-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-

第18話 『別れ』は悲しみではなく、再び出会うためにある




 時の頃は日を変えるところか。
 ルリの部屋、一心不乱に作業を続けるルリとハーリーの姿があった。
『WARNING:警告、これより先は許可無き者の立ち入りを禁ず』
「チッ、失敗か」
 ハーリーが舌打ちしながらも逆探知を恐れてつないでいる回線を素早く切断した。
『WARNING:今宵は月が細く物の怪の気配あり、汝を救うる者も無し。汝、その御身を救われんと欲するなら、我が前にて無に還れ』
やけに仰々しい警告メッセージが流れる。
「・・・・・・!」
 しかし、文面の裏に潜むその形容しがたい醜悪な意志を悟り、ルリも同様に回線を切断して端末から手を離した。同時に2人の周りに展開されていたウインドウボールが消え去り、体中に浮かび上がっていたナノマシンの輝紋が消え失せた。
「ふう・・・」
「はあ・・・」
 ルリとハーリーがお互い顔を合わせてがっくりと大きく息を吐く。
「だめでしたね」
 ハーリーが端末を閉じた。
「そうそう上手くいくとは思ってません・・・焦らずにいきましょう」
 ルリが慈愛の笑みをたたえてハーリーを気遣う。
「・・・気になりますか、やっぱり」
 視線を落とすハーリー。2人がやっていることは地球連合政府に対するハッキングだった。無論ばれたら重罪だが、そうでもしなければならない理由があった。
そう、少なくともルリには。
「今日はもう休みましょうか」
 ルリも端末を閉じた。
「はい・・・」
 釈然としない思いを抱きながら、ハーリーはルリの部屋を出た。

「ふう・・・」
 大きくため息を吐くルリ。しばらく前にサブロウタとリョーコが来てから心の中に引っかかることがあった。
『宇宙の戦神』
ナデシコBを任されてから、立場上幾度となく表に出ることのない組織の名を耳にしてきた彼女ですら知らない名前だった。それがヤマサキを解き放ったという。彼女の不安が懐疑へと変わるのにさしたる時間は必要とされなかった。
「あのときの・・・悲劇が?」
『火星の後継者』と戦ったときの記憶が不意に脳裏によぎる。
−君の知っているテンカワ・アキトは死んだ−
 ぼろぼろになった肉体を引きずりなおも戦い続けたアキト。
−女の前で死ぬか?−
 悲しむこと、苦しむことも許されず眠り続けたユリカ。そして、2人をさらったという男、北辰。
−全ては新たなる秩序のために−
 狂った独裁者、草壁春樹。
 それでも、独裁者を崇拝した人間も数多くいたこともまた事実だった。
 恒常性(ホメオスタシス)と変革性(トランジスタシス)
 生物の中にある今を維持しようとする力と変えようとする力。世界が生物であると見なすのなら、この考えは世界にすら当てはまるという。トランジスタシスが彼らだったというのならば・・・
「・・・まだ、終わっていない?」
 不安とともに、のどの渇きを覚えた。時計の針は12時を回ったところだった。風呂から上がったハーリーに協力を持ちかけて作業を始めたのが9時くらいだったから、延々2時間作業をしていたことになる。
−彼に悪いことをしたのだろうか−
 ふとそんな考えが頭をよぎった。ハーリーが風呂から上がると同時に、彼を自分の部屋へと招き入れ、全てを話していた。彼は戸惑いの色を見せるも、作業を快諾してくれていた。
 酷な言い方をすれば、彼の自分に対する恋心につけ込んで今だ忘れうることのできないアキトのために動いていたのだ。恋心につけ込んでというのは多少言い過ぎかも知れないが、アキトのためを思って動いたことは事実だった。
「ひどい女ですね・・・私。アキトさんを忘れられずに・・・ハーリー君の優しさに甘えている」
 自嘲気味に呟いた後、ドテラを羽織り部屋の扉を開けた。隣のハーリーの部屋からは最早明かりは消えていた。
「おやすみなさい」
 扉の奥で眠る自分を誰よりも想ってくれるであろう少年の事を想い、静かに階段の上に脚を乗せた。

 冷蔵庫の扉を開けた。中にはよく冷えたスポーツドリンクと烏龍茶が目に留まった。ユリカはアルコールが苦手だし、自分一人だけ呑むというのも嫌なのかアキトも酒を普段口にすることは無い。暫し迷った挙げ句、スポーツドリンクを手に取った。
−カチャリ−
 扉の開く音がした。音の方を振り返ると、バスタオルで頭を拭きながら、ラピスが出てくるところだった。
「ルリ?」
ラピスもこちらに気がついたようだった。妙な沈黙が流れる。
「たまには、一緒にどうです?」
沈黙を破って笑顔を繕い、ルリが声をかけた。右手にはペットボトルに詰まったスポーツドリンクが、左手には二つのグラスが握られていた。
「いいけど・・・」
2人は連れだって居間のテーブルに向かい合って座った。ラピスが棚の上から木製のワックスがけされた丸い菓子箱をおろし、テーブルの上に置いた。蓋を開けると、中には大量の一口チョコだの飴だのが所狭しとつまっていた。
「ユリカ・・・いつのまに買い込むんだろう?」
ラピスが箱の中から一粒のキャラメルを取り出しつつ言う。どういうわけだかこの家の居間の棚には常時大量のお菓子が必ずある。甘いもの大好きなユリカが常に買いおいているらしいが。
「でも、嫌じゃないでしょう?」
ルリが同じように一口チョコを摘む。無言で頷くラピス。
「不思議・・・」
ラピスがひとりごちるように唇を開く。
「ルリ・・・時々私、今の生活がみんな夢なんじゃないかって思うことがある。 私・・・今の生活が嬉しい。
 今までの中で一番暖かいところにいる」
コップの中に注がれたスポーツドリンクにラピスのアンバーの瞳が映る。
「それは私も同じです・・・あの日アキトさんとユリカさんを永遠に失ったあの日のことを思ったら」
 ルリが壁に掛かるアキトとユリカの結婚式の写真を見る。その横にはパーティーに集まった一同の集合写真が飾られていた。その中で自分はアキトとユリカの間に立ち、ユリカから渡されたブーケをその胸に抱いていた。
 2人への心からの祝福とユリカに対するほんの少しの嫉妬。そして幸せの絶頂からの転落・・・我が身を一瞬で襲った絶望。
「あなた達がオロチに来たとき・・・正直言って怖かった。アキトがあなた達を求めていても、私は・・・」
ラピスのコップを握りしめる手に力がこもる。
「でも、それは杞憂だった・・・違う?」
ルリの言葉に頷くラピス。
「ルリ・・・いつまでもこうして暮らせたら・・・この暖かさに包まれていたら・・・そう思う」
ラピスがルリの瞳を見つめた。交錯する同じ色の瞳の視線。
「あなたは知っているのですか?」
 突然の質問にラピスが驚くかとも思ったが、むしろ彼女にとっては十分予測できることだった。
「・・・『宇宙の戦神』?」
 ルリが首を縦に振る。
「ショウが関わりがあったという事だけ・・・それ以上は訊きたくなかった」
 俯き答えるラピス。
「どうして・・・?」
 静かだが彼女の口調は強い。艦長という立場にある以上、人を萎縮させるような『強さ』と呼べるものが彼女にはあった。
「ルリ・・・あなたもアキトが好きだった・・・違う?・・・『女』として」
 図星を指され、はっと我に返るルリ。
「でも・・・アキトは・・・ユリカを選んだ・・・ルリ、ユリカを恨めた?」
愚問だった。『家族』というものを知らなかった彼女たちを誰よりも優しく迎え入れたのは彼女なのだから。言葉を失ったルリに更にラピスが続けた。
「ショウは・・・私の・・・アキト以外の・・・そして・・・苦しんでいる。過去に」
 上手く言葉を紡げないことにもどかしさを感じつつもラピスが言う。ルリを救う存在としてハーリーが現れたというのなら、ラピスにとってのその存在がショウなのだろう。そしてショウが過去に苦しむ・・・7年前の事?そう思ったルリが問う。
「あの日のネルガルの研究所の事ですか?」
ラピスが首を横に振る。
「それ以前に何か・・・?」
 その問いには彼女は答えなかった。秘密にしているのではなく、本当に知らないのだろう。
コップの中の氷がきしむ音が、やけに大きく響いた。

「あれえ、ルリちゃんにラピスちゃん、寝る前のおやつは太るよお」
場違いなほどの明るい声を出してパジャマ姿のユリカが部屋に入ってきた。頭のタオルを取り、長く美しい青い髪が広がる。
「・・・ユリカさん、そういう台詞説得力ないですよ」
マシュマロを口に運ぶユリカをルリがたしなめる。
「はにゃ?・・・あはは、条件反射かなあ」
意識せずに菓子箱から取り出したらしい。
「ユリカ・・・太るよ?」
ラピスが止めの一撃を入れる。
「もう、ラピスちゃんまでえ」
ユリカが少し頬を膨らませる。そんなユリカの様子を見ながらルリが微笑む。「でも、もう寝ましょうか、明日も早いんですから」
「うんっ!そうそう。寝不足は美容の大敵だよ」
ユリカが2人の肩をぽんぽんと叩く。
「そうね・・・」
ラピスがコップをすすぎ、ルリがコップを拭いて戸棚にしまった。
「こんな日々が・・・いつまでも続けば・・・」
消え入りそうなラピスの声。
「ラピスちゃん・・・大丈夫。私たち家族だもん。一緒だよ・・・いつまでも!」
 ユリカが後ろからラピスの身体を抱きしめる。ほのかに香るシャンプーの匂い。自分のとは違うその香りがユリカが自分を包んでくれる大人と感じさせた。
−今が永遠に続けば−
 それは、ここの5人にとって誰しも同じ願いであったに違いない。

「いよお、よく来たな・・・がつがつ」
丼飯をかっこむ秋山源八郎の野太い声とすき焼きの香りがショウを招き入れた。地球連合本部ビルの会議場の一つである。
「君が遅いんで始めさせてもらったところだよ・・・あちっ」
ミスマル・コウイチロウが牛の脂身を箸で摘んで鍋の上に広げている。しかしはねた油の滴がが彼の顔に当たって顔をしかめる。
「まあ、こちらにお座りなさい。一人暮らしでは鍋をつつく機会もないでしょう」 ムネタケ・ヨシサダが薄く切られた牛肉を鍋の上に載せた。肉の焼ける香りが鼻腔をくすぐる。
「まあ、とにかく腹ごしらえといこうじゃないか。そうでもなければ気が滅入るぞ?・・・いい肉だな」
秋山が肉の上に砂糖をふりかけながら頬に米粒をつけた顔でショウを見据える。軍人らしい眼光を宿らせた黒い瞳。
「・・・気づいているのか?・・・神戸牛だと?」
 ショウが肉の味から瞬時に肉を判断する。味覚の鋭さはアキトに勝るとも劣らない。
「ああ。サブロウタがかぎ回っている・・・食っただけで判断できるとはなあ」
色々な意味でショウに感心する秋山。
「むぐむぐ・・・『火星の後継者』とは直接関わりはない?」
ムネタケが肉をほおばりながら問う。
「がつがつ・・・ああ」
「ぱくぱく・・・そうだ」
 肉を口に運びながら−話すときは口の中に物を入れないことだ!−首を縦に振るショウとコウイチロウ。
「ゴクッ・・・百年以上も前の過ち・・・私も気がついたのはついぞ最近だ」
コウイチロウが肉を飲み込んだ。
「宇宙の戦神(うつのいくさがみ)でしたな・・・」
 肉を全て焼ききったと判断した秋山が野菜を鍋に入れた。

「ふう・・・申し訳ありませんね。わざわざ」
茶をすすりつつショウが言う。
「なに・・・別にかまいはしないさ。君は娘夫婦の恩人でもある」
答えるコウイチロウ。
「恩人・・・か。そうそう、話すのが遅れました。アキトを完全治療できますよ」
「なんと!」
「ほほう!」
「それはめでたいですなあ!」
ショウの言葉に驚くコウイチロウ、秋山、ムネタケ。
「ただ・・・一つ問題がありましてね」

「ほう・・・宇宙の戦神ねえ」
アカツキが夜の町を見下ろした。ネルガルビル本社会長室。
「だが今だその詳細は掴めぬ・・・申し訳ない」
白い学生服のようなものを身に纏う艶のある長い黒髪の男が答える。
−月臣源一郎−
 かつての木連優人部隊の一人。そして友を裏切り、今はネルガルの犬・・・かつて彼はそう自称した。精悍な顔立ちは今も変わっていない。
「無理もないわ・・・人の前に姿を現すことも少なく、自分を語らない闇の組織。それは貴方の方がよく知っているんじゃなくて?」
イネスが腕を組みつつ答える。
「つい先程草壁にも会ってきた・・・」
月臣が語り始める。

「78号、面会だ」
無機質な看守の声が響いて扉が開けられる。囚人服の上に手錠までかけられた草壁がガラスの窓に仕切られた面会室へと通される。
「久しぶりですな、閣下」
月臣の目に映る草壁の姿。頬はこけ落ち、無精髭が顎を覆っている。かつて木星連合の指導者として君臨し、火星の後継者を組織した男。
「月臣か・・・この敗者に今更何用だ」
枯れ果てた声、かつての精彩は微塵も感じられなかった。
「ヤマサキが釈放されました」
にべもない口調の月臣の声に草壁の片眉がぴくりと動く。
「保釈金を出した相手はピースランド王国国王プレミア3世。しかしプレミアを治療した後何処かへと逃亡・・・その後現在のオロチの管理者であるムラクモと出会っています」
その言葉に草壁が立ち上がる。
「オロチだと!」
「左様です」
あまりにも冷静に答える月臣に対して呆けたようにどさりと座る草壁。
「・・・何のためだ」
「お解りいただけませんか?ヤマサキ・・・あの男の不始末を片づけるためにですよ。テンカワ・アキトのことは御存知でしょう?ぼろぼろになったテンカワの肉体を癒すため・・・彼は動いています。新たなる秩序・・・その言や良し。しかしあのような男を雇う貴方に秩序を語る資格などあり得ませんな」
言葉を失う草壁。更に続ける月臣。
「一つ教えていただきたい。ヤマサキを釈放する力・・・その正体は何者です?超法規措置を行える組織、貴方は御存知のはず」
 しかし草壁は動じない、むしろ笑ってすらいる。
「それを知ってどうしようというのだ?ネルガルごときに何かできると思うのか?」「御存知ですな?正体を」
草壁の嘲笑を無視して月臣が刺すような眼光を向ける。
「フン、ならば教えよう・・・彼の者の名は宇宙の戦神、全ての戦争を統べ・・・」
−ズドン−
ガラスに穴が空く。
 草壁の額に穴が空く。
 どさりと後ろに倒れる草壁の身体。
 とっさに身構える月臣。
「なにっ!」
天井の板が一枚外されている。入ろうにも入れる大きさではない。
「何事だ!」
 看守達が走り込んできた。

「その後犯人は逃亡・・・今だその正体は知れません」
「ほうほう・・・敵もやるねえ」
アカツキが観葉植物に手をかける。どこから入ってきたのか毛虫が茎に張り付いていた。毛虫をつまみ上げるアカツキ。
「いよっと」
潰された毛虫から体液がどろりと流れ落ちる。
「それでイネス君、君の方はどうなんだい?」
毛虫をゴミ箱に放り込みアカツキがイネスを見る。
「アキト君の治療法は確立したわ」
「ほう、そいつはめでたい」
アカツキが心底嬉しそうな笑みを見せる。
「ただ・・・それにはね」
イネスのインディゴブルーの瞳がアカツキを見据えた。

 2月も終わりに近づいたある晴れた日、ショウとイネスが2人でアキトの店を訪れた。
「いらっしゃいませーっ!」
ユリカの明るい声が2人を出迎えた。昼食にはいささか遅い時間で客は他には誰もいない。
「珍しいですね、お二人が一緒に来るなんて」
カウンター席に座ったショウとイネスに水を差し出すルリ。
「いい知らせと少し悪い知らせを持ってきた・・・といえばいいか。アキト、私は麻婆豆腐定食な」
ショウが水を口に運ぶ。
「でもそれは、これからのために必要な事よ。アキト君、私火星丼ね」
イネスがショウに続く。
「あいよっ!」
威勢のいいアキトの声が響き、野菜を刻むラピスの包丁の音が軽やかに響いた。 *
「フウ・・・腕を上げたな、アキト」
ショウが口元をハンカチで拭う。
「ありがとう。ところでいい知らせと悪い知らせって何なんだ?」
アキトが手を洗いながら言葉を返す。
「単刀直入に言うわ。アキト君、あなたの味覚を完全に戻すことができるわよ」
−ガシャン−
 積まれていた鍋が崩れる。
 一瞬の間をおいて叫び出す一同。
「ほ、本当なのか!」
アキトが叫ぶ。
「ええっ・・・ホントなの?」
ユリカがイネスに詰め寄る。
「見つかったんですか、治療法?」
ルリがショウの顔を見る。
「ショウ・・・本当に?」
 ラピスがショウに視線をぶつける。
「イネスさん・・・でもどうやって?」
ハーリーが目を丸くしてイネスを見る。
「だああっ!一度に喋らないで!」
一同を一喝するイネス。
 その言葉に動きを止めるアキト達。
「コホン・・・それじゃあ説明しましょう」
軽く咳払いをして懐から折り畳み式のホワイトボードを取り出すイネス。
「・・・つくづく好きだな、その台詞」
ショウのつっこみを無視し、お約束の台詞とともに壁に掛けられたホワイトボードの前に立つイネス。
「まずアキト君、貴方今自分がどういう状態にあるかは判っているわね」
 アキトに視線を向けるイネス。
「味覚中枢が壊れてて、味を感じる機能が極端に薄れている・・・だったか」
アキトが声の調子を落として言う。
「アキト・・・」
「アキトさん・・・」
心配げにのぞき込むユリカとルリ。
「でも、味覚中枢を再生することは不可能だった・・・少なくとも今までは」
アキトががっくりと肩を落とす。それを見てアキトに駆け寄るルリとラピス。「でも、今まではって言ったところだと、何か方法を見つけたんですよね?」
少しも動じずにユリカが訊く。慌てて視線をイネスに向けるアキト、ルリ、ラピス。
「そうよ。相変わらずぼけてる割に鋭いわね」
イネスが満足げに頷いた。

「次は私が説明しようか」
今まで沈黙していたショウがイネスの横に立った。
「簡単に説明すると、無事な味覚中枢の脳細胞を培養するという方法だ」
その台詞を聞いてユリカがぽんと手を打つ。
「そっか、そうやって培養した細胞でアキトの失われた脳の部分を補完する・・・そういうことですね」
ユリカの言葉に頷くショウ。
「そんな夢みたいな事が・・・?」
ルリが言う。
「できるのさ・・・私のナノマシンで」
「じゃ、じゃあすぐにでもやってくれ!頼む」
アキトが叫ぶように言った。
「ああ。勿論、といいたいが実は一つ問題がある・・・時に、君たちはヘイフリックの限界という言葉を知っているか?」
ショウの手から人の脳細胞の立体映像が浮かび上がった。
「ヘイフリック?」
ハーリーが怪訝な表情を見せた。
「生物の細胞を体内から取り出して培養する実験があるんだ。まあ、使用用途は様々だけどね」
医学実験、薬学実験等でラット(ネズミ)の細胞を取り出してそれを培養し、様々な状況を与える実験というのは20世紀後半でもよくやられていたことだ。「それとアキトの治療とどういう関係があるの?」
ラピスが訊ねる。
「ところが培養した細胞はある一定の所で分裂が停止して死んでしまうんだ。これがヘイフリックの限界だ」
ショウの手から消え去る立体映像。
「そ、それじゃあその方法は使えないじゃないか」
アキトが絶望の表情を浮かべた。
「アキトあきらめないで。それに話はまだ終わっていないんですよね」
ユリカがアキトの側に寄ってその手を握りしめショウを見る。
「その通り。ヘイフリックの限界を越える方法は20世紀にもうすでに発明されていた」
「そんな昔に・・・?」
感嘆の声をあげるハーリー。頷き言葉を続けるショウ。
「限界が近づいた細胞に新しい組織片を加えるんだ。これは別に最初のものと同じである必要はない、それどころか同種の生物でなくてもいい。こうすれば再び細胞は分裂を始める。この作業を初期継代培養(プライマリー・カルチャー)という」
 この方法は生物学では細胞を調べる上でごく常識的かつ基本的な方法だった。ショウやイネス自身も学生時代にこの方法を習得している。もっともガン細胞は別で、際限なく分裂を繰り返す。
「それでアキトの脳細胞を再生させるというの?」
ラピスの問いに頷くショウ。
「ちょっと待ってください」
手を挙げるルリ。
「何か?」
「確かにすごい方法ですけど、具体的にどうやるんですか?培養した細胞を脳の中に戻して機能させるなんてちょっと・・・」
その言葉にショウがにやりとする。まさに「よくぞ訊いてくれた」といった表情だ。
「それをこれから説明しよう。これを見てくれ」
ショウの手に三角形の物体が映し出された。
「これはGデヴァイスという私がつい最近開発したナノマシンだ」
まじまじとその立体映像を見つめる一同。
「で、これをどう使うんです?」
ユリカがショウに訊いた。
「脳に埋め込むのさ」
あっさりと言うショウ。
「埋め込む・・・ですか?」
怪訝な顔をショウに向けるルリ。
「これはツインデヴァイスの集合体でね。ナノマシンと云うよりはナノマシン集合機械と云った方がいい。これはいわば脳細胞培養工場で、この機械が脳細胞を取り出して培養した後、ヘイフリック限界ぎりぎりまで達したところで培養した細胞を排出して脳と融合させる。これを繰り返す」
「それで脳を完全再生するのか?」
アキトが訊ねた。
「そうだ」
頷くショウ。歓声を上げる一同。
「さっすがあ!絶対やってくれると思ってましたよ!」
ショウの両手を握りしめるユリカ。
「ありがとうございます。これで、アキトさんは甦るんですね」
微笑んで頭を下げるルリ。
「ショウ・・・アキトが私無しで料理できるようになるのは寂しいけど、アキトの望みを叶えてくれてありがとう」
ラピスが笑った。
「でも、問題もあるのよ」
イネスの言葉に一同の笑いが止む。
「そうだ・・・まず一つは時間がかかる。完全再生まで予想される期間は約半年、しかもその間ずっとナノマシンの監視を続けなくてはならないし、細胞を結合させるための蛋白質を投与し続ける必要もある。長期入院は避けられない」
ショウが申し訳なさそうに言う。
「半年くらいいいじゃないですか、それで治るなら」
ハーリーが言う。
「問題はもうひとつ・・・Gデヴァイスはオロチでないと作れない。アキト、もう一度オロチに来てくれ」
ショウがアキトに向けてはっきりと言った。

「半年・・・か」
夕食が終わり、ちゃぶ台の前にあぐらをかくアキト。
「いいじゃない」
ラピスがアキトに湯飲みに入った番茶を渡す。
「アキトがいなくなるのは嫌だけど、半年たったら絶対戻って来るんでしょ?」 まじまじとアキトを見つめるラピス。しかしアキトは瞳を逸らす。
「どうしたの?」
「アキト、やっぱり私から話す?」
扉を開けてユリカが入ってきた。ラピスがユリカとアキトを交互に見る。
「いや・・・いいんだ」
 ユリカを制してアキトがラピスを見た。
「ラピス・・・実をいうと、ここを離れなくちゃならないのは俺だけじゃないんだ」
 言葉の内容が把握できなかったのか呆けたようにアキトを見るラピス。
「・・・どういうことなの?」
それに答えるようにユリカが口を開いた。
「今日の昼、ショウさんとイネスさんが来る前にお父様から辞令が届いたの」
ユリカが俯き拳を握る。
「・・・火星内で独立国家を組織しようとしているっていう話があるそうなの。もしそれが『火星の後継者』みたいな組織だったら・・・だから、調査してこいって・・・」
「その期間が・・・最低でも一年」
 アキトがユリカの言葉を引き継いだ。
「ラピスちゃん・・・」
 ユリカが瞳を潤ませてラピスを見つめる。
「・・・一年」
「正直に訊きたい・・・ラピス、おまえはどうする?」

『ラピス、おまえはどうする?』
その翌日いつものゲームセンターに足を運び、筐体の前に座りながら昨日アキトに言われた言葉の意味をたどっていた。
 一人で帰りを待つのか?
 アキトの側にいてやるのか?
 それとも・・・?
『ナデシコCの艦長として、あなたをスカウトしたいんです』
 唐突にもルリはそんなことを昨日言ってきた。技術を買っているというのは解るが、その真意は彼女にはよく解る。
『怪しげな組織が動いている以上、市井に一人で残るのは危険すぎる』
 ということなのだろう。その意味は彼女自身もよく解っていたし、ヤマサキに捕まって被験体に逆戻りなどまっぴら御免だった。
「・・・チャンス」
 小さく呟き、コマンドを入力する。キャラクターのバストアップが一瞬表示され、天から降ってきたロードローラーが相手のキャラクターを押しつぶした。
『ムダムダムダムダムダーァッ!』
奇声を上げながら彼女の操るキャラクターがロードローラーの上から更に追い打ちをかけるかのように・・・事実そうなのだが、パンチを連打した。
 無駄・・・か。
 自分の歩んできた人生を思うラピス。思えば今までは何も自分の意志で決めることなど許されはしなかった。自分の意志を持とうとしても無駄でしか無く、誰かの駒として、道具としてしかその存在意義はなかった。
『・・・そして時は動き出す』
颯爽と言う彼女のキャラクター。画面がフラッシュし、再起不能(リタイア)の文字が映し出された。反対側の筐体で怒声が響いたが、いつものことなので特に気にはしない。
「時は動き出す・・・」
 その声は喧噪とゲームのBGMにかき消され、誰もその呟きを耳にする者はいなかった。
 そう、あのときから彼女の『時』は動き出した。
アキトに救われ『人』としての人生を歩みだしたときから。

「スカウトかい?」
 ホウメイの店「日々平穏」。ラピスは彼女の言葉に頷いて見せた。
「でも、本当の理由は・・・」
 おそらく大きくは外れていないであろう自分の予想を話す。
「・・・・・・」
 押し黙るホウメイ。今もなお終わらないのか・・・いつまで戦いというものが続くのか、無性に怒りすらこみ上げてくる。しかし目の前に座るこの少女にその疑問をぶつけたところでどうしようもない。そのことは十分承知していた。
「で、ラピスはどうしたいんだい?」
 だからこそ努めて明るく言葉を切り出す。彼女の金色の瞳を見つめながら。
「まだ決めていない・・・ただ」
「ただ?」
「アキトの側に居たい・・・」
俯き頬を染めるラピス。
「そうかい・・・」
 やっぱりそうなんだろうな、ホウメイは納得して頷いた。
「はい・・・」
 アキトの側にいたい。そう言ったらルリやユリカは何と言うだろうか・・・?
 その答えは十分すぎるほど解っている。
『そうですね。無理強いはしません』
 ルリは笑ってそう言うに違いない。
『ラピスちゃん、アキトのことお願いね』
 ユリカはそうして手を握るに違いない。
「私、もういきます」
 ラピスが立ち上がり、黄昏の雑踏の中へと消えていく。
 その表情に、迷いは無かった。

太陽は今だその姿すら見せない闇と静寂が町を支配する頃。
アキトの店の裏庭に、一本の木の棒が突き立てられていた。棒にはロープがまかれ、そのロープはわずかにささくれ立っていた。
「はーっ・・・」
 その前に立つ道着姿のハーリーが静かに息を吐く。これはナデシコ時代からの彼の日課のようなもので、ナデシコにいる間はサブロウタが相手をしていたが、今は彼一人でこの修行をしていた。
「すーっ・・・」
 再び息を吸い『気』を練ってゆく。
「・・・・・・!」
 目をカッと見開き素早く連撃を繰り出すハーリー。一心不乱に繰り出す拳と蹴りが突き立てられた木に叩きつけられてゆく。
−アキトさん−
 優しげにアキトの名を呼ぶルリの声が刹那的に浮かび上がった。そしてそれは、彼の拳にほんのわずかな『迷い』を生む。
「・・・しまった」
 一瞬の判断を誤り、殴りつけた衝撃がまともに腕に返ってくる。
「痛ぅー・・・」
拳を押さえてうずくまるハーリー。力学的に格闘技というものを考えると、結局はいかに上手く己の力を相手に叩きつけ、なおかつ自分にかかる反動を最小限に押さえる技術ということになる。故にどのような格闘技にも理にかなった殴り方や蹴り方というものがある。それを誤ると、まともに自分の腕や脚にその反動がかかってくる。殴った方が手を骨折することがあるというのは大概がこの理由だ。
「どうした、君らしくないよ?」
後ろから聞き慣れた声が飛び込む。
振り向いた先にはパジャマ姿のアキトの姿があった。
「・・・あなたに心配される程じゃありません」
つっけんどんに答えるハーリー。
「・・・そっか。でも怪我なんかするなよ、ルリちゃんが心配する」
 その言葉にハーリーが激昂した。
「あなたに何が解る!?」
 ハーリーの繰り出した拳がアキトに向かって伸びる。
「な、落ち着けよ!」
 それでもアキトは木連式柔の達人だ。軽く彼の拳を受け止める。
「く・・・すいません」
己の敗北を悟ったハーリーが気を収め、拳をおろす。アキトも静かに受け止めた掌をおろした。
「・・・・・・?」
 漏れた月明かりがその掌に赤いものが貼り付いていることをアキトに気づかせた。
「う、これは・・・」
 あわてて手を隠すハーリー。
「・・・入りなよ。手当しないと怪我が長引くよ」
 優しげにアキトが微笑み、ためらいながらも彼はその後に続いた。

「一つ訊いていいですか?」
 包帯を巻いているアキトに訊ねるハーリー。
「なんだい?」
「いつだったか・・・あなたはルリさんの『お兄ちゃん』以上の存在じゃない。そう言いましたね?」
包帯を巻くアキトの手が一瞬止まる。
「ああ・・・」
「どういうことです?」
返答に窮したアキトだったが、やがて口を開いた。
「一度だけ・・・俺達がナデシコを降りて3人で暮らしていた頃、俺に一度だけ告白してくれた」
「なっ・・・!」
 ハーリーも言葉を失う。
「その時俺はユリカとちょっと喧嘩していてね・・・でも、それはルリちゃんの芝居だった。ユリカと俺を和解させるための」
「喧嘩・・・?」
 おおよそあのユリカが激昂してアキトをなじる姿など彼には想像がつかなかった。
「そうして・・・俺はユリカと和解して・・・婚約した。ルリちゃんは、俺達を兄として、姉として・・・ずっと慕ってくれると言ってくれた」
 アキトの視線が結婚式の写真に移る。しかしハーリーは拳を握っていた。
 爪が拳に食い込む。
 握りしめた拳から赤いものが流れ出した。
「・・・それだけだったと思いますか?」
 俯きながらもその口調には怒りがありありと浮かんでいることがアキトには、はっきりと解っていた。首を横に振るアキト。
「俺は・・・あの娘に永遠に消えない傷をつけてしまったのかもしれない」
 ならなぜ傷を広げるような真似をしたんだ、そう叫ぼうとしたところを更にアキトが続けた。
「・・・だから、俺は君にあの娘を託したい」
「え・・・?」
「あの娘に何かあったとき、側にいて支えてやれるのは君だけだ」
真摯なアキトの黒い瞳がハーリーのアンバーの瞳を映す。
「・・・・・・」
「君は強い」
 断言するように言うアキト。
「何故・・・そう言えます?」
 自分の力がアキトはおろかサブロウタやリョーコにすら遠く及ばないことは彼自身が一番よく知っていた。
「さっき君は拳を収めた・・・そしていつかの旅行の時には絶対的に不利にも関わらず戦いを挑んだ」
「何が言いたいんです?」
「汝、敵とまみえしとき、その戦いに意義があるか否かを見極めよ」
「それはっ・・・!」
 それは、木連式柔の教科書に書かれている一文だった。
「その意義が正義に値せぬに戦いを挑む・・・是を蛮勇と謂う」
 アキトが言う。
「その意義が正義と思わば拳を作れ・・・是を勇気と謂う」
 ハーリーが言葉を思わず引き継いでいた。
『是を知らぬ者・・・柔を極めること永久(とこしえ)に無し』
2人の言葉が重なった。
「君は『勇気』の意味も『蛮勇』の意味も知っている。だから君は強い、いや強くなる」
ハーリーの肩に手を置くアキト。その表情にある慈愛をたたえた瞳。
−勝てないな−
 ハーリーはかすかな自嘲の思いを浮かべた。しかし、不思議とアキトに対する怒りは浮かび上がらなかった。
「強くなります・・・そして、あの人にふさわしい男になります!」
ハーリーがアキトの瞳をまっすぐに見て叫ぶ。
 そして互いにその右手を握るアキトとハーリー。
−君なら俺よりずっとルリちゃんにふさわしい−
 アキトはそう確信していた。
 自分のように道を誤ることなく、常に前向きであった彼ならば・・・

「ね、ルリちゃん。これもやっぱり持っていったほうがいいかなあ?」
ユリカが大量の服を無理して箱に詰めていた。なるべく早く支度をした方がいいということで、荷物をまとめていた訳なのだが・・・
「ユリカさん・・・観光旅行に行くんじゃないんですから」
呆れ顔でルリがユリカをたしなめる。たしかにドレスやらなにやら詰め込んでいるユリカはとてもじゃないが戦艦に提督として乗り込む姿とは思えない。まあ、ユリカらしいといえばらしいのだが。
「ええー。でも女の子の身だしなみもあるじゃない」
ぶーたれるユリカ。
「それに・・・ルリちゃんもこの際一気に進展しちゃったら?」
「どういうことです?」
「好きな人と一緒にいられるっていうのはすごく幸せなんだよ」
「・・・・・・?」
 ルリの頭の中に大量の疑問符が浮かび上がる。
「私とアキトだってナデシコで結ばれたんだから、ルリちゃんも・・・ね」
「・・・・・・!」
 ルリが顔中を紅潮させて思わず硬直してしまう。
「ゆ、ユリカさん、いきなり何を」
「だからあ、この際思いっきりアタックしちゃえ、ってこと」
「わ、私が・・・ですか」
 自分が「ハーリーくーん」と叫びながらハーリーを追いかけ回す様を想像して思わず体を震わせるルリ。
「え、遠慮しときます・・・その、キャラクターに合わないんで」
「そうかなあ、思いは言葉にしなきゃ伝わらないよ」
 貴方の場合は伝わりすぎてアキトさんの苦痛になってたような気がするんですけど。という言葉をルリは賢明にも飲み込んだ。
「・・・一つ訊いてもいいですか?」
「え、なになに?」
ルリが一呼吸置いてから話し始める。
「ユリカさんは・・・寂しくないんですか?アキトさんが居なくても」
あれほど必死でアキトを追いかけて、オロチという名も知らないコロニーまでたどりついたのだ。そして得られた幸せをいくら命令や危険が迫っているとはいえ、いともたやすく捨てられるものなのか?そんな疑問があった。
「うーん、なんていうのかな」
 ユリカが作業の手を止めた。
「上手く言えないけど・・・悟っちゃったのかな」
「悟った?」
 信じられないといった表情を見せるルリ。
「アキトは私の王子様だった。だけどね、アキトが帰ってきて、ルリちゃん、ハーリー君、ラピスちゃんと一緒に暮らすようになって・・・王子様だけじゃなくなってきたって思ったんだ」
 瞳を窓の外に向けるユリカ。外からは商店街の喧噪や近くの公園で遊ぶ子供達の声が聞こえる。
「『比翼の鳥、連理の枝』・・・2人で一緒にいるようになってから、アキトと私がね、絶対に分かてない存在だってつくづく思うの」
 わずかに頬を染め語るユリカ。反面どこか寂しげな表情を見せるルリ。
「だけどね、一緒にいるだけじゃ駄目なときもあるの」
「え?」
 ルリは一瞬己が耳を疑った。このような言葉がユリカの口から漏れるとは思いもよらなかった。
「正直、私がオロチに行ってもできることなんか何もない。だけど、アキトが帰ってくる場所を守ることはできる・・・アキトが私を助けるために命をかけてくれたみたいに・・・ね」
「ユリカさん・・・」
「それに、信じてるから・・・アキトは私が大好き!私もアキトが大好き!」
 ルリに向かって思わず胸を張って力説するユリカ。
「詭弁かもしれないけど・・・『別れ』は悲しみではなく、再び出会うためにあるってね」
 そしてルリの髪をそっと撫でる。
「信じることができるんだもん・・・きっとそれが一番大切なことなんだよ」
「・・・・・・」
 ルリは思った。
−私はこの人には絶対に勝てない−
 同じ人のことを思っても、この人は最後まで相手のことを信じて前向きに考えている。思えばアキト捜索を真っ先に言い出したのはユリカなのだ。
 自分は躊躇っていた。
 それは責任からか?立場をわきまえてか?
 だが、そんなものなどいいわけにしか過ぎないと今になって思った。
「だから、ルリちゃんも信じて・・・自分を、ハーリー君を」
「解りません・・・私には」
 俯くルリ。
「解らなくてもいいよ・・・私だって正しいかどうかなんて判らないもの」
 優しくルリの肩を抱くユリカ。
「幸せになって・・・ハーリー君はいい男になるよ」
 ルリの瞳に熱い感情が浮かぶ。
「・・・解りません。私は・・・」
「誰にだって幸せになる権利はあるんだもの・・・だから、それだけは忘れないで。先輩からの忠告」
 ぎゅっとルリの体を抱きしめる。
「ユリカさん・・・」
「なあに?」
「私は・・・こんな感情を抱いたことがほとんどありません。だから・・・何かあったらまた、こうやって色々話してください・・・」
 ユリカの服を濡らす熱い感情。ユリカはそっとその髪を撫で、聖母のような表情をたたえ、頷いた。

「私、アキトと一緒に行く」
 帰るなり、開口一番ラピスは告げた。
「え・・・いいのか」
 真っ先に異を唱えたのは意外というか当然というかアキトだった。
「看病したいの・・・駄目?」
それはそうだが治療の迷惑に・・・と言おうとしたところでユリカが言った。
「ラピスちゃん、アキトのことお願いね」
 ルリが続く。
「そうですね、無理強いはしません」
 その答えが自分の予想と全く同じであったことに、ラピスは苦笑した。
「お、おい・・・それにしたって住むところとかどうする?俺は入院してるからいいけど」
「それだったら大丈夫。ユーチャリスで行くからそこに泊まってもいいし、ショウが住むところくらいいくらでも都合するって言ってるから」
 ラピスが周到に答える。
「アキト、連れてってあげなよ」
 ユリカが言う。その口調はナデシコの艦長としてその腕を振るっていたときの貫禄のようなものがあった。
「ユリカ・・・」
「心配してくれる人を置いていっちゃいけませんよ・・・」
 ハーリーが声をかける。
「そうか・・・それじゃあ、行くか、ラピス」
「はい!」
 力強く答えるラピス。
「よおっし、今日はぱーっと騒ごうよ!」
 ユリカがどこからかクラッカーを取り出し打ち鳴らす。

 パーティーが終わり、片づける一同。
「やれやれ・・・何の騒ぎなんでしょうね」
 ハーリーが少し呆れたように呟く。
「解らない?」
 ルリが悪戯っぽく微笑む。
「え?」
「アキトさんの完治の前祝い、そして・・・」
「そして?」
「もう一度『家族』として暮らす『誓い』かな」
 ほんの半年ほど過ごしたこの店を見渡し、ルリは思った。
−『別れ』は悲しみではなく、再び出会うためにある−


------------ PLEASE GO TO THE CHAPTER 2 EPILOGE......------------------



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