-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-


第22話 悲しき『マリオネット』




ネルガル月面基地。
「なーるほど。僕の予想は大して間違っていなかったわけだ」
月臣から送られた報告書の束を読み終えたアカツキは満足げに呟いた。
「で、あなたは戦うつもりなの?『宇宙の戦神』と」
 横からエリナが声をかける。
「ま、しょうがないんじゃない。成り行きとはいえ一度は事を構えたわけだし」 さも当然といった様子でアカツキが答える。
「一つ教えて。いったいいつからあいつらの存在に気がついていたの?」
「戦争終結時」
 あっさりと答えて更にアカツキは続けた。
「ま、正確に言うとやけにクリムゾンを始めとする反ネルガル企業の動きが速すぎたことがひとつ。もうひとつは兄さんの死んだ理由・・・ここまで言えば解るんじゃない?」
「・・・そう」
 エリナがわずかながら悲しげな色を見せてアカツキに背を向ける。
「ん、どうしたの?」
「工場の方へ、ナデシコCの修理もあるし、デウスの建造、それにB艦の改修作業もまだ終わっていないから」
 まるで自分の意志を悟られまいとするかの如くつっけんどんに答えるエリナ。「そっか、どれくらいかかりそう?」
「妨害が無ければあと一週間くらいね。あとデウスの方はもうまもなくよ・・・『彼』が来れば」
 アカツキががんばってね、と言葉をかけたのを聞いていたのかエリナが照れたような表情を見せる。
「わ、私はもう行くわよ」

「踊るつもりが踊らされた・・・か」
 どさりと音をたててソファーに沈み込むアカツキ。横に置かれたナデシコ時代の集合写真に目をやる。その中心にいるルリと彼女の肩に手を置くアキトの姿が目に留まった。
「・・・業が深いね」
 誰にともなくアカツキは呟いた。
 アキトの両親を殺した父の時代のネルガル。
 ルリとハーリーの存在。
ラピスを作り出した 9TH PLANT。
復讐心をあおり、火星の後継者へとアキトを立ち向かわせ、年端もいかないラピスを戦場へと駆り出した。今でもクリムゾンあたりではラピスやルリのようなマシンチャイルドを量産しようという動きがあることは月臣からの報告で察知していた。
 かつて全てが終わったとき、彼らは家族としてほんの半年ほどの間共に暮らしていた。本来は「人」としての生活など永遠に無縁と思われた彼ら、一度だけアキトの店を訪れたときの5人の満ち足りた顔が忘れられなかった。
「戦争のためのマシンチャイルド・・・かい」
 無言で一つのレポートを手に取る。表紙にはこう書かれていた。
−七宝因子による生体改造及びその実例の報告書−
 著者はオオイワ・ガイセと記されている。そう、リョーコの教官であったナチの父親である。最もアカツキはナチのことは知らなかったが。ぺらぺらと表紙をめくると同時に、遺伝子工学の専門家ではない彼には何一つ解らない得体の知れない数式やら記号が目に飛び込んでくる。
 その時、聞き慣れた音が彼の耳に届いた。
「ん?」
 秘密コールが鳴っていた。スイッチを入れると同時にウインドウにプロスペクターの顔が映し出される。
「やあ、そっちの方はどう?」
「だいたい7割といったところですな」
 プロスペクターが眼鏡をいじくりつつ答える。
「今回は集め損ねると結構やばいからね。頼んだよ」
「勿論ですとも。それよりも・・・」
「妨害が始まった?」
 頷くプロスペクター。彼の受けた任務、それは旧ナデシコクルーの確保だった。少数行動が災いして、ナデシコCを動かすための人員が不足していることも事実だったが、それ以上の問題があった。
「まずいねえ・・・下手をすりゃ人質候補だからねえ」
 アカツキが言う。宇宙の戦神が彼らを誘拐し、人質として使う可能性は十分にあり得るわけだ。仲間意識の強いユリカが指揮をとっている以上は協力するしないを問わず確保しておく必要性は十分にあった。
 ヒカルとイズミは割合早く見つかったので、先の戦いに参加してもらっていた。
しかし未だその多くが確保できていない。妨害が始まったという事は相手も気がついたという事だ。
「ともかく急ぎます・・・時にルリさん達は見つかりましたか?」
「ああ、さっきヤヲトメっていう子から通信があった。テンカワ君達が火星に向かったよ」
「ヤヲトメ・・・ですか」
 プロスペクターが表情を一瞬崩した。

 旧クルー集めに奔走していたのはプロスペクターだけではなかった。
「ユキナちゃん!僕と一緒に来てくれっ!」
 唐突に学校帰りのユキナにジュンは真顔で言った。
「・・・・・・」
 硬直するユキナ・・・5秒ほどしてようやくフリーズ状態が解除された。
「ちょ、ちょっとジュン君・・・いきなり・・・そんな」
顔を真っ赤に染めて頬に手を当てるユキナ。
「時間がないんだっ!」
 ユキナの手を引き自分の車に強引に乗せるジュン。端から見たら誘拐劇のようである。周りに人が居なかったのは幸いと言えよう。
「ど・・・どうしたのジュン君」
 ユキナもここに来て初めてジュンの表情から自分に告白に来たわけでもないことを察知していた。
「まずいっ!」
 後ろから数台の黒い車が追ってきていた。窓が開いてゆく。
「どぇぇぇぇぇぇ!」
 ユキナは思わず叫んだ。いきなり箱乗り状態でショットガンを撃ってきたのである。
「くそっ!」
 細い路地に強引に車を滑り込ませるジュン。
「なんかわかんないけど追われてるんでしょ?だったら次の角を左!」
「ゆ、ユキナちゃん?」
 ジュンが呆気にとられる。
「理由は後で聞かせてもらうから!とにかく逃げよ!」
「あ、ああ!」
 力強く頷き、ジュンはアクセルを踏み込んだ。

 こうして走り回ること十数分。何とか二人は危機を脱していた。ユキナに地の利というものがあったのが勝因だろう。
「はいジュン君」
 ユキナが自販機で買い付けてきたアイスコーヒーをジュンに手渡す。
「ありがと、ユキナちゃん」
 ジュンがコーヒーを開けた。
「宇宙の戦神ね・・・まだ色々あったんだ。あたしはいいよ、つき合う。ミナトさんももう行っているんでしょ?」
「うん・・・悪いね、迷惑かけて」
「ううん・・・いいの」
 ユキナが遠くに見える海を見つめた。潮風が彼女の頬にかかり、ユキナの髪が揺れた。
「・・・・・・」
 遠くを見つめる憂いを含んだユキナの横顔・・・その光景にジュンは不覚にも見惚れていた。ユキナはいつの間にか大人っぽい綺麗な表情を見せるときがあった。それがジュンを引きつける。
 いつからなのかは解らない・・・ジュンはユキナの「女性」としての姿に見とれる自分に気がついていた。
「あ、今みとれてたな」
 視線に気がついたユキナがいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべてジュンを見る。「ぼ・・・僕は別に」
 慌てて否定するがもう遅い。
「ジュン君かわいいっ」
 真っ赤にしてうなだれるジュン。
「・・・・・・」
 ジュンのそんな様子を見ながらクスリと微笑むユキナ。
「あたしさあ、こうして海を眺めるのが好きなんだ」
「え?」
「地球に来て、初めて海を見たとき・・・『懐かしい』って思ったんだよね。変だよね、一度も海なんて見たことがないのに」
 少し寂しげに微笑むユキナ。
「変じゃないよ」
 ジュンがユキナの肩に手を置いた。いつもの優しげな表情でジュンが語る。
「人は・・・いや、生き物は全て海から生まれたんだ。宇宙に出ても、コロニーで生まれても海が故郷であることには変わりはないんだよ」
「ジュン君・・・」
「きっとそれは・・・ユキナちゃんの中に海から生まれたときの遠い昔の誰かが生きているんだよ・・・って、なんかクサイね」
 自分の科白に思わず照れ笑いを浮かべるジュン。
「故郷かあ・・・ねえ、ジュン君」
「え?」
「ルリ達はどうなのかな?あの3人は試験管の中で生まれたんでしょ。
 ルリとハーリーとラピス・・・あの3人の中にも誰かが生きているのかな?」「ユキナちゃん・・・」
「一応家族だった時期もあるからさ、どうしても・・・ね」

「フェンリルシティ?」
 ユリカがユーチャリスのブリッジに表示された火星の地図を見る。アキト、ユリカ、ラピス、ショウ、リョーコ、サブロウタの6人はルリ達を回収すべくユーチャリスに乗って火星を目指していた。
「そこにルリちゃん達がいるんだな!」
 アキトがつかみかからんばかりの勢いでショウに訊く。
「ああ」
「にしたって・・・な」
 リョーコがうなだれた。
「宇宙の戦神か・・・」
 サブロウタが壁を叩く。
 ここにいる彼らは皆ショウから『宇宙の戦神』についての話を聞かされていた。 後悔、憎悪、憤怒、絶望・・・様々な表情を彼らは見せた。しかしその思いは皆同じだった。曰く、
−自分たちは、あんな得体の知れない組織に踊らされていたのか?−
 その答えは未だ得られていなかった。

 新統合軍本部ビル。
 西瓜を囲む新統合軍総司令ミスマル・コウイチロウ、参謀長ムネタケ・ヨシサダ、参謀秋山源八郎。そしてなにかとコウイチロウの信頼が厚いアマリリス艦長アオイ・ジュン。
「元統合軍の連中を調べたら、かなり多くの人間が『宇宙の戦神』に関わり合っていました。現在失脚の憂き目を見ている軍関係、政治関係の連中の大半が権力の巻き返しを謀り協力する構えを見せています」
 ジュンが言葉を発する。
「ま、だいたい予想通りの結果ですな」
ムネタケが西瓜にかじりつく。
「踊らされていた地球、木連、ネルガル、クリムゾン、火星の後継者、オロチ・・・みんなそろって・・・」
 秋山が西瓜の種をプッと皿の上に吹き出した。
『ばかばっか』
 4人の声が重なった。
「ま、ともかくはルリ君達が帰ってきてからだ」
 コウイチロウが呟く。
「あの二人が・・・か。愛の逃避行とでもいうならゆっくりさせてやりたかったんだがなあ」
 秋山が笑う。
「無責任ですよ!秋山参謀!」
 ジュンがくってかかろうとしたとき・・・
『ジュンちゃんいるぅ?』
 ユキナのウインドウがジュンの目の前に現れる。
「おおーっ」
 歓声を上げるコウイチロウ、ムネタケ、秋山。
「ゆ、ユキナちゃん・・・会議中なんだからそういうことは」
 ジュンが思わず西瓜を吹き出す。
『もーう汚いわねえ。そんなことよりシャトルの時間がせまってんのになにしてんのよぉ』
「ぼ、僕は責任者だから最後の便で行くよ。先に行ってて」
『ちゃんと来てよ・・・アキトさん達の二の舞はいやだからね』
「わ、解ってるよそんなこと」
 ジュンが口を拭きつつ答える。
「いやはや、若いって事はいいもんですなあ」
 ムネタケが満足げに頷く。
「あとアオイ君ももうすこし積極的だったらいいんだが」
 コウイチロウがジュンを横目に見る。
「ああ、それは言えますねえ」
 秋山がうんうんと頷く。
「だぁーかぁーらぁ、いい加減にしてくださいよ!」
 ジュンの涙混じりの悲鳴が3人に向けられる。
「時を経て それでも変わらぬ ジュンユキナ・・・字余り」
 コウイチロウが呟いた。

 そして火星では・・・
「あれか?テナヅチ、アシナヅチとやらは」
 ナチの問いに頷くルリ。
−ちゃんちゃかちゃんちゃんちゃん−
 妙なBGMと共に噺家スタイルのヤマサキの立体映像が現れる。
「聞こえますかな、みなさん?宇宙の戦神のヤマサキ・ヨシオでございます。
 そちらにホシノ・ルリ少佐、マキビ・ハリ少尉がおいでになることは承知いたしております。つきましてはお二方を渡していただけないでしょうか?」
「勝手なことを!」
 カイトが激昂する。
「お渡ししていただけない場合はこちらもそれなりの手段をとらせていただきますが、いかがなものでしょうか」
「ふん、口だけは達者な男だ!」
 ナチが吐き捨てるように言う。
「ルリちゃん、ハーリー君、こっちに」
 カイトが二人の手を引き、格納庫に案内する。
「な、なにを?」
 ハーリーがカイトを見る。
「君たちは早く逃げるんだ。救助が来るまでの時間稼ぎくらいはしてみせる」
 言って2体の空戦フレームを指さすカイト。
「先に行くぞ!」
「ここは任せて!」
 ナチとラビオのエステバリスが飛び立ってゆく。
「ルリちゃんの事を頼む」
 カイトがハーリーの両肩に手を置いた。

「これが答えというわけですか?」
 テナヅチ、アシナヅチの前にホバリングするカイト、ラビオ、ナチのエステバリス。彼等を迎え撃つかの如くナデシコを襲った黒い機動兵器・・・『白露』が彼等を取り囲んだ。
「安直な死など望みはしないが・・・」
 ナチのエステバリスがライフルを構える。
「おまえに屈することはもっとごめんだっ!」
 カイトが動く。
 そして戦いが始まった。

「カイトさん・・・」
 エステバリスのコクピットに座ったルリが戦うカイトの方を見た。敵の数は軽く30体は越える。カイトやラビオの腕は十分知っていたが、それにしてもこれでは・・・
「気持ちは解るけど、ここは退いた方がいいわ」
 ヤヲトメが横から声をかける。流石にバイクごと入らないので通信機と立体映像投影装置だけ切り離して乗っていた。
「はい・・・」
 自分は彼を助けることはできない・・・自分の無力さが恨めしかった。
「ルリさんあぶないっ!」
 ハーリーのエステバリスがルリのエステバリスを抱え大きく飛び上がる。
「な、なに!」
 ルリが思わず声をあげる。
「ホシノ・ルリ、マキビ・ハリだな」
 今までルリのエステバリスがいたところにボース粒子が集まってくる。
「な・・・なんだあれは」
 ハーリーのエステバリスが身構えた。ボース粒子が人の形を成す。
「エステバリス・・・にしては大きいわね」
 ヤヲトメが感想を述べた。
「まずは名乗ろうか・・・」
 色は灰色とダークグリーンのツートンカラー。エステバリスの倍はあろうかという巨体。
「私の名はオオイワ・ガイセ」
 その周りには数機の白露を従えている。
「『宇宙の戦神』に仕える者」
 ガイセのウインドウが現れる。歳の頃は60を越えているか、しかしがっしりとした体格、白く染まった髪も逆に威厳を醸しだし、人を超越したような独自の風格をたたえていた。
「おまえ達に来て貰う」
 整然とされた動きの白露が二人のエステバリスを取り囲んだ。
「・・・渡すものか」
 静かに呟くハーリー。
「ぬ?」
 嘲笑と軽蔑の眼差しを見せるガイセ。
「ルリさんは渡さない!」
 ハーリーが叫ぶと同時に、彼のエステバリスが装備されていたラピッドライフルを構えた。
「アキトさんと約束した・・・カイトさんと約束した。渡すものかっ!ルリさんは、僕が守ってみせるっ!」
 ハーリーの手の甲にナノマシンの輝紋が浮かび上がる。
「ここは僕が!ルリさん逃げて!」
 重力波ユニットが軽快な音をたてる。
「これでは・・・」
 無理ですという言葉を飲み込むルリ。
「行くぞっ!」
「待って!」
 ルリの叫びを無視し、ハーリーのエステバリスがガイセの機体・・・『涅槃(ニルヴァーナ)』へと飛びかかった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 叫びながら飛びかかるハーリーのエステバリス。
「造られた想い・・・か?おまえたち、こやつの相手をしてやれ!」
ニルヴァーナとエステバリスの間に、六体の白露が立ちはだかった。

「少しはできるな・・・」
 ガイセが抑揚のない声で呟いた。
「な・・・なめるな・・・ハア、ハア」
 最後の白露を撃退したハーリーのエステバリス。実戦経験のない彼がここまでやれたこと自体は奇跡に近い。おそらくは七宝衆・・・即ち高レベルのIFS能力と普段のサブロウタとの戦闘訓練の賜物だろう。
「ふ、だがまだまだ甘いな」
 しかしダメージは大きかった。ラピッドライフルの弾丸は残り1割を切り、機体のあちこちの装甲板がひび割れ(エステバリスの装甲は強化プラスチックの一種なので、ダメージを受けるとひび割れる)機体の一部がスパークしていた。
「ハーリー・・・君」
 これはどうしてもルリを守るように戦わねばならないことにあった。彼女の方はろくな戦闘訓練というものを受けたことがないので、せいぜい援護射撃をするくらいだった。ハーリーはルリを守りつつ戦うというビギナーパイロットである彼には重すぎる役割を担っていた。
「重要なサンプルなのでな・・・これ以上手間をとらせるな」
 ニルヴァーナが巨大な片刃剣・・・ヒートサーベルを構える。刃の部分を高熱化する事により、対象物を切断する近接戦用では最強格の武器だった。一目で射すくめられるような鋭いプレッシャーが、エステバリスの分厚い隔壁を通してハーリーに伝わった。体中から脂汗が吹き出す。
−逃げるのか?−
 ハーリーが自らに問う。
−逃げられない−
 相手の力なら、逃げる隙を見せた瞬間に撃ち落とされる。少なくとも彼にはある程度は相手の強さを見抜く眼力があった。
 逃げられないなら、戦ったほうがまだ生き残る道がある。そう彼は結論した。
「僕は人間だ・・・あなたにサンプル呼ばわりされる覚えはない」
 エステバリスがラピッドライフルを構えた。
「・・・手間をとらせるな!」
 ニルヴァーナが一気に間合いを詰めた。
「そうはさせないっ!」
 同時にニルヴァーナの上から雨霰と弾丸が降り注ぐ!
「カイトさん、ラビオさん!」
 叫ぶルリ。
 カイトとラビオのエステバリスだった。
「あっちの連中はナチさんが引き受けてくれてる。ここは僕たちに任せろ!」
 言いながらカイトのエステバリスが予備のマガジンをハーリーのエステバリスに手渡した。
「・・・ただの軍人崩れのジャンク屋ではないな」
 素早くニルヴァーナが後ろに下がり間合いを取る。
「あの二人は渡さない!」
 カイトのエステバリスがレールガンを撃つ。それをたやすくかわすニルヴァーナ。
 ガイセの前にカイトの顔を映したウインドウが現れる。それを見たガイセの顔が狂気に歪んだ。
「フ・・・誰かと思えば七宝衆の出来損ないか!」
 ニルヴァーナが大上段から斬りかかる。とっさにレールガンで受け止めるカイトのエステバリス。
「な・・・に?」
 まっぷたつに切り落とされたレールガンを捨て、ラピッドライフルを構えるカイトのエステバリス。
「知らぬのか?『七宝』の因子の内二つは木星に渡った。ところが輸送時の事故で冷凍保存されたままその目的共々行方不明となった。時は流れ、その意味すらも忘れられた因子を見つけた木連の科学者、カザマ・シュウタは種族繁栄のための人工人間計画にそれを使った!」
 カイト、ラビオ、ハーリー、ルリのエステバリスの銃弾をディストーションフィールドで受け止めるニルヴァーナ。ガイセが更に続ける。
「ところが遺伝子操作の途中で因子が変化し、人としては完成品だったかも知れぬが、七宝衆としては出来損ないの存在になった。それがおまえ達だ、本来は金と銀の七宝衆になる筈だった存在・・・ミカヅチにイツキよ!」
「なんだってっ!」
 ハーリーが大きく目を見開く。
「カイトさんと・・・ラビオさんが?」
 呆然として事の成り行きを見守るルリ。
「科学者として出来損ないを見るのは見るに耐えん!滅せよ!」
 ニルヴァーナの両肩から放たれるグラビティブラスト。攻撃目標はカイトとラビオのエステバリスだった。
「うわっ」
「きゃあっ!」
かろうじてかわすカイトとラビオのエステバリス。しかしグラビティブラストは完全なるフェイントだった。
「消えろ!出来損ない!」
その隙をついて近寄ったニルヴァーナの剣が、カイトのエステバリスに振り下ろされた。

「カイト!」
 刹那、ラビオのエステバリスがカイトのエステバリスの前に飛ぶ。
「二人まとめて葬ってくれる!」
 剣を振り下ろすニルヴァーナ。
「カイト逃げて!」
 ラビオのエステバリスがカイトのエステバリスを突き飛ばした。
 剣が振り下ろされた。
 剣がラビオのエステバリスの肩口に大きく食い込み、そのまま左腕を切り落とした。

「カイト・・・大丈夫?」
「ラ・・・ビオ?」
 ダメージであちこちがスパークするコクピットの中のラビオの顔がカイトの前に映し出された。
「どうしてなのかな?・・・記憶を失っていた筈なのに、あなたのことが気になった・・・あなたの側にいなくちゃ・・・そう思った・・・私・・・イツキっていうの?ねえ・・・ミカヅチ」
 ラビオの機体が火を噴く。
 小爆発を繰り返し、ブロックが崩れていくようにバラバラになるラビオのエステバリス。
 彼女は最後に、カイトを「ミカヅチ」と呼んだ。
 記憶はない筈なのに・・・
「イツキィィィィィィィィィィィィ!」
 火星の空を震わせんばかりのカイトの叫び。
 唖然とするルリ、ハーリー。
「ククククククク・・・」
 その中でガイセだけが笑っていた。
 ラビオを嘲笑っていた。
  *
「何がおかしい!」
 ハーリーがガイセを睨み付ける。
「滑稽だ・・・造られた想いに死の間際まで捕らわれていたのだからな。自分の意志も確立できないとは、七宝衆としても人としても出来損ないだったわけだ」「造られた・・・?」
「知らぬのか?ならば教えてやる。木連では長い宇宙生活のために遺伝病が多発するようになった、そのために正しい人間として造られたのがミカヅチとイツキだ。そしてこの二人を交配させる実験をよりスムーズに行うため、イツキの中にミカヅチへの恋心を刷り込んだのだ」
 こともなげに言うガイセ。
「刷り・・・込んだ?」
 ハーリーの顔色がまともに変わった。
「思い出したか?おまえも同じなのだ・・・おまえは何故にホシノ・ルリに固執する?」

「黙れ・・・」
 カイトのエステバリスがラピッドライフルを構える。
「黙れ!黙れ!黙れ!」
 銃弾がニルヴァーナを襲う。しかし全てをディストーションフィールドではじき返してしまう。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 カイトのエステバリスがイミディエットナイフを構え、突進する。
「やめて、カイトさん!」
 ルリの言葉も届かない。
「去ね!」
 ニルヴァーナがカイトのエステバリスの首を掴みあげる。
「僕たちは・・・人間だ!」
 再びラピッドライフルを構え、ニルヴァーナに向けた。
「戯れ言を!」
 ニルヴァーナの腕に力がこもり、カイトのエステバリスの首を落とす。
「う・・・イツキ・・・」
 制御中枢を失ったエステバリスが重力に引かれる。
 そして・・・土煙の中へ消えた。

「次はおまえだ・・・マキビ・ハリ。やれメノウ!そして知るのだ・・・いかに自分という存在に価値がないかを!」
 ガイセの言葉と共に、ハーリーの身体全体にすさまじい衝撃が走る。
「やめろ・・・僕の心に・・・触るなぁ!」
 メノウがIFSを介して直接ハーリーの脳にアクセスしていたのだ。
「ハーリー君!」
 自分の機体を支えるルリの言葉に気がつかない。
 脳が灼けるような激痛。
 激痛の度に、忌まわしい記憶が甦った。
 永遠に忘れようとした・・・あの記憶が。

 時期的に言えば、彼がナデシコに乗るほんの少し前だった。薬で眠らされた彼の周りを取り囲む数人の科学者達。
「子供を戦場に駆り出すには、いささか不安要素が大きい」
 一人が言葉を発した。
「ホシノ・ルリは成功した。案ずることもなかろう」
 別の一人がそれを否定する。
「マキビ・ハリは情緒不安定な節がある。不安要素としては大きい」
「ならどうする?」
「『恋心』だ」
 一人の科学者が言った。
「恋は人を強くする・・・これに直属の上官となるホシノ・ルリへの恋心を刷り込めばよい。恐怖を想いに転換できる」
「妙案か・・・」
「洗脳よりはよかろう。忠誠心も芽生えて一石二鳥」
 しかし科学者達は気がついていなかったのだ。この時、麻酔のミスで彼の意識が半覚醒状態にあったことに・・・

「大丈夫ですか?しっかりして!」
 ルリの声がハーリーを現実に引き戻した。
「思い出したようだな」
 ガイセの声が響く。
「おまえの恋心が『商品』としての価値を高めるために意図的に造られたものであることに」
「聞いちゃ駄目よ!」
「でまかせです!」
 ヤヲトメとルリがハーリーの側に自分のウインドウを寄せる。
「退いてください・・・」
 怒気をはらんだハーリーの声。
「退いてください!」
 ルリのエステバリスを強引に引き剥がすハーリーのエステバリス。
「そうだ・・・僕は造られた人間だ・・・心すらも」
 ニルヴァーナと対峙するハーリーのエステバリス。
「なら解るな、来るのだ」
「嫌だ!」
「何?」
 ガイセの片眉がぴくりと動く。
「それでも、あの人を守らなくちゃならないっ!」
 猛スピードで体当たりをかけたハーリーのエステバリスが、ニルヴァーナにそのまましがみつく。
「やめてっ!」
 ルリが悲鳴に近い叫びをあげた。ルリは悟っていた。ハーリーがガイセと差し違えようとしていることに。
「死と引き替えに守るのか!」
「うるさい!こんな命がなんだっていうんだ!どうせ造られた命だ!ただのカーボンユニットが一つなくなるだけだっ!」
 涙を浮かべつつハーリーが叫んだ。
「やめてぇぇぇぇぇぇ!」
 ルリの絶叫が、赤い大地に響いた。

「そんなことを言うなっ!」
 聞き慣れた声と共にニルヴァーナの背中に砲撃が加えられる。
「アキトさん!」
 ルリの表情にようやく希望が浮かんだ。砲撃の主はアキトのブラックサレナだった。
「うわっ」
 その衝撃で跳ね飛ばされるハーリーのエステバリス。
「ハーリー、騎士は死を恐れず、されど死を選ばずだ」
 それを受け止めるサブロウタのスーパーエステバリス。
「馬鹿野郎!簡単に死ぬとか言うな!」
 リョーコがルリのエステバリスを守るように援護射撃をする。
「ガイセ・・・死に損ないが」
 スーパーエステバリスを守るようにショウの天狼が現れた。
「出来損ないがまた一人・・・今更何用だ『消』!」
 ニルヴァーナが再びグラビティブラストを放つ。散開してよけるアキト達。
「外道を滅ぼしに来た!ヤマサキだけかと思ったら、貴様も生きていたか!」
 叫ぶショウ。同時にユーチャリスのユリカから通信が入る。
『サブロウタさんとリョーコさんはルリちゃん達を回収して。アキトとショウさんはあのおっきいのを』
 ユリカの言葉に従いサブロウタはハーリーの、リョーコはルリのエステバリスの手を引きユーチャリスへと向かった。

「行くぞ!」
 ブラックサレナが両腕と合体したハンドカノンを撃つ。
「貴様・・・テンカワ・アキトか」
 ニルヴァーナが方向変換し、ブラックサレナを追随する。驚くべき事にエステバリスの倍のサイズでありながら、機動性はほぼ互角だった。
「運がよい・・・貴様ももらい受けるぞ!」
 ニルヴァーナが剣を振る。ブラックサレナの胸の装甲板が大きく切り裂かれた。ブラックサレナは中距離〜遠距離戦を主体に造られているので、接近されると非常に不利なのだ。
「アキト、下がれ!」
 天狼が剣を振る。同時に圧縮されたディストーションフイールドが、ニルヴァーナを襲った。
「く・・・出来損ない!」
 完全に不意をつかれたのか、ニルヴァーナは右前腕ごと剣を失っていた。
「おまえに兄さんを出来損ない呼ばわりする資格はない!」
 更に後ろから銀色のエステバリスが現れる。
「ナチ・・・退かざるをえぬか・・・」
 ボソンジャンプでガイセが消えたのはそれからすぐだった。

 そしてユーチャリスがアキト達を回収していた。そして銀色のエステバリスから降り立ったナチを見た瞬間・・・
「教官・・・死んだ筈じゃあ?」
 リョーコが呆気にとられる。
「しかもお兄さんがショウ・・・?」
サブロウタが目を丸くしてナチとショウを交互に見た。
「どうした二人とも?」
 わけを知らないアキトが瞬きする(注:16〜17話参照。アキトはナチのことを知らない)。
「詳しい話は後で・・・それよりやることがあるからな」
 ナチがぼろぼろになった二つのアサルトピット(エステバリスに於けるコアファイターのようなもの)に目配せをした。
「兄さん・・・」
 ナチがショウに声をかけた。
「解っている」
 アサルトピットに向けて、ショウが歩き出した。

「・・・・・・」
 ユーチャリスの一角にある居住ブロック。そこにあてがわれたハーリーの部屋。その前に無言で立ちつくすルリ。ドアには<LOCK>の文字が赤く光っていた。
「開けてほしいのは解る・・・でも」
 その横に立つラピスが口を開いた。
「何があったの?」
「今は・・・」
 そこまで言って俯くルリ。ため息をつくラピス。
「ここのロックを開けて、ユーチャリス」
 ラピスが言うと同時に<OPEN>の文字が緑色に光る。
「ごめんなさい・・・」
「あなた達に何があったかは解らない・・・でも、見捨てたくもない」
 それだけ言ってラピスは背を向ける。
「ありがとう・・・」
ルリはラピスの後ろ姿に頭を下げた。
「ハリと仲良くね」
 振り向き、ラピスは微笑む。
 その姿に、ルリは少しばかり驚きを覚えた。
  *
 部屋の中は全ての照明が落とされていた。火星の光がかろうじて部屋にわずかながらの明るさを与えている。
「・・・・・・」
 ハーリーは壁に向かって無言で拳を放っていた。
 もう幾度も繰り返したのだろう。皮が裂け、拳は赤く染まっている。
 長いこと使われなかった「人の息吹」が感じられない無機質な部屋。
 灰色の壁が赤く染まる。そしてそれは部屋を少しずつ染めていく。
「やめて!」
 たまらなくなりルリは走り出す。
「もうやめてっ!」
 ハーリーの身体を後ろから押さえつけた。
「離してください!」
 もがくハーリー。
「離しません!」
 ルリの白い腕がハーリーの腕を掴む。
 白磁器のようなルリの白い肌が返り血で赤く染まる。
「あれは悪い夢だと思っていた!あなたに抱いた僕の想いは僕自身が望んだ事だ・・・そう思っていました!」
 それでもハーリーは止めない。
「今でも僕の中にはそれが生き続けている!でも、それは造られたんだ。僕は・・・人形でしかない!」
−パァン−
 乾いた音。
 ハーリーの頬が赤く染まる。
 ルリの右掌に衝撃が走る。
 その刹那が永遠にも感じられた。
 そして、どさりと音をたてて座り込む自分の体の感触が、ハーリーを現実に連れ戻す。
「・・・もう・・・やめて」
 ルリは俯き瞳を逸らした。

 どれほどの時を経たか・・・
「私も・・・同じなんです」
 ルリが言う。
「私の記憶も・・・造られたものだから」
「・・・・・・!」
 そこで彼は気がついた。ルリ自身もかつて自分と同じ思いをしたことがあるという事に。
「思い出してくれたんですね・・・昔あなたに話した事を」
 そっとハーリーの身体を抱きしめる。
「でも・・・あなたは苦痛に思わないんですか・・・僕みたいなプログラムされた意志を持った人間に好きと言われることをっ!」
 ハーリーが強く言う。それは彼の心の叫びと言っても良かった。自分の勝手な想いに彼女を巻き込んでしまった・・・まるで自分が罪人であるかのように彼は感じていた。
「たしかに始まりはそうだったのかも知れない・・・でも、プログラムされた意識じゃ命は賭けられません!」
 ルリの腕に力がこもる。
「・・・もしそうであったとしても、人は生きていく積み重ねでいくらでも変わっていきます・・・私も、そうだったから」
「ルリ・・・さん」
 ハーリーの体から力が抜けていく。
「でも・・・僕は」
「今まであなたは・・・私のためにいつも必死になってくれた」
 抱きしめた手がそっとハーリーの背中を撫でさする。
「だから、今度は私があなたを守ります。そして信じて、自分の想いを・・・私の想いを」
「僕は・・・僕は・・・」
「もしあなたが想いを捨てたのなら・・・今度は私が追いかけます・・・私は、あなたが好きだから」
「・・・僕は・・・僕はぁぁぁっ!」
 涙と共にハーリーの腕がルリの体にまわされる。最初は壊れ物を扱うかのように、そして少しずつ力を込めて・・・
  *
 互いの鼓動を感じ合い、二人は抱きしめ合う。
 互いの温もりが、互いを救う。
 呼吸の音すらも、二人を暖めあう。
 ただお互いがそこにいる。
 それがなんとも心地よいことか。
 それがどれほど互いの心を満たすか。
 
それは、二人が同じ道を歩き出す・・・その最初の一歩だった。


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よお久しぶり!ウリバタケ・セイヤたあ俺の事よ!
 敵の姿も見えた、かつての仲間が集まる。
 燃えるねえ!
 そして元大関スケコマシ、アカツキが俺に託したメカがいよいよ動き出す。
 アキト、おまえにもいろいろあるんだろうが、今は悩むな!
 守るべき人が居ることを忘れるな!
 ハーリーですらそうなんだからよ!
 次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
 第23話 彼の者の名は『デウス』
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