-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-


第24話 『Komm s sser Tod』




ヤマサキ達の襲撃から一夜。ネルガル月面ドックは慌ただしさを一層増してい
た。その理由は一つ、『宇宙の戦神』の動向が判明し、今から4日後に火星極冠
遺跡へと到達することが判明したからである。
 そして、ユリカからの通信が流れていた。
「提督からのお知らせです・・・今から4日後に私たちナデシコ艦隊はナデシコCに加え、ナデシコB、ユーチャリスを加えたナデシコ艦隊が極秘任務として『宇宙の戦神』の本拠地『高天原』に総攻撃を仕掛けます。みなさん御存知だとは思いますが、今度の敵は戦争そのものと言ってもいいんです・・・先の木連との戦いも彼等が裏で糸を引いていて・・・」
  *
「・・・解せないわね」
 ユリカからの通信を聞きつつ、イネスがぽつりと言う。
「何がよ?」
 エリナが言う。
「あいつらの目的よ。最初はかつてのネルガルと同じように戦争によって得られ
る利益が目的なのかもしれなかった」
「・・・皮肉のつもり?」
 エリナがイネスに鋭い視線を刺す。
「話は最後まで聞きなさい。数え上げれば不可思議な点はいくらでもあるわ。例えば人機融合兵器」
 確かにこれは不可思議にも程があった。イネスの聞いた話では人機融合兵器のコンセプトは大きく分けて2つ。一つは人が機械を操作する上で、マシンとのインターフェースの間でいくらかの誤差が生じてしまう。そのために人の脳と機械をダイレクトに結合させ、より精度の高いオペレーションを行うということである。そしてもうひとつは、機械の制御系に人間の脳を使用することにより、機械の高速演算能力と生物の持つ柔軟な思考能力を持たせるという事だった。
 しかし、一つめのインターフェイス云々の問題はIFSの出現によりその意義を失った。それは手間の問題と言っていい。IFSは一回注入してしまえば、後はほったらかしでもよいからだ。しかし人機融合兵器となるとそうはいかなくなってくる。人の脳を使うのであるから、維持に恐ろしく手間がかかるうえに、23世紀の今でも脳のメカニズムの大部分は闇の中だった。
 安全で確実といってもいいIFS、危険で不確定要素が大きすぎる人機融合兵器、どちらが生き残るのかは自明の理だった。
2つ目の問題は皮肉な結果を迎えている。現実に人機融合兵器は完成したのだ。それがヤヲトメを核としたオロチである。結果、オロチは反乱によりロストするものの、それによる膨大なデータは残った。その中にはプログラム化されたヤヲトメの意識すらも残っていたのだ。脳外科を生業とする科学者達なら今更当たり前のことなのだが、20世紀の後半には脳の活動というのは人の持つ様々なもの、喜怒哀楽、記憶と情動、意識と思考・・・それらは全て脳内部のニューロンの働き・・・即ち脳内部の分子の運動によって引き起こされる化学反応に過ぎない。そう結論づけられていた。
 そしてそれは逆に全てのニューロン内の化学反応を分析してしまえば逆にコンピューター上で同じ働きをするものを造ることができるのではないか・・・そういう仮説を生み出す。しかも数字の羅列なのだからいくらでも作り替えることができる。
「それがオモイカネ・・・ってことね」
 エリナの問いに頷くイネス。そしてIFSの併用により制御することを考え、ヤヲトメの因子を継ぐルリとラピスとハーリーを作り出したのだ。
「兵器としてなら百害あって一利無し。コンピューターならオモイカネを使えばいい。他にも遺跡を奪っていった理由も・・・遺跡?・・・ユリカさんとの融合・・・?まさか?」
「確かに不可解よね。でも、オロチの管理者であるあの男・・・あの男は何らかの鍵を握っているのかもしれないわね・・・って、なにやってんのよ?」
いきなり手元の紙にペンを走らせ始めたイネス。
「うるさいわね。黙ってて!」
 最早エリナの言葉はイネスの耳には届いていなかった。

「・・・ミカヅチに、イツキ・・・か」
 現在のオロチの管理者、ショウは傷ついたカイトとラビオの治療を終え、小さく呟いた。
彼の前で青白い光を放つ2つのカプセルの中に、2人の人間が眠っていた。カプセルの中は薄い紫色の液体で満たされており、小さな気泡が一糸纏わぬ2人の体を包んでいる。カイトとラビオ、あるいはミカヅチとイツキと呼ぶべきか・・・七宝衆最後の2人だった。
 ヒールデヴァイスリアクターと呼ばれる機械である。カプセルの中には体組織再生を司るヒールデヴァイスと呼ばれるナノマシンと、体組織再構築のための様々なアミノ酸などの混合物で満たされていた。
 2人の体のダメージは最早死を待つばかりといってもよいほどだった。外科手術を行ったとしてもその衝撃で死に至る程のレベルである。しかしこの機械ならばナノマシンが人間本来の修復機能に頼らずに治療を施してくれるという画期的な物だった。つまり患者自身はそのエネルギーを全て己の生命維持に費やすことができる。さらにナノマシンが傷口から入り込み、損傷している臓器等も修復してくれる。理論上はどんな致命傷を受けようと再生可能なはずだった。
 患者の生命力が保てば。
「私ができることはここまでだ・・・・・・生き延びるか死を選ぶか、それは君たちに任せよう」
 ショウが意識の戻らぬカイトとラビオに問いかけるように言った。傷は確かに癒えつつある。それでも2人の体力を考えると蘇生する可能性はかなり低かった。
「私は君達を苦難の道に生まれさせた張本人の一人・・・私が憎いか?」
ショウが2人に背を向ける。
「私は己に課せられた天命を終えることなくこうして生き延びてしまった・・・今更君たちに謝ったところで赦されはしないのだろう」
 ぎゅっと拳を握る。
「・・・あの男・・・ガイセを滅し、全ての呪われた『力』を消し去る。それが私に課せられた天命であり・・・君たち七宝衆にしてあげられるせめてもの償いだ」

「・・・天命・・・張本人?ショウが・・・?」
偶然にもショウの独白を聞いてしまったラピスが思わず立ち止まった。しかしショウの足音に気づき、慌ててその場から離れた。
『天命は終わっていない』
 かつてショウはそう言っていた。
「・・・天命・・・身に備わって、変えたくても変えられない運命」
 己に問いかけるようにラピスが言う。
「考えてみたら・・・私、何も知らない」
−あのクリスマスの日からだろうか・・・いつの間にか私はあの男に惹かれていた・・・側にいるだけで、話をするだけで、不思議な気分になる。アキトとは違った存在−
 いつしかラピスはショウの事をそう考えるようになっていた。

 困惑する思いを抱えたまま、どれほど歩いただろうか?
 いつの間にかエステバリスのハンガーへとたどり着いていた。
「・・・・・・天狼・極」
彼女の眼前にそびえ立つ青い機動兵器に視線を合わせた。頭頂部には巨大な金色の角を持ち、腰のラッチにはディストーションフィールド発生装置を兼ねたバスターソードタイプのヒートサーベルがマウントされている。両肩には小型のビームカノンが備え付けられ、間合いを選ばず攻守双方に長けた機体である。
「ショウの機体・・・」
 オロチで造られた機体である。ブラックサレナ、アルストロメリア等に代表される単独ボソンジャンプが可能な兵器の先駆け的存在でもあった。
「おーしっ!これから取付に入るぞ」
 ウリバタケの叫び声がハンガー内に響く。クレーンにつり下げられたコンテナからCEUのロゴが入った、エデウスの背中に取り付けられたものと全く同じ部品が取り出されていた。これもエデウス同様、CEU対応機体に改造するという話を聞いていた。
「どうなされましたか?」
天狼・極の下で何かの調整をしていたプロスペクターがラピスに声をかけた。
「なにー?誰か来たの」
 後ろにはヤヲトメもいた。

「2人とも知り合いなの?」
ラピスがもっともなことを訊いた。
「はは・・・これはお恥ずかしいところを」
 照れたようにプロスペクターが言う。
「ずっと昔ね、彼がまだアキトさんくらいだった時に、一度だけ会っているの」
 ヤヲトメが言った。
「今から・・・20年以上も昔?」
 頷くプロスペクター。
「私がネルガルに入り立ての頃でしたか、一度私はスパイとしてオロチへと潜入
したことがあるのですよ」
「スパイ?」
「ええ、先代の会長がオロチの存在を知りその力を我が物にして利権の拡大を画
策した・・・ということなのですが、実際は『宇宙の戦神』からのお達しだった
のでしょうね」
「・・・・・・」
「ま、すぐに私にばれちゃったけどね」
 ヤヲトメがクスリと笑い、プロスペクターが苦い顔を見せた。
「で、私の正体を教えてあげたら彼、何て言ったと思う?」
ヤヲトメのその言葉に、照れたようにプロスペクターが明後日の方向に視線を
移した。
「『絶対にいつか、君を助けることができる術を見つけてやる』ってね」
 ヤヲトメが嬉しさをたたえた微笑みを見せた。
 最後まで生きる喜びに満ち満ちたる笑顔。
「助ける術・・・」
 ラピスはその笑顔に一瞬見とれていた。
 この人はその一言で今まで生きてきたのかと。人機融合兵器のメインユニット
にされて生きながらも。
「・・・でも、それだけで私は満足だったわ」
 ヤヲトメの表情に陰りが見えた。怪訝な表情を浮かべるラピス。
「・・・どうしたの?」
「あー・・・何でもない何でもない」
 あわてて首をぷるぷると左右に振るヤヲトメ。
「・・・そうなの」
 ラピスはとりあえず納得したそぶりを見せた。
  *
 ユーチャリスの談話室。
 ナチは一人俯いたまま座っていた。
「・・・ナチ」
談話室に彼女の姿を見つけたラピスが歩みを止める。
「私に何か用なのか?」
 いきなり声をかけられてラピスがびくりとする。
「・・・気がついていたの?」
 ばつが悪そうに出てきたラピスの言葉にナチが立ち上がりフッと笑う。
「私とて暗殺術の使い手・・・気配は読める。兄さんと同じように」
 そう言ってラピスの側に歩み寄った。
「あなたは・・・知っているの?私が全然知らないショウの想いを・・・苦しみを?」
 その言葉にナチの表情が曇る。
「・・・知りたいのか?」
 再び腰掛けるナチ。
「昔の私ならどうでもいいことだった・・・でも今は違う。教えて、ショウに課せられた天命は何なのか・・・ガイセと何があったのか」
 向かいに座るラピス。
「好いてくれているのだな・・・兄さんのことを」
 ラピスの言葉にナチの表情が和らいだ。
「解らない・・・ショウも言っていた。人を好きになる気持ちは何なのかって」
「兄さんらしい・・・知っているか?兄さんはそうやって意地悪な問いかけをする・・・好意を持った相手に対して」
 『好意』という言葉に頬を染めて俯いたラピス。その時ふと胸にかかるショウからもらったペンダントが目に付いた。手に取るラピス。
 スイッチを押すと同時に、「主よ、人の望みの喜びよ」が流れる。
「兄さんの作品だな」
 無言でラピスは頷いた。
「兄さんは昔からオルゴールを作るのが好きでな・・・」
 優しげな瞳をラピスに向けた。
「知りたいか?かつて何があったのか?」
 ラピスが頷く。決意をたたえたアンバーの瞳にナチの顔をはっきりと捕らえた。
「ヤヲトメに頼んでみるといい・・・全ての真実を知る術はあの女が握っている。役に立つだろう、これを持っていけ」
 ナチは一枚の地図を取り出し、ラピスに手渡した。

 ナチと別れた後、再びヤヲトメと出会ったラピスは今までのことをざっと話した。
「・・・何処で聞いたのかしらね」
憂いを含んだ表情を浮かべ、ヤヲトメが呟く。ちらりと横目に見たラピスは何かの苦しみに耐えるような表情を浮かべていた。
「確かに方法はあるわね・・・私しかできない」
「その方法は・・・?」
「跳んでみるのよ、20年前に」
「そんなことが・・・?」
 疑り深げなラピスの問いに、ヤヲトメが大きく頷いた。

 人気のないドックの倉庫に2人は移動していた。
「ヘッドリングをここにつないでくれる?」
 いわれた通りにヘッドリングをヤヲトメのバイクから伸びたコードにつなげた。このヘッドリングは以前ショウからもらったもので、B級ジャンパーにイメージ
ング能力を与えて単独でボソンジャンプを可能にするためのものだった。
「どうするの?」
 ラピスが問う。
「ボソンジャンプの基本概念は知っているわよね?」
 ヤヲトメの質問に頷くラピス。
「・・・確か、ジャンプするものは一度レトロスペクトという時間へと逆行する素粒子に分解されて、古代火星の『遺跡』に跳んだ後、更に予めイメージした場所に跳ばされる・・・そう聞いた」
「そうそう、なら解るでしょ。ボソンジャンプで時間移動も可能なことが」
「・・・なるほど」
ラピスが納得した表情を見せた。
「よっし、接続完了。後は・・・あ、そうだ。万一のことを考えてアキトさんかユリカさんにでも来てもらおうかな」
「待って!」
 いつになく強い調子でラピスが言う。
「ど、どうしたの?」
 その様子に思わず退いてしまうヤヲトメ。
「・・・アキトもユリカも苦しんでいる・・・今は迷惑かけたくない」
乱世との一件は彼女たちの耳にも届いていた。否、ナデシコは元々噂の広まり
が早いところなのだからラピスもヤヲトメも知らないわけがなかった。
「そっか・・・そうだよね」
 ヤヲトメが俯き加減に答えた。
「・・・私一人で行く・・・」
 ラピスがCCをポシェットの中に数個放り込んだ。ヘッドリングの中に行き先のデータを送り込んでジャンプしようというのである。因みにこのポシェットの中には他にもショウお手製の傷薬などが入ったりしている。
「うん。それはばっちり。あと、本当にいいの?」
「どういうこと?」
「世の中には知らない方がいい過去だってあるのよ。もしそれを知ったとしたら、あなたは別の苦しみを味わうことになるかもしれない・・・それでもいいの?」
一瞬の間をおいて、ラピスが答える。
「ユリカは前の戦いで自分が正しいと思うことをして、アキトと結ばれた。勿論、いつも自分の選んだ道が正しいとは限らないけど・・・それでも、私は知りたい、真実を」
「そっか・・・」
 小さくため息をつくヤヲトメ。
 ラピスの体が青白く輝く。
「ショウ・・・」
 そして・・・ラピスの体が消えた。


−時は、20年前へとさかのぼる−


「もしもーし?」
 誰か知らない人の声がする。男の声だ。
「こんなところで寝てると風邪ひくよ?」
 穏やかな声、背中に手をまわされていることに気がついた。
「・・・・・・誰?」
 かすかに開いた瞼の上に、太陽が見える。
「うっ・・・」
 まぶしさに顔を背けるラピス。
「あ、気がついたみたいだね」
「え?」
 言われて初めて誰かに抱きかかえられて起きあがったことに気がつくラピス。「あなたは・・・?」
 歳の頃は14〜5歳くらいの少年。漆黒ともいうべき黒髪と切れ長の瞳。やや幼さは残るが端整な顔立ちで、意識を取り戻したラピスの姿に心底喜びの表情を浮かべていた。
「良かった。行き倒れかと思っちゃったよ」
 言いながら少年はにっこりと微笑む。
「・・・ありがとう」
 誰なんだろう?
 ラピスの心の中に疑問が浮かぶ。初めて会う人の筈だ。ましてやここは過去の世界。知り合いなどいるわけがない。
「観光の途中?」
 少年が訊いた。一瞬返答に窮するラピス。
「・・・そう・・・だけど」
 下手なことを言うよりもそう答えた方がいいと思い、とりあえずそうだと答えた。
 辺りを見回してみる。

 小高い堤防のような石垣の上にラピスは立っていた。
 辺りには桜が咲き乱れ、時折吹く風が桜の花びらを舞い散らせ、平和の象徴たる鳩のように雲一つない大空を舞う。
 かすかに潮の香りを含んだ風。
 石垣の下からは花見客の喧噪が聞こえてくる。
 ラピスの薄く赤が混じった銀髪が、風に吹かれてたなびいた。
−桜の妖精・・・?−
 ラピスを助けた少年の頭の中にそんな言葉が浮かんだ。
 ぬけるように白い肌。
 桜の花を想起させる。
 風にたなびく鮮やかな銀髪。
 妖精の羽根をイメージさせた。

 自分の方を振り返ったラピスのアンバーの瞳にに少年は魅了される。
 夢遊病者のように少年は問うた。
「僕は、ムラクモ・ショウ。君は・・・誰なんだ?」
 目を見開くラピス。
「どうしたの?」
 ショウの言葉に我に返るラピス。
「ラピス・・・ラピスラズリ。あなたが・・・ショウ!?」
驚愕のラピス。
 この少年が・・・20年前のショウ。

「どうしたの?」
 ショウが呆けたようなラピスの顔をのぞき込んだ。
「あ・・・その・・・」
 どう答えるべきか戸惑うラピスだったが・・・
−ぐうぅぅぅぅぅぅ−
 自分の腹から響いた音に思わず顔を真っ赤に染めて俯く。
「あ・・・これは・・・」
 慌てて弁解しようとするラピス。そういえば作業にずっとかかりっきりでまと
もに食事などとっていなかったのだ。
「ぷっ・・・」
 ショウが口元を押さえる。
「・・・笑った」
 ラピスが少しむっとした表情でショウを睨む。
「あはは、ごめんごめん。そうだ、せっかくだからなにかおごるよ。笑ったお詫
びって事で」
 ショウが手を差し出す。
「は・・・はい」
 反射的にラピスはその手を握っていた。

「・・・ここ、どこなの?」
 歩きながらラピスが訊いた。
「え、知らないで来たの?ここはハコダテシティの五稜郭公園だよ」
 ショウが答える。
「ごりょう・・・かく?」
「3世紀以上昔の戦争で作られた城塞の後なんだよ。上から見ると星形をしてい
るからってことで名付けられたらしいけどね」
 言いながらショウは公園のはずれに立つ白いタワーを指さした。どういうわけ
だか鯉のぼりがタワーの外壁につけられている。
「あのタワーの上から見ると解るよ。出店も色々あるからいってみよう?」

 ショウの言ったとおり、タワー(五稜郭タワーという)の下には花見客対象の
多くの出店が軒を連ねていた。フランクフルト、焼きトウモロコシ、射的、金魚
すくい、アイスクリーム、フライドポテト・・・どこでも出店は似たようなもの
である。
「何がいい?」
 ショウに言われてきょろきょろと可愛らしく辺りを見回すラピス。
「・・・あれ何?」
 ラピスが指さした先には下手くそなイカの絵が描かれた「イカめし」と書かれ
た屋台があった。
「イカ飯だよ。食べてみる?」
 こくりとラピスが頷いた。
「おじさん、イカ飯二つお願い」

 ショウから渡された発泡スチロールの容器の上には、醤油色の中に詰め物をし
た輪切りのイカが乗せられていた。
「・・・いただきます」
 おそるおそる口に運んでみる。
「どうかなあ?」
「・・・おいしい。たべるの初めてだし」
「よかった・・・よし、せっかくだから遊ぼうか」
 ショウが右手を差し出した。
「・・・うん!」
 その右手をラピスが握り返した。

「いくぞ!ラピス」
 ショウが右手にピコピコハンマーを握る。
「負けないよ・・・ショウ!」
 同じくピコピコハンマーを握るラピス。そう、夜店の定番「モグラ叩き」である。
「んじゃあ2人とも位置について・・・始めー」
 腹巻き姿の夜店のおっちゃんがかったるそうに右腕を下ろす。
「とりゃあっ!」
「・・・・・!」
 と同時に2人のもつハンマーが残像を描いて飛び出してくるモグラに命中してゆく。剣の達人と格闘ゲームの達人・・・2人にはモグラの動きなど止まって見えた。
「おおおお・・・」
 周りの見物客から歓声がわき起こった。

「・・・・・・ふんだ」
 綺麗な大穴が開いた和紙を握りつぶすラピス。
「こういうのは苦手?」
 金魚がどっさり入ったお椀を片手にショウが笑いかける。「金魚すくい」では経験の差でショウに分があった。
「・・・もう行くっ」
 ぷいと横を向き、ラピスが小走りに歩き出した。
「ちょ・・・怒ることないだろ」
「・・・怒ってない」
「態度で怒ってるって」
 金魚を全て水槽に放り込み、ショウが後を追った。
  *
「よっ、兄ちゃん達デートかい?」
露天のアクセサリー売りの若い男が追いかけっこをする2人に声をかけた。
「か、からかわないでくれ!」
 むきになって否定するショウ。
「からかったつもりじゃないぞ。いいじゃねえか、そんな綺麗な女の子連れて歩
いてるやつなんざそうそういないぞ。どうだ、一つプレゼントでも買ってやるっ
てのは?」
 『綺麗な女の子』と言われて真っ赤になって俯くラピス。男の前に敷かれた黒
い絨毯の上には、この手の店にありがちな指輪やらペンダントが大量に置かれて
いた。
「・・・なるほど」
 思わずため息をつくショウ。
「・・・別に・・・私は」
 俯きながら喋るラピス。
「いや、別にいいよ・・・プレゼントっていうのも悪くないし」
 にっこりと笑いながらショウが言った。
「・・・・・・」
 ラピスは悩んでいた。
 アクセサリーなんかに興味はまるっきりと言っていいほど無いからだった。
 いろいろと視線を動かす。と、指輪のところで視線が止まった。

 いつだったか、ユリカと2人で部屋の掃除をしていたときのことだった。
「ユリカ、これ何?」
 ラピスがアルバムを束ねたものを運んできた。
「うっひゃぁー、なっつかしいー」
 ユリカがいそいそとアルバムを束ねる紐をほどく。
 白いタキシードを着たアキトと純白のドレスに身を包むユリカ。
「こんなところにあったんだぁ」
 感慨深げに写真を見つめるユリカ。
「・・・これ何?」
 ラピスが写真の中のユリカの左薬指を指さした。
「え、知らないの?」
 頷き可愛く首を傾げるラピス。
「・・・知らなきゃいけないこと?」
「うーん・・・ラピスちゃんには『好きな人』っている?この人とならずっと一緒にいたいっていう人」
「・・・・・・」
「その人とずっと一緒にいますっていう・・・『約束の証』かな。

 夕暮れ時。
 タワー頂上の展望室が夕焼けに赤く染められる。赤く染まった太陽が、水平線の彼方へと沈んでゆく。その光景を見つめるラピスとショウ。
「どうして、私にこれをくれたの?」
 ラピスは自分の薬指にはめ込まれたリングを見ながら思わずそんなことを訊いてしまった。
「誰にだって『終わり』は来る」
 ショウの瞳が鋭さを増す。
「え?」
「輝きを永遠と思う太陽ですら、終わりは必ず訪れる。それでも、生まれ落ちた以上は生き続け、未来へと進む権利がある」
 ラピスから視線を逸らし、まぶしさに目を細めつつも太陽を見る。
「だけど、命を弄び欲得のために他者の未来を奪おうとする者がいる。その男は
自分の妾に被験体を生ませ・・・妾とした女を被験体として殺した」
「・・・・・(ガイセ)!」
 ラピスの脳裏に一つの名前が浮かび上がった。
「信じなくてもいい・・・僕は、その男をこれから討つ。僕はそのためだけに今
まで生きてきたようなものだから・・・だから、最後に誰かに伝えたかったのか
もしれない・・・僕という存在があったということを」
全てを達観したような表情で、ショウは言った。

「・・・綺麗」
 あの会話の後、ずっと沈黙を保ち続けてきたラピスが眼前に広がる光景を見て思わず呟いた。
公園中の桜が水銀灯に照らされて、白銀の如く宵闇の中に輝く。
 妖艶ともいうべき輝きの桜。
 かすかに潮の香りを含んだ風が白く輝く花びらを舞い散らせ、濃紺の空を舞う。
 その光景はあまりにも幻想的で、まるでここだけが全ての時から解き放たれた別の空間であるかのように錯覚させた。
「気に入ってくれたんだね・・・よかった」
 ショウが微笑んでラピスを見た。
「・・・一つ教えて・・・何をするつもりなの?」
しかしラピスはキッと睨むような表情をショウに向ける。その表情に視線を逸らすショウ。
「・・・ごめん。それは言えない」
 ラピスに背を向けたショウ。
 ショウの視線の先にはラピスより一つか二つ年上の少女がいた。
「もう行かなくちゃならない・・・何かあったら思い出してほしい。僕のことを」
「ショウ・・・さっき言っていた被験体って・・・ショウなの?」
 一瞬の沈黙の後、ショウは首を縦に振る。
「僕とそこにいる妹は、七宝因子とかいうものを人工的に生み出すための存在として作られた。だけど・・・外道の父、僕の祖父は外道の行為を人の道に反するものだと赦しはしなかった。だから僕たちを助け、戦う術を、生きる術を教えてくれた。だけどあの外道は・・・母を捕らえて・・・僕たちの代わりにした」
「ショウ・・・それがあなたに課せられた『天命』なの?」
 潤む瞳がショウを映す。
「天命か・・・そうかもしれない。僕たちの他にも被験体は大勢いた・・・そして死に絶えた。僕はガイセが憎いだけなのかもしれない。だが、彼等の仇を討ちたいという気持ちはたしかにあるんだ。生き残りである僕の存在意義・・・それは」
「それは・・・?」
「ガイセを・・・殺すことだ!そして、僕も死ぬ・・・甘き死よ、来たれ。それが僕の望み!」
 吐き捨てるようにショウが言う。
「さよならだ・・・ラピスっ!」
 ラピスに背を向けてショウが走り出す。
「ショウっ!」
 ラピスが声を発するより早く。

「・・・そうだ!」
 ラピスがポシェットの中に入れていた、ナチから渡された地図を取り出す。
 やっぱり、そうラピスは思った。渡された地図はここからショウが向かった場所が描かれていた。ということはさっきの少女はこの時代のナチであるという事を瞬時にラピスは悟った。
 迷うことなくラピスは駆け出した。
 真実を知るために。

「ここが・・・」
 白い壁に囲まれた研究所。門の所には『オオイワ・インダストリー生体科学研究所』と書かれている。
「生体科学・・・」
 ラピスの脳裏に被験体として生き続けた過去の記憶が甦る。
 終わることのない苦痛。
 冷酷な目をした科学者達。
−キマイラプロジェクト−
−七宝衆計画−
−人機融合兵器−
 ここにも、かつての自分と同じような人生を歩む者たちが捕らわれているのだろうか?
 アキトやユリカのように無理矢理被験体とされた者たちもいるのだろうか?
 全ての想いを噛みしめて、ラピスは地図に示された進入路に足を向けた。

「・・・・・・!」
 常人ならば目を覆うような光景が眼前に広がっている。
 大きく刀で切り裂かれた警備員や研究者の死体。しかも一つの死体に傷は一つしかなく、誰も武器を持っていなかった。つまり武器を取る隙すらも与えず一撃でショウ達は彼等を殺し続けた事になる。
「まだ・・・暖かい」
 死体の一つに触れたラピスが呟く。アキトと感覚を共有し続けた時に、彼女はアキトの手によって殺されていく人々を幾人も見続けていた。だからこの程度では彼女は動じない。
 皮肉なものだった。
 アキトと出会うことでラピスは「人」としての気持ちを取り戻していった。
 しかし、復讐者であるアキトと感覚を共有したことにより人の死に対して明らかに「異質」な感覚を持ってしまった。
 これもまた「七宝」の悲劇なのか・・・

 そして・・・ラピスはショウとナチに追いついた。円筒状の空間に、いくつもの人間・・・否、最早人とも呼べない異形の形をした者たちが中に入ったカプセルが並んでいる。ラピスは2人に気配を悟られぬようカプセルの影に気配を殺して隠れていた。
「・・・母さん」
 一つのカプセルの前でショウが呆然と呟く。ナチががっくりと膝を落とした。 透明なカプセルの中に捕らわれたような姿。彼女の脊髄には幾つものコードが打ち込まれており、生命を維持するためだけの酸素と栄養を送り込まれるチューブが胸に打ち込まれている姿が、より2人に大きな衝撃と苦しみを与えていた。
 彼女はムラクモ・リーホア。
 ショウとナチの実の母親だった。
「・・・人機融合兵器」
 2人に悟られないような小さな声でラピスが呟いた。

−沈黙が続いた−


『殺して・・・』
 不意に響いたその言葉にショウとナチはカプセルの中の人を凝視する。
「母さん・・・?」
リーホアの瞳が静かに開いた。
『・・・ショウ・・・ナチ。私を殺して』
 次の声はラピスにもはっきりと聞こえた。
「・・・あれが・・・ショウのお母さん・・・ガイセの妾だったという」
 呆然とラピスは事の成り行きを見ている。
「生きている・・・のか?」
 ショウが目を見開いた。
『そうです・・・よく聞いて。私は最早ヒトの姿に戻ることはできません・・・私は愚かでした・・・あの男の言葉に巧みに騙され、あなた達を苦しい運命に産んでしまった。
 今もこうして苦しんでいる・・・勝手なお願いだとは解っています。ですけど私が今こうして生かされていることにより、人機融合兵器、七宝の因子といった呪われた兵器のデータが蓄積されていく・・・それだけは終わらせなければなりません・・・私は悪い大人なのです。ですけど、あなた達のような子供をこれ以上増やさないためにも・・・うあぁぁぁっ』
 そこまで言った瞬間、一瞬機械が光り、リーホアが再び意識を失った。
「・・・よけいなことを」
 靴音が響く。ショウ、ナチ、ラピスの3人が一斉に振り向いた。
「出来損ないの群・・・か」
 汚物を見るような視線をショウとナチに向ける男。
「ガイセ・・・」
 ラピスが絞り出すような声をあげた。

「・・・・・・」
 ショウが刀を抜いた。
 リーホァが捕らわれたカプセルと向かい合う。
「フ・・・お前にリーホァが斬れるのか?出来損ない?」
 嘲笑うように言うガイセ。
「・・・一つ教えろ。ガイセ・・・お前の目的は何だ?」
 ショウが地獄の底から響きわたるような低い声で言葉を発し、刀を脇に構えた。「愚問だ。学者は己の技術が完璧ならんことを追求するのみ」
 鼻で笑うガイセ。
「何処で道を誤ったんだ・・・?本来医学とは人の命を救うものであったはず・・・それが技術の完璧?・・・反吐がでる」
低く呟くショウ。
「違うな。お前の言っていることなど詭弁だ・・・学者に良心などというものが必要だと思うのか?学者はただ単に己の技術が完璧なこと、そして真理を求めることだけを追求していればよい。そうして人は発展してきた。お前がどう叫ぼうと、それは真理なのだ」
「それが今までどれほどの過ちを犯し続けてきた!」
 ショウの声が大きく響きわたる。
「一つ教えてやろう・・・真理の前では青臭い善悪の論理など全く意味を為さぬ。
発展のためには多くの生け贄が必要なのだ」
「なんて事を・・・!よくそんなことをこの子供達に向かって言えるわね!あなたは何をした!こうやって幾人もの子供達を弄び、発展のための生け贄!?自分が何をしたか解っている!?それこそ詭弁よ!」
 ナチが叫ぶ。リーホアのカプセルの周りには、かつてリョーコが見せられた写真に映っていた遺伝子操作の失敗で異形化した子供達がつめられたカプセルが取り囲むように置かれているのだ。
「私はあなたを赦さない!」
 ナチが刀を抜いた。
「・・・待つんだ、ナチ」
 ショウがナチを制する。
「ガイセ・・・それが答えなのか?」
「答えではない。真理だ」
  *
 次の刹那・・・
「ひぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 リーホァの絶叫が一同の耳を刺した。
「き・・・貴様っ!」
「に・・・兄さん!」
「ショウ・・・」
 ガイセが、ナチが、ラピスがショウを凝視する。
 ショウの振るった刃は、リーホァのカプセルに繋がるメインコンピュータを切り裂いていた。それがリーホァの生命維持装置であることは明白だった。これを壊せばリーホァは、母は楽に死ねる・・・そうショウは思ったからこその行動だった。
「フ・・・ククク。機械を壊せばリーホァが楽になれると思ったのか、やはりお前は出来損ないだな・・・『消』!融合を果たしているといっても、リーホァの本来の身体機能も生きている。機械に委ねる形でな!リーホァは死ぬ・・・苦しみぬいてな!」
「・・・苦しませなどしないさ」
 ショウが再び刀を構えた。
「・・・・・・母さん」
 青白い蛍光灯の光を受け、刃が舞った。
 ガラスのカプセルを切り裂き、刃はリーホァの首筋に当たり・・・首と胴を分けた。
 カプセル内に満たされた溶液とリーホァの血の混じり合った液体がショウに降りかかる。地に落ちて砕け散るガラスの破片がショウの体を切り裂いてゆく。
「・・・次は・・・貴様だ・・・」
 抑揚のない声。懐からリモコンを取り出す。
「・・・全ての・・・決着を」
 ショウがスイッチに手をかけた。

 幾つもの爆音が響いた。
 心の中に押さえ込んだショウの咆吼の如く。
 爆発は炎を呼び、研究所を包み込んだ。
「何・・・何をした!」
 流石にガイセも焦りの色を見せる。
「仕掛けた爆弾が作動したのよ!」
 ナチが涙を振りまき叫ぶ。
「何だと!」
「兄さんは母さんがどんな状態にあるか調べ上げていたわ、だからこそ今ここに来たのよ!父さん、いやガイセ!あなたを殺すために!」
「き・・・貴様っ!ぐおっ!」
 ガイセが刀を抜くも天井の梁が崩れ、ガイセとナチが分断された形になる。
「終わりにしよう・・・天命も、貴様の野望も!」
 ショウが刀を構える。と同時に天井が更に崩れ、ショウとガイセを囲むように炎が燃えた。
「ナチ・・・お前は逃げろ!私はお前まで巻き込みたくない!」
ガイセに斬りかかりながらショウが叫びをあげた。
「ショウよ!、ナチよ!貴様ら・・・この父を裏切るというか!」
 ガイセとショウの刃がぶつかり合う。
「今更父親面をするか!罪も無き子供達を弄び・・・母をも滅した貴様が!」
 その科白にガイセが薄ら笑いを浮かべる。
「ふん、殺したのは貴様だろう!私は何ら手を下してはおらぬわ!」
 ガイセの刃が舞い、ショウの胸を襲った。
「くっ・・・」
 素早く後ろに下がるショウ。胸の薄皮がわずかに斬られた。
「黙れぇぇぇぇぇっ!」
 ショウはそれに動じることなく再び攻撃に転じた。再びぶつかり合う2人の刃。「私の欲望が貴様らのごとき出来損ないを生み出すとはな!」
 ガイセの突きがショウの肩に食い込む。
「ショウっ!」
 思わずラピスが叫びをあげた。
「くっ・・・」
 ショウはそれでも刀を離さない。痛みをこらえ更に強く刀を握る。
「その出来損ないによって滅せられるのはどういう気分だっ!」
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 ショウの刃が、ガイセの腹を刺し貫いていた。
 更に壁が崩れ始めた。遠くでナチの悲鳴が聞こえる。

ラピスは迷わずにCCを握りしめ、ヘッドリングを被った。青白いボース粒子が彼女の体を包み、そして姿を消す。
「き・・・貴様?」
 突如目の前に現れたラピスに驚愕するガイセ。
「ショウは死なせない!」
 傍らに落ちてきた鉄パイプを握りしめ、ガイセに向けて振り下ろす。
「ぬぁっ」
 頭部に鉄パイプの直撃を受け、ガイセが倒れ伏す。
「ショウ、ショウしっかりして!」
 ショウを助け起こすラピス。
「ラピス・・・どうしてここが・・・うわっ」
「きゃぁっっ!」
 突如2人の足下が崩れる。爆発の余波で建物自体がもろくなっていたのだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 黒く大きな口を開けた、奈落の底へと2人は消えた。

 遠く、波の打ち寄せる音が聞こえる。
 耳の中に異物感があった。
 ラピスは立ち上がり、耳に入った水を落としながら辺りを見回した。
 目の前は砂浜だった。近くに排水溝らしきものが見える。あれでここまで流されたのだろう。遠くで研究所から火の手が上がっているのが見えた。
「ここは・・・?」
 そしてすぐ側にショウが倒れていることに気がつく。
「ショウ、ショウ!」
 肩と胸の傷からの出血が続いていた。
「・・・・・・・・・そうだ!」
急いでポシェットから傷薬と包帯を取り出す。この傷薬はオロチ製で、使い捨てヒールデヴァイスと人工有機質で構成されるものだった。カイト達の治療に使ったヒールデヴァイスリアクターの簡易版といってもいい。以前アキト治療の時にオロチにいたときにショウからもらったものだった。
「・・・うっ」
 ショウが小さくうめいた。ラピスはショウの上着を脱がせて自分の唾でハンカチを濡らし、傷口を洗い始めた。瞬く間に白いハンカチが赤く染まってゆく。
 ゲル状のヒールデヴァイスを傷口に塗り込む。これで後はヒールデヴァイスが修復してくれるはずだ。今度は何とか体を起こさせて包帯を巻き始めた。

 ショウの体を抱きしめ、ラピスは泣いていた。
 自分でも解らないが涙が止まらない。
 心の奥からわき上がる悲しみ。
 胸が張り裂けそうだった。
「・・・どうして、泣くの?」
 ショウの声にはっとなるラピス。そしてショウの瞳をじっと見つめた。
「・・・解らない、自分の気持ちも・・・ショウの気持ちも!」
視線を背け、ラピスは想いを放つ。ヘッドリングを取り出した。
「帰るのかい?君の世界へ」
「・・・!」
「知っていたよ・・・君が青い光に包まれてここに来る瞬間を僕は見ていた・・・また会えるのかな?」
最初に会った時と同じ微笑みを見せるショウ。
「・・・生きて」
 CCを握るラピス。瞳からあふれる熱いものを拭おうともせずに叫んだ。
「え?」
「苦しいことはこれからも続くけど・・・生きて!自分を信じて生きて!・・・そうすれば・・・また、また逢えるから!」
 ラピスの体が再び輝き・・・そして、消えた。

「おかえりなさい・・・」
戻ったラピスに、ヤヲトメはそう言うのが精一杯だった。その小さな体が背負
うには重すぎるような悲しみが彼女には読みとれたからだった。
「・・・ショウは何処に?」
 ラピスが低い声で訊ねた。

 ショウの部屋。
 ラピスは黙ってあの時の指輪を見せた。
「・・・いつかはこの日が来ることを覚悟していたよ」
 それだけでショウは全てを悟っていた。
「死ぬつもりなの?」
 ラピスが問う。ショウは答えない。
 それは無言の肯定。
「どうしてなの・・・それでショウはいいの?」
 瞳を潤ませラピスは続けた。
「リーホァを救えなかったから?ライラを救えなかったから?だから死ぬの?今
は生きているのに、ショウには罪はないのに・・・どうして・・・?」
 そこで初めてショウが口を開いた。
「やらなければならないこと、終わらせなければならないこと。天命・・・陳腐
な言葉だよ。だが、あの時ガイセを殺しておけば、君は苦しみ続ける事はなかっ
た。七宝衆計画を止めることもできた筈だった」
「私はショウを恨んでなんかいない・・・・・・七宝衆だったからアキトと出会
えた、ユリカと出会えた、ルリと出会えた、ハリと出会えた・・・ショウと出会
えた・・・苦しい時は長かったけど、今は・・・」
心からの想いだった。ラピスが瞳を閉じる。頬を熱いものが伝う。
「だが結果としてカイト達のような悲劇が生まれてしまった・・・あの時の自分の未熟さ故に奴を殺すことはできなかった!」
 ショウが拳を壁に打ち付ける。
「ガイセを生かしておけば・・・君は永遠に『戦神』から逃げまどうことになる。君の生きる未来を・・・奴らに砕かせたくない・・・君には、生きてほしい。君
には『時』があるから」
 自分に言い聞かせるようにショウが思いを語る。
「どうして・・・?ショウにも『時』はないの?」
「人は誰でも生きる上で罪を犯す・・・だがそれを償うことのできる機会が必ず
あるとは限らない・・・償う機会があるというなら・・・この『時』捨てても構
わない」
ショウが部屋の扉を開け、外へと消えた。

 ラピスはがっくりと膝を落とした。
「・・・違う・・・逃げまどってもいいのに。ショウと居たい・・・ただそれだ
けなのに・・・」
自分の左手を握りしめる。
 想いと共に『約束の証』を握りしめる。

 少女が知ったたった一つの想い。
 それが少女を苦しめる。
 小さな部屋から響く少女の嗚咽。
 それは、とぎれることはなかった・・・


 そして、イネスの前に立つユリカ。
「どうしたんですか?イネスさん」
 ユリカが訊ねる。
「遺跡を取られたことは、かなりまずいわね」
 その言葉にユリカがうなだれる。
「あなたを責めるつもりはないけど、これだけは言っておかなくちゃならない。教えてあげるわ・・・敵の目的を」



決戦の日は近い。



PREVIEW NEXT EPISODE

終わることのない悲しみ。
 人は原初の刻(とき)より何ら変わりはしない。
 争い、憎み、愛し合う。
 乱世と再び相まみえるアキト。
 アキトを追うユリカ。
 ガイセを倒すべく刃を抜くショウ。
 苦しみと共に戦うラピス。
 そして、遂にヤマサキと対峙するルリとハーリー。
 審判は下され、全ての目的が明かされた。
次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
第25話 『怒りの日』
 生きること、それは乗り越えること・・・

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