-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-


第19話 冥き『黎明』




・・・それは、アキト達がオロチへと旅立ってから半年過ぎた頃・・・


「前方2時の方向にボース粒子の増大を確認!」
 オペレーターのその一言が、ナデシコCのブリッジに大きく緊張を走らせた。
「ジャンプアウトしてきます!質量推定、戦艦クラス2!距離6000!」
火星へと向かう途中のナデシコC。その時に突如「彼ら」は現れた
「ボソンジャンプ?!」
 ハーリーが素っ頓狂な叫びをあげた。
「戦艦だと?」
 サブロウタがそれに続いた。単独ボソンジャンプの可能な戦艦は彼らの搭乗しているナデシコCか今はオロチにいるはずのユーチャリスの2隻だけのはずだったからだ。
「通信回線を開いてください」
 ルリが目の前の戦艦を見据えつつ指示を出す。漆黒の塗装を施された2隻の戦艦。前側が長い紡錘型の戦艦で、ブリッジ部分のみが青く塗装されていた。
「通信、応答ありません」
 通信士を務める女性の顔がルリの前のウインドウに現れる。
「総員第1種戦闘態勢、各員所定の位置についてください」
ルリとハーリーのシートが前側にせり出し、2人の体をウインドウボールが包む。
「提督、どう思います」
 提督として彼らの後ろに立つユリカに向けてルリが声をかける。
「・・・・・・」
「ユリカさん?」
「・・・・・・」
「もしもーし?」
「ぐうー・・・すやすや」
 一瞬の沈黙。因みにユリカは立っている。
「・・・芸達者な人・・・だなあ」
 サブロウタが的外れな感想を述べた。
「いや・・・それはちがうんじゃあ」
 突っ込まずにはいられないハーリーだった。

アキト達がオロチへと旅だった後、かねてからの予定通り宇宙軍と統合軍が合併した。当初の予定と違っていたところは、統合軍自体が宇宙軍に吸収される形になったことだった。
 これは「火星の後継者」に協力して戦犯となった人間が全体の3割以上を占めた統合軍自体が、終結後の責任問題で大きくその地位を下げてしまったことにある。その余波を喰らって、統合軍と提携を結んでいたクリムゾングループを始めとする企業も大きく傾き、持ち直しを謀るネルガルと裏で衝突を繰り返していた。 そして今の状況を懸念した統合軍総司令ミスマル・コウイチロウはある特命をナデシコ部隊提督テンカワ・ユリカ、ナデシコC艦長ホシノ・ルリに対して下した。
−即ち、火星遺跡の再封印−
 その存在自体が宇宙の因果律全てを司るという遺跡。それを利用すればどのようなことになるか・・・存在の危険性は火星の後継者との一件で大きく明らかにされた。
 ボソンジャンプの技術は大きな利益をもたらす。しかしそれは諸刃の剣。ヒサゴプランも事実上凍結していた。
 結局考え出された方法は、遺跡を元の位置に戻し封印機能を再起動させるという方法だった。あれを野放しにしておけば、いつまたどこかの野心家がそれを利用しないとも限らない・・・
 ある意味、この時の政局は疑心暗鬼にさいなまれていた。この決定も当然だったと言えよう。火星の各都市が連合して独立しようという動きすらあった。ナデシコCは最初はこの真偽の調査のために火星へと向かったが「遺跡」の封印のために一度呼び戻され、極秘裏に「遺跡」を積み込んだ。これは超極秘任務のため、今いるクルーもその人数はブリッジ要員と封印作業員の10名足らずであった。システムが完全に自動化されているナデシコなればこそできることだった。

 2隻の黒い戦艦から幾筋もの光が飛び出す。
「機種不明・・・新型の機動兵器です!」
 オペレーターの声と共に解析映像がメインスクリーンに映し出された。大きさはエステバリスとほぼ同サイズ。ただその黒光りする装甲が非常に有機的で、甲虫類を連想させる。やや腕が大型で、バズーカらしき武器を携えていた。
「ルリ!こっちはいつでも出られるぜ!」
 ルリの横にパイロットスーツに身を包んだリョーコの顔が映し出される。
「・・・お願いします」
 暫し考えた後、出撃許可を出す。
「おっしゃあ!」
「さあって、一仕事しますか!」
 それぞれかけ声をあげ、飛び出してゆくリョーコとサブロウタ。
 閃光が走り、爆炎が辺りを覆う。
 沈黙が支配する漆黒の宇宙は、瞬時に修羅の踊る戦場と化した。

「ユリカさんはどう思います?」
 ルリがウインドウ越しにユリカの顔を見た。
「うーん・・・あれよね」
 ユリカが頷いた。
「私もそう思います」
 同意するルリ。
「妥当な線でしょうね」
 ハーリーもそれに続いた。
「よし」
 ユリカが頷く。
「アキトとの再会の時には・・・この服にしよう!」
 ユリカが指さした先に、服のウインドウが現れた。
「・・・・・・ユリカさん、今の状況解ってます?」
 ルリが南極の風もかくやというような冷たい視線をユリカに向けた。
「や・・・やだなあルリちゃん。冗談だって」
 取り繕いながらもハーリーがこっそり送ってくれた状況説明のウインドウを慌てて片目で読む。
「(ハーリー君、ありがと)」
 ルリに悟られないように小声で言うユリカ。
「(はは、毎度のことですから)」
 同じく小声で言うハーリー。天然ボケのユリカと意外と面倒見のいい・・・というか人がよすぎるハーリー。二人の間には実の姉弟以上の絆がいつのまにやら生まれていたのだ。
「ハーリー君」
 ルリがちょっと冷たい声を出す。
「はい?」
「あんまり提督を甘やかさないでくださいね」
・・・ばれていた。
『あはははは・・・』
 苦笑する二人。
 笑うしかないわな。

「ま、まあそれはともかく何者でしょう?」
 気を取り直してハーリーが訊く。
「・・・復讐?」
 ルリが静かに言葉を紡ぐ。以前オロチへと向かう途中に襲ってきた「火星の後継者」の残党なのか?そんな考えが一同の中に浮かんだ。
「それも違うかな・・・ほとんど一網打尽だもん。一部の例外を除いて」
 わずか3秒で状況を理解したユリカが腕を組んだ。しかしすぐにいつもの明るい笑みを浮かべ、
「とにかく今は目の前の敵をどうにかしちゃいましょう!考えるのはそれからです」
 ユリカのいつもの調子に苦笑する一同だったが、すぐに緊張を浮かべ各々の仕事に集中する。
「ハッカービット射出・・・『結界』完成まで残り300。ハーリー君、後よろしく」
 瞳を閉じたルリの全身にナノマシンの輝紋が浮かび上がる。
「任せてください!」
 ハーリーがどんと胸を叩く。ルリが微笑み、自分の作業に集中し始めた。
 このハッカービットとはセイヤが発明した代物で、通信回線をブロックされた場合を考慮して製作されている。
 艦の制御を司るメインコンピューターを掌握し、しかる後に強制的にシステムダウンさせる。この能力こそがナデシコCを最強戦艦たらしめた能力であった。しかし、その能力を破る方法は簡単であった。即ち、コンピューターを通信回線から物理切断する。電話回線に繋がっていないコンピューターをハッキングする事はできないのと同じ理屈である。
 ならばどうすればよいか?通信回線が切られているのなら、自分で作ればいい。そういうコンセプトで作られたのがこのハッカービットである。つまり小型のビットと呼ばれる移動デヴァイスからコンピューターを制御するための強力な信号を発し、ダイレクトにメインコンピューターを奪うのである。以前リョーコが通信回線を遮断したブラックサレナと通信するためにワイヤーをつなげたのと似たような理屈である。
 このビットはルリ&オモイカネとリンクしており、彼女の意志で自由にコントロールすることができた。そしてビットを配置することを「結界」と呼んでいた。
「ハッキング開始します」
穏やかさの中に凛々しさをたたえたルリの声。
 その声を合図として、ビットが人の耳に届かぬ咆吼をあげた。

 ルリが瞳を開く。
 瞳孔が開ききった瞳は、周りで展開されるウインドウを鏡のように映していた。体から発せられるナノマシンの光が彼女を包み、雪花のような彼女の体が輝いて見える。
<第一線防壁を突破、このまま行きましょう>
 オモイカネが最初のガードを突破したことを告げた。
「ビットの状況は?」
<攻撃の余波でいくらかは破壊されましたが、正常に動いていますし作戦遂行には問題ありません>
「行けますね」
<はい>
そして、次のプロテクトに手をかけようとした刹那。
<おまえは、誰だ?>
<貴女は、何者です?>
 2人の少女の姿がルリの前に浮かび上がった。彼女と同じ遺伝子操作の象徴である金色の瞳を持つ2人の少女。
「誰です・・・?」
瞬時にあの戦艦で自分と同じ役割を持つ人間だ、とルリは直感した。
「私は、サンゴ」
 銀色の髪を少年のように短く切りそろえた、ややきつめの顔をした少女。歳の頃は14歳前後か。
「メノウと申します」
 金色の腰まで届きそうなさらりとした髪、サンゴと名乗った少女とは対照的に穏やかな物腰で、歳の頃はサンゴと同じ位なのだろうが、深窓の令嬢といったイメージを想起させる。
「メノウ、サンゴ・・・はっ!」
<どうしました?>
「オモイカネ!全通信回線をカット、ビットも至急戻して!」
 ルリが叫んだ。ハッキングを手早く終わらせるために、相手のコンピューターとオモイカネとを直通回線で結んでいる。故に当然逆にハッキングされるという危険性が含まれているのだ。しかもルリと会話できるという事は、ハッキング作業をやっているという事に他ならない。
「遅い!」
「ナデシコ、いえあなた達をもらいます」
 サンゴとメノウの声が、敗者への嘲笑のように響いた。

 時を同じくして、アキト達。
「テンカワ・アキト、イネス・フレサンジュ、ムラクモ・ショウ、ラピス・ラズリ・・・だな」
 オロチの中にある中央病院付属研究所、アキトの治療が終了して研究所を出た一同をフードが着いた黒いマントの人影が囲む。その数はおよそ10。隙の無い動きと包囲網、プロの仕事だなとそういう世界で生きてきたアキトとショウは直感していた。
「誰だ!」
 前に出るアキト。イネスとラピスをかばうように辺りに目を走らすショウ。
「おまえ達を・・・もらいに来た!」
 黒マント達が鉤爪をつけ、臨戦態勢になる。
「あなたたち・・・私たちは物じゃないわよ」
 イネスが言い放つ。
「物だ・・・我らと同じく」
 黒マントが答え、続ける。
「そして、ムラクモ・・・Gデヴァイスを渡せ!」
鉤爪を4人に向ける黒マント達。アキトが懐の銃に手をかけ、ショウが刀の柄を握る。
「Gデヴァイス?」
 ラピスが黒マント達を見る。アキトの治療に使ったナノマシンである。そんなものを何に使うというのか?
「治してほしい病気があるなら、いくらでも治療してやろう。が、そんな目的ではあるまい・・・」
 話しながらもショウは黒マント達の動きから目を離さない。
「ラピス、イネスさん逃げろ!」
 叫びアキトがCCを2人に放った。
「行くわよ!」
「はい」
 ボソンジャンプで消える2人、それが戦闘開始の合図だった。

 ルリ達の方は、戦局が大きく変わっていた。
<ルリさん!>
 オモイカネが悲鳴を漏らす。
「堕ちろ。ルリ!」
 サンゴの叫び。
「きゃあっ!」
 悲鳴をあげ、ルリが意識を失う。
 ハッキングしたサンゴがルリの意識に進入し、直接意識を奪ったのだ。
「ルリさん!・・・何、ハッキングだって」
 ハーリーが目の前のウインドウに拳を突き刺す。
「ハーリー君、何があったの?」
 ユリカの顔を表示したウインドウがハーリーの目の前に現れた。
「何者か・・・いえ、あの戦艦にはおそらくルリさんと同じ能力を持った人間が乗っています。それで逆にハッキングしてきたんです」
「逆に・・・ルリちゃんはどうしたの?」
「おそらく回線を通じて侵入した敵に・・・」
 口ごもるハーリー。
「意識を掌握されました・・・」
 沈痛な面もちで呟くハーリー。
「ディストーションフィールドが消失しました!」
 オペレーターが信じられないといった悲鳴をあげる。ナデシコのシステムに進入したメノウとサンゴがクラッキング(データ破壊)を行っているのだ。
「こ、これはっ!」
 別のオペレーターが叫ぶ。

−War instead of Culture,Bullet instead of Currency-

 血のように赤いその言葉の羅列がメインモニターを埋め尽くした。唖然とするブリッジクルー。
「文化の代わりに戦争を・・・?」
 ユリカが絞り出すように呟く。
「通貨の代わりに弾丸を・・・?」
 ハーリーが漏らす。
「ブリッジ、ディストーションフィールドが消えたぞ!どうした!」
 リョーコの叫びと同時に黒いロボット達の攻撃が一斉にナデシコCに向けられる。衝撃がナデシコCの隔壁を伝わり、艦全体を大きく揺らした。
「全操作をマニュアルに切り替えてください!オモイカネをシステムから切り離します」
かろうじて転倒を免れたユリカが先程とは一変した態度で指示を出す。
「て、提督・・・?」
 ハーリーが唖然とする。
「指示は私がします。ハーリー君!」
 ユリカがハーリーを提督としての鋭い目で見つめる。
「はい!」
 思わず硬直するハーリー。それを見てユリカの表情が和らぐ。
「いい、指示を出すのは私でもできる。オモイカネを切り離してもナデシコは動く。でもね、ルリちゃんを助け出すことのできるのは、ルリちゃんと同じ力を持つハーリー君だけだよ」
 穏やかに子を諭す母のような口調で話すユリカ。
「ですけど・・・」
 ユリカの言っていることは半分正しく半分間違っている。確かにマニュアル操作でナデシコを動かすことはできる。しかしオモイカネ無しでどこまでその性能を引き出すことができるのか。
「行ってあげて。後のことは任せて」
 ユリカの瞳がハーリーの瞳を映す。ほんの刹那の向き合いから、ユリカの強さが垣間見えた。
 そうだ、ユリカはこういう女なのだ。いくらぼけていてもいざとなれば自分たちを救ってくれる。彼がユリカをかばうのもそれを知っているからだ。
 彼の心は決まった。
「了解!オモイカネ・・・よろしく頼む!」

 話は、再びアキト達へ移る。
「シャアッ!」
 奇声をあげて、2人に襲いかかる黒マント達。
「ちっ!」
 アキトが銃を抜き、2発ほど撃つ。研究所は市街地から離れたところにあるので、巻き添えの心配が無かったのが幸いと言えよう。
「ぎゃあっ!」
 襲いかかった一人の黒マントが、脚から血を流して倒れる。
「・・・滅!」
 その様子を見た別の黒マントが、殺意を一層強めた。
「てやあああっ!」
「何だと?」
 ショウが思わず叫んだ。飛び上がる黒マントの跳躍力。軽く3メートルは飛び上がったか。助走もなく。
「覚悟!」
 鉤爪を構え突っ込んでくる黒マント。
「おまえ達・・・よもや?」
 ショウが刀で鉤爪を受け止め、そのまま黒マントを受け流して地面に叩きつけた。
「隊長!」
 別の黒マントが影から現れた。手には紫色のゲル状の物体が入ったカプセルが握られ、そしてカプセルには<G-DEVICE SAMPLE>と書かれたラベルが貼られていた。「得る物は得た・・・か。退くぞ」
 隊長と呼ばれた黒マントが全てを悟ったように言い放つ。
「逃げられると思うのか?」
 不敵にショウが微笑むと同時に天狼と呼ばれる警備部隊の機動兵器がボソンジャンプして現れた。
「キマイラの子供達よ!」
 次のショウの言葉にまともに動揺の色を見せる黒マント達。
「キマイラ・・・?」
 アキトは唯一訳がわからない。
「退くぞ!」
 黒マント達がCCを一斉に取り出す。
「忘れるな・・・『戦神』は止められない!」
青白い光と共に消える黒マント達。

「逃がした・・・のか」
 アキトが全てを察し銃をしまう。
「ま、一人はここにいるわけだ」
 ショウがアキトに撃たれて倒れた黒マントの一人のフードを剥がす。
「な・・・なんだ」
アキトが何か見てはいけないような物を見たような顔になる。
「ううう・・・」
 フードを剥がされた姿。それは何とも形容しがたい物だった。
 頭部の髪は全て剃られている。
 その後頭部には何かの基盤のような物が埋め込まれていた。
 肌の色は石膏のように白く、渇いた肌がひび割れていた。
 瞳は赤く、色素が欠落している。
 神話に出てくるドラゴンのように、だらりと長く伸びたどす黒い舌と尖った牙としか言い様のない歯。
「何なんだよ・・・」
 アキトが必死で言葉を絞り出す。
「これは一体何なんだよ!!」
 ついには叫ぶアキト。かつてヤマサキに改造された自分の体。人機融合兵器とやらに組み込まれて両手足と右眼が機械になったショウの体。
 しかし眼前のこの姿はどうだ?
 アキトはショウの力で元の肉体を取り戻した。
 ショウはヤヲトメの力でサイボーグとして甦った。
 しかしこの姿に救われる余地というものがあるのか?
「う・・・ぁぁぁ・・・ヤマサキ・・・様」
 その言葉にアキトの顔色が変わる。
「ヤマサキ・・・まさか!」
「まさかだよ・・・奴はかつてオロチにいた。そして追放された・・・その理由がここにある」
 後頭部に埋め込まれた基盤から火花が飛び散る。
「いかん!アキト伏せろ!」
 ショウがアキトの手を引き強引に地面に伏させる。
 刹那、基盤が爆発する。
 頭部と両肩を失った亡骸が燃え上がり、腕を落としてどさりと地に倒れ伏す。
 水分を含んだ肉が焦げる臭いが鼻を突く。
「ショウ、アキト何があったの」
「アキト君、大丈夫?」
 ラピスとイネスのウインドウが2人の前に現れる。
「2人とも見るな!」
 いつになく強い調子でアキトが言う。一瞬ラピスがびくっとなるが、すぐに目を背けた。
「あれは・・・何?」
 ラピスのウインドウがショウの前に移る。
「呪われた力・・・『科学』の象徴」
 そしてラピスは見た。彼の顔の髪に覆われた部分に隠された大きな傷跡が再び赤く染まる様を。
 傷跡からどろりと赤い血が流れた。
「天命は終わっていない・・・」
 悲しげな彼の呟きは、ラピスにしっかりと聞こえていた。

 一方ナデシコ。
 一見して意識を失っているように見えるルリだが、実はそうではなかった。攻撃を受ける刹那オモイカネの中にダイブし、反撃の機会を狙っていたのである。彼女が今いるのは電脳空間を擬似的に具現化した空間で、巨大な木がその中央に立っていた。そう、かつてアキトと共にオモイカネを救うために戦ったあの場所にいるのだ。
「見つけたよ」
 サンゴがルリの後ろに立った。
「鬼ごっこは終わりです」
 メノウがルリの前に立った。
「逃げたつもりはありません」
 ルリの手にハンドブラスターが現れる。いわば精神力を具現化する空間なので、強く願えばある程度は好きなようにできる世界なのだ。
「無駄なことを・・・」
「おとなしくしてください」
 サンゴとメノウの手にショットガンが現れる。
「オモイカネ、よろしく」
 ルリが短く言うと同時に、木即ちオモイカネから光が発せられる。
「何のつもり?」
 嘲笑するようにサンゴが言う。
「ビットをほとんど壊しました」
 ルリのその一言にまともに顔色を変えるメノウとサンゴ。
「な・・・なんですって」
「ほ、本気か」
 そう。この2人はナデシコのハッカービットの回線を逆探知する形で入ってきたのだ。ここで回線を切られたら二度と自分たちの体に戻れない。
「ふ、ふん。あんたを倒してしまえばいい。こっちには2人いるんだ」
 サンゴが再びショットガンを向ける。
「やめた方がいいですよ」
 ルリがにっこりと笑う。
「私の騎士様は本気になると怖いですから」

 刹那、オモイカネのワームプログラム(侵入したウイルスを破壊するもの)が具現化された巨大な4匹のドラゴンが現れる!
 そしてそのドラゴンの上に立つ人物は・・・
「マキビ・ハリ!」
 サンゴが絶叫した。彼女たちは失念していたのだ、彼も自分たちと同じ能力を持つ者であるということを。
「ルリさん、無事ですか!」
 ルリの側に降り立つハーリーとワームドラゴン。
「こいつらがあなたを・・・許せない!」
「待ってください!」
 ワームドラゴンに攻撃の指示を出そうとするハーリーを止めるルリ。
「ここから出ていく前に一つ教えてください。あなた達は何者です?」
「教えると思うのか?」
 サンゴが見下すように答える。
「言えないなら答えましょうか?あなた達は『宇宙の戦神』違いますか?」
 思わず口ごもる2人。カマをかけたつもりが大当たりだったようだ。
「知ったからどうなるというのです・・・運命は変えられない、逆らえない・・・私たちもあなた達も道具です。あの方達の」
 メノウが悟ったように言う。
「かつて私は道具でした・・・でも、そんなことは問題じゃないです」
 ルリがメノウを見据えた。
「言ったでしょう・・・運命には逆らえないと。あなた達もいずれ知るでしょう『七宝衆』の運命を・・・無駄なことです。あなた達は人と人として結ばれることはできない・・・」
「それでいいんですか?」
 メノウの言葉に哀れみを込めた答えを返すルリ。
「あんたに何が解るんだ!」
 怒鳴りつけるサンゴ。
「あなた達も人間です」
 きっぱりとルリが言う。
「違います。道具です」
 瞳を閉じて答えるメノウ。
「誰がそんな事を?」
その瞳は本当に哀れんでいた。ルリには彼女たちの姿にかつてのアキトとユリカの姿が重なって見えていた。
「・・・・・・ヤマサキ様です」
 メノウとサンゴが消えた。
 自分の体に戻ったか。
「・・・・・・」
 無言でルリが唇を噛んだ。

メノウとサンゴが退くと同時に、戦艦も現れたときと同様にボソンジャンプして消えていた。
 ユリカの指示が上手かったせいもあって撃沈は免れた。
 『遺跡』は守られた。
 しかし、とてもじゃないがこれ以上火星まで行くことは不可能なほどのダメージを受けていることは確実だった。
「はあ」
「ふう」
 ユリカとルリがオモイカネの出した被害状況を見てため息を吐く。曰く、ドックに戻っての修理が必要であると。
「ナデシコ初の敗北ですね」
 ルリが艦長席のシートによしかかった。
「ここからなら月が近いですね」
 ハーリーが航路を出した。ディストーションフィールド発生装置がやられているため、ボソンジャンプができなくなっていた。
「月へ向かいます」
 ため息混じりにルリが指示を出した。

月面に備えられたゲートが開いてゆく。ガイドレーザーが伸び、ナデシコを迎え入れた。
「懐かしい場所ですね」
 ナデシコを降りたルリ、ユリカ、ハーリー、サブロウタ、リョーコ。その中でルリが心底懐かしそうに呟く。
「アキト達が旅立ったのもここだもんね」
 ユリカがドックを見渡した。
−ネルガル月面ドック−
 ナデシコC、ユーチャリスの故郷であり、アキト達を送ったのもここだった。任務の性格上、軍の施設を使うのはまずいと判断しここに来たわけである。
「そろそろ帰ってくるんでしょう?運が良ければ会えるかもしれませんよ」
 サブロウタがそんな2人の気持ちを代弁するような台詞を言った。
「あれ、出迎えでしょうか?」
 ハーリーが目の前のエレベーターを指さす。エレベーターがこの階に近づいていることを示していた。
 扉が開く。

「罠・・・?」
 ユリカがエレベーターから出てきた黒マントの集団を見た感想を述べた。
「みたいですね」
 サブロウタが一同をかばうように黒マント達の前に立つ。
「できれば抵抗はしてほしくないのですが・・・」
 黒マントを下がらせてルリ達の眼前に立つ一人の男。
「な・・・!」
 ユリカが言葉を失う。
「ヤマサキ・・・ヨシオ!」
 ルリが憎悪に満ち満ちた目で目の前の男を睨み付ける。
「生きてやがったか・・・」
 サブロウタがデザートイーグルを構える。
「てめえ・・・よくも今更のこのこ」
 リョーコも同様だった。
「いやいや、みなさんお久しぶりです。どうでしたか、私の造った戦艦テナヅチあーんどアシナヅチと戦ったご感想は?」
 さっきの戦艦はこの男の手の者だったということか。ヤマサキが飄々とした笑いを浮かべ、更に続けた。
「メノウやサンゴも実にいい道具として育ってくれました・・・あなた達に勝つことも私の研究目標の一つでしたからねえ、いやいや嬉しいことこの上ありません」
−ドン−
 銃声が響き、カマイタチがヤマサキの頬をかすめた。
「いいたいことはそれだけですか!」
 銃を撃ったのはルリだった。怒りのあまり瞳が血走り、手にしたブラスターからは煙が立ち上っている。
「アキトさんやユリカさん!私が名前も知らないA級ジャンパーの人達!そして今度はメノウさんとサンゴさん!あなたは『研究』という言葉で何人を傷つけたんですか!」
 魂からの叫びと言ってもよかった。
 ルリはその言動から感情に流されないように見えるが、実はそうでもなかった。確かに自制心は強いが、感情を理解していないわけではない。人並みの喜怒哀楽をしっかりと持っている。ただ単に強すぎる自制心がそれを覆い隠しているのだ。そしてその強すぎる自制心を破るほどの『怒り』・・・周りの4人が思わず退いてしまうほどの気迫があった。
「それがどうしたというのです?解りませんか?科学とは『呪われた力』なのです。誰かが何かを得るということは、誰かが何かを失うことなのです。あなた達の犠牲が新たなる力を生む」
「あなたは犠牲になった人達のことを考えたことはないんですかっ!」
 ハーリーが怒気をあらわに叫ぶ。
「あなたは・・・そうそうマキビ少尉でしたね。あなたも本来は実験動物・・・私の元へ来なさい。本来の役割を果たさせてあげます」
「てめえっ!」
 リョーコが銃の引き金に手をかける。
「・・・・・・」
 無言でヤマサキの前に立つ黒マント。
「いえいえ、悪いようにはいたしません。そうですねえ、さしあたっては遺伝子操作の有効サンプル同士の交配実験なんてのはいかがです?」
 言いながら視線をルリに向ける。
「なっ・・・僕にあの人を襲えっていうのか!」
「大丈夫ですよ。その気がなくてもホルモン調整と催淫剤でも投与すればすぐにでもその気になりますから」
 ヤマサキがルリとハーリーをなめ回すように交互に見る。
「てめえ・・・何様のつもりだ!」
 リョーコが叫ぶ。
−ドガン−
尊大に両手を広げて演説するヤマサキの足下に銃弾が食い込む。
「成る程・・・要するにてめえはあれか?どこにでもいる『自分だけは特別』ってやつだな」
 サブロウタのデザートイーグルから硝煙の香りが立ち上る。
「問答は無用ですか・・・捕らえなさい。金髪の男と黒髪の女は殺してもいいです」
 臆することなくヤマサキが攻撃の指示を出す。一斉に飛びかかる黒マント!

 その刹那、青白い粒子が舞った。
−スパッ−
 銀色の刃が舞う。
−ブシュッ−
 赤い血が床板を染め上げる。
−ドサッ−
 倒れ伏す黒マント。
「何者です!」
 ヤマサキの表情に始めて同様が見えた。

 粒子が2人の男の姿を形作る。
「アキト!」
 ユリカがその片方に向けて叫ぶ。
「アキトさん!」
 ルリの表情が喜びに変わる。
「ユリカ、ルリちゃん、ハーリー君。無事か?」
 4人の前に現れ、微笑むアキト。
「アキト、どうしてここに?体の方はもういいの?」
 ユリカがアキトに飛びつきマシンガンのように喋る。
「一度に話すなよ・・・ま、体は治った」
「アキトさん・・・」
 ルリが瞳を潤ませる。アキトが優しくルリの肩に手を置いた。
「つもる話はあとだ・・・まずこいつを」
言いながらヤマサキに視線を移すアキト。
「久しいな、オロチの大恥さらしが!」
 黒マント達の上で刀を収めるもう一人の男、ショウ。更に粒子が立ち上る。それはバイクのような形をしていたが、車輪が無く、いわばホバーバイクとでも呼べばいいのか。
「これは・・・まさか」
 驚きつつもバイクを見つめるヤマサキ。
「久しぶりね・・・ヤマサキ」
 バイクから発せられた光が一人の少女の姿を形作る。
「立体映像?」
 サブロウタが半ば呆気にとられたようにその姿を見つめる。
 三つ編みにされた腰に届くほど長い緑色の髪。
 大きく開かれた金色の瞳。
 白装束に襷を巻き、片手には長刀を携えている。
 人機融合兵器コロニー『オロチ』のメインユニットとされた少女、ヤヲトメ。バイクは彼女の立体映像を送るための中継装置だった。
「ヤヲトメ様・・・」
 ヤマサキがうめくように漏らした。しかしすぐにいつもの薄笑いを浮かべる。「でてきなさい!みなさん!」
 同時にわらわらと現れる黒マント達。
「ふふ、ずいぶん私をなめてくれるじゃない」
 しかしヤヲトメは微塵も臆さない。
「逃げられると思いますか?」
 ヤマサキが手を挙げた。
『逃げるのはそっちじゃないかい』
 突如の爆音と共に壁の一部が崩れ、胸に月と流星のマークをつけた青いエステバリスが現れる。
『人の工場勝手に占拠して好き放題やってくれたじゃないか』
 その中から朗々と響くアカツキの声。
『ルリルリ大丈夫?』
 その跡から現れる黄色いエステバリス−ヒカルカスタム。
『大きな勝負・・・大丈夫』
 イズミもそれに続く。
「テンカワ君からオロチで襲われたと連絡があってね、さらにナデシコ敗北のニュース・・・更に月面基地が連絡を絶った。事象がそろいすぎてるよ。そして君たちが人の工場を占拠したと聞いてこうして討伐隊を組織したってわけさ」
 不敵に笑うアカツキのウインドウが現れた。
「ユリカ、おまえはボソンジャンプで逃げろ!」
 アキトがCCをユリカに放った。
「2人はヤヲトメのバイクで」
 ショウがヤヲトメのバイクを指さす。
「はい」
「はいっ!」
 ルリとハーリーが答え、バイクにまたがろうとする。
「させるか!」
「きゃあっ!」
 黒マントの鉤爪がルリの脚を斬った。
「ルリさんっ!」
 思わずルリの腕を握り、先にバイクに乗せるハーリー。
「ナデシコのブリッジに跳ぶわよ、2人ともしっかりつかまって」
 ヤヲトメが言うと同時に、バイクが青白いボース粒子に包まれる。
「逃がすかっ!」
 黒マントが再度飛びかかる。
「くっ、よくもルリちゃんをっ!」
 アキトが黒マントに銃を向け、そして撃つ。
「喰らうものか!」
 黒マントが纏うマントは防弾性能があったらしく、弾丸を弾いた。
 しかし・・・
−ガキン−
 跳弾が向いた方向は・・・ヤヲトメのバイクそのものだった。フロントカウルに銃弾が食い込む。
「うそ!座標が狂う!」
 ヤヲトメの悲鳴に近い声。
「ルリちゃん!」
 叫びながらバイクに駆け寄ろうとするアキト。
「ヤヲトメ、ジャンプを中止しろ!」
 ショウが叫ぶ。
「だめ、カウントダウンが中止できない!」
 ルリの目の前のカウンターが時を刻む。5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・。

消え去るルリ、ハーリー、ヤヲトメ。
 唖然となる一同。

「ルリちゃーん!」
「ハーリーくーん!」
 アキトとユリカの絶叫が、ドックに響きわたった。



PREVIEW NEXT EPISODE

ゴート・ホーリーだ。
 座標の狂ったボソンジャンプで何処かへと跳ばされたホシノ・ルリ、マキビ・ハリ、ヤヲトメ。
 3人(?)の跳ばされた先は、火星だった。
 そこでホシノ・ルリは意外な人物と再会する。
 だが、運命は安息を許さなかった。
 次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
第20話 紅い大地に『二人』
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