-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-

第13話 ピースランドの『乱』


水の滴の落ちる音。あたりは漆黒の闇。
一歩足を踏み出した。足下から波紋が広がっていく。
「・・・・・・」
ルリは首を振って周りを見た。遠くに見える一筋の光。
 そして光は彼女の周りに集まりだした。
「アキト・・・さん?」
光がアキトを形作る。同じようにユリカを、ハーリーを、ラピスを。
ルリがアキトに手を伸ばした。
「え・・・?」
アキトの体が、否、アキト達全員の体が宙に浮いた。
「アキトさん、ユリカさん!」
アキトを追ってルリは走り出した。しかし己自身の影の頭を追いかけるかの如く、いくら走っても追いつかない。
「R・・・U・・・R・・・I」
遥か遠くからの呼び声が響いた。
「R・・U・・R・・I」
「アキトさん!」
彼女はそれに答えずアキトを追う。
「ルリちゃん」

顔を上げた先には、心配そうにのぞき込むアキトの顔。
「大丈夫?なんかうなされてたようだけど」
休憩時間にカウンターに座り、そのまま突っ伏して寝てしまったらしかった。
「どうしたんですか?顔中汗だくですよ」
ハーリーがタオルを手渡した。
「夢・・・?」

「さーて、これで今年の仕事納めだな」
アキトが閉店間際で客のいなくなった店を見渡した。
「アキトがいなくなったとき・・・またこんな日が来るなんて思わなかった」
ユリカがアキトを見つめた。
「なんか、おまえやルリちゃんには苦労のかけ通しだったな」
「ううん・・・もういいの。こうしてアキトとまた一緒にいられるんだから」
アキトとユリカの瞳が向かい合う。
「アキト・・・」
「ユリカ・・・」
2人の距離が近づいていく。
「失礼」
『い、いらっしゃいませっ』
あわてて体を離す2人。
「あれ・・・あなたはたしか?」
ユリカが戸口に立つ男を見た。銀色の髪と口髭をたたえた初老の男、彫りの深い顔立ちをして、黒いマントを羽織っている。
「ユリカ、知り合いか?」
「アキトは覚えてない?ピースランドの大使の人だよ」
男がアキトとユリカに深々と頭を下げた。

早めに暖簾を下ろし、男を店の奥の居間に招き入れた。
「お久しぶりです。姫」
男が深々とルリに頭を下げた。
「(姫って・・・どういうことです)」
ハーリーが小声で隣に座るアキトに訊ねた。
「(ルリちゃんは元々はピースランドっていう国のお姫様として産まれるはずだったんだよ)」
ルリはピースランドの国王夫妻が試験管ベビーとしてある研究機関に依頼された人間だった。しかしその研究機関がテロの被害に遭い壊滅。辛くも生き残った彼女の受精卵はある人間開発センターに引き取られ、そこで遺伝子操作を受けたのである。その後ネルガルに買い取られ、後は周知の通りである。
「今更何の用なんですか?私の親としての権利は消滅したはずです」
ルリははっきりと言った。
「重々承知の上です。あなた様がこちらに戻られる気のないことも。ですが・・・」
大使が押し黙り、少し間をおいてから口を開く。
「原国王陛下であらせられるプレミア3世陛下が病床に伏しておられるのです。戻ってくれとは言いませぬ。ですが、せめて一度だけでも陛下の前にお顔を見せていただけないでしょうか・・・」

「ルリちゃん・・・入っていいかな」
ユリカがルリの部屋の扉を叩いた。
「どうぞ」
ルリは硬い表情で窓の外の景色を見つめていた。ユリカがベッドに腰掛けた。「ルリちゃん・・・行ってあげたら?」
「遺伝子の上ではあの人達は親です。ですけど、遺伝子は書き換えられたし、それに・・・」
ルリがユリカの方を振り返った。
「でもさ、顔を見せてあげるくらいはいいんじゃない?」
「・・・・・・」
「それに、どんな親でも親は親だよ。それとも心配?行ったら二度と帰ってこられないとか思っちゃったりした?」
ユリカがルリの肩に手を置く
「それは・・・」
「大丈夫だよ。ルリちゃんが帰ってくる場所はちゃんとここにあるんだから。私も、アキトも、ハーリー君も、ラピスちゃんもそう。みんなルリちゃんを待っているよ」
ユリカがルリの体を抱きしめた。
「一つ、お願いしてもよろしいですか?」
ルリがハーリーからもらったペンダントを握った。この中には開店の日に撮ったあの写真が納められていた。
「お願い?」
「みなさんにも・・・来てほしいんです」

「ここがピースランドですか、話には聞いていましたけど」
ハーリーが町をざっと見渡した。ピースランドはスカンジナビア半島にあるスウェーデンのヴェーネルン湖という湖のまわりをぐるりと囲むように造られた国だった。ここは21世紀の終わり頃に様々な企業の協賛の下で一大テーマパークが建設され、大きな収益をあげた。その利益の最大の要因となったのがギャンブルの開放と秘密銀行の存在である。そのせいで22世紀初頭には第2のラスベガス、第2のスイスと呼ばれるほどに至った。即ちすさまじい速度での経済流通と貨幣の流入が行われたため、結果発展の速度を速めたのであった。より高い利益を求めた当時のテーマパークの支配人はスウェーデンからの独立を決意し、自らを国王プレミア1世と名乗りテーマパークを永世中立国ピースランドと改めたのであった。
「しかし、相変わらず妙なところだよなあ」
アキトが率直な感想を述べた。彼の感想を要約するとこうである。
『町としての統一感がない』
建物も中世ヨーロッパ風の石造りの建物が建ち並ぶかと思えば、ギリシャ風の大理石で建てられた建物が居座っている。反対側を覗けば瓦屋根の純日本建築と言うべき家々が連なっている。
 しかし家々の統一感がないのはまだいい。しかしその家々の間にあるモノがすごかった。ギーザのピラミッド、パルテノン神殿、凱旋門、エッフェル塔、ピサの斜塔、タージマハール宮殿、エトセトラエトセトラという世界の建築物をやたらめったら集めたように乱立しているのである。
かつてアキトと共にこの国を訪れたルリはこう言った。
『この国はみんなどこかの真似ばかり』
アキトは言うに及ばず、ユリカもハーリーもそう思った。ラピスはそういう知識が無いため何とも思わなかったが。
「ルリちゃん、俺も一緒に行こうか?」
アキトが心配げに声をかけた。
「大丈夫です。みなさんは町の観光でもしててください」
精一杯の作り笑いを浮かべ、大使が用意した車に一人でルリが乗り込んだ。走り去る車。
「ねえアキト、ルリちゃん・・・一人で行かせてよかったのかな」
 不安げに訊くユリカの言葉に、アキトは答えることができなかった。

「お待ちしておりました」
車から降りたルリの前に警備の兵士達や宮廷の使用人達がひざまずいた。
「私はもう王女ではありません」
自分を出迎えた大使にルリは素っ気なく言った。
「あなた様はそう思われても私たちにとってあなたが姫であることには変わりありませぬ」
大使に連れられて国王の寝室に向かう途中に色々と大使はルリに語った。国王プレミア3世がルリに戻ってくれるよう常日頃から漏らしていたこと、侍医が診断した結果などがその内容だったが、彼女にとってはどうしても親が子を心配する態度だとは思えなかったのである。
「こちらです」
ひときわ大きなマホガニーの扉の前で大使が立ち止まった。扉の前に立つ兵士がルリと大使にひざまずき、扉を開けた。
「どうぞ」
大使がルリを促す。一瞬躊躇したが、意を決して部屋に足を踏み入れた。

「ルリ!来てくれたのですね!」
薄い紫色のドレスを纏ったルリと同じ銀髪の女性がルリを出迎えた。ピースランド王妃、即ちルリの母である。
「お久しぶりです、母」
「ええ、本当に」
感涙の涙をハンカチで拭き取りつつ王妃がルリの体を抱きしめた。
「父は?」
「ええ、こちらです」
扉を開いた先の人物を見て、ルリは一瞬己が目を疑った。ルリが抱いていたプレミア3世のイメージは平和ゆえの満足感をもつ、酷な言い方をすれば平和ぼけしたような中年の男だった。
「おお・・・ルリか」
ベッドに横たわるその男からはかつての精彩が欠け、頬はこけ落ち、瞳が死人のそれのようにうつろだった。
「・・・父」
ルリが絞り出すように声を出した。肝臓ガンの最終段階、それが侍医の出した結論だった。肝臓のガンはどこに生じたかによってその発見の早さが決まる。肝臓は周知の通り人体最大の臓器で、上は横隔膜、下は胃や十二指腸に接している。故に臓器同士の間に挟まれる形なので多方向から同時に見て、なおかつCTスキャン(人体を輪切りにしたように映す事のできる機械のこと)でも使わない限りは解らない『死角』が存在するのである。
「発見が遅れたことが災いしました。しかしオロチの使者と名乗るお医者様の力で、昨晩ようやく危機を脱したのです」
「オロチ!?」
王妃の言葉にルリが驚いた。よくよく見るとベッドの周りに置かれた機械には以前オロチを初めて訪れたときに見た黒い太陽の紋章がついている。
「病人の前ですよ。お静かにお願いします」
「ひっ・・・」
ルリは思わず硬直した。白衣を着て入ってきた七三分けの髪型をした瓜実顔のたれ目の男は『火星の後継者』の人間で、アキトの感覚を奪い、ユリカを遺跡と融合させた張本人、ヤマサキ・ヨシオだったのである。

「おや、テンカワご夫妻ではありませんか」
野太い男の声がアキトとユリカの背中に重なった。
「あれ、秋山少将じゃないですか」
秋山源八郎、旧木連軍の将校でサブロウタの直属の上官だった男である。肌は浅黒く大柄で、自前の黒髪を角刈りにしている。豪放磊落という形容がぴったり合うような性格だが、軍人としての腕は優秀で木連時代は艦隊を一つ任されていたほどだった。
「どうしたんですか、こんなところで?」
アキトが横から声をはさんだ。
「いやいや、家族サービスというやつでしてね」
秋山の視線の先には彼の妻と息子の姿があった。
「ところで、あなた方もそうなのですかな?ホシノ少佐とマキビ少尉と一緒に暮らしているとか?」
秋山がきょろきょろとあたりを見回す。
「そのことなんですけど・・・」

「ひ、姫ですと!?」
秋山が素っ頓狂な声をあげた。
「ええ、それでまあ、ルリちゃんの里帰り・・・ってとこですね」
ユリカが説明を終えたときには、秋山はまだ信じられないという表情をしていた。
「しかしそれではホシノ少佐は何故あなた方と暮らしているのです?」
事情を知らぬ人間にとっては至極当然の疑問である。
「ルリちゃんが望んだんです」
ユリカの言葉は短かったが、秋山を納得させるような何か力強いものがあった。これは自分が口を出せるようなことではないな、そう秋山は思い、
「そうですか」
と言うしかなかった。
−ズドオオオオン−
「爆発?」
3人が素早くあたりを見回した。
「大変です、アキトさん、ユリカさん!」
息せき切って走り寄るハーリー。
「マキビ少尉」
「ああ、お久しぶりです秋山提督、ですが昔話をするような雰囲気じゃないですよ」
「何があった?」
「クーデターです」
ハーリーが答えた。

「なぜ、あなたがここにいるんですか?」
機械の調整をするヤマサキの背にルリが言葉を投げかけた。この男は『火星の後継者』の幹部であったため、戦犯扱いのはずであった。
「医師が患者の元に行く、ただそれだけの理由ですよ」
ヤマサキはにこりとしてルリに答えた。しかしその笑みはルリを逆上させる要因でしかない。ルリにとってこの男は自分の大切な人を奪い傷つけた張本人であるのだ。
「医師、あなたは自分を医師と言い張るんですか?あなたは自分が何をしたか御存知なんですか?罪を償おうともせずのうのうと何をしているんですか?」
ルリがヤマサキを睨んだ。ヤマサキはそれに臆した様子もなく答えた。
「確かに私は世間的には罪人と呼ばれています。ですが私の力でこの人は救われました。保釈金をもらった礼、というのもありますがね。それに私を捕縛したままにしておけばこの方は救われない。あなたはそれに対する責任をとれますか?」
プレミアが金に糸目をつけずに自分を治せる医者を探した結果、彼に白羽の矢が立った。そして法外とも言える保釈金を支払い、ヤマサキを召喚したのだろう。
「では・・・ではあなたはあんな体になったアキトさんに対してどう責任をとるんですか!」
リョーコだったら速攻で殴り倒すようなヤマサキの口調にルリの口調が強くなる。
「アキト?ああ、あのA級ジャンパーですか。ですけどそのおかげでヒサゴプランも発達しましたからね、貴い犠牲という奴ですよ。それにそんなことを言うならオモイカネも・・・」
−パン−
乾いた音が響いた。ルリの手がヤマサキの頬を打った。
−パン−
返す腕で更に一撃。
「オモイカネの話なら知っています。人機融合兵器の末裔だと云うのでしょう?ですけどオロチの人たちは罪に感じたからこそネルガルに反旗を翻したのでしょう?」
「御存知でしたか・・・」
ヤマサキはさしたるダメージを受けた様子もなく飄々としている。プレミアと王妃はおろおろして事の成り行きを見守っている。
「アキトさんがここにいたらあなたを撃っていたでしょう。ショウさんがこの場にいたらあなたを斬っていたでしょう・・・」
握った拳に爪が食い込む。
肩が震えていた。
 目頭が熱かった。
 口の中がちりちりしていた。
 この男をめちゃくちゃに引き裂いてやりたい。
 泥の中にたたき込んでやりたい。
 そしてその思いで体が燃えてしまいそうだった。 
 彼女が他人をここまで憎んだのは初めてだったかもしれない。
「ショウですか・・・懐かしい名前ですね。あなたがオロチと接触したという話は本当のようですね」
「・・・・・・」
「まあ、良いでしょう。私は去らせていただきます、ここでの用は済んだわけですから。そうそう、不穏な動きがありますよ、重々お気をつけなされませ」
−バタン−
窓が開き、忘れられない機体がその姿を現した。肌色のそろばん玉のような胴体に頭と腕を取り付け、胴体の下に取り付けられた股関節のユニットからは足の代わりにランディングギアを装備し、胸部にはコクピットを防御するための3基のフィールド発生器が備え付けられていた。『火星の後継者』の北辰の部下達が使用していた機体『六連(むづら)』である。
「ショウにもよろしくお伝えください。では、忙しい身なればこれにて」
ヤマサキが会釈すると同時に六連のコクピットが開き、ヤマサキを乗せて何処かへと跳んだ。
「陛下、一大事です!」
呆然とするルリ達の前に兵の一人が飛び込んできた。
「何事・・・だ」
王妃に支えられてプレミア3世が起きあがる。
「クーデターです」

「あれ、そういえばラピスちゃんは?」
ユリカがあたりを見回す。
「クーデター首謀者の名はガルダ・ガイ。ここの国の軍隊の総司令を務めている男です」
ハーリーがガルダという男の写真を映しだした。
「どういうことだ?永世中立国だろう、何で軍隊がある?」
アキトが訊く。
「永世中立国といってもやっぱり有事の際に備えた軍隊というのは必要なんですよ。ところがその存在は明るみにできない・・・軍隊の不満が鬱積した結果が・・・というところでしょうか」
ハーリーが手元の端末で確認した。
「その通り」
「おとなしくしてもらおう」
一同に銃を向けるウサギと猫の着ぐるみの2人。手にはサブマシンガンを携えている。
「人質・・・か」
アキトが舌打ちした。更に後ろから犬の着ぐるみが近寄る。

「おまえ達に恨みはないが・・・ぐぼっ!」
倒れるウサギの着ぐるみ兵。犬の着ぐるみが抜き手を当てたのだ。
「ど、どうした!」
振り向く猫の着ぐるみ兵。
「今だ!」
「加勢しよう!」
アキトと秋山が走り込みサブマシンガンを奪う。
「ほっ!」
ウサギの着ぐるみ兵を気絶させた犬の着ぐるみが猫の着ぐるみに膝蹴りを当てた。
「誰だ!」
サブマシンガンを向けるアキトと秋山。
「誰・・・緊張を失う・・・だれる・・・ククククク」
聞き覚えのあるハスキーボイスが響いた。
「イズミさん・・・」
サブマシンガンを下げるアキト。頭のかぶりものを取るイズミ。
「・・・奇遇ね」
「はは、そうですね」
苦笑するアキト。ここでどうしてここに、などと訊くのは愚かなことだと分かっていたからだ。
「この方は?」
敵ではないと悟った秋山が銃をおろした。
「マキ・イズミさん。元ナデシコのパイロットですよ」
アキトが説明した。
「イズミさん。アキトと一緒に王宮へ向かってくれませんか?」
「おいユリカ、どういうことだ?」
「多分町の部隊は囮よ。それにあそこにはルリちゃんが」
確かにユリカの読みは正しい。クーデターを起こすなら現在の指導者を押さえるのが基本だからだ。
「それは、艦長としての命令?」
イズミがユリカを見る。
「いいえ」
 躊躇なく首を横に振るユリカ。
「お願いです、お友達への。それに今は艦長じゃないし」
にっこりと笑うユリカ。
「・・・いいわ。行きましょ、アキト君」
イズミのクールな顔に笑いが浮かぶ。
「待ってください。僕も!」
ハーリーが名乗りをあげた。
「お、おい・・・」
「ハーリー君、あなたには別のことを頼みたいの」
アキトを制してユリカがハーリーの顔を見た。
「別のこと?」
「そ、別のこと。ハーリー君は王室のコンピューターに進入して中の見取り図を取ってきてほしいの。そしてアキトとイズミさんをナビゲートしてあげて」
ハーリーの手を握るユリカ。
「大事なのは、2人で生きることだよ」
「は、はい!」
顔を真っ赤に染めてハーリーが答えた。
「ルリちゃんのことは俺達に任せてくれ」
「ナビゲート・・・よろしく」
走り出すアキトとイズミ。
「よっし、行くぞ!・・・ルリさん・・・ご無事で」
端末に手を乗せるハーリー。
「この判断力と指導力・・・さすがですなあ」
秋山が頷く。
「秋山さん」
「何でしょう」
「ハーリー君のこと、よろしくお願いします」
走りだそうとするユリカ。
「どちらへ?」
「ラピスちゃんを捜します・・・何か・・・嫌な予感がするので」
走り去るユリカ。
「勘も指導者に不可欠な要素・・・成る程」
うんうんと感嘆の頷きをする秋山。
「よっし、データ入手完了!」
ハーリーが叫んだ。あのユリカの元で育ったルリなら、名軍師と呼ばれてしかるべきなのだろうな、秋山は心底そう思った。

「ショウ・・・?」
ラピスがアキト達から離れたのは、ショウの姿を見つけたからだった。彼の姿を追ううちに、いつの間にか森の中に入っていった。
市街地から離れたところにある森のなかで、ショウは歩みを止めた。森の中は昼なお薄暗く、森の中の動物達の鳴き声がラピスに恐怖を少なからず与えていた。
−ウィィィィィ−
ショウの前の空間が歪み、見覚えのある機体が姿を現した。
「・・・六連?」
息を殺して茂みに身を隠すラピス。
「約束に律儀なところは、相変わらずですね。本来ならあなたの故郷でお会いするつもりでしたが、車を紛失しまして・・・」
六連から降りるヤマサキ。ラピスが息をのむ。
「今更何用だ・・・追放者め。それに盗まれたと言った方が正しいのではないか?」
ショウが暴走族から奪ったダガーを取り出し、ヤマサキの足下に投げ捨てた。
「それが友達に言う言葉ですかねえ・・・寂しいじゃないですか」
臆した様子もなくダガーを拾うヤマサキ。
「かつての、が頭につく。だいたい何故こんな所に呼び立てた?」
−バサバサッ、ギャアッ!−
名も知らぬ巨大な鳥達の羽音と鳴き声が響きわたる。ラピスが更に体を堅くした。
「ここの王様は実に平和ぼけした方でしてね、商売相手としてはいいカモだった・・・とおっしゃれば納得していただけますか?病で倒れた相手から相応の額を頂く、すばらしいことですね。医者の至福ですよ」
仰々しく両手を広げるヤマサキ。
「貴様ごときを医者というのなら、私は今すぐ医者をやめたいものだ」
凍てつくような冷たい目でヤマサキを睨むショウ。
「とりつく島もないですか・・・まあいいでしょう。それより今日はお願いをしにあがりました。もう一度、研究者として名をあげたいとは思いませんか?」
いつもの微笑をたたえヤマサキが口を開いた。
「・・・どういうことだ」
ショウがヤマサキを見た。
「正確に申しますと、ラピスを始めとする七宝衆の三人と親しいあなたのお力を借りたいのです」
七宝衆、ラピスには聞き覚えのない言葉だった。更に聞き耳を立てるラピス。「懐かしい名を・・・」
「ラピスとあなたは懇意であると聞きます。そしてあなたは科学者、自分の力を認めさせたいとは思いませんか?」
ヤマサキが更に続けた。
「何がいいたい?」
ヤマサキを睨むショウ。ラピスの背中に冷たいものが走った。
「オロチにいれば永遠に闇の人。地球に戻ったところでオロチにいたという過去があれば表には出れない。せいぜい腕のいい町医者で終わるのが関の山。それにラピスを被験体とし、私と協力すればどれほどの力が手にはいるか」
「・・・・・・!」
ラピスは怯えた。思わず胸のペンダントを握りしめた。
「(ショウも・・・科学者、ヤマサキと・・・同じ?)」
ラピスの心に戦慄が走った。
「黙れ」
素早く抜刀し、ショウがヤマサキの喉元に刀を突きつける。
「くだらん・・・それに町医者も結構ではないか。こんな体になった自分を慕ってくれる人が居る。その人を犠牲にして得る栄光に何の価値があるというのだ」
ショウの言葉には微塵も迷いはなかった。
「ショウ・・・」
ラピスの胸の中に熱いものが生まれた。
「ふっ、滑稽ですねえ・・・実に滑稽ですよ」
呆れた口調のヤマサキ。
「何?」
「滑稽ですよ。人形に惚れ込みましたか?人だか機械だか分からない男が惚れた相手が人形・・・実に滑稽です。それにあなたはあのテンカワ・アキトを治療したといいますが実際はツインデヴァイスの実験でしょう?あなたと私、どこが違いますか?」
−ギャアッッッ−
鳥の鳴き声が響いた。

「違う!ショウはあなたとは絶対に違う!」
 突然の絶叫。ショウとヤマサキがが慌てて周りを見た。
「違う・・・」
涙を潤ませて叫んだラピスが肩で息をしながら立ち上がった。
「ラピス・・・?」
ショウが半ば呆然としてラピスを見た。
「ククク・・・人形に自我が目覚めた・・・ということですか?」
ヤマサキが薄笑いを浮かべてラピスを見た。
「私は・・・人形じゃない。それに、ショウはアキトを治そうとしている・・・自分のためにアキトを傷つけたあなたとは違う!絶対に!」
いつになく強い口調で言葉を紡ぐラピス。
キッとラピスがヤマサキに鋭い視線をぶつけた。
しばしの沈黙が流れた。

ショウが微笑んだ。
「ラピス・・・ありがとう」
ラピスの表情に至福の笑みが浮かぶ。
「私はおまえとは違う!何を企んでいるかは知らぬが手を貸す気など更々ないわ!」
ラピスをかばうように立ち叫ぶショウ。
「フッ・・・残念ですよ。もう少し頭の良い方だと思っていたようですが・・・買いかぶりすぎていたようですね。捕らえなさい」
ヤマサキが手を挙げると同時に、ラピスの横の空間が歪み、青白い粒子が漂い始めた。
「何?」
「ボソンジャンプ?」
 六連だった。ジャンプアウトした六連がラピスに手を伸ばす。
「ラピスっ!」
ショウが走り出す。
「捕らえなさい!」
ヤマサキが叫ぶ。
「きゃああっ!」
怯えるラピスに向かって、六連の手が伸びた。

「へへっ、あんた信用できるみたいだな!」
聞き覚えのある女の声が響いた。茂みの中から一人の女が飛び出した。黒髪を少年のように短く切り落とし、引き締まった体躯を持つ女だった。
「君は・・・リョーコ!」
ショウが呆気にとられながらもディストーションフィールドを展開させ、2人をかばうように六連の前に立ち、刀を抜いた。
「ラピスのことは任せとけ!」
リョーコが素早くラピスを抱きかかえて六連の腕から逃れる。
「すまない、感謝する!」
ショウが飛び上がり刀を振り下ろした。
−ズン−
「バカなっ!」
六連のパイロットが驚愕した。切り落とされたのだ、特殊プラスチックで構成されチタン以上の強度を誇る装甲に覆われた六連の腕が。
「ヒュウッ・・・すげえぜ」
リョーコが感嘆の声を漏らす。そしてそれは3人が六連の腕から逃れるには十分すぎる時間だった。
「甘いですよ!」
ヤマサキの叫びが響く。ヤマサキの六連がリョーコ達の前に立った。
「へっ、甘いのはそっちだぜ。出番だぜっ!サブロウタ!」
リョーコが不敵な笑みを浮かべつつ叫んだ。

−シュォォォォ−
空間が歪み、白い機動兵器が現れる。エステバリスに角張った兜を目を覆うように深く被せたような頭部を持ち、両腕部には格闘用のクローが取り付けられていた。
「ボソンジャンプするエステバリス・・・アルストロメリアか!」
 ショウが叫んだ。『アルストロメリア』ネルガルが木連から譲与されたジンタイプを解析して作り上げた機体、あるいはアキトのブラックサレナの量産版と言うべきか。ともかく簡単に言えばボソンジャンプできるエステバリス、というところだろう。
「いいタイミングだぜ!サブロウタ!」
ショウとリョーコがラピスを抱えてその場から離れた。
「へへっ。存分に暴れさせてもらうぞ!」
サブロウタのアルストロメリアが両腕に取り付けられたクローを展開させ、六連に殴りかかった。
「そおーりゃっと!」
アルストロメリアのクロー付きの拳が六連の腹に食い込んだ。
「とどめだ!」
動きを止めた六連から素早く腕を抜き、頭を潰した。
「次はてめえの番だ!覚悟するんだな!」
ヤマサキの六連を指さすアルストロメリアから響くサブロウタの声。
「ここは、去りましょうか・・・またお会いしましょう」
再びボソンジャンプするヤマサキの六連。

「逃げられた・・・な。ま、せっかく借りたものが無駄にはならなかったが」
アルストロメリアが片膝をつきサブロウタが降りてくる。
「信用できる・・・とはどういうことだ?」
ショウがリョーコを見た。
「へへ、実はプロスのおっさんからあんたとヤマサキが会う予定があるって言われてよ、監視役を代わってもらったんだよ」
「監視役・・・」
ラピスがリョーコとサブロウタを交互に見た。
「怖い顔すんなって。アキトを改造したキチガイ科学者が保釈されたんだ。オレじゃなくたって気になるさ」
リョーコが言った。
「その男と個人的に会う約束をした私もまた気になる・・・ということか」
「ああ。とはいっても安心した。あんたがその子を差し出そうものなら・・・」 サブロウタが人差し指をショウに向けた。
「・・・・・・」
ラピスが両手を広げてショウをかばうように立った。思わず硬直するリョーコとサブロウタ。
「・・・案外と信用がないんだな」
優しくショウはラピスの肩に手を置いた。
「ラピスちゃーん!大丈夫ー」
駆け寄ってくるユリカの声。
「何かあったのか?」
リョーコが訊いた。
「あれ、リョーコさんにサブロウタさん、ショウさんも」
呼吸を整えるユリカ。
「クーデターが起こったの」
「なにいっ!」
ユリカの言葉に一同が驚愕した。




PREVIEW NEXT EPISODE

どうもーっ。アマノ・ヒカルでーす。
ルリルリの故郷、大変になっちゃったみたいだねえ。
しかもあのヤマサキを保釈するなんて・・・
アキト君とユリカさんをあんなふうにしたあの男を・・・
しかもルリルリ、ハーリー君、ラピスちゃんを狙っている・・・
アキト君!ショウさん!あの子たちを守れるのはあんたたちだけよっ!
次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
 第14話 ルリ『救出作戦』
ピースランド編中編!がんばんなさいよっ!
よかったら感想よろしく、返事は必ず出すからねー。
アドレスは感想メールだよー。

作者のOROCHIさんに感想メールを出す


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