-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-


第23話 彼の者の名は『デウス』




「・・・ってことがあったのよ」
 ヤヲトメが話を終えた。
 ユーチャリスのラウンジ。ヤヲトメの立体映像装置の前に立つアキト、ユリカ、ラピス、ショウ。ルリはハーリーの部屋へ行き、リョーコ、サブロウタ、ナチの3人はカイトとラビオに付き添っていた。
「カイトが・・・七宝衆。イツキさんも・・・」
 アキトが呆然と呟く。
「ハーリー君の意志が・・・造られたもの?」
 ユリカがショウに視線を移した。
 ショウはまるで事実を認めたくないかのように、視線を窓の外の宇宙へと向ける。
「ガイセの言っていたことは・・・多分事実だ。そしてそれほど詳しく知っていたということは・・・おそらくはあの男自らがやったことだろう」
 淡々と言うショウ。
「そんな馬鹿な!それじゃあハーリー君は操り人形だったっていうのかよ!」
 アキトが立ち上がる。
「そういうわけじゃない・・・ただ『そうなるように』仕組まれた、と言った方がいい。最も、ガイセに踊らせられたというのも事実だろうが・・・」
「・・・プログラムされた意志を消すことはできないのか?」
 アキトが問う。首を横に振るショウ。
「その処置は彼自身が育んだ『意志』を消すことを意味する。きっかけはガイセが与えたものかも知れないが、彼の目を見て気がつかなかったのか?操られた意志しか持たない者はあんなまっすぐな目をするわけがない。もう彼の『想い』のプログラムによるところは1割にも満たないだろう。
 それに、自分で勝ち取った記憶を何よりも尊いものとするというのが、ナデシコじゃなかったのか?
 そう私に語ったのはアキト、お前だ」
その言葉に、アキトが力を失いどさりとソファーに座りこんだ。

 ネルガル月面ドック。ガイドレーザーに導かれてユーチャリスが入港してくる。
「・・・家族の再会を喜ぼう、なんて雰囲気じゃないね」
 ユーチャリスから降り立ったアキト達を見てアカツキは言った。
「アカツキ・・・」
 アキトが最初にアカツキの姿に気がついた。
「ま、とにかくテンカワ君、ユリカ君、ルリ君来てくれないかな。君達に渡しておきたいものがあってね」
「・・・解った」
「・・・解りました」
「はい・・・」
 力なく3人が答え、アカツキの後を歩き出した。

「ま、座りたまえよ」
 3人掛けのソファーに座るルリ、アキト、ユリカ。
「・・・で、なんなんだ」
 アキトが苛立った様子で切り出す。
「落ち着きなよ。まずはこれ」
 アカツキが指を鳴らすと同時に、コウイチロウのウインドウが現れる。
「お父様・・・?」
 ユリカが少し驚いたような声をあげた。
「君たちが留守にしている間に新統合軍から連絡があってね、このメッセージに加えて君たちに対する命令書も届いたよ」
 アカツキが懐から『極秘』と書かれた茶封筒を取り出す。
「ユリカ・・・元気にしているかい?と、そんなことじゃない。ムラクモ君がそちらにいるということは多分聞いていると思うが、おまえ達を襲ったのは『宇宙の戦神』という組織だ。
 現在新統合軍総力をあげて対抗する準備を整えてはいるが、連中は政界、財界、果ては旧統合軍の内部にまでその勢力を進行させている。火星の後継者のヤマサキを始めとする一部の科学者の保釈のための裏取引を行ったのも連中だ」
 その言葉にルリがぎゅっと拳を握りしめる。あの男はやはりこの連中に拾われていたのかと・・・
「こちらでも洗い出しに全力であたっているがもう大半は逃げている。前と同じような状況だが、新統合軍総司令ミスマル・コウイチロウは独立ナデシコ部隊提督テンカワ・ユリカ、ナデシコC艦長ホシノ・ルリに命令する。
−極秘任務として『宇宙の戦神』を討て−
 もうあれは戦争の管理者でも何でもない、諸悪の根元だ。
 連中の本拠地は命令書に書かれている。
 あと、ネルガルで通常のIFSでも操艦可能なように改装を受けていたナデシコBが戦列に加わる。艦長はアオイ・ジュン君に任せた。あとはおまえが決めてくれ・・・ユリカ」
そこまで言ってウインドウが消えた。
「ま、こういうわけ。あと人質にでもされちゃかなわないから旧ナデシコクルーもこっちで確保しといたからね。今回はアシスタントなんかしなくて済むよ」
 アカツキが確保したクルーの写真を見せ、その中のヒカルの写真を見せながらにっと笑う。
「アオイさんがB艦を一人で?」
 ルリが怪訝な顔をする。
「勿論君ほど高度には動かせないけどね、B艦程度のレベルなら機械の補正でIFSの調整だけで普通の人にも動かせるようにはなったんだ」
 アカツキが自慢げに話した。ワンマンオペレーションプロジェクト(一人一艦計画)は完成に近づきつつあったのである。
「・・・ま、マシンチャイルドの量産よりはいいんじゃない?」
 ルリの方を見ながらアカツキが言う。しかしルリのきつい視線に萎縮して、再び前を向いた。今までのプロジェクトは機械に適合したマシンチャイルドを作り出すという方向性で進められてきたが、予算や技術的な問題から−あくまでも人道的問題でないところがミソである−今回からは機械の補正で常人でも使用可能なシステムにしようと方向転換がなされていた。
「それで、俺を呼んだ理由は何なんだ?」
 アキトが問うた。たしかにこれだけならアキトを呼びつける必要はあるまい。ここまでのことはどうせユリカが教えるし、アキトは今更逃げるつもりもない。
「君の場合はこれ」
 言いながらDEUSと書かれたファイルを差し出す。それを手に取りぱらぱらとめくるアキト。エステバリスタイプのマニュアルである。
「うちの機動兵器開発部門の新型試作機、エステバリス・デウス。略称エデウス、現在ネルガル7TH PLANTにおいて、ウリバタケ君が指揮を執って製作しているんだ。今回の戦いで使ってみない?」
「どういうつもりでこんなものを?」
 アキトが尤もな事を訊く。
「それを訊かれると弱いけどね、一番大きいのがエデウスの実践データ採取。それに意地だね」
「意地?」
「そ、意地。ま、私事ではあるけどね・・・僕は君たちを踊らしているつもりが実は踊らされていた」
 踊らしているという言葉に3人の視線がきつくなる。しかしアカツキは動じずに続けた。
「戦争で儲けるのは僕自身の意志だと思っていた。ところが実際は得体の知れない組織の掌の上にいた・・・そういうことさ」
「・・・・・・」
 ハーリーのことを思い出した3人が思わず顔を見合わせる。
「僕は一度リセットしたいんだよ。この呪われた関係をね。それに、これでネルガルの対抗企業を一網打尽にできる可能性も出てきたわけだ・・・っと、これは君たちには関係ないか」
「・・・意外ですね。アカツキさんは冒険なんかしない人間だと思っていました」 ルリが言う。確かにこれはある意味冒険である。政界の中枢にすら入り込む組織とやり合うという事自体どれほどの企業としてのメリットを生み出せるというのだろうか、敗北したらそれこそ身の破滅。クリムゾンを始めとする反ネルガル企業を倒すチャンスといえどもである。
「ルリ君。君は企業・・・エンタープライズって言葉の意味を知っているかい?それは『冒険者』だよ」
諭すようにアカツキが言う。そしてこう続けた。
「勿論負ける喧嘩はしたくない僕としては結構やばげな賭けさ。だけどね、未来を掴もうと思ったら、これくらいのことも時には必要なのさ」
 アカツキのいつもの笑みに、ほんの刹那鋭い眼光が宿った。
  *
「いよーぉ!半年ぶりかあ」
 威勢の良いウリバタケ・セイヤのかけ声が、ブラックサレナから降り立つアキトとユリカを出迎えた。
−ネルガル7TH PLANT−
 ユーチャリスやナデシコCを建造した工場から東に700kmの地点に位置する街の中心部にある、ネルガル機動兵器開発プラントである。
「セイヤさーん、お久しぶりでーす!」
 コクピットから顔を出したユリカがセイヤに手を振った。降り立つアキトとユリカ。
「どうした?しけた面しやがって」
 セイヤが沈痛な表情を浮かべたアキトにいつもの口調で声をかけた。
「生きてここを再び訪れることがあるとは思わなかった」
 アキトが胸の装甲板を大きく切り裂かれたブラックサレナを見あげた。
「・・・そっか、ブラックサレナはここで作ったんだ」
 ユリカが言う。アキトが歩き出した。
「で、エデウスっていうのは」
「ちょ、ちょっと待ってよアキトぉ」
 慌ててユリカが後を追った。

 無骨な金属のフレームに白い装甲板が取り付けられてゆく。大きさは8メートルを超え、普通のエステバリスより一回り大きい。背部にはCEUというロゴが入った巨大な突起物が取り付けられていた。
「何なんですか、あれは?」
 ユリカが背部を指さす。
「おっ、あれはなあ・・・」
「説明しましょ」
 いきなり3人の間を割ってどこからともなくイネスが出てきた。
「い、イネスさん・・・いったいどこから?」
 このパターンにブランクがあるユリカが思わずアキトにしがみついた。
「そんな馬鹿な・・・気配も感じなかった」
 武術の達人であるアキトに気配を悟られないとは・・・イネス恐るべし。
「あなた達が火星に行っているときにこっちであれの調整をしていたのよ」
 言いながら組立途中のエデウスを指さした。
「CEUか・・・完成しているとは思わなかったな」
 アキトがエデウスを見上げた。
「説明するわね。あの装置はCHULIP ENERGY UNIT、通称CEU。チューリップを介してエネルギーを伝達する装置よ」
 イネスがホワイトボードをどこからか取り出す。
「今までエステバリスは母艦からのエネルギー供給を受けることにより行動するというシステムを採っていた。これにより機体の小型化と高機動化に成功したのは知っているわね?」
「いーからとっとと本題に入れよ」
 だれた口調でセイヤが突っ込んだ。
「そこうるさい!コホン。話を続けましょうか」
 イネスが咳払いをすると同時に懐からエステバリスの模型を取り出す。
「あーっ、それは俺のスペシャル・パーフェクトグレード・超絶技巧・カスタマイズ・エステバリスじゃねえかよお!」
 セイヤの叫びを無視してイネスがエステバリスの模型を左右に振る。
「このように、エネルギー範囲内ならほぼ無尽蔵に行動できた・・・そのかわり問題も大きかった」
 マシンガンをプラモに持たせるイネス。
「その1、エネルギーウェーブでは得られるエネルギー量に限りがあるため、あまり強力なエネルギー兵器が使えない」
「ふんふん」
「その2、エネルギーウェーブから外れて、エネルギーがなくなると・・・」
 がちゃっ。
「のぁぁぁぁぁ!俺のスペシャル(中略)エステがぁ!」
 セイヤが地面に落ちた模型を慌てて拾い上げる。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!イネスさんどうしてくれるぅ!」
 角の部分がぽっきりと折れていた。
「それで、チューリップを介してエネルギーケーブルを母艦と直結させる・・・そういうシステムよ」
 無視(笑)
「えーっと。つまりどこでもドアを常に開けっ放しにしてコードを通しているんですね」
 ユリカが言う。何故ドラえもんを知っているかは謎である。
「ま、そんなところね。これで半永久的に行動可能、加えて今までより出力の大きい武器も搭載できるわよ。それよりアキト君」
 イネスがアキトの手を取る。
「IFSの調整をしたいから、しばらく時間を貰えるかしら?」
「ああ・・・ユリカ悪い。先に街に行って宿でも手配してくれないか?」
 アキトが言う。ユリカが少し寂しげな声をあげた。
「えー」
「心配するな。場所が決まったら『ヴェルトール』っていう喫茶店があるからそこで待っててくれ」

 無機質な医療用ベッドに寝かされたアキトの頭に脳波観測用のコードが貼り付けられ、掌にはIFSの端末が置かれた。
「んなばかなっ!どこをどうやりゃあれから回復したんだ」
「どこのどいつがこんな治療をできたっていうんだよ!」
 以前アキトの治療に当たったスタッフが驚愕の声をあげた。ネルガルの全力を持ってしても不可能であったといわれる例のナノマシン障害を克服した姿を見たのだから当然と言えよう。
「あんたたち、ここからは私がやるわ。ほらとっとと行った行った」
 研究員達を押しのけるイネス。
「別に無理して追い出さなくても・・・」
 アキトがイネスに視線を移す。
「あら、あまり騒がれると嫌だって言ってるように見えたんだけど?」
 イネスが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「・・・・・・・」
 図星を指されて沈黙するアキト。
「あなたはいつもそう。何でもかんでも自分の中にため込んで、決して他人に自分の弱さ、脆さを見せようとしない。常に自分自身に責任を感じている・・・違うかしら?」
 イネスがキーボードに手を置いた。
「あなたはもう一度『黒い王子様』を演じるつもり?だったら止めた方がいいわ。自分に似合わないキャラクターを演じるのは精神衛生上良くない」
 アキトのデータがどっとディスプレイに映し出された。
「あなたは修羅にはなれない・・・」
「何を根拠に!」
 珍しくアキトの口調が強くなる。
「キマイラの子供の墓の前で一人苦悩していたわね。もっと言うならラピスが言っていたわよ。あなたの思念は常に艦長とルリちゃんに向けられていた・・・ここまで言ったら解るんじゃない?」
「・・・・・・」
「図星ね。あと火星で何かあったの?」
 暫しの沈黙を置いて、アキトが話しだした。

 一方街に出たユリカ。
 手近なホテルのツインルームを取り、アキトからの連絡を一人ぼーっとしながら例の喫茶店で待っていた。
「そういえば・・・新婚旅行のやり直しやってなかったなあ」
 ユリカが喫茶店の照明に左手をかざす。飾り気のない薬指のリングが鈍い光を放っていた。
「ところで、後ろの人達何か用ですか?」
 ユリカが呟くと同時に、後ろでがさごそという音が聞こえた。
「流石だな・・・ミスマル・ユリカ」
 全部で5人、一人を除いては皆2メートルはあり、黒いマントを羽織っている。「そんな怪しさ大爆発の格好してたら誰だって気づきますよ・・・それに女の子一人と話すのに5人一緒は卑怯じゃないですか?」
 オレンジジュースのストローを口にくわえたままユリカが呟く。
「聞いたとおりだ・・・おまえ達、帰っていいぞ」
 その怪しさ大爆発の集団の中で、黒のスーツに身を固めた男が他の4人を制した。歳の頃は20代後半、前の方がやけにボリュームがある黒髪で、後ろは短く刈りそろえてある。大きな瞳は鋭く、端整な顔立ちをしているにも関わらず人を拒絶するような雰囲気をたたえていた。
「失礼なことをしたな・・・詫びよう」
 黒マントが去ってから男が頭を下げた。その言葉でユリカが初めて男の顔をしっかりと見た。確かに嘘を言っているようには見えなかった。
「私をさらいに来たんじゃないんですか?」
 ユリカが少し意地悪く訊ねた。勿論勝算なしにこんな事を言っているわけではない。A級ジャンパーであるユリカはいざとなればボソンジャンプで簡単に逃げられるからだ。CCもハーリーからもらったペンダントがあるし、他にも何個か隠し持っていた。
「一応そういう命令はきているがな・・・別段ヤマサキにそこまでしてやる義理はない。紹介が遅れたな・・・俺の名は乱世(ランセイ)だ」
「乱世さんですか。ナデシコ部隊提督のテンカワ・ユリカです」
 そのどこか間の抜けたような喋りに、乱世が思わず笑みを浮かべた。
「フ・・・なんか面白い人だな」
「ええ、よくそう言われますから」
 ユリカがあっけらかんとして答える。そのほのぼのとしたペースに、用心深い乱世も多少、磊落な気持ちになった。
「旦那は一緒じゃないのか?」
「ちょっと仕事で・・・ひょっとしてアキトに用があったんですか?」
「そんなところだ」
 乱世が立ち上がる。
「待ってたら来ますよ?」
「いや、別に構わん・・・そのうちまた」

 シャワーの音が響く。
「乱世?」
 手近なシティホテルにツインルームを取り、アキトとユリカはとりあえず腰を落ち着けていた。エデウスの完成までにはまだ4、5日はかかる上に、アキトのIFSその他の調整にも多少の時間が必要ということでここをとりあえず家としたわけである。
「うん。アキトの知り合い?」
 バスローブ姿のユリカが髪をとかしながら答える。
「俺は知らないぞ」
 同じくバスローブに身を包んだアキトが髪を拭きつつシャワールームから出てきた。
「それに・・・」
「ルリちゃん達のこと?」
 アキトの問いにユリカが頷き、悲しげな表情を見せる。
「どうしたらいいのかな・・・こんな時家族だから何とかしてあげたいのに」
 俯くユリカ。
「・・・ユリカ」
 アキトがユリカを後ろから抱きしめた。
「俺がこんな事を言う資格はないのかもしれないけど・・・ルリちゃん達なら、きっと自分たちの力で立ち上がってくれる・・・そう思う」
「アキト・・・」
「あの二人は俺より強い・・・きっと立ち直れるさ」
「そっか・・・そうだよね。ハーリー君強いもんね」
 ユリカがアキトの手をそっと握りしめた。
「ああ・・・信じよう。2人を」
 その言葉と共に・・・二人はそっと口づけを交わした。

 それから3日後。
 休憩時間に敷地内を散歩していたアキトとユリカ。
「おまえ・・・もしかして乱世か?」
 研究所の敷地内にある森の中で、アキトは初めて乱世と顔を合わせた。
「そうだ・・・テンカワ・アキト」
 乱世がぶっきらぼうに答えた。
「くっ!」
 思わず身構え、ユリカをかばうように立った。
「勘違いするな。別におまえ達をどうこうしに来たわけじゃない」
「嘘をつくな!だいたいキマイラを従えて街を歩く奴の言うことが信じられるか!」
 アキトがブラスターを乱世に向けた。
「キマイラか・・・そこまで知っているんなら話は早いな。ちょっと俺につき合って貰えないか?」
乱世の腕は彼の前で組まれている。武器は持ってはいるのだろうが、おおよそ戦意があるとは思えない。アキトがブラスターをおろした。
「どこへ連れて行くつもりだ」
 アキトの刺すような視線をしっかりと受け止めて乱世が答えた。
「キマイラが生まれた場所だ」
 乱世が懐からCCを取り出した。
「ユリカ、ここで待ってろ」
 アキトがユリカの体を離した。
「だめ」
「ユリカ!・・・むぐっ」
 叫ぼうとしたアキトの口をユリカが塞ぐ。
「お願いしますね。乱世さん」
 にっこりと微笑むユリカ。
「あ・・・ああ」
 思わず額に汗を浮かべる乱世。
「もがが・・・もが・・・もごもご!(訳:ユリカ、馬鹿、やめろ)!」
もがくアキトを無視して、3人の体から輝紋が浮かび上がる。
 そして、3人の体が消えた。

「ついたぞ」
 乱世の声に2人が現実へと引き戻される。
「ここが・・・?」
「なんか暗いよ・・・どこなんですか?」
 アキトとユリカが薄暗い部屋に馴れようと目を凝らす。
「ここは『宇宙の戦神』の本拠地・・・人工彗星『高天原』」
「人工・・・彗星?」
 アキトが乱世を疑惑の色を浮かべた瞳で見た。
「ここが・・・そうなんですか」
 ユリカがきょろきょろと辺りを見回した。
「ユリカ・・・お前?」
「例の命令書に書いてあったの。今まで『宇宙の戦神』が姿を隠していたのは本拠地を彗星軌道に乗せて冥王星の彼方・・・カイパーベルトと呼ばれる所まで彗星軌道を描いて飛んでいたから」
「元はアステロイドベルトを構成する小惑星の一つだった。それをほじくって改造したのがこの高天原だ」
 ユリカの説明を乱世が引き継いだ。
「どこに向かっているんだ?」
 アキトが訊ねた。
「火星極冠遺跡・・・通称『イワト』。お前の復讐劇の最終地、それよりも全ての元凶の場所だ」
 多少皮肉めいた言い方の乱世。
「イワト?何のために」
 その言い方に少しかちんときたアキトが無愛想に問い返す。
「さあな。俺は中枢部にいるわけじゃないからそんなことは知らん。それよりこれだ」
 3人の前の巨大なモニターに光が灯った。
  *
「うっ・・・」
 ユリカがその光景に瞳を背ける。
「これが・・・」
 アキトが呆然となる。
「キマイラの生産工場だ」
 乱世が呟いた。
 幾つものカプセルが並べられ、その中には緑色の培養液が満たされている。その中には人とも泥人形ともつかない白くかさかさの肌をした人間が眠っていた。後頭部には何かの基盤を埋め込まれている。
「こいつらを・・・助けてほしいってことなのか?」
 アキトが訊く。乱世は笑った。
「馬鹿な・・・助けてほしいんじゃない。お前達がここを総攻撃したとき、この施設を完全に破壊して・・・このことはなかったことにしてほしいのさ」
「馬鹿野郎!そんなことしたら・・・」
 アキトが叫ぶ。
「ここにいる全てのキマイラ・チルドレンが死に絶える」
 乱世ははっきりと肯定した。
「何故そんなことをする!」
「俺も・・・キマイラだからだ」
 乱世が耳にかかった髪をとかした。
「・・・・・・!」
「そんなっ!」
 アキトとユリカが乱世の耳を凝視する。
 まるで古い絵に出てくる悪魔の耳・・・山羊の耳である。
「俺の場合は事故で死んだ人間にキマイラの因子をはめ込むという方法で造られた・・・だがこいつらは違う。受精卵にキマイラの因子を組み込み、挙げ句に洗脳装置を頭に埋め込まれた生きる人形にしか過ぎない!
 解るかアキト!己の意志すらも持つことが許されず、救われる術は消滅のみ!しかもお前達が勝っても負けても、この技術が残ればまたどっかの誰かが同じ事を始める!
 ・・・お前達に頼みたい。この施設と技術を消滅させてくれ・・・そして・・・キマイラは全員殺してくれ」
「どうしてだ・・・どうして俺達に頼む!お前がやれば済むことだろう!」
 アキトが激昂した。
「それができればとっくの昔にやっている!俺の部隊のクルーは全員上層部の息がかかっている。俺一人が暴れたところで研究を持って逃げ出されるのが落ちだ!
 だがお前達は違う!
 お前達はナデシコ部隊の提督とエースパイロットだ・・・お前達ならこの研究を歴史の闇に葬り去ることができる!」
 乱世の手からCCが輝く。2人を再び青白い光が包み込む。
「乱世!」
 光に目がくらみつつもアキトが叫んだ。
「次に会うときに俺を殺せ・・・俺達のことを思うなら!」
 目を開くことができないほどの強い光。
2人は元の研究所の森に飛ばされていることに気がついた。

 翌日。アキト達の泊まっているホテル。
「アキト君、ユリカさんもそこにいるのね!」
 なんの前触れもなく、突如イネスの顔のウインドウがアップで映される。
「イネスさん、どうしたんですか?」
 ユリカが訊ねる。
「どうしたのじゃなーい!ドックの方が襲われているのよ」
 その言葉にまともに顔色を変えるアキトとユリカ。
「なんだって!ルリちゃんは、ラピスは無事なのか?」
 アキトが叫ぶ。
「とりあえず保ってはいるわよ・・・でも長引くとやばいわね。ともかく一旦戻ってきなさい」
  *
「状況はどうなっていますか?」
 司令室に駆け込むなりユリカが訊いた。
「旗艦と思われる戦艦が2隻・・・テナヅチ、アシナヅチだと思うわ。それ以外にも所属、形式不明の戦艦が6、機動兵器の数は推定80ってとこかしら」
 オペレーターが向こうで指揮を執っているエリナのウインドウを映しだした。
「待ってられるか!俺は行くぞ!」
 アキトが司令室を出ようとする。
「待ちなさい!エデウスとのリンク調整はまだ済んでいないのよ。ブラックサレナは解体中だし・・・乗る機体もないのにどうするつもり?」
 イネスが冷静に言う。思わず沈黙するアキト。
「おおーっと、それならいいのがあるぞ」
 いきなりセイヤのウインドウが割り込んでくる。
「これを見てみろ!」
 セイヤの後ろにあった機体が映し出された。
「これは・・・アルストロメリア?」
 アキトが呟く。アルストロメリア・・・夢百合草の名を持つエステバリスの後継機の一つで、木連のジンシリーズとオロチの天狼シリーズの技術をフィードバックすることにより単独でのボソンジャンプを可能にした機体である。
「こいつはアルストロメリアβっていってな、エデウスに使われるCEUの実験機として作られたのを俺様が改造して実戦使用可能にしたわけだ」
 アルストロメリアβの背部には、エデウス同様CEUのユニットが背部に取り付けられていた。そして右腕にはロングライフルが取り付けられ、左腕には逆三角形の形をしたシールドが取り付けられており、白、青、赤のトリコロールカラーに彩られたその姿が、矛と盾を構えた古の騎士を連想させる。
「あんたねえ!また会社の予算で勝手にこんなものを!しかもアルストロメリアβは企業秘密よ!」
 エリナが怒鳴りつける。
「どうせ廃棄処分のつもりだったんだろ。リサイクルだ、再利用ってやつだよ」
 セイヤが負けじと言い返す。
「解りました。ウリバタケさん、その機体借ります」
 喧々囂々たる雰囲気の中、ユリカがきっぱりと言う。
「馬鹿、お前何言ってるのか解ってんのか!」
 アキトが怒鳴る。
「うん、解ってる。エデウスの調整が終わるまでの時間くらいだったら稼げるよ」「お前な!」
「大丈夫。見たところ敵はこの前の戦いでルリちゃんを負かしたことで変に調子づいた戦い方してるもん。つけいる隙はいっぱいあるから負けないよ」
「そういう意味で言ってるんじゃなくてだな!」
なおも喋ろうとするアキトの口を押さえるユリカ。
「・・・今度は、私にアキトを守らせて」
 言葉と共にユリカがボソンジャンプで消えた。
 それからきっかり2分後、パイロットスーツに着替えたユリカがアルストロメリアβのコクピットに乗り込み、ボソンジャンプで再び姿を消した。
「ユリカ!」
 アキトの叫び。ウインドウに映される光景。
 ユリカのアルストロメリアβが、テナヅチと対峙する形で宙に浮いていた。

「な、何だありゃ!」
 突如現れたアルストロメリアβに驚きの声をあげるリョーコ。
「いきますよーっ!」
 ユリカが景気よく叫び、白露の一つにロングライフルを向けた。
−一閃−
 アルストロメリアβから放たれた光の束が狙った白露を貫き、勢い止まぬ閃光が更に別の白露を貫き、テナヅチが従える戦艦のディストーションフィールドに接触し、ようやく拡散してその力を失った。
「・・・ビームライフル」
 リョーコが呆然と呟く。粒子加速器の一種で、プラズマ化した粒子ビームを高速で加速させて対象物を破壊する武器である。しかし何十メガワットという高出力故にエステバリスサイズの機体では装備不可能と思われていた。それをCEUによりあっさりと装備に成功していたのである。
「す・・・すげえの持ってきたな」
 リョーコが呆然と呟く。
「えへへ、そうですか?」
 ユリカが照れ笑いを一瞬浮かべた後、すぐさま真剣な表情になる。
「エリナさん聞こえますか?今すぐ全通信システムを切り離してください。乗っ取られますよ」
 ユリカが呼びかける。ナデシコの場合は前回の事を考慮に入れて、外部への通信機能は本来のシステムから切り離されていた。
「何ですって・・・な・・・なによこれっ!」
 エリナの叫びと同時に例の言葉・・・『文化の代わりに戦争を、通貨の代わりに弾丸を』がエリナの周りのウインドウを染めた。
「あっちゃー・・・遅かった」
 ユリカが舌打ちする。ドックを覆っていたディストーションフィールドが消えていった。

「無駄なことはお止しなさい」
 ヤマサキの立体映像が投影された。
「ヤマサキ!」
 リョーコが野獣の咆吼のような叫びをあげた。
「外道が・・・!」
 ショウの天狼が剣を構える。
「フィールドは破られました。もうお解りでしょう?七宝衆と遺跡を渡しなさい。悪いようにはいたしません」
 ヤマサキの表情が刹那、狂気に彩られる。
 その邪念はあの北辰と肩を並べる。ルリはそう思った。
「はいそうですか・・・なんて言って渡すとでも思ってんのかよ!」
リョーコが吠えた。
「人にはそれぞれあるべき姿があります。科学者には科学者の、被験体には被験体の、兵士には兵士の・・・無論遺跡にも。私はそうしようとしているだけに過ぎません」
「ふざけるな!誰が被験体だ!陰険マッドサイエンティスト!」
 ハーリーがヤマサキに向けて罵声を発する。
「ハーリー君待って」
 ユリカがハーリーを制しつつ通信をつなぐ。
「被験体って・・・ルリちゃん、ハーリー君、ラピスちゃんのことですか?」
 敵の攻撃を巧みにかわしつつユリカが訊く。彼女の操縦の腕はリョーコやサブロウタが驚きを隠せないほどのものだった。アルストロメリアβの機動力で全ての攻撃をかわしつつ、それでもさばききれない攻撃は盾からディストーションフィールドを発生させて防御していた。
「どうなんですか・・・?」
 恐らくユリカと関わり合った全ての者が初めて聞くであろう、ユリカ真の怒りの声。
「他に誰がいますか?」
 ヤマサキは特に臆した様子もなく答える。
「作られた命・・・作られた意志、それでもみんなナデシコの中で、私たちとの関わりの中で人間になりました。私は、いえナデシコにいる誰しもがみんなを人間として見ています!あなたは命を何だと思っているんですか!」
 刹那、ユリカの怒りを込めたビームが数機の白露をまとめて貫いた。
「自らの分をわきまえず、恋心や存在の不安に恐れを抱くことに何の意味がありますか?ただ一つの存在目的のために邁進すれば永遠に悩み苦しむこともない。 洗脳も考えようですよ。
 それに・・・飼い慣らされることに疑問を持った家畜に存在価値は無いのです。私は彼等を本来の姿に戻しているだけです」
 『本来の姿に戻す』その一言にショウの脳裏に最悪の予感が浮かんだ。
「本来の姿に戻す?・・・待て!貴様メノウ達に何をした!」
 ショウがいきなり回線に割り込んだ。
「勘がいいですね・・・ならばお教えしましょう。ロボトミーって御存知ですか?ムラクモ博士?」
「・・・・・・!」
「便利ですねえ・・・Gデヴァイスというものは。
 こういう力押しの方法は本意ではありませんが、あなたの御父堂のすすめもありましたし・・・少々時間も迫っていましたから」

殺人が、もっとも重い罪と云われる所以はなんだろうか?その問いに即答できる者は意外に少ない。もっとも多く云われる答えは、全てをその人間から奪うことだろうか。
 そうだというのなら、ヤマサキはまさしくメノウとサンゴを殺した。
 生ける屍とした。
 人である彼女たちをカーボンユニットにした。
−ロボトミー−
 脳細胞切開手術とも云われる。かつて精神分裂症などの治療に使われた手術法である。
 ヤマサキはGデヴァイスを用いて、彼女たちの脳から己の意志で思考する力を奪い、道具としたのだ。
「貴様・・・医者として為してはならぬ事を!」
 ショウが叫ぶ。
「赦せない・・・」
 地獄の底から響くようなユリカの声。
 次の瞬間、アルストロメリアβがボソンジャンプする。
「あなたは・・・何ということをしたんですか!」
 テナヅチのフィールド内にボソンアウトしたアルストロメリアβのビームライフルから放たれた閃光が、大きく装甲板を射抜く。
 大きく揺れるテナヅチ。
「馬鹿!いきなり突っ込んでどうするんだよ!」
 リョーコの声は届いていなかった。怒りの中にあり、自ら火中の栗を拾おうとする行為にユリカのパイロットとしての未熟さがあった。
「ち、聞こえてねえのかよ。おいショウ!ロボトミーってなんだよ!」
 自分にまとわりつく白露を撃ち落としつつリョーコがショウに訊ねる。
「脳細胞切開手術・・・脳を切り取り精神操作する手術法」
 呟くようにショウが言う。
「・・・なんだって」
 その一言にリョーコの思考が一瞬停止する。
「私だけでなく・・・あなただけは許さない!」
 更にユリカが攻撃を加えようとする。
「不本意だが・・・赦せよ!」
 聞き慣れた声、コクピットのユリカを大きな衝撃が襲った。

 ボース粒子の中から一つの機体がその姿を現す。
 色は黒と赤のツートン。
 アルストロメリアβ同様、背部にCEUを背負っている。
 右手には長い片刃剣を携えている。
 ディアボロス、ラテン語で悪魔の意を持つ乱世の専用機だった。
「退け」
 乱世が通信回線に割り込んできた。
「乱世さん!あなたは何とも思わないんですかっ!」
 ユリカのアルストロメリアβと乱世のディアボロスが対峙する。
「どけろ」
 剣を振りかざすディアボロス。
「乱世さん!」
  *
「ユリカ・・・離れろっ!」
「アキト?」
 アキトの声に、一瞬ユリカの動きが止まった。
「・・・・・・」
 その声は聞こえなかったのか、ディアボロスがアルストロメリアβに剣を向けた。
「うっ・・・」
ユリカの自分が隙を見せたことに対する後悔の声。ディアボロスが剣を振りおろす。
「・・・終わりだ!」
「そうはさせるか!」
 刹那、乱世はすさまじい衝撃が自分の体にかかるのを感じた。
 何かが体当たりしたことをディアボロスのセンサーが教えた。
「来たか・・・アキト」
乱世の視線がアルストロメリアβを護るように立つ機体に向けられた。
 頭部からは巨大な角が伸びる、白色の機体。
 全体的にスリムな印象を持ちながら、力強さは失わない。
 両肩に取り付けられた黒いブースターパックが、翼のような印象を与える。
 両手に携えた2本のヒートサーベルが、太陽の照り返しを受けて輝く。
 エステバリス・デウス、通称エデウス。デウスとはラテン語で神を意味する。

「アキト・・・来てくれたんだ」
 ユリカが歓喜の微笑を見せる。

 黒い王子は、黒い翼を持つ神の姿をとって、再び戦場に現れた。

 神と悪魔の名を持つ機動兵器が、月の空を舞う。
 誰も手出しはしない。否、できなかった。
 それがあまりにもエデウスとディアボロスの動きが素早く、並の機体では彼等を追うことはできなかったこともある。しかしそれ以上に、この戦いは一対一の戦いだった。
 アキトにとっても、乱世にとっても。
 自分自身のための。
「乱世・・・どうしてだ!自分が過ちを犯していると知りながら、何でヤマサキに荷担する!」
 エデウスが剣を振るう。それをかわしつつ反撃するディアボロス。
「俺には戻れない理由がある・・・迷うなアキト!ヤマサキを・・・メノウとサンゴを討て!」
 ディアボロスが小型の機銃を撃つ。しかし全てエデウスのディストーションフィールドに阻まれる。
「うるさい!お前は臆病者だ!」
 剣を構えて懐に飛び込むエデウス。
「たとえ外側から作られようと・・・被験体として生まれようと、戦うためだけの命なんてあるものか!」
 エデウスの剣がディアボロスの肩を切り裂く。
「記憶が作られようと!洗脳されようと!感覚を失おうと!望めば前に進むことができる!
 ルリちゃんはそれを俺に教えてくれた!ハーリー君は身を持ってそれを示してくれた!」
 もうひとつの剣を振り上げるエデウス。
「甘いんだよ!」
 ディアボロスがエデウスの腕を掴み、大きく胸を蹴り飛ばす。
「うぁぁぁっ!」
 あわや月面激突というところをすんでの所で姿勢制御するエデウス。
「助ける術はもう無い!あいつは・・・メノウはアシナヅチに組み込まれた!」「なんだって・・・」
 遺跡と融合させられたユリカのかつての姿がアキトの脳裏をよぎる。
 この男は・・・自分と同じ苦しみを抱いていたというのか。
 その思いがアキトにほんの刹那の隙を作らせる。それは乱世が付け入るには十分すぎるものだった。
「メノウは・・・俺の妹だ!考えることもできず、ただ演算を繰り返すだけの生きた機械にされた!
 俺が寝返れば、ヤマサキはメノウを殺すと言った!
 代わりはまだいるからと!」
 代わり・・・その言葉にアキトの脳裏にルリ、ハーリー、ラピスの顔が浮かぶ。
 ディアボロスが剣を上段に構え、振り下ろす。
 しかしすぐにアキトは思う。
−お前は間違っている!−
 アキトは叫んだ。
「助ければいい!」
 エデウスが2本の剣でディアボロスの剣を受け止める。
 更に力を加え、ディアボロスを押し戻す!
「大切な存在なら・・・命を賭けて奪い返せ!取り返してその腕に抱いてやれ! あきらめるな!
 キマイラ・チルドレンは無理でも、メノウを救う手だては有るはずだ!
 イネスさんはユリカを開放してくれた!
 ショウは俺を助ける術を作り出してくれた!・・・乱世!
 メノウもそれを望んでいる!」

「ルリちゃん、そこにいる?」
 ナデシコCのブリッジのルリの前にユリカのウインドウが現れる。
「ユリカさん?どうして?」
「説明は後、こっちから指示する場所に向かってグラビティブラストを撃って。それで陣形を崩すことができるから」
ルリの前に作戦概要を示したウインドウが現れた。戦いながらちゃっかりと敵の勢力状況を把握して、対抗策を見いだしていたのだ。
「指示はルリちゃんがやって」
「ユリカさんは?」
「遺跡を隠してくるね。あれを渡しちゃ絶対にいけないから」
 ユリカが自信げに言う。
「まさか・・・目的を知っているんですか?」
「全然。でも・・・何か嫌な予感がするから」
 言いながらボソンジャンプを始めようとするアルストロメリアβ。
「流石、いい勘をしていますねえ」
 ヤマサキの声が突如通信に割り込んだ。
「ヤマサキ!」
 2人の声が重なった。
「面白いものを見せてあげましょう」
 言うが早いか、アシナヅチの前に遺跡を携えた2体の白露が現れた。
 しまった・・・。
 ユリカは自分の作戦が裏目に出たことを悟った。
『敵を欺くには先ず味方から』
 遺跡の存在を隠すために意図して誰にもナデシコのどこに隠しているかは教えていなかった。ルリやハーリーにすら。それは逆に言えば護る者も誰一人として存在しないことを示す。誰もいない倉庫の片隅から遺跡を盗み出すのは、ボソンジャンプができる人間なら容易だった。
 テナヅチ、アシナヅチは囮だったのだ。
 敵の目的は遺跡を奪うことにあったのだ。
「はははははははははは!」
 天を震わせるが如きヤマサキの笑い。
 次々と護衛官がボソンジャンプで消えてゆく。
「そんな・・・」
 ルリが呆然としてその光景を見つめている。
「残念でしたね・・・下らぬ良心とやらにおぼれた結末がこれですよ。あなたのお父上もさぞかしお嘆きのことでしょう」
 嘲笑以外の何物でもないヤマサキの科白。
「覚えていろ・・・次に出会ったときは死よりも重い苦しみを味わわせてくれる!」
 ショウの罵声を無視し、最後に残ったアシナヅチが消えた。

「・・・高天原は今から120時間後に火星に到達する」
 乱世が呟き、ディアボロスが剣を収めた。
「何だって?」
「俺にはやらなくてはならない事がある・・・ただこれだけは言っておく。
 俺やメノウに同情するな!
 俺達のデータが残れば、第2、第3の悲劇の引き金になる。
 いいな・・・殺し尽くせ」
 その言葉を残して、ディアボロスがボース粒子に包まれる。
「・・・馬鹿野郎」
 エデウスとディアボロスを通じてアキトの声が乱世の耳に届く。
「お前は大馬鹿だ!乱世!
 何故やり直す勇気を持たない?
 何故最後まで希望を持たない?
 俺がこんな事を言えた義理じゃないのはよく解っている!
 それでも、助けるべき人が居るのに、何故お前は何もしない!
 生き延びてみろ!メノウを助けて!
 そういうことならいくらでも俺達は協力してやる!
 協力するようにイネスさんもショウも説得してみせる!
 俺と同じ過ちを繰り返すな!
 お前は俺が以前どうしたか知っているんだろう?だのに・・・何故だ?
 答えろ!乱世ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 野獣の咆吼のようなアキトの叫び。
 乱世はそれには答えずに消える。
 アキトがそれを追おうとする。
 ユリカがそれを止めんとアルストロメリアβをエデウスに組み付かせる。
「アキト落ち着いて!・・・もう止めて!」
「畜生・・・畜生・・・畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
天をも貫かんばかりのアキトの叫び。
 それこそは、ここに集結した全てのナデシコクルーの思いであったに違いない。
 
 自分たちの『運命』に対する・・・




PREVIEW NEXT EPISODE

ミスマル・コウイチロウだ。
 ユリカ・・・お前は多くのことを知ったのだな。
 それぞれの思いをよそに決戦の時は刻一刻と近づいてゆく。
 そして、ラピス君は疑問に思った。
 何故、ムラクモ君は苦しむのか?
 苦しい恋だな・・・ラピス君。
 あの日、少年は自らの手で自分自身に永遠に消えない傷をつけた。
 次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
第24話 『Komm,s sser Tod』
 人は誰しも、生きる上で罪を背負う。
 救済のあるなしに関わらず・・・

 感想等はs7097658@ipc.akita-u.ac.jpまで

中書きとお知らせ

こんにちは、OROCHIです。毎回この下手くそな文章につき合ってくれてまことに感謝しております。
 更新する度に感想をくださる大塚りゅういちさん、渋谷さんをはじめとして、多くの方々とこの小説を書く上で出会えました。劇場版の冒頭でルリが述べたように、星の数ほどの出会いの一端を感じたような気がします。

 物語もいよいよ佳境に入ってきました。
 遂にその姿を見せた『宇宙の戦神』
 ハーリーの呪われた過去。
 七宝衆の悲劇。
 ヤマサキの台頭。
 奪われた遺跡。
 今までの物語内でちりばめられた謎も少しずつ解き明かされてきました。
私がこの物語を通して意図するところは最終話である26話で全てを語ることができると思います。
今まで多くの人が書かれたナデシコアフター小説がありますが、そのどれとも異なるエンディングを迎えさせようと思います。
 最後までつき合ってくだされば幸いです。

 さて、お知らせです。ようやく引っ越し先のアドレスが決まりました。
 今までに感想をくださった方には全員その旨を伝えるメールを送ってはおりますが、来ていないという方に関しては、恐縮ですがこちらのアドレスにもう一度送り直してください。
 また、このページの目次に最初に載っていた2つのアドレスはもうどちらも使用できません。(送ったとしてもこのアドレスが抹消されているので、私の元には届きません)よろしくお願いします。
 新アドレスは
s7097658@ipc.akita-u.ac.jp
 です。

最後までつき合っていただければ幸いです。

1999年4月
                       OROCHI


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