して攻撃が散発的になっていた。
 撃っては再度ボソンジャンプし、別の場所を撃つ。8メートルサイズのロボットに搭載できるグラビティブラストの威力には限界があるため、一撃で完全破壊とはいかないところもあったが、使用不能にするには十分すぎる攻撃力だった。
「混乱させられる時間は長くはつづかない!今の内に極力バリア発生装置を破壊するんだ!」
 アキトが7発目のグラビティブラストを撃った。

「何が起きている?」
 防衛隊を指揮する乱世が訊ねる。
「ボソンジャンプにより出現した2機の機動兵器がバリア発生装置の破壊を続けています!1機は天狼、もう1機は不明・・・いえ、コード『デウス』です!」−『デウス』−
 その言葉に乱世の眉がぴくりと動く。
「来たか・・・アキト」
乱世のディアボロスの目に光が灯った。

 発生装置が砕ける光がユリカの瞳に映る。
「よっし。ジュン君、ラピスちゃん!」
 ユリカが叫ぶと同時に、ナデシコCの横にナデシコBとユーチャリスがボソンジャンプして現れた。
「エデウス、天狼・極、共に相転移砲攻撃線上より退避完了!」
 ミナトの声が届く。頷くユリカ。
「相転移砲発射!どーんといっちゃってください!」
  *
 2度、3度と空間が歪み、高天原の一部が吹き飛んだ。バリアの一部を破壊もしくは性能低下させることにより、突破口を開こうという作戦だった。
「エステバリス隊、出撃!ナチさん、リョーコさん、サブロウタさん、アカツキさんは高天原へ、ヒカルさん、イズミさんはナデシコBのエステバリス隊と協力してこっちの防衛をお願いします」
 ハーリーが指示を出す。
「みなさん・・・お願いします」
 ユリカが頭を下げた。
 後は内部に進入し、遺跡を奪回するか動力炉を使用不能にするのが今回の作戦の最終目的だった。
 できることなら相転移砲でまとめて高天原を吹き飛ばすか、或いはルリとラピスのハッキングで高天原を起動不能に追い込むのが一番手っ取り早いのだが、どちらも不可能だった。
 吹き飛ばせない理由、それは『遺跡』があの中にあるということだった。『遺跡』を消滅させることは、いままでのボソンジャンプが全て無かったことになってしまう。それは即ち時空連続体に損傷を与え、この宇宙そのものが崩壊する危険性があるという事。
 ハッキングができない理由はメノウとサンゴだった。イネスが言うにはあの2人はハッキングをすること以上に、ルリやラピスの意識に進入し、彼女たちの精神を攻撃する術に長けているという。ルリとラピスはそんな能力は持っていない。つまりは敗北は確実なのだ。
 あの時遺跡を管理しておけば、こういう作戦をとる必要はなかった。そうユリカは思った。
「それでも・・・後悔するより、先に進むことを考えなくちゃね」
 ユリカが帽子を取り、ルリに向かって放った。
「ユリカさん?」
 帽子を受け止めたルリが怪訝な表情をする。
「ここのこと・・・お願いね」
 ユリカが願うように言った。
「行くんですか・・・乱世さんの願いを叶えに」
 ルリが唇を噛む。
「あはは・・・性分なのかな。どうしてもほってはおけないから」
 ユリカが照れくさそうに頭を掻く。
「間違っても死のうなんて考えないでくださいね・・・」
 ハーリーが心配そうな瞳をユリカに向けた。
「大丈夫、そんなことには絶対ならないよ。帰るべき所があって、待ってくれる人がいる。そうだよね、ルリちゃん、ハーリー君」
「ユリカさん・・・」
 ブリッジクルーの一同がユリカを見る。
「帰ったら、また一緒に料理でも作ろうね」
 ユリカがハーリーにウインクする。
「その時は僕ががっちりと基礎から教えてあげますよ。もう三途の川に足を突っ込むのはいやですから」
 ハーリーが頷き、にっこりと笑って答えた。
「きっついなあ・・・あと、提督の代理ははホシノ・ルリ少佐に、それに伴いナデシコC艦長代理にはマキビ・ハリ少尉に任命します」
「了解」
「了解!」
 ルリとハーリーが敬礼する。
「ありがとう・・・それじゃ、行ってきます」
 ユリカが消えた。
 彼女の機体、アルストロメリアβと共に。
     *
「これは・・・アシナヅチ」
 動力炉の位置へとボソンジャンプしたアキトは、眼前に広がる光景に驚きを隠せなかった。動力炉なのだろう、全高が30キロはあろうかという巨大な卵形の赤い金属の固まり。しかしそれ以上に驚いたのはその頂点に取り込まれているようなメノウの戦艦アシナヅチと、かつてのユリカのような金属のオブジェと化したメノウ自身の姿だった。
「そうだ、テンカワ・アキト」
 メノウを護るかのように乱世のディアボロスが腕を組み宙に浮いている。
「乱世・・・」
「ここを破壊しに来たんだろう?」
 乱世の声と共にディアボロスが親指で動力炉を指さした。
「ああ・・・そして『宇宙の戦神』を滅ぼす。それが、俺達の任務だ」
 アキトが答え、エデウスがヒートサーベルを下ろした。
「フン、遂に政府も戦神に愛想を尽かしたというわけだ」
 ディアボロスが再び腕を組んだ。
「乱世、1つ訊きたい。どうしてお前はあいつらに荷担するんだ。妹を助けたいのなら、俺達が協力してもいい」
 アキトがモニターに映る乱世の顔を見つめた。
「助ける方法があるなら、とっくにやっている。だがないんだ!メノウを人に戻す方法は!」
「ユリカの時と同じ方法だろう?だったら!」
 アキトが口調を荒げる。
「同じじゃないんだよ。お前の機体、エデウスだったか?それのセンサーでも可能なはずだ、あのメノウを調べて見ろ」
 言われたとおり、エデウスに搭載された様々なセンサーをオブジェと化したメノウに向ける。
「・・・そんな馬鹿なっ!」
 アキトが驚愕した。メノウの姿をしたオブジェ。それを分析した結果は・・・「単なる抜け殻だ」
 乱世が言う。
「どういうことなんだ!」
「メノウとサンゴは、アシナヅチとテナヅチにそれぞれ組み込まれた後、Gデヴァイスとかいうナノマシンで細胞レベルで分解された・・・そして、遺跡と融合したこの高天原に組み込まれた・・・そういうことさ」
 細胞レベルで分解されたのなら、元の体に再生するのは不可能といっていい。それは何兆ものピースで構成されるパズルを完成見本無しで組み上げるようなことと云ってもよかった。
「Gデヴァイスだって?」
「ショウが作った代物らしいな。このために必要だったらしい」
 つまり、この高天原自体が巨大な人機融合兵器なのである。そして遺跡を取り込んだ・・・これが意味するものは何だというのだろうか?
「さて・・・無駄話はこれくらいにするか」
 ディアボロスが剣を抜く。
「俺達が戦う必要が何処にある!」
 アキトが乱世を睨み付けた。
「あるな・・・俺は戦神、お前はナデシコ艦隊の所属」
 乱世のディアボロスが巨大なヒートサーベルを構えた。
「捨てる気はないのか?」
 アキトのエデウスが両手にヒートサーベルを構えた。乱世の気迫に押されてのことだった。
「何もしないわけにはいかないさ、見て見ろ」
 いきなり自分を囲む多数の気配に気がつくアキト。彼等の周りには光学迷彩を解いた数十機の白露が銃を構えていた。
「こいつらが何であるか知っているか?キマイラじゃない奴らはみんな火星の後継者の生き残りか、前の戦争の戦犯なんだよ」
「なんだって?」
「オロチが罪を犯した技術者の住処というなら、宇宙の戦神は逃げ場が無くなった軍人達の行き着くところでもあるのさ・・・だから、俺達は戦いを捨てられない!」
 ディアボロスを筆頭に、白露の大部隊がエデウスへと襲いかかった。

「・・・哀れよね」
 アキトと乱世の会話を傍受したイネスが呟いた。
 アルストロメリアβに乗っているのはユリカだけではなかった。シートにはユリカが座り、その後ろの窮屈なスペースにはイネスが体を折り曲げて座っている。「みんな幸せになりたい・・・それは誰だって同じです。ただ、周りを取り巻く環境がそれを許さないんだと思います」
 ユリカが呟くように言う。
「新たなる秩序・・・革命家の信念は誰しも立派に聞こえるものよ。でも、その先にあるものが必ず幸せをもたらすとは限らない・・・ってことよ。って、何処行く気?」
 ユリカがボソンジャンプを開始しようとしていた。
「約束は・・・果たさなくちゃ」
  *
「はぁぁぁぁぁっ!」
 エデウスが腕に装備されたハンドカノンを撃つ。先を読んだアキトの攻撃に一機、また一機と白露が墜ちてゆく。不思議と乱世は手を出そうとはしなかった。
 アキトの覚悟を見届けようとするかのように。
白い機体が白銀の刃を抜き、黒き白露を一機、また一機と沈めていく。
 どれほどの時が流れたか。
「・・・流石だな」
 最早、アキトと乱世しかその場には残されていなかった。

 アルストロメリアβがボソンアウトした場所は、あのキマイラ工場のブロックだった。
「ヤマサキがオロチを追い出された理由となった研究ね」
 イネスの言葉に頷くユリカ。
「この研究を元にして、ヤマサキは私にしたような研究を繰り返しています。もう終わらせなくちゃ・・・こんなことは」
 嗚咽が混じったユリカの声が工場ブロックに流れる。そして涙を拭い、ユリカはアルストロメリアβのビームライフルを工場に向けた。
「アキト・・・乱世さん、そして宇宙の戦神に協力を惜しまなかった科学者のみなさん・・・キマイラとして生まれてしまったみなさん。聞こえますか?
私は、新統合軍独立ナデシコ部隊提督、テンカワ・ユリカです」
 ユリカの通信はあらゆるネットワークに一方向に送信しており、高天原全土にこの放送が流れていた。
「ユリカ・・・?」
 アキトのエデウスが一瞬攻撃を躊躇う。
「やってくれるか・・・」
 乱世が微笑んだ。刀を下ろすディアボロス。
「ここにいる人達がなんだか解りますか?」
 同時にキマイラ達の包まれたカプセルがその放送に付加された。
「これは、キマイラ・プロジェクトと呼ばれるものの産物です。人の遺伝子をいじくり、より強い兵隊さんを生み出そうという技術・・・いえ、こんな事を技術というのは技術者さんに失礼ですよね。
 私はとある事情からこの事を知りました。
 生まれたときから異形のもので・・・人でもないし、獣でもない。
 まさしくキマイラです!」
 ビームライフルの銃口に光が灯り始めた。それは星灯りのようにか細いものであったが、それは徐々にその輝きを増してゆく。
「この事実を知ったとき。私は怒りました!
 どんな命だって、戦うためだけに存在していいわけがありません・・・少なくとも、私が産む命はそうであってほしくありません」
 ビームライフルの輝きが太陽もかくやというようなものへと変貌を遂げる。
「「ユリカさん・・・」」
 ルリとハーリーの声が重なる。
「助ける方法は無いのかと私の知っている2人の最高のお医者さんに尋ねました。 御存知ですよね?一人はイネス・フレサンジュさん、ネルガルでも最高の知識と技術を持っています。もう一人はムラクモ・ショウさん、オロチの管理者でもあり、闇に葬られた技術も現在の最高技術も知っている人です。
 でも、その2人ですら答えは"NO"でした。
 人の姿であったものを変えられたというのならまだしも、元の姿がキマイラであるならどうしようもないそうなんです。私はバカですから、彼等を人にすることはできないということしか解りませんでした」
 アルストロメリアβの照準が涙で歪む。
 それでもユリカには見えた。カプセルの中で苦しむ、人でもない、ましてや獣でもないキマイラ達の姿を。
「ごめんなさい・・・私にはあなた達の苦しみを和らげてあげることはこれしかできない」
「止めろユリカ!」
 アキトにはその言葉でユリカが何をしようとしているのか瞬時に理解した。
「・・・ごめんなさい」

 光が放たれた。
 限界近い負荷をかけられたビームライフルがブォォォォォンといった唸りをあげる。
 それはキマイラ達に対するユリカの悲しみの嗚咽なのか、遺伝子技術を悪用した者たちへのイネスの怒りの咆吼なのか。
 刹那、キマイラ達は笑った。
 それは苦しみからの救い。
 それは無上の喜び。
−アリガトウ−
 不意に2人の耳に届いた言葉。
 幻聴かと我が耳をイネスは疑う。
 しかしユリカには解った。
 これは、彼等の意志であり・・・遺言なのだと。
 堰を切ったように涙があふれ出す。
「ごめんね・・・ごめんね」
 燃え上がる爆炎が広がり、全てを焼き払う。
 それは、あまりにも激しすぎる火葬だった。
     *
「ユリカ!」
 爆心地となったキマイラ工場にボソンジャンプしてくるエデウスとディアボロス。
「アキト・・・乱世さん」
 呆けたようにアルストロメリアβから降り立ったユリカがアキトを見る。同じように自分たちの機体から降りてくるアキトと乱世。
 かける言葉が見つからない。
それを察したかのように、イネスが口を開いた。
「あなただったのね・・・アベル」
「アベル?」
 アキトが思わず乱世を見た。
「懐かしい名だ・・・乱世よりは聞こえがいい」
 何の表情も作らずに乱世が答える。
「どういうことなんだ、イネスさん?」
 アキトが訊く。
「彼・・・アベル・ベネトナーシュはかつて私やショウと一緒に初代ナデシコ建造に関わった医学者だったのよ。そして火星開戦の時に行方不明になっていた。古い友達ってとこかしらね」
 イネスが懐かしそうに語る。
「メノウが七宝衆として作られたことは知っていた・・・だから俺は医者になった。メノウを助けることができるように。
 火星開戦の後、死にかけていた俺を見つけたガイセがキマイラとして俺を甦らせた。戦神に加わることを条件にな。メノウがそこに捕らわれていたことは知っていた。だから俺はあいつらに手を貸した。メノウの側にいられるなら・・・
 だが、メノウもいない。キマイラの技術も闇に葬った・・・これで俺の役目も終わる」
 乱世が静かに語り、うなだれる。

「ふざけるな!」
 アキトが乱世を怒鳴りつける。更にその胸ぐらをひっつかみ、視線を捕らえる。
「役目は終わってなんかいないんだよ!」
 乱世の瞳を一分も逸らさず見据えるアキト。何もかも失った人間特有の腐った魚のような・・・何も映さないようなモノクロームの瞳。かつての彼と同じ瞳。
「どきなさい、アキト君」
 イネスが一歩前に出る。
「この・・・軟弱男!」
 その科白とその次のイネスの行動にアキトとユリカが呆気にとられた。イネスが自分のハイヒールで、俯く乱世の腹を思い切り蹴飛ばしたのである。
「な・・・なにしやがる、イネス!」
 腹を押さえつつ乱世が起きあがる。
「何が役目が終わったよ!ショウの爪の垢でも飲ませてやりたいわね!」
 乱世の顔を指さし、イネスが怒鳴る。
「ショウだと!隠者となった男より下に見られる覚えなんぞない!」
 乱世が負けじと怒鳴り返す。
「人を見る目も失ったの!?」
 イネスが乱世の襟首を掴む。
「な・・・に?」
その剣幕に乱世が一瞬言葉を失う。
「ショウは今でも戦っているのよ。七宝衆の悲劇を終わらせるため・・・戦神を滅ぼすため。大切な人を失っても、今の幸せを捨てようとしても、それでも大切な人のために戦っているわ!あなたは何をしているの!ただ愚痴っているだけじゃない!」
「イネスさん」
 イネスを制し、アキトが穏やかな口調で語りかける。
「・・・どんな過去があったって、生きている以上は前に進まなくちゃならないんだ。お前も医者なら、それが解るだろう?」
  *
「フッ・・・」
 イネスを払いのけ、乱世が立ち上がった。
「行け」
 そう言って乱世が一枚のディスクをイネスに放った。
「何よこれ?」
「メインルームへの鍵だ。どうせここを壊しに来たか止めに来たんだろうが無駄だ。エデウスごときのグラビティブラストで破壊できる代物じゃない。それよりもメインルームを制圧した方が簡単だ。そこにヤマサキもいる」
「・・・一緒には来ないのか?」
 アキトが訊ねた。
「無理だな。聞こえないか?」
 気がつくとロボットの飛行音が響いている。これだけの爆発が起きて気がつかないわけがない。おそらくは大部隊がここに向かっているはずである。
「今なら混乱のどさくさでメインルームへ行ける。俺は裏切りの始末をつける」
 そう言いながらディアボロスへと再び乗り込んだ。ディアボロスが立ち上がり、2人に背を向ける。
「アベル!」
 イネスが後ろから声をかける。
「無事に帰ったらショウにも会いに行くさ・・・じゃあな!」
 ディアボロスが飛び上がり、その噴煙と衝撃による突風が3人を襲う。
「アベル・・・死ぬんじゃないわよ」
 去りゆく彼の姿を見て、イネスはひとりごちた。
  *
「行こう。あいつのためにも」
 アキトの言葉に2人が頷き、再び自分たちの機体に乗り込むアキト、ユリカ、イネス。エデウスとアルストロメリアβが飛び立とうとするそのときだった。
『ひどい方々ですねえ』
 突如ヤマサキの声が響きわたり、巨大なヤマサキの顔を映したウインドウが現れた。
「ヤマサキ!」
 ハンドカノンを撃つアキトのエデウス。しかしビームはウインドウを貫き、後ろの壁を崩したに過ぎなかった。
『せっかくの人の研究結果を台無しにしてくれて』
「研究?いたずらに遺伝子をいじくりまわして偶然によって得られる結果と、非人道的な好意に快楽を覚えることを?ふざけるのも大概になさい!」
 イネスが声を荒げた。普段の彼女からは想像もつかないような声である。
『相変わらず気丈な方ですねえ・・・ですが、あなた方と問答している暇もあまりないんですよ。来ていただきます。私たちの主・・・「戦神」のもとに』
 その言葉と同時に、突如エデウスとアルストロメリアβが青白く輝き始める。「強制ボソンジャンプ・・・そんなバカな」
 アキトが驚愕する。単独ボソンジャンプを行うためにはA級ジャンパーか、イメージングマシンが直接『遺跡』に意志を送ることによって可能になるもの。対象物を強制的に跳ばすことなど・・・?
「まさか・・・このために遺跡を!」
 アキトが叫ぶ。
『それは、こちらでお話しするとしましょうか。ははははは!』
 下卑たヤマサキの笑い。
 アキト、ユリカ、イネスが消えた。
 彼等の機体もろとも。


後編へ続く。


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