-NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"-


第1話 ナデシコC「再び」


「フウ」
火星の空を見上げて、ルリは小さくため息をついた。『火星の後継者』の首謀者草壁を逮捕してから、そしてテンカワ・アキトが謎の少女ラピス・ラズリと共に何処かへと消え去ってから最早1週間が過ぎていた。
帰ってくる。そう信じていても不安になる何かが彼女にあった。
「星の数ほど人がいて、星の数だけ想いもある・・・アキトさん、貴方はどうして・・・」
「艦長・・・」
後ろからマキビ・ハリ、通称ハーリーがおずおずと声をかけた。
「ハーリー君?」
「その、そろそろ戻った方がいいと思いますよ。ほら、ここは結構冷えますから」「そう、ありがとう。心配してくれて」
防寒着の襟を整えながらルリがハーリーに微笑みかけた。ここ火星極冠遺跡は火星の極点に近い。テラフォーミングという技術によって地球と同等の環境になった火星だったが、緯度による気候の違いまでもが同等になっていた。いくら夏といえども、この遺跡の近くは地球で言う北極圏並の気候だったのである。
「行こう、ハーリー君」
「はい」
ルリが手を差し出した。ハーリーが彼女の雪花石膏のように白い手を握り、2人はナデシコCに向けて歩き出した。
「あの、一つ聞いてもいいですか」
「何」
「その、テンカワ・アキトっていう人は・・・」
ルリの表情が曇った。
「ご、御免なさい。その、聞いたらまずかったですか、まずいですよね。すいません」
ルリが静かに首を振った。彼女の銀色の長い髪が風に吹かれて静かに揺れた。
「あの人は・・・私の大切な人。初めて『絆』をくれた人」

「そう、私が眠っている間に、そんなことが」
ミスマル・ユリカが静かに顔を上げた。
「ユリカ、別に君が悪いわけじゃないよ。あんな状態になってたんだ。君は悪くない」
アオイ・ジュンがユリカを慰めるように声をかけた。
ボソンジャンプと呼ばれる空間移動。否、正確には時間移動。それを司るための演算ユニット『遺跡』。それを用いて地球連合と木星連合を支配することが『火星の後継者』の目的だった。ユリカはそのコントロールユニットとして『遺跡』と融合させられていたのである。
「ううん、私のことはいいの。それよりもどうしてアキトが」
ユリカが悲しげな視線をジュンに向けた。
「わからない。ただルリちゃんの話だと、アキト君はもうラーメンを作ることができないらしい」
「そんな・・・」
アキトは先の木連との戦争が終了して市井に戻ってからルリ、ユリカと共にラーメン屋をやりながら生活していた。そしてユリカと結婚し、新婚旅行の途中で『火星の後継者』に拉致されたのだった。アキトはプロスペクターらの手によって救出されたが、ユリカは救出に失敗してしまったのである。その後にアキトは復讐鬼となって戦い続け、全てが終わった今、彼はルリとユリカの前から姿を消した。
「ユリカ?」
ユリカが立ち上がった。
「ごめん、ちょっとルリちゃんのところに案内してくれないかな」
「いいけど、どうして?」
「追いかけようと思って。王子様を」
「ユリカ、また何か怪しいことを?」
ジュンが苦笑した。ジュンの問いにユリカは答えず、ただ決意の表情を浮かべていた。

「ミナトさん、ちょっといいですか」
食事をしていたハルカ・ミナトの向かいにハーリーが自分の食事が乗ったトレイを置いた。
「あら、ハーリー君。どうしたの改まって」
ミナトが笑いながら答えた。
「その、アキトさんの事なんですけど」
ハーリーが尋ねた。ミナトが笑う。
「ルリルリのことね」
「はい。その、艦長が何かかわいそうというかなんというか」
ミナトが頬杖をついた。
「そうねえ、私も詳しくは知らないけどルリルリにとっては初めての家族、かな」「家族・・・ですか」
「そう、家族。前の戦争でナデシコが解散した後、ルリルリはアキト君と艦長、つまりユリカちゃんと3人で一緒に暮らしてたのよ」
「どうしてですか」
「君も、研究所出身よね、確か」
ハーリーが頷く。
「あの子は研究所やら軍にたらい回しにされて育ったそうよ。だから家族と呼べる人は誰もいなかった。そしてナデシコに配属になって初めて家族と呼べる人ができた。それがアキト君とユリカちゃん」
ミナトが遠い目をして言った。
「艦長にとって、アキトさんはどういう存在だったのでしょう」
ハーリーがミナトを見つめた。ミナトが苦笑する。
「やきもちやいてるんだ、ハーリー君は」
「そ、そんなんじゃ」
ハーリーが赤面して否定する。
「フフッ、とぼけたって顔にちゃあんとかいてあるわよ」
「そ、それは」
「もう、かわいいんだから」

「通信ですか。いいですけど」
「ルリちゃんうれしいっ。ユリカ感激っ」
ユリカがルリの手を取って喜んだ。
「で、一体何に使うんだい。元ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカ」
副官のタカスギ・サブロウタがユリカ達の方を振り返った。
「見ていればわかりますよっ」
楽しげに言いながらパスワードを入力していく。
[回路接続。連合宇宙軍総司令、ミスマル・コウイチロウ]
オモイカネがコウイチロウの顔を表示した。
「おひさしぶりです。お父様」
「ユ、ユリカーーー」
コウイチロウの顔がブリッジ全体を覆うほどの大きさになる。このコミニュケと呼ばれる通信システムは、使用者の感情に応じて表示される大きさが変化するのである。
「ユリカ、もっと顔を見せておくれ」
コウイチロウの顔を表示したディスプレイがユリカに近づいた。
「お父様。お願いがあります」
「ん、なんだ、何でも言ってみなさい」
ユリカが深呼吸をする。
「このナデシコCに、ユーチャリスの捜索を命じてほしいのです」
ユーチャリスとはアキトと謎の少女ラピス・ラズリが乗っている戦艦の事である。
「ユリカさん?」
ルリの問いに答えずにユリカが続けた。
「アキトを追わせてください」
「なんだって?」
「それに、あと半年もしたら連合宇宙軍は地球連合統合平和維持軍に吸収されてしまう。そうなったらユーチャリスを追いかけることはできなくなります」
かつて木連と戦争をしていたときには、地球側は連合宇宙軍という組織が軍事の中心を担っていた。しかし木連との休戦が成立した現在では、地球連合統合平和維持軍に地球、木星双方の軍備が集められつつあったのである。
「私をその期間だけでいいですからナデシコに搭乗させてください」
「ユリカ」
「はい」
「アキト君を追いかけたい気持ちは良くわかる。しかし連れ戻せるという保証はない。たしかにユリカにとってもルリ君にとっても彼は大切な人だ。しかし傷つくかもしれない。それでもいいのかい、ユリカ」
コウイチロウが優しく言った。ユリカが静かに頷く。
「そうまでいうなら仕方がない。ミスマル・ユリカを独立ナデシコ部隊提督として本日付けで任命する。命令はユーチャリスの回収」
「了解」
ユリカが敬礼した。
「気を付けてな、ユリカ」
ディスプレイが消えた。ルリとサブロウタは呆然としている。
「どういうことですか」
我に返ったルリが言った。
「ルリちゃん言ってたじゃない。戻ってこなけりゃ追っかけるまでだって」
「・・・・・・」
「ルリちゃん。多分今アキトを追わないと一生後悔するよ。チャンスは生かさないと、ね」
ユリカがルリの肩に手を置いた。
「はい」
ルリが顔をあげた。
「かくしてお姫様は王子様を捜して旅立つ、か」
サブロウタが呟いた。
「タカスギ大尉?」
「悪い意味じゃないさ。面白いだろ、こういう任務も」
「行きましょう。艦長」
「そうそう」
ハーリーとミナトがブリッジに入ってきた。
「いいじゃねえか、なあ」
スバル・リョーコの顔が出現した。リョーコを始めとして、何人もの顔が映されたディスプレイがブリッジを埋め尽くす。
「よろしいんですか。みなさん」
ルリが全員の顔を見渡す。
「勘違いするなって。俺達は火星の危機だとか人類の危機だとかいう理由でここにいるわけじゃねえ。ルリルリ、昔の仲間のおまえさんを助けるためにいるんだ、なあ」
ルリの問いに整備班班長のウリバタケ・セイヤが答えた。そうだそうだと全員が頷く。ルリが微笑みながら頷いた。
「これより本艦ナデシコCは、ユーチャリスの捜索を任務とします。発進準備」
「おおーっ!」
歓声がわき起こった。
「ナデシコC、発進!」

「あれがナデシコか」
火星の大地に立つ黒装束の男が飛び立つナデシコCを見て言った。
「いかがなさいますか、隊長」
「無論追う。我らが理想を踏みにじった罪、その命をもって贖ってもらおう」
黒装束の男に全員がひざまずいた。
「ホシノ・ルリ、そしてテンカワ・アキト・・・」



PREVIEW NEXT EPISODE

こんにちは。僕はナデシコCの副官補佐を務めるマキビ・ハリです。
ユーチャリスを追う僕たちに、プロスペクターさんから『オロチ』という情報をもらいました。
艦長はそれを信じ、オロチへ向かうことを決意しました。
突如現れる謎の機動兵器軍団。地図にはないコロニー。
僕たちの航海は、謎をはらみ始めます。
次回、NADESICO THE AFTER NOVEL "FOR THE LOVE OF FAMILY"
第2話 目標は『オロチ』
にご期待ください。
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