-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-

第17話 『劫火』に舞う獅子




昔語りが続いていた。
「後にも先にもあそこまで完膚無きまでに叩きのめされたことはねえな」
あのときの恐怖を思い出したリョーコが力無く笑う。
「完敗か」
「ああ、正直自信あった。楽勝とまではいかなくても勝てると思った」
「それが自惚れであるって事に気づかされたってわけだ」
サブロウタがウインクする。リョーコはちょっと苦笑し、
「それからは、はっきり言ってあの人には頭が上がらなかった。と同時にあこがれちまったな」
頭を掻きつつ照れつつひとりごちるように呟いた。
「おまえがあこがれるっていうのもすごいよな」
「なんだよそりゃあ、いやに突っかかるじゃねえか」
「別に突っかかったつもりはねえんだがさ・・・ただなんていうか、あこがれるっていうのが何か引っかかったんだ」
サブロウタが鮭の缶詰を開けて窓の下にある折り畳みテーブルの上に乗せた。
「・・・サブ」
「ん、どうした?」
いつになく真摯な瞳で自分を見つめる彼女の姿に、少し呆けた声を出した。
「おまえさ・・・どうして軍人になった?」
腕を組み、自分のベッドから立ち上がるサブロウタ。
「・・・多分おまえも知ってるだろうけどよ、俺達木連の人間は地球に対する敵愾心だけで生きてきたようなもんだ」
「ああ・・・」
サブロウタがリョーコに背を向けた。
「だからみんななりたがるんだ・・・軍人に。俺も自分の道に疑問を持った事なんてなかったな・・・だが真実を知り、クーデターに参加して木連を変えたときやっぱり妙な気がしたな」
「妙な気?」
「正義は一つ・・・そう教えられて育ってきた俺がいざ地球に降り立ってみると、あまりにもそのギャップって奴が大きすぎてな・・・今まで生きてきた自分に妙な気がしちまった」
自嘲の笑みを浮かべ、サブロウタが染め上げた金髪を掻き上げる。
「その髪も・・・そういうわけなのか?」
「ああ・・・」
サブロウタの答えにリョーコがベッドの上に座り、両膝を抱える。
「オレさ、今でもそうだけど・・・どうすりゃいいのか、自分の未来がやけに怖くなる時があるんだよ。
 オレは戦うしか能のねえ女だ・・・ヒカルみたいに漫画が描けるわけでもねえ、イズミみたいに好きなことをやりながら生きていく度胸もねえ・・・アキトみたいに他の特技があるわけでもねえ・・・」
リョーコが顔を両膝に埋めた。
「リョーコ・・・」
「でも・・・あの人は言ってくれたんだよ・・・オレには『時』があるって」

「何か眠れねえな・・・」
漆黒の闇に包まれた廊下を一人歩くリョーコ。不意に視線を窓に映した。
「ん、何だ・・・?」
ナチが一人刀を構え、一人闇の中に立っていた。
星明かりを再現したわずかな明かりの中に一人立つ彼女の姿。瞳は閉じられ、刀は正眼に構えられている。
風が彼女の短く切りそろえられた彼女の緑色の髪を撫でた。
 一枚の木の葉が彼女の持つ刀に触れた。
 刹那、木の葉がむしろそれが自然であるかのように二つになる。
美しい。
 リョーコはそうとさえ感じた。
 他者を魅惑する美しさではない。むしろ恐怖すら感じさせる。
恐怖をも越える神の美しさ・・・とでもいうのか。
「何をしている?」
ナチが気がつき声をかけた。
「あ、ああ・・・散歩」
ばつが悪そうにその場を去ろうとするリョーコ。
「待て」
「何か?」
意外にもナチは微笑みすらたたえていた。
「・・・・・・」
 おそらく彼女がここに来てから始めて見るであろう彼女のおだやかな表情に言葉を失った。
「何を驚いている?行くぞ」

ナチに促され休憩所に入る2人。照明は落とされ自動販売機の蛍光灯の明かりが場違いなくらい明るく輝いている。
「ほら」
「どうも」
ナチに手渡されたホットココアの入った紙コップを手に取った。こくこくというココアを飲む音が互いの耳に届いた。不意に沈黙を破りリョーコが口を開く。「誰と戦っていたんだ?」
ナチは一瞬面食らったような顔をするが、逆に満足げな笑みを浮かべて問い返した。
「戦っていた・・・何故そう思う」
「なんていうかさ・・・似てるんだよ。オレのじいちゃんに」
リョーコの祖父はある剣術の正統継承者で、彼女の抜刀術は祖父から伝授されたものだった。
「じいちゃんがイメージトレーニングするときの姿にそっくりだった」
「フフ・・・なるほどな」
「おかしいのかよ」
若干語尾を荒げるリョーコ。
「別におかしいとは言っていない。むしろ嬉しい、私を理解してくれる者がいたという事が」
ナチが窓の外に目をやった。煌々と輝く水銀灯の光がペンキの剥げかけた古いベンチを照らしていた。
「ちょっと訊いてもいいか?」
「何だ?」
リョーコが目を細めてナチを見る。
「どうして・・・軍人になった?」
少しの間をおいた。ナチが複雑な表情を浮かべ、口を開いた。
「少々昔語りをしよう・・・妙な顔をするな。聞け、と命令しているわけではない。嫌なら耳を塞ぎここから立ち去ればいい」
「・・・別に嫌じゃねえよ」
リョーコが空になった紙コップをダストシュートに放り込み、両手を腰に当てた。

「私は、妾の子だった・・・おまえは日本出身だそうだな」
最初の言葉に驚きを感じつつも頷くリョーコ。
「ハコダテシティという町がある。私には同じ母から生まれた兄がいた。私と兄はそこで生まれた。
 祖父は大変な資産家だった・・・私が生まれてすぐに母は死に、私たちは祖父の元へと引き取られた。
 しかしそこで待っていたのは他の親族からのやっかみだった。
 兄は私を必死にかばい、常に傷が絶えなかった・・・」
ごくりという自分がつばを飲み込む音をリョーコは知覚した。
「兄は祖父に願い出た・・・強くする術を教えてほしいと。
 祖父は今の世には絶えたある暗殺剣の達人だった。
 私たちの境遇を知る祖父は弟子入りを認めてくれた。
 私もな・・・兄の力になりたかったのだろう」
ナチが拳を見つめた。
「暗殺剣・・・」
「私の父は遺伝子操作を行う事を生業とする医師だった・・・おまえが卒業後配属になるナデシコとかいう艦にはヒューマンインターフェイスシステムというものが積まれている」
「ヒューマン・・・?なに?」
「ヒューマンインターフェイスシステム。メインコンピューターと直接会話しながら艦のオペレーションを行うシステムだ。おまえや私が使用するIFSを船全体で行うといった方が正しい」
「オペレーターが一人で艦を動かすってのか?」
リョーコが信じられないような顔をする。
「そうだ。いずれは艦長一人で動かす艦ができる」

「それが、ルリの艦・・・ナデシコBとC。ラピスの艦・・・ユーチャリス」
リョーコが顔も上げずに呟くように言葉を紡ぐ。サブロウタがブラインドをおろした。列車は時間調整のためにわざと長く停止している。駅のホームに人影はなかったが、ホームを照らす蛍光灯の光が気に入らなかったのか、ブラインドの上からカーテンまでかけた。
「その人は・・・うちの艦長を知っていたのか」
サブロウタがビールの缶を潰してビニール袋に放り込んだ。
「知っていた・・・だろうな」

「しかしパイロット用のIFSよりも遥かに高度にコンピューターとリンクしなくてはならない。そのために考え出されたのがIFS強化体質の人間を造ることだ」
「造るう?」
リョーコは悪い冗談だと思った。クローンとかいうのならまだしも、無から人間を作り出すなど最近のSFですら使われないネタだ。
「まあ、正確に言うとDNA上でフランケンシュタインを合成する・・・とでも云うか」
ナチの話を要約するとこうであった。
 ナノマシンを投与してIFSを使用するというのは誰でもできるが、ナノマシンの投与する量が増えるに従い、それに適応した身体が必要になってくる。ナノマシンは基本的に身体に悪影響を与えないが、いわばパラサイト(寄生虫)である。当然の事ながらパラサイトと上手くやっていくための操作が必要になるわけだ。しかも戦場で使われるのだから(←嫌な言い方だ)強靱な肉体でなくてはならない。
 故に受精卵の段階からパラサイトを受け入れる因子を持つ遺伝子を注入するのである。事実ナノマシンが開発された当初は、人の身体がそれに拒絶反応を起こし、様々な弊害をもたらすという事態が幾例か確認されたからだった。
 クローンの場合は受精卵の細胞核ごと入れ替えるのだからクローンとは似て非なるものだ。その後徐々に遺伝子操作を加え、身体を形作るのだという。
「何か・・・途方もない話だな」
その成功体が自分より7歳も年下の少女であるとはその時のリョーコは知らなかった。
「父の研究はまさにそれだった・・・しかし私たちはとんでもないものを偶然目にした」
ナチが古ぼけた写真の束を取り出した。見て見ろ、とリョーコに差し出す。
「うっぷ・・・」
リョーコを激しい嘔吐感が襲った。

「おい、大丈夫か・・・何が映っていたんだ?」
サブロウタが脂汗を浮かべるリョーコの肩に手を置く。自分の手を通して彼女の身体が小さく震えている様が解った。
「地獄だよ・・・」

1枚目の写真には、一人の胎児がホルマリン漬けにされている様が写っていた。しかし・・・顔には何もなかった。目鼻口の全てが。
 2枚目の写真には、5、6歳くらいの少女の写真だった。しかし皮膚の一部が徐々に腐乱しており、さながらゾンビのような姿を晒していた。
 3枚目の写真には、一人の少年の姿が写っていた。しかしその下半身は黒い剛毛に覆われ、頭部からは角のようなものが伸びていた。何かの映画で見た悪魔の姿そのものだった。
「いい・・・もういい」
押しつけるようにして写真をナチに渡した。
「最後にこれを見てみろ」
懐から取り出された別の写真。躊躇の色を見せるも、リョーコは意を決した。「・・・誰だ?」
一人の女がホルマリン漬けにされていた。歳の頃は30くらいか、腰まで届く長い髪に、非常に端整な顔立ちをしている。その瞳は堅く閉じられ、生気はない。しかし不思議と満足げに見えるのは目の錯覚だろうか。
「私たちの・・・母だ」
「何だって?」
「・・・父、ガイセにとって母・・・リーホアは一人の被験体にすぎなかった。父は母を獣のように汚した挙げ句、被験体として殺した・・・」
そして真実に気がついた彼女と兄は・・・父を滅するため刃を抜いた。
 ナチが13歳の時だった。

「・・・親殺し?」
サブロウタの顔にも冷や汗が浮かんだ。
「あの人の兄さんと2人で親父さんの研究所を襲ったそうだ・・・自分たちも死ぬつもりで・・・研究所に爆弾を仕掛けてな」

爆炎が研究所の主動力施設を破壊し、劫火が研究所を喰らい始めた。
 紅蓮の炎が、ガイセと兄を包む。彼らを覆う炎が、さながらコロシアムのように2人の周りを包んでいた。
「ナチ・・・おまえは逃げろ!私はおまえまで巻き込みたくない!」
兄の声が分厚い炎の壁を通して響く。
「・・・よ!、ナチよ!貴様ら・・・この父を裏切るというか!」
ガイセの振るう刃が炎に包まれ紅く輝く。
「今更父親面をするか!罪もなき子供達を弄び・・・母おも滅した貴様が!」
兄の振るう刃とガイセの振るう刃が不気味な音をたててぶつかり合う。遺伝子を操作した子供達に対して、さらなるドーピング処理を施すことによりより強靱な肉体を持ったオペレーターを作り出す。しかし使用される側のことを考えない強力な薬は被験体とされた子供達の遺伝子をも蝕んだ・・・その結果があの子供達の正体だった。そして皮肉にもルリやラピスはそのデータが残っていたおかげで『人』として生を受けたのである。
「私の欲望が貴様らのごとき出来損ないを生み出すとはな!」
ガイセの突きが兄の右肩に食い込んだ。
「くっ・・・その出来損ないによって滅せられるのはどういう気分だっ!」
兄の刃がガイセの腹を貫いた。
「兄さん・・・きゃあっ!」
崩れた梁が2人の姿をかき消した。劫火は更にその巨躯を成長させ、彼女をも飲み込もうと荒れ狂う。
「!」
 肌を焦がす炎(ほむら)の猛攻にナチは我に返った。
 兄の後を追うか・・・それとも・・・

「結局は逃げおおせたがな」
ナチが自嘲の笑みを浮かべた。
「・・・・・・」
言葉を失うリョーコ。なんと答えればよいのか皆目見当がつかない。
「あのあと・・・どうなった?」
「兄は2通の遺書を残していた。
 一通はこれは自分の独断でやったことだと。
 もう一通は兄を止めるため私が研究所へ向かったと・・・そう書かれていた。 兄は・・・最初から一人で責任を背負うつもりだった」
 つまり一通はナチの名前で遺書を書いたのである。ナチが生き残って帰ってきても、全ての非が自分の元に来るように。
「2人の死体は見つからなかった・・・私に残されたのはこの刀だけだった。他の親族からの風当たりも強くなりすぎた。だから私は軍に入った。とりあえずは命を狙われることはないからな」
兄がいなくなったとはいっても、他の親族にとってナチが邪魔な存在であることには変わりはなかった。命を狙われたことも一度や二度ではなかった。
「オレは・・・何もすることがないから、ここに来た。どこで終わってもいい人生だと・・・今でも思っている」
ナチが腕を組む。
「スバル。おまえ今いくつだ?」
「18だよ」
ナチが笑った。それに怒りを覚えたリョーコがつかみかかろうとする。しかしナチはそれをあっさりといなし、腕を組んだまま悠然と彼女の後ろをとった。
「馬鹿にしてんのかよ!」
「フ・・・馬鹿になどしていない」
ナチがリョーコに背を向けた。
「スバル」
「?」
「おまえには『時』がある・・・見いだせ、己の未来を」
ドアの開く音がする。
「そりゃあ一体?」
「兄の口癖だった・・・」

「おりょ?どうしたのリョーコ?」
次の日の朝、ヒカルがリョーコを不思議そうに見た。彼女の髪が緑色に染まっていたのだ。
「別に。ちょっとした気分転換だよ」
素っ気なく答えるリョーコ。

それからしばらくして、リョーコ、ヒカル、イズミの3人がナデシコに配属になる日が来た。
「よく頑張ったな」
卒業証書と同時に握手を求めるナチ。
「へっ・・・あんたとはもう一度やり合ってみたいもんだな」
言って彼女たちを威圧するように立つ紅い巨人に目を向ける。
−エステバリス0G戦フレーム・リョーコカスタム−
 彼女の愛機となる機体だ。
「よし、これにて証書授与式を終了・・・」
刹那、爆音が響いた。
「な、何?」
「何が起こった?」
口々に叫ぶ訓練生達。非常用の赤いサイレンが回り、警報が飛び交う。
「警告、警告、コロニー外部にチューリップを確認。チューリップより木星蜥蜴艦隊を確認・・・コロニー全土、非常態勢に移行、繰り返す・・・」
「な・・・にい!」
リョーコが叫ぶ。しかしすぐに立ち直り、己の愛機へとその身を滑り込ませた。両手の甲に輝く輝紋と同時に、目の前の景色が映し出された。
「ハッチ開けろ!オレが出る!」
「私も行く!」
「・・・出るわ」
リョーコに続いてヒカルのイエローのエステバリスと、イズミのライトブルーのエステバリスに乗ろうとするヒカルとイズミ。
「待て!」
コミニュケを通して、ナチの顔が映し出された。
「なんでだよ!」
「おまえ達はその足でナデシコへ向かえ。ここは私が食い止める」
ナチはシルバーのエステバリスに乗っていた。左肩にはライオンのエンブレムを持つ彼女の専用機である。
「だけどよ!」
「リョーコ後ろ!」
ヒカルの声と同時に壁が崩れ、数体のバッタと呼ばれる無人兵器が飛び込んでくる。訓練生達が悲鳴をあげて逃げまどう。
「ちっ!」
ラピッドライフルを構えるリョーコ。
「待て!味方に当たる!」
そう叫ぶなりナチは鎌のような武器を取り出す。
−ライオンズシックル−
彼女の機体にのみ装備されたビームの刃を発する鎌の形をした試作武器である。彼女のエンブレムが獅子であることからライオンズシックル(獅子の大鎌)と呼ばれていた
「はあああっ!」
ナチの叫びと同時に数体のバッタが全てまっぷたつにされた。
「ひゅーう・・・」
「ここはまかせろ!早く行け!」
ナチのエステバリスが外へと躍り出る。
「ヒカル!イズミ!無事か?」
瓦礫の固まりとなった周りに向けてリョーコが外部スピーカーで叫ぶが返事はない。
「ち・・・とりあえずエステだけでも運ぶか」
攻撃の影響で重力発生装置が破損したらしく、エステバリス3体とコンテナをワイヤーで固定して引っ張り上げるのはさほど苦もなかった。
「あいつらのことだから無事だとは思うが・・・なにっ!」
目の前にいたのはよりにもよって木星軍の無人戦艦だった。
リョーコのエステバリスを捕捉した戦艦が砲台をリョーコのエステバリスに向ける。
「ち・・・」
応戦を試みたリョーコが牽引しているエステバリスを切り離し、ラピッドライフルを向けた。
刹那、砲台に輝く粒子が収束し始める。次の瞬間、ビームが彼女のエステバリスを襲った。
「喰らうかよっ!」
しかしそれは彼女にとって予測済みの行動だった。エステバリスを急加速させ、ビームをかわしつつラピッドライフルを撃つ。
「おりゃあっ!」
戦艦の頭とも言うべき部分に取り付いたリョーコのエステバリスが、ラピッドライフルを乱射した。制御中枢を失いその動きを止める無人戦艦。
−勝った−
しかしその刹那的な満足感は、彼女に大きな隙を作ることになった。
「うわっ!」
後ろから何かに追突されたような感じを受けた。慌てて後方モニターを見る。「な・・・放せこのヤロウ!」
バッタが取り付いていたのだ。無機的であり、かつ昆虫を連想させるその顔が目の前に飛び込んできた。戦場の恐怖というものを初めて彼女は感じた。バッタをふりほどこうと必死でもがくが、装甲板同士の隙間に足をがっちりとはめ込ませており、ふりほどくのは容易ではなかった。
「畜生・・・なにっ!」
更に別のバッタやジョロと呼ばれる敵が現れ、リョーコのエステバリスに取り付く。さながら人喰い蟻が獲物に取り付き貪るような様を連想させる。
 機体の各所から装甲が歪むような不気味な音が響き、非常を示す紅い光がコクピットを包む。
『機体が耐久値の限界に近づいています。脱出してください』
彼女の目の前のウインドウがそんなことを表示する。
「馬鹿野郎!出来りゃとっととやってるよ!」
精一杯の悪態をつき、バーニアをふかす。その衝撃で背中に取り付いていたバッタが振り落とされた。しかしすぐに別のバッタが取り付いた。
「く・・・ここまでかよ・・・」
「どうした、いつもの強がりはどうした?」
声が響くと同時に、視界が元に戻った。
 ナチのエステバリスだった。彼女のエステバリスの振るう大鎌が、リョーコのエステバリスに取り付くバッタを全て薙ぎ払ったのである。
「へへ・・・また借りができちまったな」
辺りの敵を一掃した後、ヒカル達のエステバリスを引っ張りつつリョーコが言う。
「フ、修行がたりんな」
ナチが笑う。しかしすぐに2人の表情に緊張が走った。さっき潰した戦艦から爆風が飛び出す。
「な、何が起こってるんだ?」
何かの衝撃でジェネレーターが暴走を始めたらしかった。
「・・・スバル、おまえはナデシコへ向かえ」
「ちょっと待ってくれ、ここの守りは・・・」
といいかけて初めて全体の戦局に気がついた。コロニーの全土から火が上がっている。爆発もあちこちで起きている。周りにいる味方もナチのエステバリスだけだ。
「よく聞け。私はこれからあの戦艦をチューリップに突っ込ませる」
「ん、んなことしたらあんた!」
「最後の命令だ・・・スバル『未来』を掴め。おまえにならそれができよう」
 リョーコが反論するよりも早く、ナチは戦艦へとエステバリスを向かわせた。
ナチのエステバリスの銀色の機体が飛んでいく。

 リョーコの瞳に映った、ナチ最後の勇姿だった。


銀色のエステバリスがブリッジに穴を開け、ブリッジにナチが降り立った。
「フフ、操縦系統というのはどこも似たようなものなのだな」
天性の勘で操作法を直感したナチが、進路を無人兵器を無尽蔵に吐き出すチューリップに向けた。
「未来・・・か」
キャプテンシートに座り込み、ガイセの研究所で見た被験体の子供達の姿を思い出す。
「ホシノ・ルリ・・・」
ナデシコの乗員名簿をひょんな事から入手し、彼女はルリの名前を知っていた。「七宝衆と呼ばれた者たちの生き残り・・・
勝手と思うかもしれないが・・・
 スバル・・・
 彼女を守ってくれ・・・
 そして・・・いつか見つけだせ・・・
 自分を守ってくれる存在を・・・
 
 兄さん・・・
 今行くわ・・・」

「いい眺めだな・・・」
サブロウタとリョーコがナチの墓前に立っている。ハコダテシティの東山地区にあるその墓地は山の一部を削りだして作られており、遠くにはドックの赤い巨大なクレーンと函館山が見え、その更に遠くには海が陽光を照り返して宝石のように輝いている。
 冬の割には雪は少なく、特に雪をどける必要はなかった。
線香を折り、リョーコがライターをつける。
「っと・・・」
海辺の町で山あいである。海風が強く、火が吹き消されそうになった。
「ほら」
サブロウタが両手でリョーコの手の周りを覆う。ほのかに香る潮の香りが心地よかった。
「わりいな」
ちょっと照れつつもリョーコは何とか火をつけることができた。線香の持つ独特の香りが2人の鼻をくすぐる。
無言で手を合わせる2人。
「リョーコ」
サブロウタが不意に口を開いた。
「おまえは・・・どうなんだ
 未来・・・見つかったか」
「見つかったら・・・悩んじゃいねえ」
「一緒に・・・探すか?」
リョーコの身体を抱きしめる。
「俺達は戦う意外に術がないのかもしれない・・・だが俺達にも『時』がある」
「あるのか・・・そんなもんが」
不思議と抵抗するつもりにはならなかった。
 むしろこのまま彼に身体を預けることができたらどれほど楽か・・・
 そうとすら思う。
「あの人の思いを忘れないために・・・オレは、自分の部隊にあの人の呼び名をつけた・・・ライオンズシックルって」
握った拳に力がこもる。
「リョーコ」
 サブロウタが抱きしめる腕に力を込める。
 その笑顔のなんと美しいことか。
 彼女への慈愛と希望すらたたえていた。
 それでも、リョーコはその顔を見ることができなかった。
 顔を見てしまうと、涙があふれ出すから。
 弱い自分を、彼にぶつけてしまうから。
「レゾンテードルって言葉を知ってるか?」
不意にサブロウタが口を開く。
「え?」
リョーコが思わず顔を上げる。
「レゾンテードル・・・存在意義。ここにいてもいい理由。
 なんでそんなに未来を捨てる?あきらめちまったらおわりだぜ・・・人生なんてもんは」
「だから・・・おまえに抱かれろっていうのか」
潤んだ瞳を彼の顔から背け、突っぱねた口調のリョーコ。
「そんなことは言っちゃいない。俺は純粋におまえが好きだ」
真摯な視線がリョーコに向けられた。
「オレに何がある・・・」
「何もなくたっていいじゃねえか・・・『時』があるって意味、俺には解る。だから・・・見つけようぜ・・・俺達の『未来』を」

感情をこれ以上押さえることができなかった。
 自分を支える彼の身体を強く抱きしめる。
あふれ出す熱いものが彼の胸板を濡らす。
そっと彼女の髪を撫でるサブロウタ。
そしてリョーコの身体を強く抱きしめる。

重なり合う2人の唇。
 得られた絆。
願わくば・・・このままで。




PREVIEW NEXT EPISODE

アキト:失われた絆は結ばれ、新たな絆が俺に生まれた。
 ルリ:永遠に失ったと思ったものを、私は得られました。
アキト:身勝手な俺を求めて、赦してくれたユリカ、ルリちゃん。そしてその想いを誰より理解してくれたラピス・・・
 ルリ:こんな私を心から愛してくれたハーリー君。
アキト:人の絆に満たされた日々・・・
 ルリ:私の記憶の中で最も大切なもの・・・
アキト:こんな日々がいつまでも続けば・・・
 ルリ:でも、変わらない『時』はなかった。
     凪の『時』は続かない。
     長い時を経て星々すらも動き続ける。
アキト:出会いがあるからこそ、別れがある。
 ルリ:でも、それは『未来』を得るため・・・

アキト&ルリ:次回 NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
         第18話 『別れ』は悲しみではなく、再び出会うためにある

 ルリ:第2部最終回、ご期待ください。
アキト:ご意見、ご感想は感想メールまで。
 

作者のOROCHIさんに感想メールを出す


←BACK

NEXT→

OROCHIさんのお部屋へ戻る
投稿小説のお部屋へ戻る
トップへ戻る