-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-


第21話 悔恨の『記憶』




 「彼」は前触れなく現れた。


「ルリさん、心当たりが?」
 ハーリーが突如現れた2体のエステバリスを凝視するルリに声をかけた。
 エステバリスは瞬く間にバッタを打ち倒し、その視線を3人に向けた。
「この街にはまだああいった無人兵器の生き残りがいるんです。ここは危険です、ついてきてください」
ライトグリーンのエステバリスから響く声。
「分かりました・・・ラビオ・・・さん」
 ルリが放心しながらも頷いた。
「・・・ルリさん、あの人達は?」
 ハーリーの問いに、ルリは黙して答えない。
「訳あり・・・ってとこかしらね」
 ヤヲトメが小さく呟いた。

 話は4年ほど前にさかのぼる。

火星の遺跡を跳ばし、自らも逃げ出したナデシコ。
 あの日のことだった。
「ちょっと、みんな来ておくれよ!食堂に・・・変なのが」
 ホウメイがブリッジに通信を送る。
「いるんですう」
 ユキナがそれを引き継いだ。

倒れていたのは木連優人部隊の白い制服を着た男だった。歳の頃は18歳前後、少し癖のある髪型で、どことなくアキトと今は亡きダイゴウジ・ガイを思わせた。「僕は・・・誰なんだ?」
 気弱げに「彼」が言った。
 彼には一切の記憶が無かった。

「ん?その胸ポケットに入っているのは何だよ?」
 アキトが「彼」の胸ポケットに入っているものに気がついた。
「そう、それだよ」
 言われて胸ポケットに視線を落とす「彼」。中には一枚の写真があった。
「新入り!」
 リョーコが叫んだ。

「落ち着いて、私が前に出ます。繋がっていればいくら消えても同じ事です」
 ジンタイプと呼ばれる木連の機動兵器。その最大の能力は単独でのボソンジャンプが可能であるという点にあった。
 アキトが首を言い渡され、アキトの代わりに入ったパイロット「イツキ・カザマ」、彼女のエステバリスがジンタイプに取り付いた。
 いくらボソンジャンプで逃げられようと、取り付いてしまえば無駄なこと・・・その考えは甘かった。

「新入り・・・新入りーっ!」
 リョーコが叫ぶ。再び現れたジンタイプには、プレスにでもかけられたような彼女のエステバリスが貼り付いていた。重力に引かれて堕ちるエステバリス。
 彼女・・・イツキの死体はコックピットには無かった。

「彼」はユリカから「カイト」という名を与えられた。ユリカが昔飼っていた犬の名前から採ったそうだが、まさか犬とは・・・とカイトはトホホ顔で頷いた。カイトはその後ネルガルに籍を置くことになる。それはひとえに貴重な存在となったA級ジャンパーを一人でも多く確保したいというアカツキやエリナの思惑が絡んでいたことは想像に難くなかった。

−2199年6月−

死体のない棺桶が、火葬場の炉に入れられる。
 誰も言葉を発さない。
 ルリの手の中のアキトの遺影。
 コウイチロウの手の中のユリカの遺影。
「ルリちゃん」
 瞳を閉じれば、そう言って微笑んだアキトの顔がそこに浮かぶ。
「・・・・・・!」
 炉から瞳を背け、ルリは走り出した。
 後ろでミナトが呼び止める声がする。
「・・・・・・」
 ルリは走った。全ての事実を否定するように。
 ルリは走った。この悲しみから逃れるように。
 
 そして、泣いた。
 走っても事実は変わらない。
 走っても悲しみは消えない。
 ただ・・・泣くしかなかった。

「ルリちゃん」
 自分を呼ぶ男の声に、ルリははっと顔を上げた。自分のことをこう呼ぶ男はアキトしかいないはず。
 今までの出来事は全て夢だったのか?
 この苦しみも全て夢なのか?
 そうであれば、そうであるなら・・・
「アキトさんっ!」
 涙を拭う間もなく、男の胸に飛び込む。
「アキトさん、アキトさん、アキトさん!」
 ただ失った愛しい人の名を叫ぶ。
「・・・ルリちゃん、ごめん」
 しかし気弱な返事が彼女の耳に届いた。
「え?」
 顔を上げて男を見つめる。逆光で顔を見ることはできなかった。
「僕は・・・アキトじゃない」

「カイトさん・・・」
「覚えていてくれたんだね」
 そう言ってカイトは優しくルリの体を抱きしめた。
「ごめんなさい・・・私」
「いいんだ。いいんだよ・・・」

「調査?」
 ルリの言葉にカイトが頷いた。カイトの話はこうだった。先日ネルガルの秘密ドックを、木連の無人兵器が襲った。折しもそこでは新型戦艦ナデシコBが建造中だった。当然調査が必要とされたのだが、当時地球と木連の和平条約が締結されたばかりでありこの事件を公にすることは、戦争の再発を招く恐れがあった。故に、極秘任務として旧ナデシコクルーを召喚しに来たというのだ。
「・・・それだけですか?」
 ルリの問いに苦笑いを浮かべつつカイトは答えた。
「そっか、君に隠し事はできないね。実は、君を艦長として迎えたい」
「私が・・・ですか」
「僕もよくは知らないんだけど、ナデシコBは従来のナデシコシリーズとは世代的に異なる艦なんだ。『ワンマンオペレーションシステム』そうエリナさんは言っていた。つまり・・・」
「私一人で動かせる艦・・・というよりも高度なIFSを使える私でないと動かせない」
 頷くカイト。
「ネルガルでも一人君と同じ能力を持った子を一人養成中だそうだよ。でも、君の方がオモイカネとの相性がいい」
そして、ルリは答えた。
「わかりました」
 と。

 理由の半分は逃げで、理由の半分は決別だった。
 ナデシコBに乗り、仕事に忙殺されたらアキト達の事を考えなくても済む。
 そして、新しい自分の居場所をつくることで、アキト達と決別する。
 ルリは前に進むしか無かった。
 戻る場所は無かったから。
 どんなに辛い過去があっても、前に向けて生きていくことをアキトから学んでいたから。
 そうすることが、アキト達に対して自分のできる事だと思ったから。

 ナデシコクルーは皆カイトの要請を快諾してくれた。というよりも今のルリの側にいてやりたいという想いが強かった。カイトもパイロットとしてナデシコBに乗ることになった。
 そして・・・傷ついたルリを癒すように常に彼女の傍らにいた。
 しかもカイトはパイロットとしての腕は超一流で、ヒカルとイズミの二人を相手にした模擬戦で、互角以上の戦いを演じていた。
 今は亡き好きな人の面影を持つカイト・・・ルリが彼に惹かれていくのにさほどの時は必要とされなかった。

 ネルガル月基地。
 そこでリョーコともう一人のパイロットを仲間に加える手はずだった。
「ラビオ・パトレッタです」
 何とも形容のしがたい髪型の女性がリョーコの横に立っていた。
「こいつはオレの教え子の中でも飛び抜けて優秀でさ、こいつも連れていかねえか?」
リョーコがぽんとラビオの肩を叩いた。
「私はいいですけど、パイロットのみなさんは・・・カイトさん?」
 カイトが頭を押さえてうずくまる。
「カイトさん、カイトさん!」
遠くから響くルリの声を聞き、カイトは意識を失った。

 彼が目を覚ましたのは、それから3日後だった。
「ルリちゃん・・・」
「よかった・・・本当に」
 自分に抱きつくルリの体を抱き留めるカイト。彼女の銀色の髪をそっと撫でた。 そして・・・このときカイトは知ったのだ。
 己の真実を。

 目前には今はゴーストタウンと化した木星コロニーがあった。そしてカイトは願い出る。曰く、
「僕に偵察に行かせてください」
 と。
 しかしルリには奇妙な予感があった。
 この人を一人で行かせていいのか?
 また、アキトのように・・・
「わかりました・・・ただし、私も一緒に行きます」

 様々な機械が並ぶ中に、二つのカプセルがあった。
「君には話さなくちゃならない・・・僕が何者なのかを」
 その前でカイトは初めて口を開いた。
「木連は地球から追放された人々の末裔であるという事は君も知ってると思う。だけど、長い間の宇宙での生活の間に遺伝病が起き始めた。
 人として欠陥品になっていったといってもいい。寿命が徐々に縮み、子孫を残せない人間が現れた。
 科学者達はそれから脱する方法を模索し始めた。そして結論したんだ、人工人間・・・正しい遺伝子を持つ人間をを作り出そうと」
 カイトが俯く。
「それが・・・あなたなんですね」
「僕の本当の名はミカヅチ・カザマ。人工人間計画の完成体の一人さ・・・」
 自嘲気味に笑うカイト。
「そんな、そんなことがなんだっていうんですか!」
 ルリが叫ぶ。
「私も造られた命です。ですけど、わたしも人並みに人を好きになったり嫌いになったり・・・私もあなたも人間です!」
「ルリちゃん・・・」

「茶番ね・・・」
 誰もいないはずの空間に別の女性の声がする。慌てて声の主を見るカイトとルリ。
「ラビオさん?」
 歩いてきたのはラビオだった。手に拳銃を携えて。
「何のつもりなんだ、ラビオ!」
 カイトがルリをかばうように立つ。
「まだ思い出せないの?」
 ラビオが髪を解き放つ、そして声が変わった。
「イツキ・・・カザマ」
 カイトが絞り出すように呟く。唖然とするルリ。
「何も知らないの・・・いいわ、教えてあげる。ミカヅチの話には続きがあるの。人工人間計画には、その被験体同士を交配実験させてその結果が正しいかどうか調べるという最後のプロセスが残されていた。でも、人工人間計画は神の領域に踏み込むものとして、否定されたわ」
「ラビオ・・・いや、イツキ」
「私は生まれたときに私の対存在であるミカヅチへの恋心を植え付けられた。交配実験のために・・・計画が中止になったとき、私は草壁の特命を受けて地球へスパイとして潜入した・・・そして事故を装い帰還したわ」
 そこでラビオ(イツキと呼ぶべきか)が目を閉じる。
「ところが有人ボソンジャンプの影響で私は戦争終結後の未来へと跳ばされた。ミカヅチはおろかだれもここにはいなかった。私は彼を捜すため無人兵器群を再起動させたわ。ナデシコを襲ったのもその中の一つよ」
 そしてラビオがルリを睨み付ける。
「私は捨てられたのよ!そして私の唯一の心の拠り所であったミカヅチをよくも奪ってくれたわね!」
 引き金に手をかけ・・・そして・・・
 銃声が響いた。

 地に伏したのはラビオだった。
「ミカヅチ・・・」
 呟きラビオが瞳を閉じる。
 ルリは言葉を発することができなかった。
「ルリちゃん・・・僕の最後のお願いを訊いてくれないか?」
「え?」
 カイトがカプセルの横にあったコンソールに手をかける。
<自爆装置が作動しました>
 無機質な機械の合成音が響く。
「カイトさん!」
<停止することはできません、繰り返します・・・>
「この記録は残しちゃいけない・・・
 僕たちは存在してはならないんだ。
 造られた意志。
 造られた恋心。
 それは最早人間とは言えない」
「そんなこと無いです!」
 ルリが毅然と言い返す。
「記憶が造られたって、意志が造られたって、人は変われます!カイトさん!」
 しかしカイトは微笑んだ。
「そればかりじゃないよ・・・僕は自分を愛してくれた人をこの手で葬ってしまった・・・汚れた僕に・・・君といる資格はない」
「・・・・・・」
「ごめん・・・ルリちゃん」

 そして・・・
「ルリさん、大丈夫ですか?」
ハーリーの心配げな声とバイクがゆっくりと進む音ににルリの意識が現実へと引き戻される。
「・・・・・・・」
「る、ルリさん?」
 ルリはハーリーの体をしっかりと抱きしめた。
「お願い・・・しばらくこうしてくれませんか・・・」
 ルリはハーリーの後ろに乗っているのでその表情を伺い知ることはできない。それでも元々人の心に敏感な彼は、彼女の想いを察した。
「はい」
「ありがとう・・・」

ルリは泣いていた。
死んだはずのアキト。
 死んだはずのカイト。
 そして生きていた二人。
 でも、もう自分の知っている人ではない。
 そして、自分は最早彼らに近づくことはできない。
 たまらなく苦しかった。
 ふと視線を前に向ける。
 ハーリーの背中があった。
 自分を心から好きと言ってくれるこの少年も、いつか自分の元から去りゆくのだろうか?
 そして新たな心の傷を自分に植え付けるのだろうか。
<嫌・・・>
<そんなのは絶対に嫌!>
 自分でも信じられないほどの強い想いが彼女の心を駆け抜ける。
「ルリさん」
 そう言って自分の横で優しく微笑むハーリーの顔が浮かんだ。
 彼の体にまわされた腕に力がこもる。
 彼の体温が伝わり、彼の放つ臭いがつんと鼻を突く。
 そして・・・彼の背中が自分の涙で濡れていることに気がついた。
「(あなたも、いつか私の前から消えるの?)」
 ハーリーの小さな背中の後ろでルリは思った。
 だが口に出すことはできなかった。
 いや、口に出したとしても彼はこう答えるだろう。
「僕はいつまでもあなたの側にいます」
 そんなことはわかりきっていた。
 だが、口に出すと彼、ハーリーまでもがいなくなってしまうような・・・そんな気がしていたからだった。

 ハーリーは考えていた。
 この人は間違いなくあのエステバリスの人達を知っている。
 あの二人はルリのかつての恋人なのか・・・・敵なのか。
 その考えは外れてはいなかった。
ならばどうすればいい?
 あの二人を倒すのか?
 ルリの傍らに居てやるのか・・・いや、傍らにいて何ができる?
「・・・・・・」
 自分の無力さが恨めしかった。
 自分は・・・好きな人を助けることすらできないのか・・・
 ぎっと自分の歯をこする音が彼の耳に届いた。

「ここです」
 ラビオの声が響き、彼女のエステバリスがかつては地下鉄の車両基地であった建物を指さした。確かにエステバリスを隠しておくには大きさ的には丁度いいのだろう。
 言われるままに中に入る3人。
「あれは・・・?」
 ルリの視線の先には見慣れない銀色のエステバリスがあった。
「あっちも知り合い?」
 ヤヲトメの言葉に首を横に振るルリ。
 そしてルリとハーリーはバイクから降り立った。
「あれ、怪我をしてるんですか?」
 後ろにエステバリスから降りたラビオとカイトが立っていた。
「・・・・・・!」
 思わず体をこわばらせるルリ。
「どうしたんですか?」
 しかしラビオからは殺意はおろか悪意すら感じられない。否、まるで初対面の人間に接するような態度である。
「ひょっとして、私が何者なのか知っているんですか?」
 ラビオがルリの元に駆け寄る。
「ルリちゃん・・・ラビオは・・・記憶が」
 カイトが淡々と呟いた。

「その二人か・・・奇妙な因果だな」
 闇の中から一人の女の声が響いた。
「ああ、ナチさん」
 カイトがナチと呼ばれた女性に声をかける。歳の頃はよく解らない。かつてのリョーコと同じ色の髪で、髪型までも同じだった。しかし背がリョーコより若干高く、瞳は鋭い切れ長の目だった。そう、かつてリョーコ達の教官だったオオイワ・ナチである。
「リョーコさん・・・?」
「おりょ・・・どっかで?」
 ルリとヤヲトメの言葉にナチは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐにルリ達に微笑みを見せた。
「リョーコは私の教え子だ。あいつは役に立っているか?ホシノ・ルリ、マキビ・ハリ?」
 苦難を乗り越えて生きてきた者のみが見せる凛々しさに満ちた微笑み。
「リョーコさんの教官?」
 ハーリーが問う。頷くナチ。
「オオイワ・ナチさん。昔はエステバリスのパイロットを養成していたそうだよ」
 カイトが説明した。
「まあ、中に入れ。おまえたち『七宝衆』とヤヲトメがここに来たのも偶然とは思えない。話を聞かせてくれ」
 そう言って、ナチは一同を促した。

「・・・というわけです」
 ルリが今までの状況を説明した。
「つまり、おまえ達は極秘任務の最中に『宇宙の戦神』に襲われた」
「はい」
 頷くルリ。遺跡に関することはうまくぼかしてあったが。
「そして、そこにはメノウとサンゴがいた」
「はい」
 今度はハーリーが答えた。
「そして、ヤマサキの妨害でここに跳ばされた」
「そうよ」
 ヤヲトメが答えた。
「なるほどな・・・」
 ナチが大きくため息をつき、俯いた。

−ストトトトトトト−
 遠くの台所で包丁の音も軽やかに、タマネギを刻んでゆくハーリー。
「カイトさん・・・」
ハーリーが戻ってこないことを確認し、ルリは意を決してカイトに向けて口を開いた。
 少なくともハーリーにカイトとの一件を知られたくはなかった。
 これはあくまでも自分だけの問題にしたかった。
(・・・身勝手、最低)
 ルリの頭にそんな言葉が浮かんだ。
 アキトの代わりにカイトを?
 今度はハーリーを代わりにするのか?
 だというのならば、自分には彼・・・ハーリーの愛を受け止める資格はあるのか?
 ハーリーは今はまだ何も知らない。
 真実を知ったとき、彼はどうするのだろう。
 いつもと変わりなく微笑んでくれるのだろうか?
 自分に愛想をつかして去ってゆくのだろうか?
 苦しかった。
 たまらなく苦しかった。
 かつてのあの人・・・アキトもこんな思いで自分たちの前から去っていったのだろうか。
 ルリは、今になってあのときのアキトの気持ちが解ったような気がしていた。
 思えば、ルリもアキトもよく似ていた。常に苦しみを一人で抱え、それを他人に見せようとはしない。不器用な生き方。
 アキトもラピスには何も泣き言すら言わなかった。
 ルリもハーリーやサブロウタの前では、精一杯凛々しく振る舞っていた。
 二人とも気づかなかったのだ。
 自分を誰よりも想ってくれる人が居ることに。
 いつでも、支えてくれる人がいたことに・・・
  *
 そんな彼女の想いを打ち消すようにカイトが喋り始める。
「君と別れたあの後、イツキはまだ生きていることに気がついた。僕は急いで港に向かった。そして残されていた戦艦に乗り込み、火星を目指した・・・」
 窓の外を見るカイト。そこには木連式の戦艦が一隻着陸していた。
「あれで・・・?」
 頷き更にカイトが続ける。
「イツキを助けるのは案外簡単だった。戦艦の中のメディカルルームは簡単な手術なら自動でできる設備があったからね。弾丸も急所をそれていたから、摘出手術はすぐに終わった」
 そして再びルリに視線を移す。
「そして目覚めたイツキは、全ての記憶を無くしていた・・・かつての僕と同じように。
 身勝手なことかもしれないけど、僕はかえって都合がいいと思った。
 あのまま過去に苦しめられていくくらいなら、いっそ全てを忘れて新しい人生を送るべきだ・・・だから僕はあえて彼女を『ラビオ』と呼んだ。
 その後は二人でジャンク屋まがいのことをして生計を立てていた。ナチさんと知り合ったのもそのころだよ」
「・・・・・・」
「ナチさんは昔サツキミドリというコロニーで教官をしていたらしいよ。ところがそのコロニーが襲われた際に木連の戦艦に紛れて火星まで落ち延びてきた」

 そして・・・
「うん、そうそう。北緯43度、東経134度・・・アスガルドコロニーのフェンリルシティ。そこにいるから」
 ヤヲトメが今になってやっと通信を送っていた。
「ふう。これでよしっと」
 彼女の前のウインドウが消えた。

「ごちそうさま、すごいんですねえ」
 口元をナプキンで拭きながらラビオが感嘆の声をあげた。あの後ハーリーが作った料理を一同堪能したところだった。
「さって、みんな満腹になったところで敵の話でもしようか」
 食事風景を遠巻きに見ていたヤヲトメが口を開いた。彼女は立体映像なので食事の必要など無いのである。
「僕たちが聞いているとまずいんじゃないか?」
 カイトが問う。しかしヤヲトメは首を横に振り、
「関わった以上はあなた達も知る権利があるわ。それに・・・あなた達にとってもおそらく他人事じゃない」
 ヤヲトメが一同を見わたした。

「じゃあ・・・まず『宇宙の戦神』について話してください」
 意外にも言葉を発したのはハーリーだった。頷くヤヲトメ。
「事の起こりは100年ほど前よ・・・この時に何が起きたか知ってる?」
その問いにカイトが口を開いた。
「旧月面都市の独立運動か・・・」
「そうよ。あの当時は丁度外宇宙への開拓が始まり、火星のテラフォーミング計画も始まったときだった。
 そしてこの時を境に、地球における国家間の争いは急速に収まっていった。まあ、生活圏の拡大が必然的に『国家』という概念を薄れさせたといってもいいわね」
「ですけど・・・その代わりに今度は地球対宇宙移民者という図式を作り上げた・・・そうでしたね」
 ルリが淡々と呟く。
「まあね。19世紀の植民地と支配国の争いの拡大版・・・とも言えるわね」
「そして、地球側が月に介入して内部分裂を起こさせた・・・だったな」
 ナチがヤヲトメの言葉に続く。
「これが『宇宙の戦神』が初めて時代に介入した事よ。そして、敗北した独立派は火星に逃れて・・・そこも追われて木星に流れ着いた」
 ヤヲトメの言葉にカイトが頷いた。
「そして・・・木星に流れ着いた人々は旧太陽系文明の遺産を手に入れて・・・そこで文明を築き、ボソンジャンプシステムの中枢たる『遺跡』の存在を知り、それを得るために戦争を仕掛けた」
 カイトが言う。
「でも、それは全て『宇宙の戦神』が仕組んだことだった」
「仕組んだ?」
 ハーリーが立ち上がる。
「リスクコントロール、リスクマネジメントっていう概念を知ってる?」
「え?」
 ヤヲトメの言葉に呆気にとられるハーリー。
「危機管理、つまり起こりうる大きな危険を未然に回避するために低いレベルの危険を容認し、それをコントロールしていく概念です」
 ルリが説明した。
「まさか・・・それを人類の生活圏全体に対して行う組織?」
 ハーリーの言葉にヤヲトメは首を縦に振った。
「宇宙への生活圏の拡大は、同時により大きな規模の戦争が起きる可能性もあった。20世紀の終わりにはもうすでに人類は自らの手で自分たちの歴史を終わらせる力があったわ。
 わかるでしょ。その存在意義が」
「つまり・・・全ての戦争をコントロールする・・・組織」
 ラビオが夢遊病者のように呟いた。
「私たちは踊らされていたんですね・・・1世紀以上に渡って」
 ルリが瞳を閉じた。
 押し黙る5人。

「・・・『文化の代わりに戦争を、通貨の代わりに弾丸を』ナデシコがハッキングされたときに流された文です・・・これはなんですか?」
 今度はルリが訊ねた。
「・・・ま、良くある話ではあるんだけどね・・・『宇宙の戦神』の存在を察知した企業があった・・・それが、ネルガル。
 ネルガルと宇宙の戦神は手を組んだわ。そして彼らは戦争によって得られる利益を独占しようと企んだ。
 そして、ネルガルは彼らの手引きで宇宙軍の御用達企業になった・・・ネルガル躍進の理由は宇宙の戦神にあるといってもいいわ。それどころかかつての地球対木星の戦争もね・・・その言葉はネルガルと手を組んだときに生まれたスローガンよ。
 この時点であいつらはもう本来の目的から大きく外れていた。ただいたずらに戦争を引き起こし、それによって得られる利益のみがあいつらの目的になったわ。
 昔から公安や警察がリスクコントロールを図ってマフィアに接触するのはよくある話、そして、暴走を起こすのもよくある話・・・」
そこでヤヲトメが一瞬言葉を濁す。
「ヤヲトメさん?」
 ハーリーが心配げにのぞき込む。
「あ、ごめんごめん」
 ヤヲトメがわざとおどけた表情を見せた。
「続けるわ・・・ナチさん、カイトさん、ラビオさん。あなた達は知らないかもしれないけど、ネルガルと宇宙の戦神はオロチというコロニーを作り上げた。それは人機融合兵器というものだった。その中に組み込まれたのが私なのよ」
「な・・・何のためにそんなことを!」
 カイトが激昂する。
「人と機械の融合による完全な兵器・・・それが目的よ。でも私はそんなことを許せはしなかった。だから・・・」
「反旗を翻した」
 ルリが小さく言った。更に続ける。
「でも、独立しても自給自足はできなかった・・・やむなく自分たちの作り出した技術を売ることを始めた・・・
 ショウさんが言っていました。私たちも結局はネルガルと変わらないのだと」「そっか・・・あいつらしいわね」

「それなら、何故今になってあれほどダイレクトに干渉を始めたんですか?」
 質問をしたのはカイトだった。
「それを今から話すわ、これが一番重要なことだから」
 そして火星遺跡のホログラムを出現させた。驚くルリとハーリー。
「もう隠し事出来やしないわ。彼らもここまで知ったからには全てを知る権利があるもの」
 ヤヲトメがはっきりと言う。
「説明しなくてもいいよ・・・僕たちも前の戦争がこの遺跡の取り合いだったっていうことくらいは知っている」
 カイトが言った。
「なら話は早いわね。あいつらは『時の管理者』になると言っていたわ。人機融合兵器もそのためのテクノロジーらしいわ。
 遺跡の存在にいち早く気がついたあいつらは、地球と木星にその情報を流し、先の大戦を勃発させた。おそらく、戦争を起こさせることでより自分たちの力を蓄えるために。
 だけど、あいつらにとっていくらかの誤算が生じた」
「誤算?」
 ルリが訊いた。
「その1、ネルガルの離反」
「離反?」
 ハーリーが怪訝な顔をする。
「そう。今の会長は確かアカツキ・ナガレとかいったわよね」
 頷く5人。
「そいつにお兄さんがいたって事は知ってる?」
「はい」
 ルリが頷いた。
「その人は先代から後継者として指名を受けていた。その時当然の事ながら宇宙の戦神との協力も継承するはずだった・・・
 だけど彼はそれを断り、処分されたわ。
 この一件であいつらは裏切りを恐れてネルガルと直接的には干渉しなくなった。今の会長であるアカツキ・ナガレもこのことは知らないはずよ。
 そのあとあいつらは反ネルガルの代表格であったクリムゾングループと手を組み、ネルガルの衰退と新たな隠れ蓑としての統合軍を組織したわ」
「ネルガルは・・・踊らされるだけの存在だった?」
 ルリの問いに無言で肯定の意を示すヤヲトメ。
「その2、火星遺跡のロスト」
「!」
 ルリがまともに顔色を変えた。
 自分たちが戦争を終結させる手段として選んだもの・・・それが今更裏目に出たというのだろうか?
 しかしそれに対してヤヲトメは愉悦の色をたたえて答えた。
「気にしなくていいわよ。あのときはああするより手はなかったと思うし・・・それに結構痛快よ。初めてあいつらの裏をかくことができたんだから」
 ヤヲトメは更に続ける。
「あいつらの最終目的が具体的にどんなことなのかははっきり言って解らない。でも、その最終段階には絶対に『遺跡』が必要であったことは違いない。あれ、今あなた達が持っているんでしょう?」
「・・・正確に言えば、月のナデシコCです」
 答えるルリ。
「そんな・・・あれは重要機密で!」
 ハーリーが叫ぶ。
「いいんです」
 ハーリーの言葉を制するルリ。
 ヤヲトメが再び口を開いた。
「その3、『火星の後継者』の蜂起」
「火星の後継者・・・」
 ルリの瞳に初めて怒りの色が宿った。
「あのとき統合軍の3割以上が『火星の後継者』に流れた。そこで『火星の後継者』が勝てば問題なかったんでしょうけど、見事に完敗・・・
 統合軍もクリムゾンもその力を大きく失い後退。
 現在は御用達企業の座を巡って群雄割拠の状態・・・」
「つまり、自分たちの代行者を失った状態にあるってことですか?」
 ハーリーが訊ねた。
「そう。そして新統合軍の総司令ミスマル・コウイチロウ、現ネルガル会長アカツキ・ナガレ・・・この二人はだいたいあいつらの存在に気がついている。
 しかも二人とももうあちこちに根回ししているから、その気になればもうあいつらと正面切ってやり合える・・・
 だからあいつらは焦っているのよ・・・私にもわからない真の目的を達成するために。それがダイレクトに干渉を始めた理由よ」
  *
「・・・さっき聞いたんですけど・・・『七宝衆』って何なんですか?」
 ラビオの問いに答えたのは、意外にもナチだった。
「ヤヲトメ・・・おそらくおまえとて知らないことがあるだろう」
「何を?」
「おまえが何故に人機融合兵器のメインユニットに選ばれたか」
 押し黙るヤヲトメ。
「人機融合兵器もIFSも同じ技術・・・人の脳波を始めとする生体パルスをデジタルデータへと変換し、機械の制御に使うという『サイコシステム』の産物だ」「サイコシステム・・・?どこかで聞いたような、そうだ!」
 ハーリーがぽんと手を打った。
「いつかの温泉旅行の時にセイヤさんが作った覗きマシンの制御装置」
「な、何なんだ?その『覗きマシン』というのは・・・?」
「気にしないでください、そういう得体の知れない機械を作る人が知り合いにいるんです」
 ルリがフォローをいれた。
「ま、まあともかくだ・・・サイコシステムには『適性』というものがある。これはその技術を引き継いだ人機融合兵器にもIFSにも言えること・・・そして稀代のサイコシステム適合者が見つけだされた・・・金色の瞳を持つ少女『ヤヲトメ』」
「何かと思えば・・・そんなこと私だって知っているわよ」
 ヤヲトメが両手をあげた呆れポーズをとる。
「話はここからだ・・・ヤヲトメを人機融合兵器に組み込む際に、当時の科学者は考えた・・・次のヤヲトメを生み出す術を」
「そうして私の遺伝子を持っていったんでしょ」
「そうだ」
「まさか・・・クローン?」
 ハーリーが言う。
「違う・・・遺伝子を調べ上げた奴らは永きにわたる研究でどういう因子が適合者を生み出すのか解明した・・・これを七宝因子という」
「成る程、そっちの方向で使ったわけね」
 ヤヲトメの言葉に頷くナチ。
「無論失敗も多く、大半が遺伝病などで死んでいった。
 異形化したものもいたか・・・
 私の父はその研究をしていた・・・
 多くの被験体の血と命を費やし、完成された彼らは仏教における7つの宝石、金、銀、瑠璃、破璃、瑪瑙、珊瑚、シャコ(←変換されない・・・(汗))の名を冠された・・・」
「それが・・・私たちですか」
 ルリが言う。
「何のために!」
 ハーリーが叫ぶ。
「わからない・・・ただ一つ言えることはネルガルが未だ宇宙の戦神と組んでいたときに人機融合兵器を開発し始めたと聞いている・・・案外その辺りに鍵があるのだろうがな」
 ナチが言った。

「ルリ、ハリ、サンゴ、メノウ・・・ラピスはかつてシャコと呼ばれていたそうよ」
 ヤヲトメの言葉に一同が顔を上げた。
「後の二人は?」
 ハーリーが訊く。首を横に振るナチ。
「私にも解らない」
−ズドォォォォォォォォォォォ−
地面が揺れ、爆音が轟く。
「な・・・?」
 窓の側に駆け寄る一同。そこには・・・
テナヅチとアシナヅチ。

ヤマサキの人形と化した、彼女たちがそこにいた。










PREVIEW NEXT EPISODE


ムラクモ・ショウだ。
 全ての戦争を統べる存在・・・『宇宙の戦神』
 かつて彼らは様々な『呪われた力』を生み出し続けた。
 そして呪われた力によって生まれた子供達・・・
 彼らは、どこへとゆくのだろうか?!!%i%T%9!"%k%j!"%O!<%j!<$h!*
 君たちの人生は君たちが作る。
 呪われた運命など撃て!
 神などに敗するな!
 そしてヤマサキよ!ガイセよ!
 おまえ達の成してきたことは断じて赦されはしない!
 それが科学者としてのあるべき姿であるというのなら、私は恥さらしでも構わぬ!
 ・・・決着をつけよう。
 次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
 第22話 悲しき『マリオネット』
 メノウ、サンゴ・・・君たちは何のために生まれたのだ・・・?

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