機動戦艦ナデシコ「if誰よりも早く貴方に出会っていたら・・・」
第六話:「選び、択された。命を運ぶものとして・・」みたいな
=act 2=
前門の虎、後門の狼ってやつですか。すると両翼はライオンかハイエナか・・・
こんな時でも人間って、ばかなことを考えちゃうもんですね。けれどこの状況、ほんとどうしたもんですか。
「瑠璃ちゃん、グラビティ・ブラストのエネルギー・チャージにどれくらいかかる?」
艦長、こういう状況でもなかなか落ち着いています。まあ、あわてふためいてもらっても困りますけど。
ええっと、オモイカネ。あとどれくらい?・・・うん、わかった。
「相転移エンジンのエネルギーを全てまわしても、約三分三十秒です。」
・・・間に合いませんね。もう何時敵の砲撃が来てもおかしくないんですから。
「・・・メグちゃん、艦内に緊急連絡。乗務員は全員中央ブロックに退避。その後全隔壁閉鎖。」
「り、了解!」
「瑠璃ちゃん、エンジンのエネルギーはフィールドの維持に出来るだけ回して。少々グラビティ・ブラストへのチャージ遅れてもかまわないから。」
「了解。」
「ミナトさん、ナデシコ全速前進!最大戦速で、前方の敵集団Aに突っ込んじゃってください!」
「りょうか・・・・いいいいい!!!???」
最後の「いいいい!!!???」の所は、ブリッジの皆さんが上げた声がハモっちゃったんです。
皆さん驚きのあまり、私とイネスさんを除いて、目がまんまるです。
「艦長、いったい何を・・」この一月半の間たいして発言もしなかったフクベ提督も、さすがにお茶をすすっていられなくなったのか、
艦長に尋ねています。
「このまんまじゃあ四方からたこ殴りです。幾らナデシコでも、持ちません。敵集団に突っ込んで、敵艦を盾にしながらエネルギーチャージ。
しかる後一点集中のグラビティ・ブラストで包囲網に穴を開けて、離脱します。全員シートに着席!ミナトさん、ぱーっといっちゃってください!」
「オッケー、まかせといてー。ルリルリ、サポートよろしく。」
ま、なんて無謀な作戦でしょう。でもまあ、それしかなさそうです。それじゃあ、フィールド出力最大。グラビティ・ブラストチャージカウントダウン開始。
「いっくわよー!」
ナデシコ、最大戦速で敵に突入していきます。敵さん、思いも寄らぬナデシコの突入に慌てたみたい。
各戦艦が、てんでばらんばらんに砲撃をかけてきます。少々食らっちゃいましたが、何とか敵集団に突入成功。
「機動戦艦」の名に恥じぬ動きで、敵を盾にしながら逃げ回ってます。ミナトさん、結構いい腕してます。
《瑠璃さん、十時の方向、大型戦艦から重力波反応。発射まで後5秒。》
「ミナトさん、十時の方向、大型戦艦が撃ってきます。回避してください。」
「了解!」オモイカネのサポートも忘れちゃいけませんね。さて、後どれくらい逃げ回ればいいのか・・・
おや?敵集団B・C・Dに新たな動きが見られます。これは・・・?
「艦長、敵集団B・C・Dが移動開始。モニターに出します。」
映し出された戦況図には、敵集団B・C・Dがコの字型に隊列を移動しています。その中に、ナデシコが飛び込んでる敵集団Aが・・これって!?
艦長を見ると、もろに顔色が変わっています。やっぱ、まずい状況ですね、これは。
「瑠璃ちゃん、グラビティ・ブラストは!まだ撃てないの?!」
「ちょっと待ってください・・・現在チャージ率85%。発射こそ可能ですが、とても包囲網を突破する程には・・・」
「かまいません!グラビティ・ブラスト発射準備!広域放射モードで、トリガータイミングは敵襲団B・C・D発砲後コンマ一秒!
ミナトさん、左舷の敵大型戦艦の陰に隠れてください!全員対ショック、対閃光防御!フィールド最大!」
「敵集団に重力波反応。・・・来ます!」
敵集団B・C・Dからの一斉の砲撃。それに少しタイミングを遅らせたナデシコのグラビティ・ブラストがぶつかり合い。
相殺しきれなかったエネルギーの余波が、激しくナデシコを叩きます。激しい振動と周りの戦艦の爆発。閃光・・・・
全てが収まったとき、ナデシコの周りには・・・何もありませんでした・・・
ナデシコが盾にした大型戦艦が、ゆっくりと煙を噴きながら、地表に落下していきます。
まさか、味方ごと砲撃を仕掛けてくるなんて・・・少し甘かったようです。
考えてみれば相手は無人兵器。味方を巻き込むことも気にしませんから。
ナデシコもかろうじて浮いている、って感じです。出力85%のグラビティ・ブラストじゃあ相殺し切れませんでしたね。
落ちなかっただけましかも。
「うーん・・・・瑠璃ちゃん、ナデシコの被害状況は?」
艦長、頭をふりふり、私に被害状況を報告するように言ってきました。
「オモイカネ、ナデシコの被害状況を。」《はい、瑠璃さん。》
オモイカネから聞かされる被害は、かなりのもんです。よく浮いてるわね。
「相転移エンジン一番、二番共に出力15%にダウン。ディストーション・フィールド発生ブレード右側破損。
フィールド艦全体をカバーしきれません。装甲もかなり痛めつけられました。武装は・・・ミサイル発射管使用可能なものは左側の四門のみ。
グラビティ・ブラスト・・・・」
「どうしたの、瑠璃ちゃん!?」
口ごもっちゃった私に、艦長が再度聞いてきます。でも、これは・・・
「・・・グラビティ・ブラスト、エネルギーチャージ用のラインが寸断されました。グラビティ・ブラスト発射・・不可能・・・」
ブリッジ全体に、とてつもない重苦しさが立ちこめます。これで、包囲網突破も事実上不可能。
残った敵集団は、着実にナデシコを再包囲しつつあります。これだけ船体にダメージがあるんじゃあ、次の攻撃は受け切れません。
「艦長、どうなさいますか?」「艦長!」「艦長!」
艦長、コンソールに手をついて、考えてます。けど、この状況を打破するのは無理な相談です。
オモイカネも100%無理だって言ってます。それでも何らかの方法を出さなくっちゃならない。艦長はつらいよ、ってなとこですか。
「艦長、聞こえているか?」
「え?!」「だれ!?」「この声・・!?」
次の瞬間、スクリーンに映し出されたのは・・フクベ提督!?
「聞こえるか、艦長。私は今、第二艦橋にいる。」
第二艦橋?確か戦闘ブロックに予備の管制コントロールルームがありますが、いつの間に、いえ、何でそんなところに?
「これよりナデシコ戦闘ブロックと、居住ブロックを切り離す。君たちは居住ブロック、第一船体で脱出したまえ。」
「そんな、提督はどうなさるんですか!?」
「私は戦闘ブロックに残り、君たちが脱出するまでの時間稼ぎをする。早いところ逃げ出したまえ。」
「そんな!?それは艦長たる私の役目です!」
「君には戦艦のマニュアル操縦は無理だ。早く逃げたまえ。」
「ちょっと待てよ、こら!」
明人さんです。明人さん、かなり怒ってます。そうです。目の前で人が死ぬ。犠牲になる。そんなの明人さんが許すはずありません。
たとえその人間が・・明人さんの故郷を消し去った人だとしても・・・
「勝手なこと言うな!あんたを犠牲にして生き延びろ、っていうのか!そんなことできるか!俺達は人を助けに来たんだ!
人を犠牲にするために来たんじゃない!」
「さきほど聞いただろう?私は君の故郷・・・ユートピア・コロニーを滅ぼした人間だ。君にとっても憎い男のはず。
火星にとって私は疫病神そのものだ。」
「だから、犠牲になるって!?だから、死ぬって!?ふざけんな!死んで、罪滅ぼしになると思ってるのかよ!」
「・・・私は、あの時の火星第一次攻防戦で、提督としてはただ一人生き残った。完全な敗北。私は敗戦の責任を覚悟していた。
だが、私は英雄になった。させられた。軍は負け戦をごまかすために、英雄を必要としたからだ。わかるかね、その時の私の気持ちが。
私には耐えられなかった。だから、軍を辞めた。だから、ナデシコに乗ったのだ。」
「だからって、そんなのありかよ!」
がくん、という衝撃と共に、ナデシコが二つに分かれました。ナデシコは緊急時には戦闘ブロックと居住ブロックにわかれて、
そのまま脱出艇になるんですが、完全包囲されたこの状況では、たとえ提督をおとりにしたところで、逃げ切れるはずありません。
こんなのって、過去の罪滅ぼしにかこつけた、単なる自殺行為です。こんなのって・・・
「やめろーっ!あんたは、生きるべきなんだ!火星の人たちを苦しめた罪は、こんな事なんかで消えやしない!
惨めでも、むなしくても、それでも生きなきゃ・・生きなきゃならないんだ!あんたは、逃げてるだけだ!」
「逃げている、か・・・そうかもしれんな。だが、今の儂にはこれしか思いつかん。私は、私の大切なもののために、こうするのだ。後悔は、無い。」
「なんだよ!大切なものって!」
「それは、言えない。だが、きっとそれは、君たちにもある。きっと、見つかる。だから、今は逃げろ。私にかまうな。」
二つに分かれたナデシコに、敵はどちらを攻撃するのか迷っている様でしたが、ミサイルで攻撃を始めた第二船体に、攻撃を集中し始めました。
先ほどの一斉砲撃でエネルギー充填が間に合わないのか、砲撃そのものはぬるいものですが、今のナデシコのフィールドは、
水に漬けたウエハースみたいなもの。みるみる穴だらけになっていきます。
黒煙を上げながら、落ちていくナデシコ。私たちは、見ている事しかしかできません。
そして・・・爆発。閃光と共に、ナデシコが・・・沈みました。
「ばっかやろー!!!」
明人さんの、怒りとも悲しみともつかない叫び声が、ブリッジに響きわたります。
提督は、爆発する際、ジャミング用のチャフをばらまいたようです。いまなら・・・
私たちの乗った第一船体は、その間に上昇して何とか離脱しようとします。
でも、・・・だめです。頭上には無人兵器群が雲霞のごとく群がっています。
やっぱり、無理でしたか・・・戦闘力の無いこの船体では、強行突破も無理です。
「くそっ!」明人さん、一声うなると、そのままブリッジを出ようとします。何をする気ですか!?明人さん!?
「おい、待てよ、天河!何をする気だ!?」
私が止める前に、リョーコさんが明人さんを止めてくれました。振り返った明人さん、思い詰めた顔をしてます。
「エステで、あいつらをたたき落とす!ナデシコの逃げ道を作るんだ!放してくれ!」
「ばっかやろう!てめえ一人で何が出来る!うぬぼれんな!」
「むりむり。今私たちが出てってもミンチにされちゃうだけだよ。」
「人間あきらめが肝心だよ。イカの干した物・・そりゃあたりめ・・くっくっく・・・」
パイロットの皆さん、こんな状況でもいつもと変わりません。余裕なのか、それともあきらめなのか・・・きっと後者ですね。
「!あきらめてたまるか!突破口をなんとしても切り開いてやる!どいてくれっ!」
「このばかが!てんめえ、前の戦闘で戦艦落としたからっていい気になんなよ!無駄だっていってんのがわかんねえのか!」
「いやだ!俺は、俺は、もう誰も死なせやしない!死なせるもんか!守るって・・・あの時、守るって約束したんだ!だから、だから・・・」
明人さん、胸に下げたペンダントを握りしめながら、くやしそうにつぶやきます。
そう、あの時、焼け跡の中で明人さんは、死んだご両親に何事か誓っていました。
「・・・守るから・・・きっと守るから・・」って。明人さん・・貴方は・・・
「!?明人君、それは!?」イネスさんが、驚きの声を上げました。何事です!?
見ると、今までまるで惚けたようにしていたイネスさんが、立ち上がって明人さんを
食い入る様に見つめています。・・・いえ、正確に言えば、明人さんの下げているペンダントを見つめているようです。
「な、なんだよ、アイ姉ちゃん!?」
「・・・明人君、みんなを助けたい?」
「え?!」
「みんなを、このナデシコを助けたいか、って聞いてるのよ。」
「あ、当たり前だろ!俺は瑠璃ちゃんを、百合花を、みんなを助けたい!」
「そう・・・分かったわ。明人君、目を閉じて。」
「え?!」イネスさん、明人さんに何を!?
「目を閉じて、イメージして。貴方の故郷、ユートピア・コロニーを。貴方の故郷を。」
「ユートピア・コロニーを?」
「そう。貴方の故郷を・・・見せたい人がいるでしょう?故郷を、見せたい人がいるでしょう?その人を連れていきたいでしょう?
それをイメージするの。」
「イメージ・・・俺の故郷を・・ユートピア・コロニーを・・・」
目を閉じた明人さんの胸元で・・・ペンダントが、光っている?!
形容のしがたい光の明滅をしています。そして明人さんにも変化が・・・
顔に、手に、いえ体中にナノマシンの紋様が浮かんでいます!なんなんですか、あれは?!
え?!これは・・・変化があったのは、明人さんだけじゃあありません。
私が手を置いているオモイカネのコンソール。そのコンソールにも、あのペンダントと同じ光の明滅が見られます。これはいったい、何?!
『オモイカネ、どうしたの?!オモイカネ!』
私の呼びかけにオモイカネが応じません。こんな事は初めてです。何が起こって・・
その時です。私の心に、何かが流れ込んできました。何、これ?!
・・・これは、明人さんの、心。明人さんのイメージ。明人さんの故郷の風景。
さわやかな風と、緑の草原。・・・そして、そこを走っている一台の自転車・・・
明人さん?でも、その後ろに乗っている女の子は・・だれ?私・・・じゃありません・・・・艦長?
これは、いったい何?・・・明人さんと、・・・シンクロしている?
「うわあああっ!」
はっとして顔を上げると、明人さんが苦しそうに叫んでいます。ペンダントの輝きもさっきより増しています。
それでも、イネスさんは身じろぎもしません。冷徹な目で、明人さんが苦しんでるのを見つめています。
何をしようとしているんですか?!
何をさせようとしているんですか?!
イネスさん!!
「さあ、飛びなさい、明人君!ユートピア・コロニーに!貴方の故郷に!貴方の大事な人たちと一緒に!」
「ユートピア・コロニー・・俺の・・大事な人・・・」
「明人さん!」
「瑠璃・・ちゃん・・」
次の瞬間・・目の前が真っ白になって・・・そして・・・私たちは・・・
・・・・・・・・To be continued
刀折れ、矢尽きたナデシコ、ついに沈む!絶望的な状況で、なお明人はあきらめず、もがき、苦しむ!イネスは、明人に何をさせるのか?!
瑠璃の叫びは、明人に何を与えるのか?!フクベ提督の死は、彼らに人の持つ愚かさを見せつけただけなのか?!
次回、機動戦艦ナデシコif、「『選び、択された。命を運ぶものとして』みたいな・・・」=act3=を、みんなで読もう!
1999/6/14 かがみ ひろゆき
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