-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-

第11話 雪の日の『ライラ』




その日、町には珍しく雪が降っていた。

「アキト、ハーリー君の所に顔出したらすぐ行くからね」
「いいよいいよ。別に一人で行けるから」
昨日アキトはショウからの連絡を受け、ネルガルの研究所に呼ばれていた。なんでも何かの検査をしたいとのことだった。
「ルリちゃんも・・・連れていこうかな」
ユリカが腕を組む。ルリは先にハーリーの見舞いに行っていてここにはいない(10話の傷がまだ癒えていない)。ラピスはゲームの大会があるとかでここにはいなかった。
「それじゃあ、行って来るよ」

病院を出たルリとユリカが雪の降る町を歩いていた。
「ハーリー君の傷の方はどうなの?」
「ショウさんのナノマシンと放射線治療のおかげで明後日には退院できるそうです」
「そっかあ。さすがオロチ」
ユリカが腕を組みうんうんと頷いた。
「病院の人も驚いていました。どんな治療をしても半年はかかるといわれてたのに、わずか一月ですから。お礼を言いに行かなくてはなりませんね」
「アキトの所だよ」
「はい」

「これはまた、ずいぶんと大勢だね」
ショウが目の前のソファーに腰掛けるアキト、ルリ、ユリカを見ながら言った。「私たち、おじゃまでしたか?」
「私は構わないが、これからアキトの検査に1時間くらいかかるから君たち暇だよ」
ルリの問いにショウが答えた。
「いいです。待つのは馴れてますから」
「そうかい、戸棚の中には食べる者もあるしそこの冷蔵庫には飲む者もあるから適当にくつろいでくれ」
戸棚の中にはチョコレートやクッキーの箱があった。ショウとアキトが連れ立って別室へ行こうとしたとき、ショウの髪が揺れた。
「ショウさん、その右目・・・?」
「あ・・・」
ルリははっきりと見ていた。彼の前髪に隠された青いガラス玉のような彼の右目と大きく縦に走る傷を。
「・・・後で少し、話をしたい」
目を隠すようにショウが扉を開けた。

「待たせたね」
1時間過ぎ、ショウとアキトが部屋へと戻ってきた。
「話すのか、ショウ?」
アキトがショウに声をかける。
「目のことも知られたし・・・な」
ショウとアキトが彼女たちの前に座った。
「無理に・・・とは言いませんけど」
「いや、いいんだ。というより少し君に訊きたいことがあるといった方が正しいかもしれない。あれは今から7年ほど前だ・・・」

「それじゃあ、頑張りなさいよ」
ネルガルの火星研究所の側にある空港で、若き日のイネスが若き日のショウを見送りに来ていた。外にはピラミッド状の建造物が建ち並んでいる。
「ナデシコ完成までここにいたかったのだがな」
ショウもイネスも初代ナデシコの建造のためにここで研究をしていた。イネスは相転移エンジンが、ショウは艦内で使うナノマシンが専門だった。ショウの研究が終えた時点で、彼は9TH PLANTと呼ばれる研究所へ転属が決定していた。
「それじゃあ、行くよ」
ショウがシャトルに乗り込んだ。

「ここ、か」
シャトルの窓から9TH PLANTのその異様な姿が見えた。まるで鉄骨を無尽蔵に組み合わせたような構造で、統一性や調和という言葉の対極にあるような形だった。ゲートが開き、シャトルが迎え入れられた。ショウがタラップから降り立った。他に客もおらず、港は閑散としていた。
「お待ちしておりました」
中年の男が出迎えた。金縁の眼鏡に口元に携えた髭。クリーム色のシャツに赤いベストをしている。
「貴方は?」
「初めまして、私はプロスペクターといいます。あなたをお迎えするように所長から命じられております。こちらへ」
プロスペクターがショウの持っていたトランクの一つを持ち、奥へと進んでいく。ショウは周りの景色を一望した後、彼の後を追った。
「時に貴方は、ヒューマンインターフェイスプロジェクトというものを御存知ですか?」
プロスペクターが不意に口を開いた。
「IFSではなくて?」
「いえ、IFSに対応した人間を造るという計画です」
「造る?」
「造ると申しましても、遺伝子操作を行いIFSに対応しやすい体を造るということです」
「遺伝子操作はずいぶん昔に禁止されたはずでは?」
「はははは」
プロスペクターが苦笑する
「何か?」
「いや失礼、しかし甘いですよ。ムラクモ博士・・・ここでは、法は意味をなしませんから」
プロスペクターの口元に不気味な笑みが浮かんだ。

研究者というのはその大半が自分の研究は趣味の延長上にあると云ってもいい。そうでなくては研究など続かないからだ。しかしそれを差し引いても何とも退屈なところであった。ただひたすら研究所と自室との往復が繰り返された。しかもあまり他人との接触がないため、他の研究員と話すこともまれだった。
「ふーむ、いかんなあ」
思わずショウはナノリアクター(ナノマシン生成用の機械)の前でため息をもらした。ほぼ完璧にこの研究に関しては自動化が進んでいるので、彼以外ここには誰もいなかった。
「少し休むか」
彼は機械の電源を切り、研究所の廊下を歩きだした。無味乾燥とした景色が続く。彼はひたすらそんな廊下を歩き続けた。
「きゃあああああああ」
突如悲鳴が響いた。
「な・・・何だ」
悲鳴の聞こえた方に目をやると一つの扉から明かりが漏れている。ショウは迷わず扉に飛び込んだ。
「こ、子供・・・?」
何かのヘルメットのような機械を被せられ、両手両足を拘束された銀色の髪の少女が表情を苦痛に歪めながら悲鳴を上げていた。更に驚くべき事は彼女の両手からナノマシンのタトゥーが浮かび上がっていた。それにしてもこの輝き方は異常だった、ナノマシンの稼働状態にあわせてタトゥーは輝くのだが、これほど強く輝いているということはほとんど限界値でナノマシンが動いているという事だ。これでは使用者の体に許容以上の負荷を与え、最悪の場合使用者の命に関わる。「ちっ、どこのバカだ。こんな研究をするのは!」
ショウが彼女の拘束を解き、装置の電源を切った。少女ががっくりとうなだれる。見たところ命には別状ないようだ。
「貴様・・・何のつもりだ?」
青い髪の長身の白衣の男が歩み寄った。目は研ぎ澄まされた刀のように鋭く、その眼光からは殺意に近いものが見て取れた。
「おまえか、こんな無茶をしたのは」
「無茶?ククク・・・そんな戯れ言をほざく輩がいるとは、モルモットに惚れたか、ムラクモ・ショウ」
男がハンドガンをショウに向けた。
「貴様・・・何者だ!」
ショウも同様に懐から取り出した刀を向けた。
「アイザック・オルフェウス」

「・・・オルフェウス」
ルリが自分の両肩を押さえた。額には脂汗が浮かんでいた。
「ルリちゃん、どうしたの?」
「ルリちゃん!」
彼女の異変に気がついたアキトが彼女の肩に手を置いた。ユリカも心配げに彼女の顔をのぞき込む。
「アキト・・・さん。いえ、なんでもないです」
しかし彼女の顔が青かった。
「トラウマ・・・なるほど。やはり・・・君だったのだな」
ショウが呟く。
「どういう・・・ことです?・・・まさか、その子が!」
ユリカが心配げにルリの顔をのぞき込む。
「そう。彼女だったんだよ。オルフェウスの実験台にされていたのは。確かめたかった。あのときの少女が君だったのかどうか」

「3RD PLANT?別のところから来ていたのか」
彼女につけられたIDタグには3RD PLANTの文字があった。ショウが7年前のルリの体を抱き上げた。まだ意識が戻ってはいないが呼吸は安定している。命に別状はないだろう。
「き、貴様・・・こんな事をしてただで済むと思うなよ」
オルフェウスが手を押さえながらショウを睨む。彼の足下には刀によってまっぷたつに壊されたハンドガンが転がっていた。
「フン」
ショウがオルフェウスに一瞥をくれて研究所の扉を開けた。
「オルフェウス博士!これはどういうことだ」
眼鏡をかけた中年の科学者が飛び込んで来た。
「誰です?貴方は」
「あ、ああもしかして貴方がその子を?失礼、私はホシノ、3RD PLANTの科学者です」
ホシノと名乗った男がショウに一礼した。
「この子の保護者です。何かの実験に使うから貸してくれと言われて連れてきたんですよ。しかし大切な被験体を、全く・・・」
「被験体・・・か」

「『知らない仲じゃない』ってそういうことだったんですね。その人は多分、いえ間違いなくネルガルにいた頃の私の養父です」
ルリがはっきりと言った。
「正直、あのとき奴に君を引き渡したことを少し後悔したんだ」
「でもそのおかげでアキトさんやユリカさん、みんなと出会えたんです。心配してくださるのは嬉しいですけど、私は大丈夫です」
「そうか・・・いや、それならそれでいいんだ」
ショウがルリに微笑みかけた。

その日の晩、コロニーの中には雪が降っていた。気象管理の実験とやらで雪を降らせているらしい。
 誰かがショウの家のチャイムを鳴らした。
「珍しいな、ここには知り合いはいないはずだが?」
扉の前に立っていたのは、一人の少女だった。歳は15歳くらい、肩のところで切られた鮮やかな黒髪が少し横にはねており、大きな青い瞳を持つ少女だった。
この雪の中を歩いてきたのか、肩に雪が積もっている。
「君は?」
「あ、私ライラ、ライラ・オルフェウスといいます」
「ライラ・・・オルフェウス?」
ショウはとにかく彼女を部屋に招き入れた。
「謝りに来たんです。父の事を」
「父、ああそうか。君はオルフェウスの」
「血は繋がってないんですけど、その、怒ってますか、父のことを」
ライラが不安げに聞いた。ここは要らぬ心配をさせる必要もないだろう。
「いや、気にしないでくれ」
ライラに微笑みかけた。
「あ、ありがとうございます」

その日から、ショウとライラの関係が始まった。ライラは元々は孤児で、孤児院にいたところをオルフェウスの助手兼被験体になるという条件で引き取られたらしい。
「ショウさーん。こっちこっちい」
「お、おい手を引っ張るなよ」
暗い過去を持つ割には明朗快活な少女で、いつも彼女がショウをリードしていた。誰も知り合いがおらず退屈と人恋しさの中にあったショウにとってはいいデートの相手だった。ライラもショウを慕い、実験の時以外は常にショウの傍らにいた。その日々は、ショウにとってもライラにとっても久しぶりの『幸せ』だった。
そんな日々が続きながらも、ショウはこのコロニーに疑問を抱き始めていた。ルリに対して行われたような実験が日常茶飯事なら、これはほってはおけない事態だった。自分一人でどうにかなるとは思えなくても、何かしなければいけないという感情が彼を支配していた。
彼も若かったのだ。

「人機・・・融合兵器だと?」
「どうしたんですか、ショウさん」
苦心の末にオルフェウスの研究データをハッキングして明らかになった事実。それが人機融合兵器だった。人が機械を操縦するにはIFSを使おうとコンピューターで補佐しようとマシンとのインターフェイスにいくらかの誤差が生じる。それを解消するために立案されたのが人機融合兵器だった。即ちヒトの脳神経と機械をダイレクトに接続し、ヒトをバイオサーキット、すなわち機械の中枢回路とするものだった。
「そいつを渡してもらおうか」
突如ショウの家に押し入った男達。オルフェウスとそのガードたちだった。
「と、父さんどうして」
ライラがショウの陰に隠れる。
「ライラ、喜ぶがいい。おまえは我が研究の礎になるのだ。人機融合兵器のな」
オルフェウスが笑う。
「人機融合・・・正気か?」
ショウがライラをかばうように立った。
「そ、そんな・・・」
ライラが自分の運命を悟ったか悲壮な表情になる。
「拾ってやった恩を忘れたのか?それにこのためにおまえを買ったのだよ」
「き、貴様!」
ショウがオルフェウスを睨んだ。
「父さん・・・それって」
「クク、おまえの戸籍は無い。私に引き取られたときに偽の死亡通知を提出してある」
「そ、そんな・・・」
ライラが絶望の表情を浮かべた。
「どのみち貴様に逃げ場はない。おとなしく我が崇高な研究の礎となれい!」  オルフェウスの言葉に合わせて、男達がライラに飛びかかる。
「何が崇高だ!」
ショウが傍らに置かれた刀をぬき放つ。瞬時に男達の手足の腱を切り裂いた。
「次は貴様だっ!」
オルフェウスに突っ込んでいくショウ。
「手練れをいともたやすく・・・ならばこれはどうだ!」
オルフェウスが指を鳴らすとサブマシンガンを持った男達が後ろから現れた。
「な・・・」
ショウが歩みを止めた。それが隙を作ることになった。
「死ね・・・」
サブマシンガンを構える男達。
「ショウさん!」
ライラがショウの前に走り寄る。
「いかん!」
「ライラ!」
 オルフェウスとショウの叫びを無視し男達がマシンガンを撃った。ショウの前で肉塊へと変わって行くライラ、弾丸はショウの四肢を貫き、弾丸で折られた刀が彼の顔面を大きく切り裂いた。
「私を・・・かばうのか」

「それからしばらくは記憶がない、洗脳されていたらしいが」
言葉を失っている三人。否、どう反応すればよいか判らなかった。
「それで・・・まさか」
沈黙を破ったのはユリカだった。
「例の人機融合兵器とやらの中だった。ライラの代わりに私を使ったのだろうが・・・」

「ククク・・・ライラは失ったが邪魔者も排除できたし、結果オーライだな」
オルフェウスの耳障りな声が人機融合兵器のメインユニットとなったショウの耳に届いた。彼の体は何かの液体に満たされて、手足と脊髄に幾つものコードが打ち込まれていた。
「オ、オルフェウス・・・ライラ!」
不意に彼の脳裏にあのときの記憶が蘇った。
「ゴォォォォォォォォッ!」
 咆吼にも似た作動音を響かせ人機融合兵器が動き出す。殺意を込めて・・・

それはなんとも形容しがたい形をしていた。幾つものコードを組み合わせて作り上げた虫とでもいえばいいのだろうか。その上にヒトの上半身が組み合わさった、そんなものだった。破壊の化身と化したショウの人機融合兵器が9TH PLANTを破壊し始めた。
「何をしている、早く止めろ!」
「停止信号拒絶!だめです」
「ラフレシア、中央電脳へパラダイム汚染開始!中央電脳70%が掌握されました」「構うな!破壊してでも止めろ!」
愚かな奴らめ、ショウは心底そう思った。元はといえばこういう使い方をするために私を作り替えたのだろうが・・・もう遊びは終わりだ。
人機融合兵器がその触手の一つを司令室で慌てるオルフェウスに向けた。
「ライラ・・・」
一糸乱れぬ正確な動きで、触手がオルフェウスの体を貫く。ここで再び、記憶が飛んだ。

「洗脳されていたんじゃなかったんですか?」
「そうだよ、それなのにどうして?」
ルリとアキトが至極当然の疑問をぶつけた。
「それは、私が説明しましょう」
プロスペクターが入ってきた。
「プロスさん?」
ユリカが驚きの声を上げた。
「盗み聞きは褒められた趣味ではないと思うがな」
ショウが彼の顔を見た。
「はは、これは失礼。ですが今の私の役目は貴方の監視ですので。苦労させられましたよ。しょっちゅうどこかに消えるのですから」
「監視?」
ルリが訊いた。
「あれ、知らなかった?私たちの所にも来てましたよね。たしか1日3交代で」
ユリカが言う。
「お気づきでしたか。しかも交代の回数まで・・・流石ですね。それよりも、 9TH PLANTの話でしたね」

「遅かった・・・か」
血痕飛び散ったショウの家の中でプロスペクターは舌打ちした。
「どうします?」
横からゴートが声をかけた。
「処分・・・ですね。ここの処遇の決定権をいただきましたから」
彼らの任務はここ9TH PLANTの内部調査だった。オルフェウスの人機融合兵器、その正体と目的を確かめるために。
「では、ここは・・・」
「最早百害あって一利無し・・・破壊します」
また、調査の結果如何によっては、ここの全施設を破壊すること。
「しかし・・・我々だけで処分できるような施設ではないですぞ?」
「ふむ・・・」
思案するプロスペクター。
「彼を・・・」

「き、貴様ら・・・どうしてここに!」
驚愕する研究員。
「質問にだけお答えください。あなた方が行っている作業は人機融合兵器に組み込まれる男の洗脳作業。そうですか?」
「そ、そうだ」
後ろでサブマシンガンを構えるゴートの姿に怯え、結構簡単に喋り出す研究者。
「そうですか・・・でしたら」

「やっぱりあんたの差し金か・・・」
ショウがぎろりとプロスペクターを睨む。
「まあまあ、私とて助けるつもりでしたよ」
わざと仰々しく手を振るプロスペクター。
「・・・相も変わらず、食えぬ男よ」
ショウが殺気を収めた。
「恨んでおられましたか?」
「・・・最初から助けは期待してなかったよ。それにむしろ感謝している、この手でオルフェウスを葬れたのだからな」
ショウがさらりと言ってのけた。一同言葉を失う。
「そ、そういえば、どうして刀を持ってるんです?」
気まずい雰囲気をどうにかしようとユリカが訊いた。
「ああ、昔祖父から剣術を習ってね、最後に刀を一本譲り受けたのさ。これはこないだの旅行の時に一度実家に戻った時に持ってきた祖父のものだよ」
ショウが刀を見せた。
「・・・それで、その後は?」
ルリが訊いた。
「暴れ回った後、どうやら非常用のコールドスリープ装置が働いたらしくてな、私自身は意識を失った。人機融合兵器自体は研究所の爆発の余波で宇宙へと飛ばされた。9TH PLANTは消滅とまではいかなかったものの、だいぶぼろぼろになった」
「今でもあるんですか?・・・そこは」
ルリの問いにショウが首を横に振る。
「北辰達がラピスをさらったときに、奴らの手で完全消滅したよ」
「ラピスの出身地・・・だったな」
アキトが拳を握った。
「どんな扱いを受けたのかは知らない・・・だが、人を機械の部品にするなんていう研究をするところだ・・・どんな扱いを受けてたかは想像できる・・・」
ショウが瞳を背けた。

「う、うーん」
ショウが再び目を開けると、手術灯が目に飛び込んできた。その周りには手術を終えて去って行くマジックハンドが見える。この時代には機械が手術をするのも珍しくなかった。
「よっし、成功ね」
若い女性の声。首を横に向けると緑色の髪を三つ編みにした少女がショウを見ていた。
「ここは・・・どこだ」
「オロチよ。ショウさん」
三つ編みの少女が答えた。
「私はヤヲトメ、よろしくね。それよりどう?手足の調子は」
言われて初めて手足があることに気がついた。あのとき撃たれて手足はなくなったはずだったが。
「サイボーグというやつです。どうですか?おまけで色々な機能を付加しました。
ディストーションフィールド発生装置、コミニュケ、IFSもありますよ」
少女が声をかけた。確かに痛覚がない、作り物であるようだ。しかし動きは生身であった頃と何ら変わりはなかった。
 おまけは・・・コミニュケとIFSはともかく、ディストーションフィールド発生装置とは・・・まあいいか、何かの役に立つこともあろう。因みにヤヲトメがサイボーグ化した部分は、人機融合兵器への改造で消滅した両手足と手足をつなげるための骨格、それと神経の一部だった。
「あ、ありがとう」
「礼には及びませんよ。それより目の方はどうです?」
ヤヲトメが指を鳴らすと鏡が現れた。よく見ると彼女はホログラムで、実体がない。
「この目は?」
右目に大きく縦に傷が走り、眼球の部分には青い石が埋め込まれたようになっている。おそらくオルフェウスに撃たれたときに折れた刃のせいだろう。そしてオルフェウスに施された何らかの調整の影響で左目の瞳の色も金色に変わっていた。
「目もダメになっていたんで交換したんですけど?いやでした?あ、ちゃんと目として機能しますよ」
「いや、大丈夫だよ」
彼女があまりにもあっけらかんとした喋りをするのでショウが苦笑した。
「ここはオロチと言ったが、オロチとはあのオロチか?」
彼も知っていた。人機融合兵器を開発していた違法コロニーのことは。
「そうです。そして私はヤヲトメ。ここで生み出された人機融合兵器です」
彼女の後ろに巨大なコンピューターと融合している人間の映像が浮かび上がった。これが彼女の本体なのだろうか。
「貴方にお願いがあります」
「願い?」
「はい、私の管理者になってほしいんです」

「管理者、ですか?」
ルリが訊いた。
「そう。正確に言うとオロチというコロニーそのものが人機融合兵器そのものなのさ。彼女はその中枢素子といったらいいのか。少女の姿をしたホログラムは、彼女がヒトであった頃の姿を模しているらしい。しかし彼女は機械となったが故に自分で自分を維持することはできない」
「そっか、つまりヤヲトメさんとオロチの人たちは共存共栄しているんですね」
ユリカが納得したように言った。
「そのとおり。そして彼女はオロチの全てを司る。私がオロチの管理者と呼ばれるのもそういうわけなのさ」
ショウが頷き、掌からヤヲトメのホログラムを出した。彼の義手にはこういう機能もあるらしい。
「管理者って、やっぱりオロチの大統領みたいなものなんですか?」
ユリカがヤヲトメをまじまじと見つめる。ショウが首を振った。
「いいや、管理者になったとは言っても、自由経済が基本だから為政者として介入することは皆無に近い。まあ、まれに外部の人間との交渉にでるくらいか、あるいはオロチに住むヒトとヤヲトメとの仲介をする、有事の際の防衛隊の指揮くらいだね」
「こないだはお世話になりましたね」
ルリが言う。
「礼を言われることじゃない、あとオロチには議会というものが存在しないんだ。確かに何かの話し合いをすることはあるが、定期的に集まって何かをするということはないね。だから結局ここでも研究人生だった。最も暇つぶしにエステバリスやシャトルの操縦を覚えたりもしたが・・・研究の成果がアキトや君の役に立つとはね」
アキトの治療のために使われたナノマシンを始めとする医療器具も全て、彼の今までの研究とオロチで得た技術で生み出されたものだった。
「顔半分を隠しているのも、やっぱり右目を隠すためか?」
アキトが声をかけた。彼の体は目以外は表面に貼られた人工皮膚のおかげで、全くサイボーグとは思えない。
「まあ・・・な。交渉で地球に来ると顔の傷と右目を見ると嫌な顔をする輩が結構多くて、苦肉の策だよ。オロチにいるときはそうでもないが」
「目はともかく傷は消せなかったんですか?」
ルリが訊く。
「これは正確には傷じゃない。脳、否、精神の方の傷が原因でいくら消しても出てくるミミズ腫れのようなもの・・・そうヤヲトメは言っていた。だが別に気にしてはいない。あそこに来る学者は皆何かしらの傷を持っている。自分の造り出した技術が他人を不幸に陥れるという事に耐えきれずにオロチに来る。オロチはそうして発展した・・・人の血を喰らう技術を持つ者を受け入れ続けることで」
一同は言葉を失った。否、どう答えて良いのか解らなかった。
「何故・・・あなたはオロチにとどまったんですか?あなたは何も悪いことは・・・」
ユリカがやっとの思いで口を開いた。
「私の帰りを待つヒトも居なかったし・・・嫌気がさしたんだろうな。人というものに」

「ショウさん、ちょっといいですか」
給湯室でコーヒーミルを片づけるショウにルリが声をかけた。
「どうかした?」
ショウは優しげに微笑む。
「一つ教えてください。どうしてわざわざ地球に戻ってまで私たちを助けてくれたんですか?」
一瞬間をおいて、ショウが口を開いた。
「ラピスを通して、アキトの心を読んだからさ」
「え?」
「例の事件の後、私は世捨て人として生きるつもりだった。人というものに絶望した・・・ネルガル、統合軍、木星連合、そして火星の後継者。どいつもこいつも自分の欲望のために他人の血を浴びたがる」
瞳を閉じるショウ。
「それでもオロチは所詮コロニー・・・完全なる自給自足はできない。そのために技術を売ることを始めた・・・だが、結果は見ての通り。ここで生まれた人間が生きるためには仕方がない・・・とはいえないな。つまり私たちも結局は軍やネルガルと何ら変わりはなかった」
「・・・・・・・」
ルリは何も答えない。
「そんなとき、どこから話を聞きつけてきたのかアキトがやってきた。最初はあまり気乗りはしなかった・・・だがラピスから聞いた彼の過去」
ショウが再び目を開いた。
「その時思った。アキトは昔の私だと。全ては終わっても自分の罪に苦悩する。愛する人を守れなかった・・・そのことに葛藤する」
「罪・・・」
「アキトはいつも君とユリカのことを考えていたよ。だから私はアキトを治すことを約束した」
「アキトさんが・・・」
「それに、君の仲間はなかなかいい人が多い。こういう人がまだいるなら、自分ももう少しヒトとして生きるのも悪くはない・・・そう思ったからここに来た」
「いい人・・・ですか」
ショウを見て照れくさそうに頬を染めるルリ。ショウもつられてすこし笑う。
「例えば・・・ハーリー君。彼の姿を見たときに、かつての私が重なった・・・『青梅竹馬』恋と知らずに恋をする幼い恋、そう笑うのは簡単だ。しかし彼の想いが純粋なことには変わりはない」
ルリが俯く。ショウが更に続けた。
「彼にもこのことはいつか話す。それに君は今彼の想いをどう受け止めたらいいか悩んでいる・・・違うかな?君が誰を選ぶのかは君の自由。君はもう被験体でも人形でもない。『ホシノ・ルリ』という一人の女性だ」
「意外と意地悪ですね・・・」
「私とライラとはあんな結末だったが、過ちは繰り返したくない。そういうことさ」
自分の手を見つめるショウ。
「もう若くもない、体は最早ヒトとは言えない・・・うらやましいよ、君たちが」
「ショウ・・・さん」

「それじゃあ、後は頼むよ」
玄関口の前で、アキトがショウに声をかけた。
「もう少し、時間はかかりそうだ。まあ、気長に待ってくれ」
「アキトー、ルリちゃーん、タクシー来たよ」
ユリカが門のところで手を振っている。
「それでは」
吹雪は益々その激しさを増していた。その中をお互いを支えあうように歩くアキトとルリ。
「ライラ・・・」
ショウが思わず漏らした。2人の姿にかつての自分とライラの姿が重なった。しかし首を振って再び見ると、それはショウとライラではない。
「・・・・・・」
ショウは研究所へときびすを返した。

 雪の幻影のように去っていく2人の姿。
 その光景を、彼は決して振り返ろうとはしなかった。




PREVIEW NEXT EPISODE

お久しぶりですみなさん。プロスペクターです。
誰しも辛い過去はあるもの。しかしそれを忘れつつ楽しみを見いだすこともまた人生です。
お祭り好きなナデシコクルーに、元ナデシコ艦長テンカワ・ユリカはクリスマスパーティを企画しました。
彼女はテンカワさんに迷惑をかけまいとホウメイさんの元で修行に励むのですが・・・
そして己の存在意義に悩むラピスさん。
自分は何のためにここにいるのかと。
次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
第12話 想いの『メロディ』
欲得のために自分を傷つけ、他人を傷つけていくのがヒトの姿なら、
傷を癒し合い、支えあうのもまたヒトの姿です。

ご感想などは、感想メールまでどうぞ。

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