-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-

第12話 想いの『メロディ』




そこに居たのはアキトだった。満面の笑みを浮かべた。
「治った・・・俺は治ったんだ!」
喜びに打ちふるえながら叫ぶアキト。
「アキト、やった、やったね!」
アキトに飛びつくように抱きつくユリカ。
「ユリカ・・・」
「おめでとうございます・・・アキトさん」
目を潤ませながらアキトを見るルリ。
「・・・ルリちゃん」
ルリを抱きしめるアキト。
「アキト・・・」
アキトに近づこうとするラピス。
「・・・・・・」
無言でラピスを払うアキト。
「アキト?」
「俺には・・・もう君は必要ない」
「・・・・・・!」
その言葉と同時に崩れ落ちる世界。
「アキトは・・・私が・・・邪魔?」
彼女の足下が崩れ、闇が彼女を飲み込んだ。
「アキト・・・嘘だと言って・・・アキト!」

「・・・・・・夢?」
目を覚ました場所は、闇の中では無く、自分のベッドの上だった。
「・・・アキト」
−コンコン−
部屋をノックする音。ラピスはベッドから起きあがり扉を開いた。
「おっはよ。ラピスちゃん」
ユリカだった。
「ちょっと、頼まれてほしいんだけど」

「ここにいたの」
小高い山の上にあるネルガル研究所の屋上で町を見下ろすショウにラピスが声をかけた。
「ラピスか・・・ここに来るとは珍しいな」
振り返ったショウの前髪が風に揺れて傷と作り物の右眼を露にした。ラピスは驚いた様子もなくショウに歩み寄る。
「ユリカからの伝言」
ラピスがユリカから預かった手紙を手渡した。クリスマスパーティの招待状だった。
「クリスマスか・・・そんな行事、ここ数年忘れていたな・・・そうだ」
ショウが懐から上下に長い八面体の人の掌ほどもある大きな水色の宝石がついたペンダントを取り出した。『ラピスラズリ』瑠璃とも呼ばれる彼女と同じ名前の宝石。
「ライラに渡し損ねた代物だが・・・クリスマスプレゼントとして貰ってはくれないか?」
ラピスの掌の上にショウがペンダントを置いた。
「ライラの・・・」
ラピスが物珍しそうにペンダントを眺め、チェーンの側のスイッチを押した。彼女はあのときいなかったが、ライラの話は以前ショウから聞かされていた。
「これは・・・」
ペンダントから光が現れ、天球儀のホログラムと共にピアノの音が流れ始めた。J・S・バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』のピアノソロの演奏だった。
「音楽は聴かないのか?」
「・・・聴いたことがない」
答えながらもペンダントを物珍しそうに見ている。
「ラピスラズリ、即ち瑠璃の石は古来より『癒すもの』という意味がある。そして音楽も・・・」
「何故私に?」
「・・・私には最早不要のものだからだ」
ショウが研究所の中へと入っていく。
「パーティには出席する、ユリカにはそう伝えてくれ」

その日、ユリカは決意した。
「アキトだけに料理させちゃダメよね!」
いきなりそんなことを叫び立ち上がるユリカ。
「ど、どうしたんですいきなり」
ハーリーも思わず退いてしまう。
「私、修行しようと思うの。料理の」
「は、はあ・・・アキトさんから習うんですか?」
「ううん、それじゃあアキトの味しかできない。私は『自分の味』をアキトに食べさせたいの」
ユリカが目を潤ませながらハーリーの両手を握る。
「り、立派な心がけですね」
「ありがとう。そうだ、ホウメイさんに教えてもらおう」
それではホウメイさんの味になるのでは?という言葉が浮かんだがハーリーは賢明にも口を閉じた。ハイテンション時の彼女には何を言っても無駄だという事を分かっていたからだ。
「・・・それで、ハーリー君にも来てほしいの」
「はい?」
ハーリーの思考が止まる。
「料理には味見をする人が必要でしょ。だからハーリー君にやってほしいの。ね、いいでしょ。丁度今日は定休日だし」
「それはいいですけど・・・」
「よし、決まりい!」
ユリカがハーリーの腕をひっつかみ連れだそうとする。玄関の入口でラピスと出会った。
「招待状・・・みんなに渡せた。みんな来るって」
「そう、分かった。それじゃあお留守番お願いねー」
ユリカがハーリーを引きずって出ていった。ユリカの料理を食べることがどれほど恐ろしいかという事に、彼はまだ気づいていなかった。

「ただいまー」
 出かけていたアキトとルリが戻ってきた。
「あれ、ユリカはどうしたの、ハーリー君もいないね」
厨房でアキトがラピスに声をかけた。
「2人とも出かけてくるって」
いつものように厨房で料理に励む2人にラピスが言う。
「どこに?」
「ホウメイのところ。ユリカが料理を習いたいって、ハリを味見係に連れていった」
その言葉にアキトとルリが絶句する。
「な、なんだってえ、ぐあああっ」
手を滑らし、包丁がアキトの手の甲に食い込んだ。
「そ・・・そんな、あっ」
一瞬呆然としたルリが皿を落とした。
「な、なんだってえ!?」
「ハーリー君、無事に帰ってこれるかしら」
アキトの治療をしながらルリが思わず祈るように漏らした。
「・・・・・・?」
ラピスにはさっぱりであった。

「あんぎゃぁぁぁっっ!」
怪獣の断末魔のような声を上げてハーリーが意識を失った。
「・・・進歩がないねえ、艦長」
「そんなあ、どうしてなのお」
ユリカが作った、自称『ローストチキン』という謎の物体を横目で見据えつつホウメイがハーリーに水を差しだした。アルカリをかけられて溶けていくような腐敗臭にも近い肉の臭いを放ち、色は青緑色をしている。
「うぐぐぐぐ」
彼の体は今だ痙攣が収まっていなかった。
「こ、今度こそっ。パーティには私の料理をアキトに食べさせてあげるんだから」 ユリカの立ち直りの早さは相変わらずのようだ。
「ここまでくると、ありゃ一種の才能だねえ」
ハーリーを抱えて奥の部屋に入ろうとしたとき、気配もなく入ってきたラピスの姿に気がついた。
「・・・・・・」
「ラピスじゃないか、どうしたい」
ハーリーに毛布を掛けたホウメイがラピスに微笑みかける。
「・・・お久しぶり」

「ほら、どうぞ」
ホウメイが烏龍茶の入ったコップをラピスに渡した。
「・・・ありがとう」
 ラピスはちょくちょくホウメイの所を訪れていた。それは『母親』を求める少女としての本能のようなものだったのかもしれない。ユリカは母親・・・と言うよりは姉妹に近いようなものであったし、ルリは年齢が近すぎた。
「今日はどうしたんだい?」
ホウメイの方もそんな彼女の想いを察していて、よく話し相手になってあげていた。アキトやユリカに話せないことでも、ホウメイになら話せることもあった。
「・・・理由は二つ、一つはアキトとルリが何でユリカの料理に恐怖するのかを確かめに」
「はは、そっちの方はわかったろ」
ラピスが頷き、半ば哀れみの入った目で痙攣しながら白目をむいているハーリーを見る。
「で、もうひとつの方は何なんだい?」
ホウメイの言葉に、ラピスがショウから渡されたラピスラズリのペンダントをテーブルの上に置いた。
「へえ、なかなかいいペンダントじゃないか。どうしたんだい?」
「ショウから・・・」
「ショウって、ああテンカワを治療したあの男かい?」
ラピスが頷き、ペンダントを貰うに至ったいきさつとショウの過去について話した。
「ライラ・・・か」
ホウメイが深いため息をついた。かつて自分が愛した一人の兵士の事が何故か思い出された。
「それはきっと、ライラと同じ境遇に生まれて苦労してきたあんたに、彼女みたいな苦しみは味わってほしくないっていう思いやりだね」
「思いやり・・・」
「ショウとは親しいのかい?」
「オロチにいた頃は・・・よくアキトと一緒にショウのところへ行った」
ホウメイがなるほどと頷いた。
「で、何の相談なんだい?」
「プレゼントには、礼をした方がいいってアキトが言ったんだけど・・・どうすればいいかよく分からない」
ラピスがペンダントのスイッチを押した。例の曲が店内に流れた。
「あんたは何かしてやりたいと思うかい?」
「・・・分からない」
自分と同じ名前の宝石を瞳に映しラピスが続ける。
「誰かに何かを貰ったことなんてないから」
「そうかい・・・」
「ショウは・・・よく分からない。大切なのか、そうでないのか」
ラピスが目をそらして窓の外を見た。
「アキトとの絆を断ちきる存在のはずなのに・・・憎みきれない」
「絆を断ちきるとはおだやかじゃないねえ」
「アキトが感覚を全て取り戻したら・・・私のいる意味はなくなる。私は・・・アキトに捨てられる」

「ねえねえ、確かアキトさん達の店ってこの近くだったよね」
ユキナが隣で彼女の買い物の荷物を抱えてあたふたしているジュンに訊ねた。「う、うんそうだよ」
ジュンが荷物を取り落としそうになりながら答えた。ユキナの押しの強さに負けて半ばなし崩し的につきあい始めた・・・というところか。彼の性格上完全に尻に敷かれることが分かっていても、拒めなかったのだろう。
 今日にしてもユキナにプレゼントを買ってやると言ったのが運のつき。絶対部下にこんな姿は見せられないな、アマリリスという戦艦の艦長を務めるジュンははっきりと思った。
「せっかくだからよってこうよ」
「そ、そうだね」
 これで休める、とジュンが安堵の表情を見せる。
「あれ、あんたたち」
 そんな2人の後ろからホウメイが声をかけた。
「あれ、ホウメイさん」
ユキナが先に気がついた。ジュンは抱えた荷物のせいで思うように動けない。 *
「テンカワ、いるかい!」
「アキトさん、見損なったわよ!」
本日定休日の看板がかかった扉を蹴破るようにしてホウメイ、ユキナが店の中に飛び込んできた。
「あれ、どうしたんですかホウメイさん」
「どうしたのかじゃないよ!あんた何のつもりでラピスを引き取ったんだい!」 ホウメイがアキトに詰め寄る。
「どうしたんですか、ホウメイさん」
ルリも厨房から出てきた。
「おっとっと」
やっとの思いで入ってきたジュンが荷物をテーブルの上に置いた。
「やれやれ・・・やっと休める。じゃなくってアキト君、味覚が戻ったらラピスを捨てるというのは本当かい!」
『はい?』
ジュンの言葉にアキトとルリが目を丸くした。

「・・・てなことをラピスが言ってたんだよ」
ホウメイがアキトを睨んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。俺は捨てるなんてこれっぽっちも言ってないですよ」
アキトが両手を振った。
「でもラピスは捨てるって」
「いや・・・ああそうか」
ジュンの言葉にアキトが何か思い出したように言う。
「やっぱり、白状しなさいよ」
 ユキナが詰め寄った。
「捨てるんじゃない。いつだったか・・・」

「どうだ?これで視覚は戻ったはずだ」
ショウが手術台の上に横たわるアキトに声をかけた。
「う・・・」
 アキトがおそるおそる目を開く。もやのかかったような光景が次第に像を形作り、自分をのぞき込む金色の瞳に気がついた。
「アキト・・・」
 瞳の主がアキトの頬に触れた。
「ラピス・・・」
アキトの受けた実験はおおよそ次のようなものだった。俗にA級ジャンパーと呼ばれる人間は体内にボソンジャンプのためのナノマシンを持っている。ならばより大量のナノマシンを投与し神経核とナノマシンを融合させてしまえば、より精度の高いボソンジャンプを行えるのではないか、そう火星の後継者の科学者、ヤマサキ・ヨシオは考えその被験体にアキトを使用したのであった。
最もこの実験は失敗に終わる。確かにナノマシンと神経の接続には成功したが、その投与されたナノマシンが脳神経内部に入り込み視覚や味覚を司る視床部や視床下部といった部分を圧迫し、アキトは視覚や味覚を失ったのである。さらに体組織に固着したナノマシンが自然界のボース粒子に反応し、暴走するようにボソンジャンプをしてしまうという障害を引き起こしたのである。彼の体からナノマシンの光が発せられる理由がここにあった。
 最も後者の方はエリナらが開発したボース粒子を遮断する服やマントのおかげでボソンジャンプの暴走はなくなっていた。彼の身に纏う服にはそんな役割があったのである。しかし感覚の方はそうはいかなかった。融合を果たしたナノマシンと神経細胞を分断することは不可能だったからだ。
そこでエリナはアキトと共に救出したラピスを使うことを思いついた。彼女はルリ同様IFSの使用を前提にして造られたヒトであったからだ。つまりはこういうことである。ラピスの体内に注入されたナノマシンは常に彼女の感覚をモニタリングしている。IFSはヒトの感覚や意志を機械に伝えるものであるから、その逆も可能なのである。そしてモニタリングしたデータをラピスの船であるユーチャリスに伝え、アキトのナノマシンを介してアキトに送るという方法だった。
 こうして2人は一つの存在になった。精神を、感覚を共有する。
「アキト・・・」
 ラピスがアキトを抱きしめた。アキトが望んだことが一つ成就された、それは彼女にとっての喜びだった。しかしそれは同時に彼女とアキトとの絆を一つ断ち切った事になる。それが彼女の心に影を落とすことになっていた。
 そしてアキトはそれに気がついていなかった。
「まずは・・・か」
 ショウがラピスの心情を理解したのか彼女に悟られないよう小声で言った。
 彼が施した治療はだいたい次のようなプロセスだった。ショウ自身はどのような実験がアキトに行われたのかについては分からなかったが、アキトの体を検査することにより、神経とナノマシンが融合していることやナノマシンが視床部を圧迫していることに気がついていた。
 彼はナノマシンが専門なので、こういう障害に対する対策もある程度は考えていた。ナノマシンにも様々な種類があるが、彼が治療に使ったのはツインデヴァイス(TWIN-DEVICE)と呼ばれる彼独自のナノマシンだった。何とも皮肉な話だがナノマシンで生じた障害をナノマシンで克服したわけである。
 このナノマシンはディスアセンブルデヴァイス(DIS-ASSEMBLE-DEVICE)というナノマシンを解体する能力を持ったナノマシンとヒールデヴァイス(HEAL-DEVICE)という外部のアミノ酸やカルシウムなどを用いて、破損した体組織を修復するナノマシンの双方の能力を持たせたものである。
このナノマシンによりヤマサキに投与された神経と融合したナノマシンを破壊し、ナノマシンが取り去られた空隙部分にアキトの遺伝情報を元にして新たな組織を造り出すことで投与されたナノマシンと神経の分断に成功したのである。ともあれナノマシンが浮き出るという症状や感覚障害の一部がこれで完治した。
「これで・・・俺は君に頼らなくてもすむ」

「多分頼らなくてもすむっていう言葉に・・・そういう意味を取ったんだと思う」「アキトさん・・・それはひどいです」
 ルリが言う。
「ひっどーい、ラピスが哀れに思えてくるわよ」
 ユキナがそれに続いた。
「ホウメイさん、ラピスはどこに?」
「うちの店に来てたよ」
アキトがコートを羽織って町へと飛び出した。
「ルリちゃん、留守番頼む」
「いってらっしゃい」
そう言った後ルリがため息一つ。
「(ラピスの気持ちに気づいてくれる人だったら・・・私の気持ちも受け止めてくれたんでしょうね・・・アキトさん)」

「何だ、今日は休みか」
ホウメイの店の前にショウとイネスは居た。店には「本日休業」の看板が掛かっている。
「あら、でも鍵は開いてるわよ」
 イネスが扉に手をかけるとあっさり扉が開いた。
「う、何よこれ」
イネスが鼻を押さえた。立ち上る紫色の煙。
「有毒ガスか?・・・いかん、早く窓を!」
ショウが飛び込もうとしたとき、彼の腕を掴む者がいた。
「イネス、何故止め・・・ラピス?」
「ショウ・・・これは違う・・・ユリカの料理・・・よ」
ラピスはショウに寄りかかるようにして意識を失った。
「あのバカ・・・」
イネスが呆れたように漏らした。
「どういうことだ?」
ショウが意識を失ったラピスを抱きかかえた。
「そのままの意味よ・・・私帰るわ」
イネスが呆れて去っていった。
「おい・・・私にどうしろと?」
ラピスを抱えたショウの前を、一陣の冷たい風が通りすぎた。

「う・・・」
ラピスが目を開いた。どこかの家のベッドの上に寝かされていたらしい。ベッドから起きてあたりを見回した。白い壁に囲まれたその部屋にあるのは今自分が寝ているベッドと丸いテーブルとパイプ椅子、それに青いカーテンが取り付けられた窓だけだった。何とも生活感に欠ける部屋である。
「気がついたかい?」
扉が開きショウが入ってきた。
「ここは?」
「地球に滞在する間の仮の住まいとして借りた部屋だ。気絶した君をとりあえずここに連れてきたんだが」
ショウがテーブルの上にスポーツドリンクを置いた。
「・・・ショウ、一つ教えて」
「何?」
「アキトは・・・治るの?」
ラピスが不安げな眼差しをショウに向けた。ショウは一瞬どう答えるべきか躊躇したが、科学者の顔で答えた。
「少なくともこのままでは無理だ。アカツキから貰った情報とこないだの検査で分かったのだが、あいつの脳の味覚中枢の何割かが消滅している。味覚が完全に戻らないのはそういうことだ・・・ヒールデヴァイスでもどうしようもないくらい」
「もう・・・無理なの?」
「いや・・・その方法を今考えている所だ」
ショウが瞳を背けた。
「・・・・・・」
ラピスが起きあがった。
「立って大丈夫か?」
「・・・記憶を消す事ってできる?」
ラピスが淡々と口を開いた。
「不可能・・・ではない。しかし何故そんなことを?」
「辛いこと、苦しいことを全て忘れて・・・そんなことができたら」
ショウが優しい瞳をラピスに向けた。
「同じ事を考えて実践した輩がいる」
「え?」
「そいつは私に消したい記憶のことは教えてはくれなかったが・・・なにか辛い過去があったらしい」
「辛い・・・」
「記憶中枢にナノマシンを仕込むのさ。そして何か思い出すごとに『この記憶を保存するか消去するか』訊いてくる。最初はそれで嫌なことを全て忘れて、否消去していった。しかし奴は最後には狂い死にした」
「どうして?」
「忘れることが問題だったのさ。記憶はいわば積み上げられる煉瓦のようなものだ。それを下の方だけ壊していったらどうなると思う?」
「・・・まさか?」
「そう、終いには自分が誰であるかも解らなくなった。過去を回想することも未来を想起することもできなくなって」
ラピスが俯いた。
「辛いことがあるから楽しいことも解る。憎しみを知っているから愛を理解できる・・・アキトとの間に何かあったのか?」
言い聞かせるようにショウが言う。
「アキトは・・・いつか私を捨てるから。あなたが・・・アキトを戻したときに」 涙をこらえるように俯くラピス。
「ラピス」
ショウが微笑みラピスの肩に手を置いた。
「何故そう考える?アキトがそういったのか?違うだろう。それに・・・記憶を消したら大切なものまでなくすことになる。アキトと出会えたからこそ君はヒトになった・・・今更人形に戻る必要はないよ」
「ショウ・・・」
「ショウ、こっちにラピスが来てるって聞いたんだけど、いないのかショウ?」 アキトの声が扉を隔てて響く。
「迎えが来たようだな。さ、行ってやれ」
ショウがラピスの背を押した。

日が暮れなずむ町を歩く2人。人通りも少ない堤防の上に2人は腰掛けた。
「いやー、ここにいるとは思わなかったよ」
アキトが照れくさそうに頭を掻いた。
「・・・・・・」
無言でアキトの後から歩くラピス。沈黙が2人の間を支配する。
「アキト・・・私は解っていた」
意外にも沈黙を破ったのはラピスだった。
「え?」
ラピスが立ち止まり、金色の瞳に赤い夕日を映した。赤く染まる瞳。赤く染まる涙。
「アキトと心を通じ合わせているときに・・・アキトが誰を求めていたか」
「ラピス・・・それは」
ラピスが瞳を閉じ、俯きながら言葉を紡ぐ。
「あなたが帰りたい場所、あなたが求めている人・・・
あなたの瞳に映っていたのはユリカとルリだった。
私は映っていなかった」
アキトは何も答えられなかった。かつて彼女と精神を共有していたのだ。彼女の言葉を否定することは自分を否定することになるから。
「でも別に良かった。2人の代わりに愛されてるのでも、感覚を得るための道具とされてるのでも・・・
私には何もないから・・・
でも、アキトが感覚を取り戻したら・・・私は・・・用済み」
「そんなことはない!そんなことあるもんか!」
たまらなくなりアキトが震えるラピスの両肩を掴む。
「どうして、どうしてそんなことを言うんだよ!俺は、俺は・・・」
「アキト・・・」
瞳を逸らすラピス。
「なあ、大切なものが増えるって事もあるだろ。ラピス、君にとって俺達はどんな存在だい?」
口調を押さえて、まるで子守歌でも歌うが如く語るアキト。
「いつかの温泉旅行の時、君は危険を省みず俺達の所に来てくれたよね。あのままホテルに残っていれば安全だったはずなのに」
「・・・どこにいても同じだったから」
「そう、そうだったかもしれない。でも君はショウと一緒に俺達を助けに来てくれたよね。どうしてだい?」
「それは・・・」
「ミナトさんから聞いたよ。『家族を見捨てたくない』そう言ってくれたって」
ラピスが初めて顔を上げた。アキトの表情にあるのは『叱咤』でも『怒り』でもない。あるのは『慈愛』と『希望』
「俺が君を連れてきた理由はそれさ。君にも知ってほしかった『家族』の意味を。
そして、人として生きることを知ってほしかった。
それに、味覚を戻したいのは事実だよ。だけど、それは君から離れたいからじゃない。
君に食べさせてあげたいんだ。本当に俺が自分の力で作った料理を」
「アキト・・・」
自分の頬に熱いものが流れるのをラピスは感じていた。
「捨てたりなんかするもんか・・・」
アキトの腕の中に抱かれるラピス。
『私は・・・ここにいてもいい。いや、ここが私の居るべき場所』
その思いを、ラピスは噛みしめていた。

「メリークリスマース!」
ホウメイの店に入ったショウとイネスにクラッカーを浴びせるホウメイガールズ達。アキトの店でやるはずだったパーティーも人数が多くなりすぎてホウメイの店でやることになったのだった。
「ちゃんと来てくれたんですね、ありがとうございます!」
ユリカがショウとイネスを席まで案内した。アキト、ユリカ、ルリ、ハーリー、ラピス、ミナト、ユキナ、セイヤ、ホウメイ、ジュン、リョーコ、サブロウタ、ヒカル、イズミ、プロスペクター、ゴート、アカツキ、エリナ、メグミ、ハルミ、エリ、サユリ、ジュンコ、ミカコ、エトセトラといったナデシコクルー達が揃い踏みしていた。
「アキトアキト、食べてみて」
 ユリカがアキトの前にローストした七面鳥を差し出した。
「う・・・」
 思わず退くアキト。一同が2人に注目した。ユリカの顔と目の前の料理とを見比べて、アキトは決心したようにフォークを手に取った。
「・・・旨い、味薄いけど」
『うそー!』
一同の驚愕の声が響きわたる。
「おい・・・マジかよ」
 思わずリョーコが肉の切れ端をひっつかみ口に運ぶ。
「・・・まともな味だ」
『どええええっ!』
再び叫ぶ一同。
「あー、ひっどーい。一生懸命練習したんですよお」
ユリカが頬を膨らませて反論する。とはいっても毒だか料理か分からないようなものを作っていた過去のユリカを知る彼らにとっては信じられないようだ。
「はは、ハーリー君を犠牲にしただけのことはあるねえ」
ホウメイが茶化した。
「何回死にかけたことか・・・」
ハーリーが遠い目をした。
「あはは・・・まあ、過ぎたことは忘れましょうよ」
ユリカが笑ってごまかした。
「調味料の使い方も焼き加減も絶妙です、味付けも丁度いいと思いますけど」
 ルリが冷静に判断する。
「薄く感じるのは仕方ない。味覚の修復が不完全だからだ・・・すまぬなアキト」
ショウが後ろから申し訳なさそうに説明した。
「いや、別に責めてなんかいないよ」
「じゃあ、完全に治ったときには、もっとおいしい料理を食べさせてあげるね」 満面の笑みを浮かべてアキトに抱きつくユリカ。
「わ、ユリカっ、人が見てるだろーがっ!」
「いーのいーのっ!」

「ルリさん・・・これを」
人目をはばかるようにハーリーが平ぺったい長方形の箱を差し出した。
「これは?開けてもいい?」
「どうぞ」
 箱の中に収まっていたのは、掌より一回り小さい銀色の円形をしたロケットと呼ばれるペンダントだった。円形の部分は淵の部分がDNAを表す二重螺旋が、そして真ん中には手を広げた妖精のレリーフが彫刻されていた。
「セイヤさんが作ったチタンの自動加工装置っていうのがあって、それを貸してもらったんです。自分でデザインしたレリーフの形をプログラムして作ってみました、表面には銀をメッキしてます・・・いやだったら別に」
ルリがチェーンを外して首にかけた。
「ルリさん・・・」
「これは、わたしから」
ルリが手渡した包みに入っていたものは真新しいコックコートとスカーフだった。コックコートの襟とスカーフにはH.MAKIBIという刺繍が施されていた。
「サイズは、丁度いいですね」
ルリがハーリーの体にコックコートを合わせた。
「ありがとうございます・・・一生の宝にしますから!」
「ハーリー君、大げさすぎ」
呆れたような台詞、しかしルリは笑っていた。
「後、一つだけ」
「はい?」
「自分の命を粗末にしないで・・・大切な人を失う悲しみは、もう嫌だから」
「ルリさん・・・」
「大切なのは・・・一緒に生きること」

「癒し合う2人・・・か」
ショウは一人窓辺で外を見つめていた。自分もかつてはアキト達のように誰かと癒し合うこともあったのかと考えながら。
「ショウ」
ラピスが彼の後ろから声をかけた。ショウが振り向くと、ラピスが小箱を持って彼の向かいに座った。
「アキトとは、仲直りできた?」
ラピスが頷いた。
「君に頼らなくて済むというのはいつか私に本当の意味での自分の料理を私に食べさせたいから・・・そう言ってくれた。アキトは私を捨てたりなんかはしない」
微笑むショウの前で、ラピスが小箱を差し出した。
「これは?」
質問には答えずただ頷くラピス。
「・・・・・・」
ショウが開けた小箱には、一枚のコンタクトレンズが入っていた。
「義眼の上からはめたら、多分普通の目に見える・・・と思う」
コンタクトレンズの上には人間の網膜が精密に描かれていた。それだけ見ればヒトの眼球そのものと見まごうほどの。この技術はおそらく、変装用のコンタクトレンズを作るのと同じ技術なのだろう。
「・・・プレゼント」
それだけ言うと顔を真っ赤にしてラピスが俯いた。フッとショウが微笑み、義眼の上からコンタクトをはめて前髪をどかした。
「これで・・・いいのか?」
こくりと首を縦に振るラピス。
「ラピスちゃーん、何か演奏してよ」
ユリカの声が響き、ラピスがホウメイから渡されたキーボードの上に指を乗せる。
「いつの間に習った?」
「・・・ユリカから・・・」
軽く深呼吸をして、ラピスが鍵盤の上で指を踊らせる。幾つものクリスマスソングが奏でられ、ある者は踊り、ある者は歌う。
「・・・・・・」
一通りのクリスマスソングを演奏し終えたラピスがショウを見た。瞳を閉じて再び鍵盤に指をのせた。

 それは『主よ、人の望みの喜びよ』
彼女の想いを乗せたメロディが響きわたる。


       -Marry Christmas to everybody-
(全ての人に、メリー・クリスマス)
       -May your days be happy!-
(あなたにとって、幸せな日でありますように)





PREVIEW NEXT EPISODE

よっ、タカスギ・サブロウタだ。
うちの艦長の故郷ピースランド王国。
テンカワ一家は招待を受けてピースランドへ向かった。
そしてそこで起こる騒動。
『奴』との再会が待っていた。
次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
第13話 ピースランドの『乱』
驚天動地の新展開!ピースランド編、前編!

感想メール、メッセージ、待ってるぜ!

作者のOROCHIさんに感想メールを出す


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