-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-

第16話 『獅子』を育てた女




ネルガル本社ビル。
 高層ビルが乱立するトウキョウシティに於いても、一際異彩を放つ建物である。全体をミラーガラスで覆う正六角形のビルの屋上には、尖塔のようなオブジェが取り付けられていた。
「ヒュウ・・・」
リョーコがビルの真下でビルの頂上が見えないかと目を凝らす。
「何となく香港あたりの建物に似てるな」
サブロウタが感想を漏らした。香港にユニークな建造物が多いのには理由がある。香港では「風水」という西洋の環境生理学と中国の地理地相学を融合させた技術がある。企業が業績を上げるために、この技術を応用しているわけである。まあ、設計図に縁担ぎの要素を組み込んでいると云った方が正しいのかもしれないが・・・。
「お待ちしておりましたよ」
受付の女性に来意を告げ、ロビーをぶらついていた2人の後ろからプロスペクターが声をかけた。
「おっと・・・」
いきなり後ろから声をかけられて慌てて振り返るリョーコとサブロウタ。この2人に気配を悟られることなく近づける彼は流石である。
「久しぶりだな、プロスのおっさん」
「いい加減本名を教えてくれてもいいんじゃない?」
2人がそれぞれ声をかける。
「まことにお久しぶりです、リョーコさん。それとタカスギさん、人には誰しも秘密があるものですよ・・・そう、あなた達が追っていた男のように」
プロスペクターの瞳に一瞬鋭い眼光が宿る。
「ああ・・・そうだな」

「やあ、待ってたよ。その様子だと何かつかめたようだねえ」
アカツキが会長室に入ってきた2人をにこやかに出迎えた。
「ま、多少はな」
リョーコが腕を組む。
「直接顔を会わせるのは2回目かい?」
サブロウタが続いて入ってくる。
「そうですね」
サブロウタの後ろからプロスペクターが声をかけた。
「これで全員か?」
リョーコが訊く。
「いいや、もう一人いる」
アカツキが奥のソファーに座るよう促す。
「あ、あんたもか」
リョーコが少し驚いた様子を見せた。
「役者はそろったようね」
更にエリナまでもがいたのだ。

一同ソファーに腰掛けた。
「・・・では本題に入りましょうか。わざわざエリナさんまで月からこちらに来てくださったという事は、よほどの事態なのでしょう?」
人差し指で眼鏡を押し上げ、プロスペクターが一同を見渡す。
「まあ・・・ね」
エリナがリョーコとサブロウタを見る。エリナは現在宇宙開発部門の総責任者を務め、月にあるネルガルの戦艦ドックで仕事を続けている。ナデシコC、ユーチャリスの開発にも企画の段階からかかわっていた。因みにナデシコBとCは現在宇宙軍の手に、ユーチャリスは月ドックに秘密裏に保管されている。
「ま、あんた達の予想通りと言えば予想通りだな」
リョーコが懐から写真数枚を取り出しテーブルの上に置いた。ピースランドでのショウとヤマサキの写真である。
「ショウとヤマサキ・・・つながりはあったらしいぜ」
サブロウタが鞄の中から『極秘』と書かれた茶封筒を取り出した。
「木連軍を辞めるときに偶然見つけたんだがさ」
「こいつがかい?」
アカツキが封筒を受け取る。封筒の中には左上をホチキスでとめた書類が入っていた。
「ヤマサキ・ヨシオに関する報告書・・・」
ぱらぱらと書類をめくるアカツキ。
「奴は今から4年ほど前に突如として草壁の前に現れた。そして独自の技術で生体ボソンジャンプを可能にした・・・俺に遺伝子操作を施したのもあいつだよ」
サブロウタが一冊の本を見せた。表紙には禁帯出のシールが貼られ『木連優人部隊に於ける遺伝子操作の方法及び生体ボソンジャンプ』と書かれていた。
「あいつがオロチ出身であることは間違いねえ」
リョーコが見せた写真には例のダガーが写っていた。
「地位と名誉を求めて地球に来たオロチの学者は大勢いるわ。でもここまで表舞台に姿を現した例はない。この男の目的は何?」
エリナがリョーコとサブロウタを見る。
「それが皆目見当もつかねえ」
サブロウタが両手をあげた。
「ま、不思議な点はまだあるねえ。例えばピースランドが保釈金を払った程度で奴を釈放したってのもそうだ」
アカツキが書類から目を上げた。
「こいつは草壁の組織の中でも幹部だ。ピースランドがどれくらいの力を持っているかは分からないが、おいそれとA級戦犯を出せるかとなったら疑問だよ・・・ほとんど超法規的措置といっても過言じゃない」
アカツキが真摯な瞳で一同を見る。しかしすぐにここにいる誰もその答えを知る者はいないということに気がつき、わざとおどけた自分を演じるかのように大きく背伸びをした。
「ムラクモは何か言っていたの?」
エリナが訊く。
「追放者・・・ヤマサキのことをそう呼んでいやがった。多分オロチで妙な実験でもやって追い出されたんじゃねえか?」
リョーコが天井を見上げた。目に付いた蛍光灯の光に目を細めるリョーコ。
「それは多分当たりですねえ」
眼鏡を押し上げプロスペクターが頷く。
「どうしてだ?」
サブロウタが訊ねた。
「お忘れですか?テンカワ夫妻をあのような無惨な姿に変えたのはあの男ですよ」
プロスペクターの言葉に一同が押し黙った。
「おまえは・・・知らないのか?」
サブロウタを見つめるリョーコ。
「・・・わりい」
その一言で全てを察し、リョーコが口を閉ざす。
「秋山少将なら何か知ってるかと思ったが・・・答えはノーだ」
サブロウタが彼に似合わないほどの小さな声で答えた。

「なるほど、それでわざわざピースランドまで来てたんですか」
アキト達の店にやってきたリョーコとサブロウタの話に頷くユリカ。
「はいどうぞ」
ハーリーが2人に水を差し出す。閉店間際の店は彼ら以外に客はいなかった。「おっ、サンキュー」
サブロウタがコップの水を半分くらい飲み干した。
「それで、サブロウタさん、リョーコさん、まだ何か調査しているんですか?」
ルリがおしぼりを2人の前に置いた。
「いや、オレ達のやれることはこれくらいだ。これ以上本格的に調べようと思ったら軍を辞めなきゃならねえ・・・」
リョーコが自分の無力さを恥じるように唇を噛んだ。サブロウタは宇宙軍、リョーコは統合軍にそれぞれ所属している。本質的に軍隊とは自由行動が極端に制限される。統合軍、宇宙軍合一化のためのデータ整理のどさくさに紛れて調査を続けてはみたが、これ以上何かしようにも自由行動中の調査ではそろそろ限界だった。
「閉店近いからね、サービスするよ」
暗い雰囲気を崩そうとアキトが鍋の料理を皿に乗せつつ努めてあかるげに口を開く。
「少し暗いことは忘れましょう。ね」
ユリカがアキトの料理を受け取りサブロウタとリョーコの前に置いた。
「ああ、わりい。辛気くさい話をしちまって」
リョーコが割り箸を手に取った。
「・・・どうぞ」
ラピスがスープとライスを運びつつ2人に視線を合わせた。
「おお、来た来た」
サブロウタがかきこむようにライスを口に運ぶ。
「ライスとスープはお代わり自由ですから。好きなだけどうぞ」
にっこりと笑いハーリーが言った。

「ふう、食った食った」
腹をさすりつつハーリーに手渡されたお茶を飲むサブロウタ。
「アキト、腕あげたな」
リョーコが厨房のカウンターから顔を出して食事の様子を見ていたアキトに声をかける。
「はは、ありがとう」
アキトが照れたように答える。
「・・・仲がいいのね」
ラピスが2人の食器を片づけつつ口を開く。
「ばばばバカ!オレは別にこいつとつき合ってるとかそういうわけじゃあ」
リョーコが慌てて両手を振って否定する。
「・・・つき合っているの?」
いつものポーカーフェイスで答えるラピス。リョーコの顔が熟したトマトのように真っ赤に染まった。当然のことだが、ラピスは別に2人の関係を誘導尋問しようとしたわけではないし、そこまで機転の回るほど人間関係に熟知してもいない。
「語るに落ちましたね、リョーコさん」
にっこりと笑ってルリが顔面紅潮したリョーコに視線を合わせた。それを見たアキトが「ルリちゃん、性格変わったなあ」としみじみと頷く。
「う、うるせえ!」
がぶがぶとお茶を一気飲みするリョーコ。
「ハーリー!茶ぁもう一杯!」
「は、はーい」
リョーコの剣幕に押されてあわててお茶のポットを取りに走るハーリー。彼の姿が厨房の奥へと消えたのを見てからサブロウタが不用心な口を開く。
「そういえば、君はショウとつき合ってるんだって?」
しかしラピス、照れもせず動じもせず一言。
「どういうのがつき合っているっていうの?」
「え・・・そうだなあ」
一瞬返答に窮するサブロウタだったが、持ち前の女性経験の豊富さですぐにペースを取り戻す。
「例えば、一緒に映画見たりとか、ドライブに行ったりとか、食事したりとか」
思わず一同ラピスに注目する。ラピスがどういうデートをしているのか、ちょっと興味がわいた。
「・・・食事に連れてもらうことが多い・・・」
少し思案した後ラピスが答えた。
「へえ、お堅い科学者と思っていたけどあいつも結構やるなあ。そうか、このくらいのうちから唾つけておけば後々・・・」
と言いかけたとき殺気を感じる。とっさにガードをとる。サブロウタの腕に走る衝撃。
「あぶねえあぶねえ、そうそう喰らって・・・ウゲ!」
サブロウタの顔が青ざめた。
「いい加減にしやがれ!このスケコマシ!」
リョーコが向こう臑に思いっきりローキックを入れていたのだった。
「・・・ううう、なにもそこまでやらんでも」
脚をさすりつつサブロウタがため息をもらす。
「自業自得って言いません?」
ちゃっかりとつっこみを入れるハーリーだった。

「・・・そういえば」
ラピスが思い出したように口を開く。
「どうしたの?」
ユリカがラピスを見る。
「あなた達の追っていた組織かは分からないけど、ショウから聞いたことがある」
「何か知っているの?」
ルリの問いに少々間を空けて頷くラピス。
「ショウが・・・あのあとオロチにアクセスして調べていたことがあるの」
ラピスの言葉に注目する一同。
「データはかなり複雑に暗号化されていて読むことができなかった・・・ただ一言ショウが言った言葉・・・それは」
『それは?』
一同声を合わせ訊ねる。
「宇宙(うつ)の戦神(いくさがみ)」

アキトの店から出てしばらく歩き続け、2人はバス停の前に立っていた。帰宅ラッシュも終わり、彼ら以外に待つ者は誰もいない。
「宇宙の戦神・・・ねえ」
街灯の明かりを見上げるようにサブロウタが背伸びをした。
「ラピスもそれ以上は知らねえようだしな」
リョーコが捨てられていた空き缶を蹴り飛ばす。遠くからバスのヘッドライトと方向表示幕の明かりが近づいてくる。
「んで、今日はもう帰るのか?」
サブロウタがリョーコの顔を見る。バスが止まり、ブザーとともに入口が開く。
「・・・悪い。他に寄るところがあるんだ」
リョーコがバスに乗り込んだ。追ってサブロウタも。
「おいおい、冷たいじゃないか」
バスの中に彼ら以外に客はおらず、ほとんど貸し切り状態だった。リョーコの隣に腰を下ろすサブロウタ。
「今何時だ?」
「ん?21時丁度だな」
腕のコミニュケを見ながらサブロウタが答える。
「ぎりぎりだな・・・」
「どっか行くのか?」
「ああ、ちょいとな」
リョーコのその横顔には、懐かしさとも悲哀ともつかぬ何かが宿ることにサブロウタは何となく気がついていた。

夜行列車とは妙な物だ。
 ある人には郷愁を誘い、またある人には挑戦意欲をもたらす。
去る者と挑む者・・・
 鉄道創世の古来よりそれは受け継がれ続けていた。
23世紀のこの時代でも。
リョーコとサブロウタの前にある車両も、夜行列車が盛んだった20世紀の後半部に多く用いられた車両に合わせて全体がフラットブルーで統一されたカラーリングをしており、横には『北斗星』のロゴが入れられていた。
「夜行列車ねえ・・・」
切符と中の寝台を見比べつつ歩くサブロウタの脳裏に、以前読んだ宇宙空間を駆けめぐる列車に乗った少年が主役の漫画が思い出された。
「金髪の大美人じゃなくて残念だったか?」
リョーコがからかうように自分の向かいに座るサブロウタに軽い口調で言葉を発した。
「美人っていう点じゃ申し分ないぜ。ただせめて口より早く手が出るのは勘弁してほしいかな?」
にっこりと笑いサブロウタが缶ビールを渡した。
「そりゃあおまえの自業自得だ」
素っ気なく答えてリョーコがビールを喉に流し込んだ。
「俺は褒めたつもりなんだがなあ」
天星(アキトの店)での一件を突かれたサブロウタが苦笑いを浮かべてビールを開けた。
「着くのは明日の朝だ・・・とっとと寝た方がいいかもな」
リョーコがコミニュケを見つめた。フルスピードで走ればそれこそ3時間程度で済むのだが、夜行列車らしくわざとスピードを落としたり途中の停車駅で長く停まったりして時間を調節していた。停まるのはともかくとして、リニアモーターカーというのはある程度スピードを出さないと効率の問題で元が取れないために、わざとスピードを落とす夜行列車などいらん!という意見が乱立したのだがそこら辺は熱心な鉄道マニアの力によるものなのか今だ夜行列車は生きていた。「せっかく旅行に来てるっていうのにそんなに急がなくてもいいじゃねえか」
「・・・・・・」
沈黙を続けるリョーコ。
「何があるんだ?いや、何があったのかって訊いた方がいいか?」
目を細めサブロウタがリョーコの瞳を見つめる。
「・・・気がついてやがったのか」
「薄々だがな」
サブロウタの真剣な目に少し戸惑いつつもリョーコは口を開いた。
「オレが唯一『恩師』とあがめる人に会いに行く」
「恩師?」
「ああ、『獅子』を育てた女だ」

時は5年ほどさかのぼる・・・
「ねえねえ、リョーコ聞いた?新人教官が来るんだってさ」
「熱心な宗教家・・・信心・・・新人教官」
レクリエーションルームの扉をいきおいよく開けて飛び込んでくるヒカルとイズミ。
「何だよ・・・今度はどこのバカだ?」
めんどくさそうにリョーコが答える。
「ぬ・・・ぐおおおお」
テーブルを挟んで、彼女の前には顔中を紅潮させ額から脂汗を垂らしている男がいた。
「へっ、この程度でオレに勝とうってのか?」
2人の手はがっちりと握られている。そう、アームレスリングをやっているわけだ。
リョーコの腕は男よりも遥かに細い。しかし2人の表情を見ると最早勝敗は明らかだった。
「おりゃ」
男の手が地面に叩きつけられる音が響いた。
「ったく、オレに喧嘩売るなら少しは鍛えてこい!」
男に一瞥をくれてリョーコが立ち上がった。

「プッ・・・」
サブロウタが笑いを押し殺す。
「てめえ・・・笑いやがったな?」
刺すような視線をぶつけるリョーコ。
「いやわりいわりい」
「ま・・・いいけどよ」
リョーコが窓の外に視線を移した。
「あんときオレは、サツキミドリっていうコロニーにいたパイロット候補生の中でも天才って呼ばれてた・・・
だがな・・・どうしても他の奴らとは何かなじめなかった・・・
ヒカルやイズミともそうだ。
なんだかわかんねえけどつっぱってた・・・
喧嘩もよくした・・・
模擬戦で病院送りにした教官も大勢いた。
あの人も・・・そんな一人になるはずだった・・・少なくとも・・・
あのときはそうできると思った」

「ほお、なかなかの腕だな」
若い女の声だった。一斉にリョーコを除く一同が声の主を見る。
「おおお」
何人かの男の候補生が歓声を上げた。歳の頃は20代前半か、リョーコより頭一つくらい背が高い。緑色の髪を短く切りそろえ、整った顔立ちには研ぎ澄まされた刃のような瞳が彼らの姿を映していた。
凄絶なる美しさ・・・
そうたとえればよいのだろうか。
「おまえか?教官キラーのスバルは?」
他の人間には一切目をくれず、リョーコの元へと歩む新人教官。
「人に名前を尋ねるときは自分から名乗りやがれ」
素っ気なく答えるリョーコの前に立ち、彼女は・・・
−パアン!−
「な、なにしやがる!」
リョーコの頬を打った。
「まるでボス猿だな・・・まあ、おまえのいうことももっともだ。私はオオイワ・ナチ、おまえ達の教官になる」
呆然とする一同の前で名乗りをあげるナチ。
「・・・教官?なろっ!」
我に返ったリョーコが怒鳴り声をあげる。
「どうした?」
「どうしたじゃねえ!なんのつもりだてめえ!」
拳を握り敵意をむき出しにしてナチを見るリョーコ。
「ちょ、ちょっとリョーコ・・・」
「うっせえ!」
止めに入るヒカルを押しのけてナチを睨む。
「ちょっとした挨拶だ。おまえも今までこうしてきたのだろう?」
冷笑をたたえてナチがリョーコをさけずむような目で見る。
「知るか!オレより弱い奴に教官面してほしかねえだけだ!」
リョーコがパイプ椅子を蹴り飛ばす。
「ほう・・・つまりおまえはこの私より強い。そういいたいのか?」
「ったりめえだ!なんならやってやろうか!」
「面白い・・・勝負方法はおまえが選べ。不得意科目だから負けた・・・などと言い訳されてはかなわんからな」
「上等じゃねえか・・・」
リョーコがロッカーの中に収められていた刀を取り出す。
「ほお、刀を使えるのか。よし、本日の訓練は体育館で行う。今から10分後に集合せよ!」
ナチが少し感心したような笑みを浮かべて部屋から出た。

「ヒュウ・・・すげえ女だな」
サブロウタが十字を切った。
「ハハ・・・おまえでもびびるぜ。あの人に会って動じないっていうのはそうそういねえぜ」
リョーコが二本目の缶ビールを開けた。

体育館の中心で向かい合うリョーコとナチ。互いの腰には日本刀が構えられている。
「はーいはい、オッズはリョーコ3、教官7だよ」
「オレは教官だ」
「いやあ、リョーコさんに勝てる奴はいないだろ」
「やっぱリョーコさんだな」
観客席のヒカルのかけ声に合わせてトトカルチョを始める他の兵士達。賭率はリョーコの方に傾いている。
「おまえたち!」
ナチがギャラリーに向かい声を発する。あわてて姿勢を正す兵士達。
彼女の声には人を萎縮させる『何か』があった。
「人の強さを見抜けぬようでは、勝利はないぞ!」
しかしナチはむしろ笑ってさえいた。
 さながら悪ガキを手玉に取る母親のように。
「調子に乗るなよ」
リョーコが睨む。
「フフ・・・」
壁に取り付けられた4つのモニターに"ARE YOU READY FOR THIS DEADLY FIGHT?"の文字が浮かび上がった。ここの卒業生が遊びで付加したシステムで、試合開始時にはモニターにそのロゴが浮かび上がるようになっていた。
「It all depends on your skill・・・」
さっきリョーコにのされた男が審判役として声を発した。身構える2人。
「Triumph or die!」
試合開始のかけ声と同時に刀を抜き走る2人。
「とりゃあ!」
「フッ!」
神速とも謳われるリョーコの抜刀術。ナチはそれを軽々と受け止める。一同が驚きのあまり言葉を失う。
「成る程・・・たいしたものだ」
「チッ」
素早く後ろに飛び退き反撃を伺うリョーコ。
「どうした・・・来ないのか」
ナチは悠然としていた。
「ならばこちらから行くぞ!」
ナチの猛攻が始まる。
「ち・・・このやろっ」
 反面リョーコは自分の甘さを呪っていた。
隙が全く見あたらない。
「そら、そら、そらっ!」
それどころかその流れるような連続の斬撃をさばききるだけで精一杯だった。
風圧だけで皮膚が斬られるのではないか。
 そのような錯覚さえ覚えた。
 否、それだけではない。彼女の全身から発せられる『気』とも呼ばれる何かが明らかに違う。
リョーコはすぐに気がついた。
 この正体がなんなのか・・・

「何だったんだ、その正体は?」
「殺意だ・・・」
リョーコがビールの缶を握りつぶす。残っていたビールがあふれ出して彼女の手を伝い、寝台のシーツを濡らした。
「殺意?」
タオルを手渡すサブロウタ。
「人を殺し続けた者だけが持つ何かっていうのか・・・言ってみりゃ『死』をも越える恐怖・・・あの人に『滅』の文字を見た」
手渡されたタオルでビールを拭うリョーコ。しかしその表情には明らかに『恐怖』が浮かんでいた。
「赤毛の黒い胴着のおっさんじゃあるまいし・・・」

勝敗は決していた。
リョーコは刀を折られ、折れた刃の切っ先が彼女の足下に突き刺さっていた。「・・・死線をくぐり抜けることの意味・・・少しは理解できたか?」
ナチの身体から発せられていた周りの命を全て奪い尽くすほどの殺意はすでに消えている。
「・・・・・・」
「フ・・・口も利けないか?」
ナチがリョーコに手を差し出した。
「・・・オレの、負けだ」
へたり込むリョーコは、素直にその手を取った。

微笑みを浮かべ、ナチとリョーコが見つめ合う。
「でも・・・いつかあんたに勝ってやるからな!」
リョーコがそれでも強がりを見せる。
「ハハハ、面白い。せいぜい鍛えてやるぞ!」
ナチが破顔し、2人は互いの拳を合わせた。




PREVIEW NEXT EPISODE

こんにちは。アオイ・ジュンです。
 リョーコさんを育て上げたナチさん。
 彼女はサツキミドリにその人ありと謳われた名パイロットでした。
 しかし、数奇な運命は2人を弄びます。
軍人としてのレゾンテードル。
 その答えをリョーコさんは見つけられるのでしょうか。
 次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
 第17話 『劫火』に舞う獅子
ご期待ください。
ご意見、ご感想は、感想メールまでどうぞ
返事は必ず出します。

作者のOROCHIさんに感想メールを出す


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